夜の声

神崎

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二年目

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 スープを小さめの鍋に入れて、家を出る。片手にはパンを持った。冷凍させているものだけどね。ご飯はあまりなかったからパンでいいかと思ったんだけど。
 一階の一番奥の部屋にたどり着いて、はっと気がついた。両手が塞がってる。チャイムも鳴らせないじゃん。どうしよう。
 少し考えて、結局パンを持っている手を何とかして、チャイムを鳴らした。すると茅さんはすぐにドアを開けてくれる。
「よう。お、鍋ごと持ってきてくれたのか。」
「パンはいかがですか。」
「ありがてぇな。上がるか?」
「いいえ。私も家に帰って食べますから。」
「そう言うと思った。でもお前にちょっと意見が聞きたいこともあるんだ。ちょっと上がれよ。」
 茅さんの部屋に上がる度に、意にそぐわないことをされている気がするけど。でも意見というのも気になる。それにちゃんと話をしておかないと行けないこともあるのは事実。
 私は結局家にあがり、キッチンでスープを温めなおしていた。その間にトースターでパンを温めなおしている。
 部屋は前に来たときよりは綺麗になっている。まぁゴミを集めて捨てたって程度だけど。棚にはよくわからない酒瓶とか、一眼レフのカメラが置いてある。そう言うのが好きなのかな。
 テーブルにはノートパソコンがあり、ソファーにはさっきまで着ていたスーツの上が脱ぎ捨てられていた。ちゃんとかけないとしわになるのにな。
 スープをさらによそい、パンを皿に載せた。
「出来ましたよ。」
「お、サンキュ!」
 彼はそう言ってパソコンを閉じて、脇に置いた。彼の前にその皿を置くと、スプーンを持ってきた。
「戴きます。」
「召し上がれ。」
「ふふ。なんか、昔を思い出すな。」
「どんな昔ですか。」
「姉さんが、よくそうやって飯を用意してくれた。」
「百合さんですか。」
「百合が居なくなったあとは、菖蒲姉さんがしてくれた。」
 ん?なんか変なの。百合さんは百合って言ってるのに、菖蒲さんは菖蒲姉さんってちゃんと姉さん付けだ。
「茅さん。どうして百合さんは百合って呼ぶんですか。ふつうだったら菖蒲姉さんのように、百合姉さんって呼ぶみたいですけど。」
「……あぁ。血の繋がりがないから。」
「え。あぁ。そうだったんですね。」
「菖蒲姉さんと梓兄さんは俺の本当の兄弟。百合と桔梗は連れ子だから。」
 そっか。だから呼び捨てなんだ。
「百合はよくやってくれたと思う。喫茶店しながら、俺らの面倒も見てたんだから。百合が結婚するって言ったとき、みんなで反対した。」
「どうしてですか?」
「ヤクザだったから。しかも結婚できなかったし。」
「……実際は結婚していなかったってことですか。」
「あぁ。ほかに家族もいたし、多分愛人宅ってとこだったんだろ?いい身分だな。」
 だとしたら、柊さんはヤクザを殺したことになる。だから……蓬さんは彼を入れたがっていたのかもしれない。
「うまいな。本当にあの胡桃さんが作ったのか。」
「母さんは料理上手ですよ。」
「まぁ、お前を一人で育てたからな。それくらいはできるか。」
「トマト缶じゃなくて、生トマトだな。」
「えぇ。トマトはもう終わりかけですし、生で食べるよりはこうしたほうが美味しいって。」
「確かにな。」
 あっという間に食べ終わり、私は皿をキッチンへ持って行く。そしてまたテーブルの方へ向かうと、彼は鞄の中から封筒を取り出した。
「これ見ろよ。」
 煙草に火をつけて、私にその封筒を手渡した。私はそれを受け取ると、それをのぞいた。そこには数枚の紙が入っている。
「これ……。」
 店舗用のビルの物件で、一階、二階が中心で、広さも十分あるようだった。
「この中のどれかをカフェにする。どれがいいと思う?」
「あの……茅さん。」
「日当たりは悪くない。想像できるよな。ここでコーヒーの香りがして、音楽薄く流して、非日常だと思わないか?」
「茅さん。私……この事業には参加できないんですけど。」
「事務方?」
 そう言って彼は眉を潜ませた。
「つまんねぇ仕事をしてたって仕方ないだろ?やりがいのあるものを仕事にした方がいい。お前だってそう思ってるんだろう?だから葵のところにいるんだろ?」
「……確かに仕事にやりがいは求めます。だけど、私のやりがいは多分ここじゃないから。」
 煙草の灰を灰皿に落とし、彼は私を覗き見る。
「どこに求める?柊のとこか?結婚でもするのか。」
「まだしません。いずれはすることになると思いますけど。」
「……。」
「焙煎の仕方を習いたい人がいるんです。その人に習って、コーヒーの入れ方を、また学びなおして……自分なりの味を求めたいんです。」
「そんな時間はない。もう春には開店させたいんだ。焙煎だったら、俺が教えてやってもいい。」
「違うんです。その人には時間がないから……。」
 すると彼は煙草を灰皿に置くと、私に近づいてきた。
「誰だ。それは。」
「……瑠璃さん。葵さんのお母さんだと聞いてます。」
「瑠璃さんか……。」
 苦々しい表情になり、彼はまた煙草に手を伸ばした。
「瑠璃さんは、いずれ旦那さんの元へ行くそうです。その前に一から色々教わりたい。」
「そこに柊もいるのか。」
「……彼が望むのであれば。」
「多分望むんだろうな。」
 一口煙草の煙を吸い込み、彼は灰皿にその煙草を消した。
「桜。それからでもいい。ウチに来てくれないか。」
「どうしてそこまでして私を呼ぼうとするんですか。きっと……私よりも美味しくコーヒーを入れる人がいるのに。」
「……言っただろう?」
 近づいてくる。距離が近い。逃げるように私は後ろに下がった。しかしその間には限界がある。
「好きだから。」
「答えられません。」
「柊がいるから?」
「えぇ。」
「……あいつは……人の犠牲で成り立っている奴なのに、俺からまた奪うんだな。」
「奪うんですか?違うと思う。彼に人が集まっているんじゃないんですか。」
 すると彼はふっと笑った。
「だったら俺は奪い返せばいい。」
 その言葉に私はぞっとして、立ち上がろうとした。しかし彼はそれを止めるように、私の肩に手をおいた。
「このまま奪えば、ただの強姦です。やめてください。」
「じゃあ、キスだけしようか。何度でもしたな。」
「やだ。」
「よく似てるだろ?俺だって柊が蓬さんに心酔していたように、柊に心酔していたこともあるんだ。似せようと思ってな。」
 ソファを背にして身動きがとれない私の頬をぐっと支える。そして彼は私の唇に唇を重ねてきた。
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