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一年目
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カウンター席にいるのはどきついピンクの口紅をつけ、胸元がずいぶん開いたワンピースを着ている女性。に見える人。それからいやに細いスーツを着た男性。に見える人。その隣には小太りのおじさん。に見える人。
すべてがそういう風に見える人。たぶん、性別は見ただけじゃわからない。もしかしたらあの男性も女性かもしれないし。
「ぼーっと突っ立ってないで、座ったら?竹の友達でしょ?」
「あ。はい。」
竹彦は慣れた足取りで、カウンター席に座り、猫のマリを床に置いた。私もその隣に座る。
「梅子さん。この人、なんだけど。」
「あぁ。竹が言ってた女の子?」
カウンターの向こうには、水色のワンピースを着た女の人がいる。とても綺麗な人だ。でも女の人なのだろうか。わからないけど。
向こうにいる人は、まるでバーテンダーのような男の人だ。シロのワイシャツと黒いベスト。眼鏡をかけていて、とても神経質そうに見える。
「初めまして。私は梅子よ。」
しゃがれた声で、彼女は自己紹介をした。
「桜です。」
「あら。すてきねぇ。みんな植物の名前が名前に入っているなんて。うちの相方も、松秋って言うの。」
するとその男の人は目だけで笑い礼をしたが、こっちに来る気はなかったようだ。
「早速だけど、ちょっと僕は席を外すから。」
「いってらっしゃーい。」
そう梅子さんに言われて、竹彦は店の隅にあるカーテンの向こうへ行ってしまった。
「桜ちゃんは、そういう趣味はないんでしょ?」
「そういう趣味?」
「ここはね、女装とか、男装とかをする人が集まるカフェだから。」
やっぱりそうだったのか。みんな綺麗に見えるけど、どこか違和感があると思ったのは、性別が違うからだ。たぶんこの梅子さんも松秋さんも性別は逆なはず。
「……ってことは竹彦君も?」
「えぇ。竹はうちのホープね。早く高校卒業しないかしら。」
「……。」
「でも、ここはあくまでカフェ。あなた、何か飲むかしら。」
「あ。じゃあ、ブレンドを。」
「コーヒーね。ホットかしら。」
「はい。」
すると奥にいる松秋さんが手際よくコーヒーを入れてくれていた。その手さばきは、おそらく葵さんよりもいいかもしれない。
「あんた、「窓」の従業員だって?」
コーヒーを出してくれた松秋さんは、私にそうやって声をかけてきた。予想通り高い声だ。
「はい。」
「あの人嫌いがよく従業員を入れたなって、ちょっと話題になったんだ。あんたのことだったなんてな。で、何をしたんだ。」
「え?」
「あいつが入れる従業員なんて、何かしたに決まってるだろ?なんか特別な技でもあるのか。」
むっ!失礼な人!私が床で葵さんに取り入ったとでも言うの?思わず言い返そうとしたときだった。
「松秋。失礼にもほどがあるわ。」
すると梅子さんが彼をたしなめてくれた。
「こんな体で葵さんが落ちる訳ないでしょ?」
その言い方もどうかと思うぞ。何か失礼な人ばかりだ。
「あのですね。私、何もしていないんですけど。」
「え?」
「葵さんじゃない人が恋人だし、寝てもいませんから。」
「あらやだ。処女ってわけ?」
すると松秋さんはあきれたように言う。
「全く、古典文学じゃあるまいし。」
「古典文学?」
すると梅子さんはなだめるように言った。
「悪気はないのよ。ごめんなさいね。この人、昔葵さんにコーヒーを習いたいって直訴したことがあったんだけど、断られたのまだ根に持ってて。だから、習ってるあなたがうらやましいんでしょ?」
「でも美味しいですよ。コーヒー。」
すると彼は初めて口元まで含めて笑った。
「インスタントよりは。」
その一言で殴られるかと思った。いすから腰を半分浮かせて、いつでも逃げれるようにと。でもその怒りは、梅子さんの笑いでかき消されたようだった。
「ごめんねぇ。あたしもそう思うからさぁ。でもこれで五分五分ね。仲良くしましょ。ね?」
その時、隅のドアが開いた。そこから出てきた人に、店中の人が悲鳴のような歓声をあげる。
「竹彦君?」
竹彦は白いワンピースと、そして黒いロングの髪。たけどほとんど化粧はしていないらしいが、グロスだけは塗っているらしく艶やかな唇の女性の格好をした人がそこに立っていた。
「あら、相変わらず綺麗ねぇ。」
店中の人が竹彦に注目していた。学校では絶対見せないような清楚な色気がそこにはあり、どこのアイドルでもこの色気は出せないと思う。
って言うか。すごいな。こんな格好をしているの。
「驚いた?」
「うん。すごいね。今度文化祭で披露したら?」
「やだよ。あ、松秋さん。僕にもコーヒーもらえますか。」
「うん。」
毒気に当てられるというのだろうか。たぶん、ノンケでも、ゲイでも、彼の魅力に当てられるのだろう。それくらいむせかえるような色気があるのだ。多分。
私にはわからないけれど、確かにそこら辺の女子よりは綺麗だと思う。
「僕、こういう格好が好きでね。君にはわかってもらえると思ったから、ここに紹介したんだ。」
「……うん。まぁ、趣味思考って言うのは、本人の勝手だもの。別に責めるつもりもないわ。でも……ねぇ。一つ聞いていい?」
「何?」
コーヒーを手にして、彼はそのカップに口を付ける。
「その……。男性が好きなわけ?」
「ううん。それは別。といっても女性が好きなわけでもない。」
「……ん?」
男性も女性も好きじゃないなんてことあるのか?それはどういうこと?
