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二年目
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スピーカーから大音量の音が流れる。見たこともないピンクの髪の男が聴いたことのない音楽を流し、周りの人たちはそれに合わせて手をたたいたり踊ったりし始めた。
踊ることも曲も知らない私は、茅さんと一緒に壁にもたれながらその光景を見ていた。茅さんはもう二杯目のビールに口を付けている。興味はなさそうだ。
「Syuが出てなけりゃ、こんな所には縁がないだろう。」
音楽には興味がないと言っていたのは、本当だろう。彼が好きなのはリアルな感覚かもしれない。だから曲ではなく、彼が見ていたのは踊っている人たちだった。
「この曲は知ってる。」
彼はそう言って少し笑った。
それからどれくらいしてからか、片方のンテーブルに男がレコードをセッティングする。その繰り返しだった。息つく暇もなく、曲が流れている。その曲は多種多様。柊さんに言わせれば、DJにも得意なジャンルがあり、ロック、ジャズ、レゲエなどいろんな曲があるらしい。
柊さんが好きなのは一昔前の曲。それは洋楽、邦楽問わないし、ジャンルも場に合わせるので、彼は引っ張りだこなのだ。
やがて髪の長く、体格のいい人がステージにあがり、客席は歓声を上げる。それは柊さんだった。
「今日ロック多いから、ロックかな。」
「スカもいいな。」
前にしていた人の音に合わせて、曲を被せていく。気持ちいい曲だ。女性のしゃがれた声が耳に響いた。
「ブルースか。懐かしい曲だな。」
その曲にあまり興味がなさそうにしていた茅さんも、その音を聞いていたようだった。
「センスがいいというのは本当だ。あまり音楽を聴く習慣がなかったし、菖蒲姉さんの曲もほとんど聴いたことはなかったが、あいつの流している曲はわりと好きなんだよ。」
いつか茅さんがそう言っていた。興味のない人でも耳を傾けてしまう曲を流す柊さんは、いつもの柊さんじゃない。みんなに声援を向けられている別人のようだった。だけど彼はそれが好きなんだ。自分の好きな曲を流し「この曲いいね」と言われるのが何より好きなのだと思う。
○×市へ行けば、こういう機会はそう無くなるかもしれない。それでいいのかといわれたら、それよりも私といる方を取るのだという。
「幸せだな。」と茅さんからは言われたけれど、正直本当にそれでいいのかと思う。彼のしたいことを奪って、他の土地へ行っていいのだろうか。
やがて曲が変わる。私がいつか彼の部屋で好きだといった曲だった。北欧の楽器とロックを組み合わせた曲。
そのときだった。私の体に誰かが抱きついてくる。
「きゃあ!」
思わずそれを払いのけようとする。しかし上を見るとそれは茅さんだった。
「茅さん?」
こんな所でこんな事をするなんて!そう思ったけれど、彼の私を抱きしめた腕の力がどんどんと抜けていく。そして曲がとぎれた。
「え?」
「きゃああああ!」
女性のヒステリックな声が耳をつんざく。そして人をかき分けて、柊さんが出口へ走っていく後ろ姿をみた。
「無事か?」
茅さんのかすれた声が聞こえた。上を見ると、彼は微笑んだまま、目をそのまま閉じ、私の体にもたれ掛かった。彼の重さで立っていられない。座り込んで彼を避けようと彼の体に手を伸ばした。
「えっ!?」
温かいものが背中に伸ばした指に触れた。それを恐る恐る見てみると、薄暗い光でもわかるそれは血液。
「え……。茅さん?」
座り込んだコートのはしにも、ジーパンにも彼の血液がついている。
「警察!」
「いや、救急車だ!」
絶好調だったその盛り上がりが、ヒステリックになく女の声や、騒がしい男の声でかき消された。
その中、私は呆然と茅さんを抱きしめているしかなかった。
まるで本当に殺すつもりだったと医師は言っていたようだった。茅さん背中の傷は骨をかいくぐり、内蔵にまで達していたのだから。
藤堂先生さんと芙蓉さんがやってきて、やっと手術室に運ばれた。
赤いランプがともるその部屋の前で私は芙蓉さんに手を握られていたけれど、何も言えなかった。
「……桜。」
心配そうに芙蓉さんはたまに声をかけてくれるけれど、ぼんやりとそのランプを見ていた。
