197 / 355
二年目
196
しおりを挟む
スープを小さめの鍋に入れて、家を出る。片手にはパンを持った。冷凍させているものだけどね。ご飯はあまりなかったからパンでいいかと思ったんだけど。
一階の一番奥の部屋にたどり着いて、はっと気がついた。両手が塞がってる。チャイムも鳴らせないじゃん。どうしよう。
少し考えて、結局パンを持っている手を何とかして、チャイムを鳴らした。すると茅さんはすぐにドアを開けてくれる。
「よう。お、鍋ごと持ってきてくれたのか。」
「パンはいかがですか。」
「ありがてぇな。上がるか?」
「いいえ。私も家に帰って食べますから。」
「そう言うと思った。でもお前にちょっと意見が聞きたいこともあるんだ。ちょっと上がれよ。」
茅さんの部屋に上がる度に、意にそぐわないことをされている気がするけど。でも意見というのも気になる。それにちゃんと話をしておかないと行けないこともあるのは事実。
私は結局家にあがり、キッチンでスープを温めなおしていた。その間にトースターでパンを温めなおしている。
部屋は前に来たときよりは綺麗になっている。まぁゴミを集めて捨てたって程度だけど。棚にはよくわからない酒瓶とか、一眼レフのカメラが置いてある。そう言うのが好きなのかな。
テーブルにはノートパソコンがあり、ソファーにはさっきまで着ていたスーツの上が脱ぎ捨てられていた。ちゃんとかけないとしわになるのにな。
スープをさらによそい、パンを皿に載せた。
「出来ましたよ。」
「お、サンキュ!」
彼はそう言ってパソコンを閉じて、脇に置いた。彼の前にその皿を置くと、スプーンを持ってきた。
「戴きます。」
「召し上がれ。」
「ふふ。なんか、昔を思い出すな。」
「どんな昔ですか。」
「姉さんが、よくそうやって飯を用意してくれた。」
「百合さんですか。」
「百合が居なくなったあとは、菖蒲姉さんがしてくれた。」
ん?なんか変なの。百合さんは百合って言ってるのに、菖蒲さんは菖蒲姉さんってちゃんと姉さん付けだ。
「茅さん。どうして百合さんは百合って呼ぶんですか。ふつうだったら菖蒲姉さんのように、百合姉さんって呼ぶみたいですけど。」
「……あぁ。血の繋がりがないから。」
「え。あぁ。そうだったんですね。」
「菖蒲姉さんと梓兄さんは俺の本当の兄弟。百合と桔梗は連れ子だから。」
そっか。だから呼び捨てなんだ。
「百合はよくやってくれたと思う。喫茶店しながら、俺らの面倒も見てたんだから。百合が結婚するって言ったとき、みんなで反対した。」
「どうしてですか?」
「ヤクザだったから。しかも結婚できなかったし。」
「……実際は結婚していなかったってことですか。」
「あぁ。ほかに家族もいたし、多分愛人宅ってとこだったんだろ?いい身分だな。」
だとしたら、柊さんはヤクザを殺したことになる。だから……蓬さんは彼を入れたがっていたのかもしれない。
「うまいな。本当にあの胡桃さんが作ったのか。」
「母さんは料理上手ですよ。」
「まぁ、お前を一人で育てたからな。それくらいはできるか。」
「トマト缶じゃなくて、生トマトだな。」
「えぇ。トマトはもう終わりかけですし、生で食べるよりはこうしたほうが美味しいって。」
「確かにな。」
あっという間に食べ終わり、私は皿をキッチンへ持って行く。そしてまたテーブルの方へ向かうと、彼は鞄の中から封筒を取り出した。
「これ見ろよ。」
煙草に火をつけて、私にその封筒を手渡した。私はそれを受け取ると、それをのぞいた。そこには数枚の紙が入っている。
「これ……。」
店舗用のビルの物件で、一階、二階が中心で、広さも十分あるようだった。
「この中のどれかをカフェにする。どれがいいと思う?」
「あの……茅さん。」
「日当たりは悪くない。想像できるよな。ここでコーヒーの香りがして、音楽薄く流して、非日常だと思わないか?」
「茅さん。私……この事業には参加できないんですけど。」
「事務方?」
そう言って彼は眉を潜ませた。
「つまんねぇ仕事をしてたって仕方ないだろ?やりがいのあるものを仕事にした方がいい。お前だってそう思ってるんだろう?だから葵のところにいるんだろ?」
「……確かに仕事にやりがいは求めます。だけど、私のやりがいは多分ここじゃないから。」