「限られた人としかつきあいたくない。わがままだろうけどね。その中に君がいればいいと思うし。」
「……どうして?」
「僕のこの格好を見て、責めないって言ったから。」
責める必要はないと思う。そういう人もいるのだから。
「じれったいわねぇ。」
すると梅子さんは私たちのその会話に割ってはいる。
「好きなんでしょ?竹は。」
すると竹彦の頬が赤くなる。そして顔を両手で覆った。
「え?」
するとその手の隙間から消えるような声で彼は言う。
「好きだけど……。」
「あの……だったら、ごめんね。今日の……。」
「ううん。ショックだったけど……でも……。」
彼はばっと手をおろし、私の方へむき直した。
「あの人が恋人なの?」
「えぇ。」
「……。」
彼はまたコーヒーを口に含み、梅子さんに言う。
「柊さんだ。」
すると梅子さんも松秋さんも、顔を見合わせて首を横に振った。何で?何でそんなにみんな柊さんとつきあうのを嫌がるの?
「桜ちゃん。柊のこと、何もわかってないでしょ?」
「あいつは前科者だし、やめておいた方がいい。」
「そんなこと……。」
「じゃあ、何で前科者になったか聞いたことあるの?」
確かに聞いたことはない。そんなこと聞いても仕方ないと思ったから。聞いても消える訳じゃないし。
だけど三人とも口を揃えていう。それを聞いてから、もう一度好きっていってご覧なさいな。と。
すべてがそういう風に見える人。たぶん、性別は見ただけじゃわからない。もしかしたらあの男性も女性かもしれないし。
「ぼーっと突っ立ってないで、座ったら?竹の友達でしょ?」
「あ。はい。」
竹彦は慣れた足取りで、カウンター席に座り、猫のマリを床に置いた。私もその隣に座る。
「梅子さん。この人、なんだけど。」
「あぁ。竹が言ってた女の子?」
カウンターの向こうには、水色のワンピースを着た女の人がいる。とても綺麗な人だ。でも女の人なのだろうか。わからないけど。
向こうにいる人は、まるでバーテンダーのような男の人だ。シロのワイシャツと黒いベスト。眼鏡をかけていて、とても神経質そうに見える。
「初めまして。私は梅子よ。」
しゃがれた声で、彼女は自己紹介をした。
「桜です。」
「あら。すてきねぇ。みんな植物の名前が名前に入っているなんて。うちの相方も、松秋って言うの。」
するとその男の人は目だけで笑い礼をしたが、こっちに来る気はなかったようだ。
「早速だけど、ちょっと僕は席を外すから。」
「いってらっしゃーい。」
そう梅子さんに言われて、竹彦は店の隅にあるカーテンの向こうへ行ってしまった。
「桜ちゃんは、そういう趣味はないんでしょ?」
「そういう趣味?」
「ここはね、女装とか、男装とかをする人が集まるカフェだから。」
やっぱりそうだったのか。みんな綺麗に見えるけど、どこか違和感があると思ったのは、性別が違うからだ。たぶんこの梅子さんも松秋さんも性別は逆なはず。
「……ってことは竹彦君も?」
「えぇ。竹はうちのホープね。早く高校卒業しないかしら。」
「……。」
「でも、ここはあくまでカフェ。あなた、何か飲むかしら。」
「あ。じゃあ、ブレンドを。」
「コーヒーね。ホットかしら。」
「はい。」
すると奥にいる松秋さんが手際よくコーヒーを入れてくれていた。その手さばきは、おそらく葵さんよりもいいかもしれない。
「あんた、「窓」の従業員だって?」
コーヒーを出してくれた松秋さんは、私にそうやって声をかけてきた。予想通り高い声だ。
「はい。」
「あの人嫌いがよく従業員を入れたなって、ちょっと話題になったんだ。あんたのことだったなんてな。で、何をしたんだ。」
「え?」
「あいつが入れる従業員なんて、何かしたに決まってるだろ?なんか特別な技でもあるのか。」
むっ!失礼な人!私が床で葵さんに取り入ったとでも言うの?思わず言い返そうとしたときだった。
「松秋。失礼にもほどがあるわ。」
すると梅子さんが彼をたしなめてくれた。
「こんな体で葵さんが落ちる訳ないでしょ?」
その言い方もどうかと思うぞ。何か失礼な人ばかりだ。
「あのですね。私、何もしていないんですけど。」
「え?」
「葵さんじゃない人が恋人だし、寝てもいませんから。」
「あらやだ。処女ってわけ?」
すると松秋さんはあきれたように言う。
「全く、古典文学じゃあるまいし。」
「古典文学?」
すると梅子さんはなだめるように言った。
「悪気はないのよ。ごめんなさいね。この人、昔葵さんにコーヒーを習いたいって直訴したことがあったんだけど、断られたのまだ根に持ってて。だから、習ってるあなたがうらやましいんでしょ?」
「でも美味しいですよ。コーヒー。」
すると彼は初めて口元まで含めて笑った。
「インスタントよりは。」
その一言で殴られるかと思った。いすから腰を半分浮かせて、いつでも逃げれるようにと。でもその怒りは、梅子さんの笑いでかき消されたようだった。
「ごめんねぇ。あたしもそう思うからさぁ。でもこれで五分五分ね。仲良くしましょ。ね?」
その時、隅のドアが開いた。そこから出てきた人に、店中の人が悲鳴のような歓声をあげる。
「竹彦君?」
竹彦は白いワンピースと、そして黒いロングの髪。たけどほとんど化粧はしていないらしいが、グロスだけは塗っているらしく艶やかな唇の女性の格好をした人がそこに立っていた。
「あら、相変わらず綺麗ねぇ。」
店中の人が竹彦に注目していた。学校では絶対見せないような清楚な色気がそこにはあり、どこのアイドルでもこの色気は出せないと思う。
って言うか。すごいな。こんな格好をしているの。
「驚いた?」
「うん。すごいね。今度文化祭で披露したら?」
「やだよ。あ、松秋さん。僕にもコーヒーもらえますか。」
「うん。」
毒気に当てられるというのだろうか。たぶん、ノンケでも、ゲイでも、彼の魅力に当てられるのだろう。それくらいむせかえるような色気があるのだ。多分。
私にはわからないけれど、確かにそこら辺の女子よりは綺麗だと思う。
「僕、こういう格好が好きでね。君にはわかってもらえると思ったから、ここに紹介したんだ。」
「……うん。まぁ、趣味思考って言うのは、本人の勝手だもの。別に責めるつもりもないわ。でも……ねぇ。一つ聞いていい?」
「何?」
コーヒーを手にして、彼はそのカップに口を付ける。
「その……。男性が好きなわけ?」
「ううん。それは別。といっても女性が好きなわけでもない。」
「……ん?」
男性も女性も好きじゃないなんてことあるのか?それはどういうこと?
「限られた人としかつきあいたくない。わがままだろうけどね。その中に君がいればいいと思うし。」
「……どうして?」
「僕のこの格好を見て、責めないって言ったから。」
責める必要はないと思う。そういう人もいるのだから。
「じれったいわねぇ。」
すると梅子さんは私たちのその会話に割ってはいる。
「好きなんでしょ?竹は。」
すると竹彦の頬が赤くなる。そして顔を両手で覆った。
「え?」
するとその手の隙間から消えるような声で彼は言う。
「好きだけど……。」
「あの……だったら、ごめんね。今日の……。」
「ううん。ショックだったけど……でも……。」
彼はばっと手をおろし、私の方へむき直した。
「あの人が恋人なの?」
「えぇ。」
「……。」
彼はまたコーヒーを口に含み、梅子さんに言う。
「柊さんだ。」
すると梅子さんも松秋さんも、顔を見合わせて首を横に振った。何で?何でそんなにみんな柊さんとつきあうのを嫌がるの?
「桜ちゃん。柊のこと、何もわかってないでしょ?」
「あいつは前科者だし、やめておいた方がいい。」
「そんなこと……。」
「じゃあ、何で前科者になったか聞いたことあるの?」
確かに聞いたことはない。そんなこと聞いても仕方ないと思ったから。聞いても消える訳じゃないし。
だけど三人とも口を揃えていう。それを聞いてから、もう一度好きっていってご覧なさいな。と。
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