夜の声

神崎

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二年目

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 コーヒー豆がはけて、とりあえずヒジカタコーヒーとしての収穫があったようだ。さっきの言い合いはどこへやら。支社長も蓮さんもご機嫌に荷物を持っている。
「やっぱ、淹れてくれる人がいないといけなかったわね。」
「今回ばかりは桜さんに感謝をしますよ。ありがとう。」
 蓮さんはそう言って、笑ってくれた。
「あの……聞きたいことがあるんですが。」
「何かしら。」
 支社長は私を見て、笑う。
「カフェ事業の話なんですが。」
「あぁ。茅さんが進めてるプロジェクトね。公にはできないけれど、あなたの名前も入っているわ。」
「……私は反対です。」
 蓮さんはそう言って不機嫌そうな顔をした。
「どうして?いい話じゃない。美味しいコーヒーをゆっくりした時間で楽しむ非日常。そう言うのって、昔の喫茶店のようね。」
「プロジェクトは特に問題はないと思います。成功するかどうかはわかりませんが。しかしやり方が良くないと思ってます。」
「そんなに他のカフェからバリスタを引き抜いたっていうのが、気にくわないの?」
「えぇ。特に桜さんは兄の店にまだいるのに。」
「葵がそんなに小さいことをいうかしら。」
「支社長。あなたは兄をわかってない。」
「わかってるわよ。つきあってたんだもの。」
 おいおい。なんか喧嘩腰になってきたな。当事者は私だっていうのに。
「すいません。桜さん。見苦しいところを見せて。」
「いいえ。」
 多分、カフェ事業のことはヒジカタコーヒーの中でもまだ割れていることなんだろうな。
「……でも……確か、桜さんは事務方でうちの会社を受けたいといってましたね。」
「はい。」
「もったいないと私も思いましたよ。」
 車にたどり着いて、蓮さんはその荷物を社用車に入れた。
「あれだけ人を集められる人だ。カフェをすれば、あなたのコーヒーを目当てに来るお客さんは多いでしょう。」
「……葵さんの足元にも及びません。」
「兄はそんなに参考にしなくてもいいんです。ただ、うちにいてくれれば助かることは多々あるでしょう。今日のようにね。」
「そうね。確かに今日のことは、私たちでは考えつかなかったわ。ストックしてあったコーヒーを配っても誰も振り向いてくれないし。」
「……コーヒーは香りが売り物ですから。と葵さんが言ってました。」
 全てが葵さんから習ったことだ。人間としては全く尊敬できない人ではあるけれど、コーヒーに関しては一目を置いているから。
「今度、「窓」へ行くわ。」
「支社長。」
「あなたのことも話したいし、それから……コーヒーのこともね。」
「……。」
 パニックにならないんだろうか。いいや。それ以上に、顔を見るのもイヤだと言っていたのに。
「心配しないで。仕事は仕事。割り切るわ。」
「そうですか。」
「じゃあ、またね。」
 支社長は助手席に乗り込み、蓮さんは私を見下ろした。
「プロジェクトのことは、考えなくても大丈夫です。あなたが手を貸したくないと言って、事務方につきたいと言っても会社はそれを受け入れますよ。」
「本当に?」
「えぇ。人事部が言っているのですから間違いはありません。」
 ん?蓮さんって人事部なの?
「このコーヒーは本当は兄に淹れて欲しかったんですけどね。」

 橋の上までやってきて、私は足を止めた。まだリリーのライブは続いている。
 柊さんにはメッセージを送っている。橋の上で待ってますと。いつ来るかわからない。ライブが終わって人の波が押し寄せても、もしかしたら来ないかもしれないのに私はそこでじっと待っていた。
 テンガロンハットはすでに手の中だ。コーヒーを入れるのに邪魔だからと言って、髪も結んでしまった。いつもの自分に戻った気がする。
 リリーの声はパワフルで、離れているここからでもよく聞こえた。
「桜さん。」
 声をかけられて、私はそちらをみる。そこには竹彦がいた。
「竹彦君。蓬さんのところへは戻らなくてもいいの?」
「まだ大丈夫。椿ってね、そんなに縛られないんだよ。組の人間じゃないから。」
「……男らしくなったね。前はとても中性的だと思ってたのに。」
「男か女かわからないって?」
「そうね。」
「今度、仕事をする人はね、男なんだって。」
「男?」
「そう。男を騙せっていうことらしいよ。」
「……いけるの?」
 すると彼は微笑んで私に近づいた。
「前にも言ったね。僕は男にも女にも興味がない。興味があるのは君だけだって。」
「……そうだったわね。私は性別を越えているのかしら。」
「僕はね、人間として君に興味があった。多分そこからだ。意識しだしたのは。」
 わざと視線をずらすように、祭りの会場に視線を移した。そこだけが明るい気がする。
「この橋の上で初めて抱きしめた。それをまだ忘れられない。」
「ごめん。私はあなたのことが……見れないから。」
「わかってる。でもまだ無理しているようにも見えるけどね。一生懸命背伸びしているようだとおもった。だけどその背伸びは、徐々に無くなってる。」
「大人になったのかしら。」
「そうかもしれない。同じ目線で話せるのは嬉しいことだと思うよ。君も、彼も。」
「……。」
「僕もあの人と同じ立場に立てる。見て欲しいものがあるんだ。」
 祭りの会場から視線をずらし、竹彦の方を見る。すると彼は破れたTシャツの隙間から、左肩を見せた。そこには赤い椿の花が彫られていた。
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