煙草の灰を灰皿に落とし、彼は私を覗き見る。
「どこに求める?柊のとこか?結婚でもするのか。」
「まだしません。いずれはすることになると思いますけど。」
「……。」
「焙煎の仕方を習いたい人がいるんです。その人に習って、コーヒーの入れ方を、また学びなおして……自分なりの味を求めたいんです。」
「そんな時間はない。もう春には開店させたいんだ。焙煎だったら、俺が教えてやってもいい。」
「違うんです。その人には時間がないから……。」
すると彼は煙草を灰皿に置くと、私に近づいてきた。
「誰だ。それは。」
「……瑠璃さん。葵さんのお母さんだと聞いてます。」
「瑠璃さんか……。」
苦々しい表情になり、彼はまた煙草に手を伸ばした。
「瑠璃さんは、いずれ旦那さんの元へ行くそうです。その前に一から色々教わりたい。」
「そこに柊もいるのか。」
「……彼が望むのであれば。」
「多分望むんだろうな。」
一口煙草の煙を吸い込み、彼は灰皿にその煙草を消した。
「桜。それからでもいい。ウチに来てくれないか。」
「どうしてそこまでして私を呼ぼうとするんですか。きっと……私よりも美味しくコーヒーを入れる人がいるのに。」
「……言っただろう?」
近づいてくる。距離が近い。逃げるように私は後ろに下がった。しかしその間には限界がある。
「好きだから。」
「答えられません。」
「柊がいるから?」
「えぇ。」
「……あいつは……人の犠牲で成り立っている奴なのに、俺からまた奪うんだな。」
「奪うんですか?違うと思う。彼に人が集まっているんじゃないんですか。」
すると彼はふっと笑った。
「だったら俺は奪い返せばいい。」
その言葉に私はぞっとして、立ち上がろうとした。しかし彼はそれを止めるように、私の肩に手をおいた。
「このまま奪えば、ただの強姦です。やめてください。」
「じゃあ、キスだけしようか。何度でもしたな。」
「やだ。」
「よく似てるだろ?俺だって柊が蓬さんに心酔していたように、柊に心酔していたこともあるんだ。似せようと思ってな。」
ソファを背にして身動きがとれない私の頬をぐっと支える。そして彼は私の唇に唇を重ねてきた。
一階の一番奥の部屋にたどり着いて、はっと気がついた。両手が塞がってる。チャイムも鳴らせないじゃん。どうしよう。
少し考えて、結局パンを持っている手を何とかして、チャイムを鳴らした。すると茅さんはすぐにドアを開けてくれる。
「よう。お、鍋ごと持ってきてくれたのか。」
「パンはいかがですか。」
「ありがてぇな。上がるか?」
「いいえ。私も家に帰って食べますから。」
「そう言うと思った。でもお前にちょっと意見が聞きたいこともあるんだ。ちょっと上がれよ。」
茅さんの部屋に上がる度に、意にそぐわないことをされている気がするけど。でも意見というのも気になる。それにちゃんと話をしておかないと行けないこともあるのは事実。
私は結局家にあがり、キッチンでスープを温めなおしていた。その間にトースターでパンを温めなおしている。
部屋は前に来たときよりは綺麗になっている。まぁゴミを集めて捨てたって程度だけど。棚にはよくわからない酒瓶とか、一眼レフのカメラが置いてある。そう言うのが好きなのかな。
テーブルにはノートパソコンがあり、ソファーにはさっきまで着ていたスーツの上が脱ぎ捨てられていた。ちゃんとかけないとしわになるのにな。
スープをさらによそい、パンを皿に載せた。
「出来ましたよ。」
「お、サンキュ!」
彼はそう言ってパソコンを閉じて、脇に置いた。彼の前にその皿を置くと、スプーンを持ってきた。
「戴きます。」
「召し上がれ。」
「ふふ。なんか、昔を思い出すな。」
「どんな昔ですか。」
「姉さんが、よくそうやって飯を用意してくれた。」
「百合さんですか。」
「百合が居なくなったあとは、菖蒲姉さんがしてくれた。」
ん?なんか変なの。百合さんは百合って言ってるのに、菖蒲さんは菖蒲姉さんってちゃんと姉さん付けだ。
「茅さん。どうして百合さんは百合って呼ぶんですか。ふつうだったら菖蒲姉さんのように、百合姉さんって呼ぶみたいですけど。」
「……あぁ。血の繋がりがないから。」
「え。あぁ。そうだったんですね。」
「菖蒲姉さんと梓兄さんは俺の本当の兄弟。百合と桔梗は連れ子だから。」
そっか。だから呼び捨てなんだ。
「百合はよくやってくれたと思う。喫茶店しながら、俺らの面倒も見てたんだから。百合が結婚するって言ったとき、みんなで反対した。」
「どうしてですか?」
「ヤクザだったから。しかも結婚できなかったし。」
「……実際は結婚していなかったってことですか。」
「あぁ。ほかに家族もいたし、多分愛人宅ってとこだったんだろ?いい身分だな。」
だとしたら、柊さんはヤクザを殺したことになる。だから……蓬さんは彼を入れたがっていたのかもしれない。
「うまいな。本当にあの胡桃さんが作ったのか。」
「母さんは料理上手ですよ。」
「まぁ、お前を一人で育てたからな。それくらいはできるか。」
「トマト缶じゃなくて、生トマトだな。」
「えぇ。トマトはもう終わりかけですし、生で食べるよりはこうしたほうが美味しいって。」
「確かにな。」
あっという間に食べ終わり、私は皿をキッチンへ持って行く。そしてまたテーブルの方へ向かうと、彼は鞄の中から封筒を取り出した。
「これ見ろよ。」
煙草に火をつけて、私にその封筒を手渡した。私はそれを受け取ると、それをのぞいた。そこには数枚の紙が入っている。
「これ……。」
店舗用のビルの物件で、一階、二階が中心で、広さも十分あるようだった。
「この中のどれかをカフェにする。どれがいいと思う?」
「あの……茅さん。」
「日当たりは悪くない。想像できるよな。ここでコーヒーの香りがして、音楽薄く流して、非日常だと思わないか?」
「茅さん。私……この事業には参加できないんですけど。」
「事務方?」
そう言って彼は眉を潜ませた。
「つまんねぇ仕事をしてたって仕方ないだろ?やりがいのあるものを仕事にした方がいい。お前だってそう思ってるんだろう?だから葵のところにいるんだろ?」
「……確かに仕事にやりがいは求めます。だけど、私のやりがいは多分ここじゃないから。」
煙草の灰を灰皿に落とし、彼は私を覗き見る。
「どこに求める?柊のとこか?結婚でもするのか。」
「まだしません。いずれはすることになると思いますけど。」
「……。」
「焙煎の仕方を習いたい人がいるんです。その人に習って、コーヒーの入れ方を、また学びなおして……自分なりの味を求めたいんです。」
「そんな時間はない。もう春には開店させたいんだ。焙煎だったら、俺が教えてやってもいい。」
「違うんです。その人には時間がないから……。」
すると彼は煙草を灰皿に置くと、私に近づいてきた。
「誰だ。それは。」
「……瑠璃さん。葵さんのお母さんだと聞いてます。」
「瑠璃さんか……。」
苦々しい表情になり、彼はまた煙草に手を伸ばした。
「瑠璃さんは、いずれ旦那さんの元へ行くそうです。その前に一から色々教わりたい。」
「そこに柊もいるのか。」
「……彼が望むのであれば。」
「多分望むんだろうな。」
一口煙草の煙を吸い込み、彼は灰皿にその煙草を消した。
「桜。それからでもいい。ウチに来てくれないか。」
「どうしてそこまでして私を呼ぼうとするんですか。きっと……私よりも美味しくコーヒーを入れる人がいるのに。」
「……言っただろう?」
近づいてくる。距離が近い。逃げるように私は後ろに下がった。しかしその間には限界がある。
「好きだから。」
「答えられません。」
「柊がいるから?」
「えぇ。」
「……あいつは……人の犠牲で成り立っている奴なのに、俺からまた奪うんだな。」
「奪うんですか?違うと思う。彼に人が集まっているんじゃないんですか。」
すると彼はふっと笑った。
「だったら俺は奪い返せばいい。」
その言葉に私はぞっとして、立ち上がろうとした。しかし彼はそれを止めるように、私の肩に手をおいた。
「このまま奪えば、ただの強姦です。やめてください。」
「じゃあ、キスだけしようか。何度でもしたな。」
「やだ。」
「よく似てるだろ?俺だって柊が蓬さんに心酔していたように、柊に心酔していたこともあるんだ。似せようと思ってな。」
ソファを背にして身動きがとれない私の頬をぐっと支える。そして彼は私の唇に唇を重ねてきた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる