夜の声

神崎

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二年目

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 菊音さんは私を恨んでいた。
 本当なら夏に柊さんが私を連れてクラブにやってきたとき、薬を飲ませてどこかに売るつもりだったのだ。しかし柊は本当に私のことを好きでいてくれた。
 だから急にいなくなれば、柊さんも、そして私の母も怪しむと思い薬を飲ませるだけ飲ませて、放置しておいたのだ。それに薬の量も少なかったらしく、すぐに起きてしまった。
 そこで祭りの時に、テントから引き離しそのまま誘拐しようと思った。しかしすぐに柊さんがやって来たことで、それは失敗に終わる。
 そして自分のやっていることがばれた。蓬さんにそれを追求され、彼は逃げるように逃亡した。愛人も数人いる。どうにでもなるはずだ。そう信じていたらしい。
 しかし愛人たちは蓬さんの声がかかり、反応は冷たかった。唯一彼を受け入れた女も、蓬さんの手がかかっていた。

 すべては私のせいだ。

 すべては柊さんが私に出会わなければ。愛など信じず、おとなしくヤクザになればすべては丸く収まったのに。彼はそれを信じていた。
 自分が大事にしていたクラブも、他の人の手に渡ってしまった。ホームレス同然の生活をしながら、菊音さんはそれをずっと思っていた。
 そしてそのクラブが新しいオーナーになり、初めてのイベントがあると知った。時期的に、私も来るだろうと思っていた。柊さんのステージの時は、きっと私はそれに夢中になっているはずだ。そのときがチャンスだと彼は踏んだのだ。
 しかしそのあては茅さんがいることでもろくも崩れた。

 手術は無事終わり血を多く流したが、そもそもの体のつくりも違うし、回復は早いだろうという医師の言葉だった。
「桜。」
 ナースステーション横の集中治療室に移された茅さんは、青い顔の間ままだ眠っていた。麻酔が切れていないらしい。私はその横でいすに腰掛けて、ずっと彼を見ていた。点滴伸されている手を握り、早く目覚めて欲しいと願う。
 そこへ芙蓉さんがやってきた。
「桜。一度帰ろう?桜、血だらけよ。」
 コートも、ジーパンも、多分黒でわからないけれど、シャツもすべて血だらけだった。すべて茅さんの血液。
 窓の外はまだ暗い。もしも夜明けの明るさで、彼が目覚めてくれればいいと思う。
「……目が覚めたら帰る。」
「桜。いても一緒。麻酔切れたら目、覚める。ね?帰ろ?」
 その言葉に私は首を横に振った。
「桜。」
 今度は柊さんの声だった。
「お前をかばって茅が倒れたが、俺はお前が刺されなくて良かったと思ってる。」
「……そうね。」
「茅のことを思うんなら、一度お前も帰った方がいい。血だらけの姿を見て、目を覚めたら茅も卒倒するだろう。」
「……。」
「麻酔はあと二時間は覚めないと言っていた。一度帰り、着替えてからここへまた来よう。」
「連れてきてくれる?」
「あぁ。その間は、桔梗と芙蓉がついていてくれる。桔梗は仕事だし、俺も仕事だ。お前がいてくれた方がいい。」
「わかった……。」
 私は柊さんに支えられるように立ち上がると、手を引かれてそこから出る。

 お風呂の中で、抱き抱えられるように私は湯船に浸かっていた。返り血を柊さんは丁寧に落としてくれて、落ち着くからと後ろから抱きしめてくれる。優しい人だ。だけど……なぜか今、私の心の中には、茅さんしかいない。
「……柊、怒らないでね。」
「何だ。」
「私、茅さんに何度もキスをされたし、何度かセックスもしたの。」
「知ってる。」
「レイプまがいにされたこともある。」
 その言葉に彼の腕の力が少し強まった。
「……。」
「でも徐々に嫌じゃなくなった。あなたのことが好きだと思ってたのに、体はそう言ってくれなくて……。」
「知ってた。」
「どうして?」
 驚いて彼の方を振り返る。
「茅と会ってから、お前の体がどんどん違う人のようになっている気がしてな。茅か……葵か、どっちかに抱かれたんだろうと思っていた。」
「ごめんなさい。」
「俺も忙しさにかまけすぎた。」
 そう言って彼は私の唇にキスをした。
「いつか葵に言われたんだがな。お前は若いから、無碍にしていると他の男に転ぶかもしれないって。」
 そんなことを言っていたのか。
「……茅さんの気持ちに答えられない。だけど体は答えてた。」
「だったらそれを含めて、俺と一緒になるか?」
「え?」
 唇にまた指を触れさせて、彼は私の唇にまた唇を触れさせた。そして口内を愛撫するように、舌を舐める。
 やっと唇を離され、今度は正面から抱きしめた。
「俺も百合の体を忘れたことはないし、好きだったことを忘れたことはない。でも今はお前しか見てない。お前もそんな俺を好きでいれるか?」
 それはずっと彼が聞きたかったことかもしれない。
 それに私がずっと気にしていたことだった。本当なら百合さんを追っていきたいんじゃないかとか。
「……うん。」
 彼の体に手を伸ばして、私はそれに答えた。
「でもまぁ……茅にはよく言っておかなければいけないな。」
 そう言って彼は私の体に触れてきた。

 お風呂からあがり、私は机の引き出しをあけた。そこには茅さんから贈られた指輪がある。銀色に光っている指輪は、一度しかはめられたことはない。
「何だ。それは。」
 柊さんが後ろから見て、不思議そうにその指輪に触れた。
「茅さんから……。」
「そうか。あいつのことだ。返すと言っても受け取らなかったんだろう。」
「うん。」
「桜。頼みがあるんだが。」
「何?」
 引き出しを閉じて、私は彼を見る。すると彼の手にははさみが握られていた。
「何?」
「髪を切ってくれないか。」
「私が?切れないわ。」
「ざっくりでいい。どうせ今日仕事が終わったら切ろうと思っていたし。だが、どうしてもお前の手で切って欲しいと思ってな。」
 どうしてそんな急なことを言い出したのか、私はまだわからなかった。
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