やがて革靴の音が廊下に響いた。その人は柊さんだった。サングラスをはずし、髪を結んだいつもの彼だった。私はちらりと彼を見たけれど、すぐにそのランプに目を移す。
「……桜。」
その声に私は彼の方を見る。するとその横にいた先生が立ち上がる。
「柊さんですか。」
「そうですが、あなたは?」
「桔梗と言います。茅の一つ上の兄です。」
「あぁ……話だけは聞いています。」
柊さんは少し虚を突かれたようだった。自分に似ている男。そして彼が柊さんに変装して、私たちの仲を引き裂こうとした人だと言うこと。それを知っているのだ。
「……茅を面倒見ていたようで。」
「そんな話は今はどうでもいいです。茅は、どうなんですか。」
すると先生はため息をついていった。
「傷自体はそう大きくはありません。ナイフを突き立てただけですから。ただ、腰に深く刺さっているようで……その……死ぬことはないのですが、最悪、半身に障害が出るかもしれないと。」
「……くそ。茅……。」
彼はそう言ってそのランプを見上げた。
「柊さん。犯人は捕まりましたか。」
「えぇ。すぐにとはいきませんでしたが、捕まえることはできました……。」
「知り合いでしたか。」
「えぇ……。犯人は、菊音亮と言う男です。」
菊音さんが茅さんを刺した。私はぎゅっと拳を握る。
「菊音……と言うことは、やはり原因はヤクザ関係のことですか。」
「……えぇ。俺も、茅も、その世界にいたことがある。少なくともこういう事はつきまとってくると思ってもらってもいい。」
「そのたびに呼び出されては、困るんですがね。」
すると芙蓉さんが私の手をほどいて、桔梗さんに詰め寄った。
「好きで刺されるわけ無いわ。茅おじさんだって好きで入ったわけじゃないでしょ?そんな言い方しなくてもいいじゃない。桔梗叔父さんって冷たいわ。」
「あぁ、そうだ。茅が椿に入ったのは、百合姉さんからの指示だった。そして私もその片棒を担いだ。それは言い過ぎだったかもしれませんね。」
「本当にそうだわ。」
すると柊さんは私の前にひざまづく。そして手を握った。
「痛いところはないか?」
「私は何も痛くない。」
痛いのは茅さんだ。そして歩けなくなるかもしれない。その言葉が頭をぐるぐると回る。
「桜。落ち着いて聞け。菊音の狙いは……お前だった。」
その言葉に私の視界が涙で滲んだ。
踊ることも曲も知らない私は、茅さんと一緒に壁にもたれながらその光景を見ていた。茅さんはもう二杯目のビールに口を付けている。興味はなさそうだ。
「Syuが出てなけりゃ、こんな所には縁がないだろう。」
音楽には興味がないと言っていたのは、本当だろう。彼が好きなのはリアルな感覚かもしれない。だから曲ではなく、彼が見ていたのは踊っている人たちだった。
「この曲は知ってる。」
彼はそう言って少し笑った。
それからどれくらいしてからか、片方のンテーブルに男がレコードをセッティングする。その繰り返しだった。息つく暇もなく、曲が流れている。その曲は多種多様。柊さんに言わせれば、DJにも得意なジャンルがあり、ロック、ジャズ、レゲエなどいろんな曲があるらしい。
柊さんが好きなのは一昔前の曲。それは洋楽、邦楽問わないし、ジャンルも場に合わせるので、彼は引っ張りだこなのだ。
やがて髪の長く、体格のいい人がステージにあがり、客席は歓声を上げる。それは柊さんだった。
「今日ロック多いから、ロックかな。」
「スカもいいな。」
前にしていた人の音に合わせて、曲を被せていく。気持ちいい曲だ。女性のしゃがれた声が耳に響いた。
「ブルースか。懐かしい曲だな。」
その曲にあまり興味がなさそうにしていた茅さんも、その音を聞いていたようだった。
「センスがいいというのは本当だ。あまり音楽を聴く習慣がなかったし、菖蒲姉さんの曲もほとんど聴いたことはなかったが、あいつの流している曲はわりと好きなんだよ。」
いつか茅さんがそう言っていた。興味のない人でも耳を傾けてしまう曲を流す柊さんは、いつもの柊さんじゃない。みんなに声援を向けられている別人のようだった。だけど彼はそれが好きなんだ。自分の好きな曲を流し「この曲いいね」と言われるのが何より好きなのだと思う。
○×市へ行けば、こういう機会はそう無くなるかもしれない。それでいいのかといわれたら、それよりも私といる方を取るのだという。
「幸せだな。」と茅さんからは言われたけれど、正直本当にそれでいいのかと思う。彼のしたいことを奪って、他の土地へ行っていいのだろうか。
やがて曲が変わる。私がいつか彼の部屋で好きだといった曲だった。北欧の楽器とロックを組み合わせた曲。
そのときだった。私の体に誰かが抱きついてくる。
「きゃあ!」
思わずそれを払いのけようとする。しかし上を見るとそれは茅さんだった。
「茅さん?」
こんな所でこんな事をするなんて!そう思ったけれど、彼の私を抱きしめた腕の力がどんどんと抜けていく。そして曲がとぎれた。
「え?」
「きゃああああ!」
女性のヒステリックな声が耳をつんざく。そして人をかき分けて、柊さんが出口へ走っていく後ろ姿をみた。
「無事か?」
茅さんのかすれた声が聞こえた。上を見ると、彼は微笑んだまま、目をそのまま閉じ、私の体にもたれ掛かった。彼の重さで立っていられない。座り込んで彼を避けようと彼の体に手を伸ばした。
「えっ!?」
温かいものが背中に伸ばした指に触れた。それを恐る恐る見てみると、薄暗い光でもわかるそれは血液。
「え……。茅さん?」
座り込んだコートのはしにも、ジーパンにも彼の血液がついている。
「警察!」
「いや、救急車だ!」
絶好調だったその盛り上がりが、ヒステリックになく女の声や、騒がしい男の声でかき消された。
その中、私は呆然と茅さんを抱きしめているしかなかった。
まるで本当に殺すつもりだったと医師は言っていたようだった。茅さん背中の傷は骨をかいくぐり、内蔵にまで達していたのだから。
藤堂先生さんと芙蓉さんがやってきて、やっと手術室に運ばれた。
赤いランプがともるその部屋の前で私は芙蓉さんに手を握られていたけれど、何も言えなかった。
「……桜。」
心配そうに芙蓉さんはたまに声をかけてくれるけれど、ぼんやりとそのランプを見ていた。
やがて革靴の音が廊下に響いた。その人は柊さんだった。サングラスをはずし、髪を結んだいつもの彼だった。私はちらりと彼を見たけれど、すぐにそのランプに目を移す。
「……桜。」
その声に私は彼の方を見る。するとその横にいた先生が立ち上がる。
「柊さんですか。」
「そうですが、あなたは?」
「桔梗と言います。茅の一つ上の兄です。」
「あぁ……話だけは聞いています。」
柊さんは少し虚を突かれたようだった。自分に似ている男。そして彼が柊さんに変装して、私たちの仲を引き裂こうとした人だと言うこと。それを知っているのだ。
「……茅を面倒見ていたようで。」
「そんな話は今はどうでもいいです。茅は、どうなんですか。」
すると先生はため息をついていった。
「傷自体はそう大きくはありません。ナイフを突き立てただけですから。ただ、腰に深く刺さっているようで……その……死ぬことはないのですが、最悪、半身に障害が出るかもしれないと。」
「……くそ。茅……。」
彼はそう言ってそのランプを見上げた。
「柊さん。犯人は捕まりましたか。」
「えぇ。すぐにとはいきませんでしたが、捕まえることはできました……。」
「知り合いでしたか。」
「えぇ……。犯人は、菊音亮と言う男です。」
菊音さんが茅さんを刺した。私はぎゅっと拳を握る。
「菊音……と言うことは、やはり原因はヤクザ関係のことですか。」
「……えぇ。俺も、茅も、その世界にいたことがある。少なくともこういう事はつきまとってくると思ってもらってもいい。」
「そのたびに呼び出されては、困るんですがね。」
すると芙蓉さんが私の手をほどいて、桔梗さんに詰め寄った。
「好きで刺されるわけ無いわ。茅おじさんだって好きで入ったわけじゃないでしょ?そんな言い方しなくてもいいじゃない。桔梗叔父さんって冷たいわ。」
「あぁ、そうだ。茅が椿に入ったのは、百合姉さんからの指示だった。そして私もその片棒を担いだ。それは言い過ぎだったかもしれませんね。」
「本当にそうだわ。」
すると柊さんは私の前にひざまづく。そして手を握った。
「痛いところはないか?」
「私は何も痛くない。」
痛いのは茅さんだ。そして歩けなくなるかもしれない。その言葉が頭をぐるぐると回る。
「桜。落ち着いて聞け。菊音の狙いは……お前だった。」
その言葉に私の視界が涙で滲んだ。
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