夜の声

神崎

文字の大きさ
350 / 355
二年目

350

しおりを挟む
 スピーカーから大音量の音が流れる。見たこともないピンクの髪の男が聴いたことのない音楽を流し、周りの人たちはそれに合わせて手をたたいたり踊ったりし始めた。
 踊ることも曲も知らない私は、茅さんと一緒に壁にもたれながらその光景を見ていた。茅さんはもう二杯目のビールに口を付けている。興味はなさそうだ。
「Syuが出てなけりゃ、こんな所には縁がないだろう。」
 音楽には興味がないと言っていたのは、本当だろう。彼が好きなのはリアルな感覚かもしれない。だから曲ではなく、彼が見ていたのは踊っている人たちだった。
「この曲は知ってる。」
 彼はそう言って少し笑った。
 それからどれくらいしてからか、片方のンテーブルに男がレコードをセッティングする。その繰り返しだった。息つく暇もなく、曲が流れている。その曲は多種多様。柊さんに言わせれば、DJにも得意なジャンルがあり、ロック、ジャズ、レゲエなどいろんな曲があるらしい。
 柊さんが好きなのは一昔前の曲。それは洋楽、邦楽問わないし、ジャンルも場に合わせるので、彼は引っ張りだこなのだ。
 やがて髪の長く、体格のいい人がステージにあがり、客席は歓声を上げる。それは柊さんだった。
「今日ロック多いから、ロックかな。」
「スカもいいな。」
 前にしていた人の音に合わせて、曲を被せていく。気持ちいい曲だ。女性のしゃがれた声が耳に響いた。
「ブルースか。懐かしい曲だな。」
 その曲にあまり興味がなさそうにしていた茅さんも、その音を聞いていたようだった。
「センスがいいというのは本当だ。あまり音楽を聴く習慣がなかったし、菖蒲姉さんの曲もほとんど聴いたことはなかったが、あいつの流している曲はわりと好きなんだよ。」
 いつか茅さんがそう言っていた。興味のない人でも耳を傾けてしまう曲を流す柊さんは、いつもの柊さんじゃない。みんなに声援を向けられている別人のようだった。だけど彼はそれが好きなんだ。自分の好きな曲を流し「この曲いいね」と言われるのが何より好きなのだと思う。
 ○×市へ行けば、こういう機会はそう無くなるかもしれない。それでいいのかといわれたら、それよりも私といる方を取るのだという。
 「幸せだな。」と茅さんからは言われたけれど、正直本当にそれでいいのかと思う。彼のしたいことを奪って、他の土地へ行っていいのだろうか。
 やがて曲が変わる。私がいつか彼の部屋で好きだといった曲だった。北欧の楽器とロックを組み合わせた曲。
 そのときだった。私の体に誰かが抱きついてくる。
「きゃあ!」
 思わずそれを払いのけようとする。しかし上を見るとそれは茅さんだった。
「茅さん?」
 こんな所でこんな事をするなんて!そう思ったけれど、彼の私を抱きしめた腕の力がどんどんと抜けていく。そして曲がとぎれた。
「え?」

「きゃああああ!」

 女性のヒステリックな声が耳をつんざく。そして人をかき分けて、柊さんが出口へ走っていく後ろ姿をみた。
「無事か?」
 茅さんのかすれた声が聞こえた。上を見ると、彼は微笑んだまま、目をそのまま閉じ、私の体にもたれ掛かった。彼の重さで立っていられない。座り込んで彼を避けようと彼の体に手を伸ばした。
「えっ!?」
 温かいものが背中に伸ばした指に触れた。それを恐る恐る見てみると、薄暗い光でもわかるそれは血液。
「え……。茅さん?」
 座り込んだコートのはしにも、ジーパンにも彼の血液がついている。
「警察!」
「いや、救急車だ!」
 絶好調だったその盛り上がりが、ヒステリックになく女の声や、騒がしい男の声でかき消された。
 その中、私は呆然と茅さんを抱きしめているしかなかった。

 まるで本当に殺すつもりだったと医師は言っていたようだった。茅さん背中の傷は骨をかいくぐり、内蔵にまで達していたのだから。
 藤堂先生さんと芙蓉さんがやってきて、やっと手術室に運ばれた。
 赤いランプがともるその部屋の前で私は芙蓉さんに手を握られていたけれど、何も言えなかった。
「……桜。」
 心配そうに芙蓉さんはたまに声をかけてくれるけれど、ぼんやりとそのランプを見ていた。
 やがて革靴の音が廊下に響いた。その人は柊さんだった。サングラスをはずし、髪を結んだいつもの彼だった。私はちらりと彼を見たけれど、すぐにそのランプに目を移す。
「……桜。」
 その声に私は彼の方を見る。するとその横にいた先生が立ち上がる。
「柊さんですか。」
「そうですが、あなたは?」
「桔梗と言います。茅の一つ上の兄です。」
「あぁ……話だけは聞いています。」
 柊さんは少し虚を突かれたようだった。自分に似ている男。そして彼が柊さんに変装して、私たちの仲を引き裂こうとした人だと言うこと。それを知っているのだ。
「……茅を面倒見ていたようで。」
「そんな話は今はどうでもいいです。茅は、どうなんですか。」
 すると先生はため息をついていった。
「傷自体はそう大きくはありません。ナイフを突き立てただけですから。ただ、腰に深く刺さっているようで……その……死ぬことはないのですが、最悪、半身に障害が出るかもしれないと。」
「……くそ。茅……。」
 彼はそう言ってそのランプを見上げた。
「柊さん。犯人は捕まりましたか。」
「えぇ。すぐにとはいきませんでしたが、捕まえることはできました……。」
「知り合いでしたか。」
「えぇ……。犯人は、菊音亮と言う男です。」
 菊音さんが茅さんを刺した。私はぎゅっと拳を握る。
「菊音……と言うことは、やはり原因はヤクザ関係のことですか。」
「……えぇ。俺も、茅も、その世界にいたことがある。少なくともこういう事はつきまとってくると思ってもらってもいい。」
「そのたびに呼び出されては、困るんですがね。」
 すると芙蓉さんが私の手をほどいて、桔梗さんに詰め寄った。
「好きで刺されるわけ無いわ。茅おじさんだって好きで入ったわけじゃないでしょ?そんな言い方しなくてもいいじゃない。桔梗叔父さんって冷たいわ。」
「あぁ、そうだ。茅が椿に入ったのは、百合姉さんからの指示だった。そして私もその片棒を担いだ。それは言い過ぎだったかもしれませんね。」
「本当にそうだわ。」
 すると柊さんは私の前にひざまづく。そして手を握った。
「痛いところはないか?」
「私は何も痛くない。」
 痛いのは茅さんだ。そして歩けなくなるかもしれない。その言葉が頭をぐるぐると回る。
「桜。落ち着いて聞け。菊音の狙いは……お前だった。」
 その言葉に私の視界が涙で滲んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...