352 / 355
二年目
352
しおりを挟む
髪を伸ばしていたのは、楽だからという他に理由があった。
髪の長い男はそうそういない。DJをする上で、特徴があった方がいいという菊音の言葉からだった。それに、菊音の紹介で始めたラジオの仕事。
もしラジオの仕事がばれてもSyuであったと思わせればいい。
「思わせればいい?あなたは流していただけでしょう?」
リビングに新聞紙を敷いて、彼は広めのゴミ袋に頭が入るだけの穴をあけて、それを被った。そして私の方を見る。ゴミ袋の下から、手を出して私の頭をなでた。
「お前はだから可愛いんだ。人のいうことをすぐ信じるから。」
「あっ……。」
「俺が椿をしていた。」
月曜日から金曜日まで、彼はラジオのパーソナリティをしていた。それを紹介したのは、菊音さん。
夜のラジオ番組は、菊音さんの最後の良心だった。
「あなたのいうことだから信じたのよ。」
「知ってる。もう隠す必要もない。番組は降りた。DJも気が向いたときしかしなくていい。」
「ねぇ……それでいいの?すべて自分の好きなことを捨てて、それでいいの?私といるから出来なくなったんじゃないの?」
「違う。」
彼はその格好のまま私を抱きしめた。
「一番したいのはお前といることだ。」
「でも……。」
「それにあっちにもクラブはある。そこで回せばいい。そのときは来てくれるだろう?」
「……うん。」
「じゃあ、切ってくれないか。」
そう言って彼はその広げた新聞紙の中心に座った。
朝になり柊さんはコーヒーだけ飲んで、一度散髪屋に行ってから仕事にいくといって出て行った。思った以上に人の髪を切るってのは難しい。特に彼は癖毛だしな。
食欲はなかったけれど私はコーヒーだけ飲むと、新たにコーヒーをいれた。そして魔法瓶にいれて出かける用意をした。
まだ病院は開いている時間じゃないけれど、先生はこれから仕事だと言っていたし、コーヒーだけでも飲んでおいた方がいいかもしれない。
そして家をでると、上から人が降りてきた。それは樒さんだった。
「おはよう。早いね。」
「……おはようございます。」
「どこかに出かけるの?」
「えぇ。病院に。」
「病院?どうしたの?妊娠でもした?」
「いいえ。」
すると樒さんは少し笑った。
「冗談で言ったんだよ。そんなに真面目に取られるとは思ってなかったな。」
「……すいません。今日、ちょっと急いでて。」
「送ろうか?今日、車あるし。」
「……あの……知ってるんですか?」
「知ってるよ。隣で大騒ぎだったから。救急車も警察もやってきて、気が付かない方がおかしいよ。茅の意識は戻ったの?」
「いいえ。まだ。」
「そうか。」
「先生も今日は仕事だし、早く代わってあげないと……。」
「そうだったら、尚更送ってあげるよ。」
樒さんはそう言ってその位置から車の鍵を、リモコンであける。それは見たことのある車だった。
「あの車……。」
「あぁ、知ってる?社用車なんだけど。」
「蓮見さんに乗せてもらったことがあります。」
「蓮見とも知り合いか。顔が広いね。君は。」
「いいえ。偶然知り合っただけですから。」
樒さんは、エスコートするように私を車に乗せてくれた。そしてエンジンをかける。
「あの……。」
「何?」
「多分ですけど……柊がお世話になってたんじゃないんですか。」
「……そうだね。先週までだったか。柊の声が評判良かったんだけど、辞めたいって言うから仕方ないよね。」
「……柊に会うまで、私も一ファンでしたよ。彼の曲と、彼の声が好きでした。」
信号で止まり、樒さんは煙草を取り出して火をつける。
「そうだね。内容はすべて柊が考えていた。曲も彼がチョイスしてた。センスのいい奴だ。このままやってくれると思ってたんだが……。まぁこっちの仕事よりも、本職の方が大事だからね。それに大事にする人も出来たようだし。」
その言葉に私は顔が赤くなる音を聞いた。
「確かに顔を晒さない契約をしていた。椿としてのイメージもあるしね。あんなおっさん……嫌。失礼。」
「おっさんなのは自覚してますよ。」
「そう。でも……正直、こんなに続けてくれるとは思ってなかった。夜しかでない、声しか出さない、姿を現さない、リクエストを受け付けない、相談だけはする。今時は明るいところで軽快なおしゃべりをするのが受けているのに、彼はまるでモグラだと思った。」
「……。」
「でも柊は「それで自分がしたことが許されるとは思っていない。でも許してもらえるなら進んでする」といっていたのを覚えている。」
「……そうだったんですか。」
彼は煙草を消すと、ニヤリと笑った。
「奴の言葉で、奴の声で、どれだけの人が救われただろうな。」
すると私は少し笑っていたのかもしれない。
「えぇ。私もその一人ですよ。夜になるたびに夜の声を、ずっと求めてました。出来れば続けて欲しいと思ったんですけどね。」
「あぁ。だから奴に一つ、企画を持ち込んでいるんだ。」
「企画?」
「そう。秋スタートにしようと思ってるんだけど、ラジオ番組。「深夜の集い」の後番組だよ。」
「無くなるんですか?」
「あぁ。スポンサーがヒジカタコーヒーでね。薬の事件があって以来、業績が思わしくないようだ。だから切って欲しいとこの間、言われた。」
「……そうだったんですか。」
「だからその後番組。君からも言ってくれないか。生放送ではないから、録音だけでいいって。」
「伝えておきます。」
「頼んだよ。」
樒さんは多分、それを頼みたかったのだろう。だから車に強引に乗せた。
病院の前で、私はその車が行ってしまうのを見送り、そしてまた病院の中に入っていった。
髪の長い男はそうそういない。DJをする上で、特徴があった方がいいという菊音の言葉からだった。それに、菊音の紹介で始めたラジオの仕事。
もしラジオの仕事がばれてもSyuであったと思わせればいい。
「思わせればいい?あなたは流していただけでしょう?」
リビングに新聞紙を敷いて、彼は広めのゴミ袋に頭が入るだけの穴をあけて、それを被った。そして私の方を見る。ゴミ袋の下から、手を出して私の頭をなでた。
「お前はだから可愛いんだ。人のいうことをすぐ信じるから。」
「あっ……。」
「俺が椿をしていた。」
月曜日から金曜日まで、彼はラジオのパーソナリティをしていた。それを紹介したのは、菊音さん。
夜のラジオ番組は、菊音さんの最後の良心だった。
「あなたのいうことだから信じたのよ。」
「知ってる。もう隠す必要もない。番組は降りた。DJも気が向いたときしかしなくていい。」
「ねぇ……それでいいの?すべて自分の好きなことを捨てて、それでいいの?私といるから出来なくなったんじゃないの?」
「違う。」
彼はその格好のまま私を抱きしめた。
「一番したいのはお前といることだ。」
「でも……。」
「それにあっちにもクラブはある。そこで回せばいい。そのときは来てくれるだろう?」
「……うん。」
「じゃあ、切ってくれないか。」
そう言って彼はその広げた新聞紙の中心に座った。
朝になり柊さんはコーヒーだけ飲んで、一度散髪屋に行ってから仕事にいくといって出て行った。思った以上に人の髪を切るってのは難しい。特に彼は癖毛だしな。
食欲はなかったけれど私はコーヒーだけ飲むと、新たにコーヒーをいれた。そして魔法瓶にいれて出かける用意をした。
まだ病院は開いている時間じゃないけれど、先生はこれから仕事だと言っていたし、コーヒーだけでも飲んでおいた方がいいかもしれない。
そして家をでると、上から人が降りてきた。それは樒さんだった。
「おはよう。早いね。」
「……おはようございます。」
「どこかに出かけるの?」
「えぇ。病院に。」
「病院?どうしたの?妊娠でもした?」
「いいえ。」
すると樒さんは少し笑った。
「冗談で言ったんだよ。そんなに真面目に取られるとは思ってなかったな。」
「……すいません。今日、ちょっと急いでて。」
「送ろうか?今日、車あるし。」
「……あの……知ってるんですか?」
「知ってるよ。隣で大騒ぎだったから。救急車も警察もやってきて、気が付かない方がおかしいよ。茅の意識は戻ったの?」
「いいえ。まだ。」
「そうか。」
「先生も今日は仕事だし、早く代わってあげないと……。」
「そうだったら、尚更送ってあげるよ。」
樒さんはそう言ってその位置から車の鍵を、リモコンであける。それは見たことのある車だった。
「あの車……。」
「あぁ、知ってる?社用車なんだけど。」
「蓮見さんに乗せてもらったことがあります。」
「蓮見とも知り合いか。顔が広いね。君は。」
「いいえ。偶然知り合っただけですから。」
樒さんは、エスコートするように私を車に乗せてくれた。そしてエンジンをかける。
「あの……。」
「何?」
「多分ですけど……柊がお世話になってたんじゃないんですか。」
「……そうだね。先週までだったか。柊の声が評判良かったんだけど、辞めたいって言うから仕方ないよね。」
「……柊に会うまで、私も一ファンでしたよ。彼の曲と、彼の声が好きでした。」
信号で止まり、樒さんは煙草を取り出して火をつける。
「そうだね。内容はすべて柊が考えていた。曲も彼がチョイスしてた。センスのいい奴だ。このままやってくれると思ってたんだが……。まぁこっちの仕事よりも、本職の方が大事だからね。それに大事にする人も出来たようだし。」
その言葉に私は顔が赤くなる音を聞いた。
「確かに顔を晒さない契約をしていた。椿としてのイメージもあるしね。あんなおっさん……嫌。失礼。」
「おっさんなのは自覚してますよ。」
「そう。でも……正直、こんなに続けてくれるとは思ってなかった。夜しかでない、声しか出さない、姿を現さない、リクエストを受け付けない、相談だけはする。今時は明るいところで軽快なおしゃべりをするのが受けているのに、彼はまるでモグラだと思った。」
「……。」
「でも柊は「それで自分がしたことが許されるとは思っていない。でも許してもらえるなら進んでする」といっていたのを覚えている。」
「……そうだったんですか。」
彼は煙草を消すと、ニヤリと笑った。
「奴の言葉で、奴の声で、どれだけの人が救われただろうな。」
すると私は少し笑っていたのかもしれない。
「えぇ。私もその一人ですよ。夜になるたびに夜の声を、ずっと求めてました。出来れば続けて欲しいと思ったんですけどね。」
「あぁ。だから奴に一つ、企画を持ち込んでいるんだ。」
「企画?」
「そう。秋スタートにしようと思ってるんだけど、ラジオ番組。「深夜の集い」の後番組だよ。」
「無くなるんですか?」
「あぁ。スポンサーがヒジカタコーヒーでね。薬の事件があって以来、業績が思わしくないようだ。だから切って欲しいとこの間、言われた。」
「……そうだったんですか。」
「だからその後番組。君からも言ってくれないか。生放送ではないから、録音だけでいいって。」
「伝えておきます。」
「頼んだよ。」
樒さんは多分、それを頼みたかったのだろう。だから車に強引に乗せた。
病院の前で、私はその車が行ってしまうのを見送り、そしてまた病院の中に入っていった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる