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二年目
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金曜日の夕方。私はジーパンと黒いシャツを着た。そして薄い春用のコートに身を包む。髪をほどいて、棚に置いてあったテンガロンハットに手を伸ばした。
この帽子があっても私が「十八歳」だというのは変えられない。だけど変えられるものもある。私はSyuの恋人になるのだ。「柊の恋人」から、「Syuの恋人」。厳密には何も変わっていない。踊れるわけでも、音楽を沢山知っているわけじゃない。
だけど彼が見たいと思う。
「用意できたか?」
無神経に部屋のドアを開けたのは、茅さんだった。彼もスーツからジーパンとシャツに着替えている。
「えぇ。」
「んだよ。そのハット。カウボーイかって。」
無神経に笑う。その態度に頬を膨らませた。
「柊が選んでくれたの。」
「へぇ。あいつがねぇ。」
そう言って彼は私の頭にあるその帽子を手にすると、自分の頭に乗せた。
「俺の方が似合う。」
「そうかしら。」
「でもお前も似合ってるよ。あいつセンスいいな。」
帽子を取り、私の頭に乗せた。そして軽く唇を合わせてくる。
「行くか。」
その行為に私はもう拒否しなかった。
彼が好きだとは思わない。だけど求めてしまう自分がいた。それを否定したくない。
クラブイベントはだいたいのスタートが遅い。食事とかが出ないからかもしれないが、今回は二十時スタート。私たちはその三十分ほど前に、そのクラブの前にやってきた。
しかしもう行列ができている。
「Syuだけじゃねぇらしいな。」
茅さんはチケットを見ながら、その名前を見ていた。私は知らないがプロのDJが来るらしい。その人目当てのお客さんも多い。
「こんな田舎によく来てくれたよな。」
「あれだろ?オーナー変わってさ、張り切って呼んだんだろ?」
「まぁ、俺たちは姿見れただけでもありがてぇけど。」
並んでいる人たちの会話が聞こえる。オーナーが変わったというのは、菊音さんから別の人に変わったという事だろう。
薄く聞く話によると、菊音さんのことを柊さんと茅さんは蓬さんに打ち明けたらしい。すると蓬さんは少しも驚いていなかったようだ。おそらく予想はしていたのだろう。ただ、根拠がなかった。
だが柊さんはその根拠を用意していた。彼が用意していたのは、ICレコーダーと画像。それに高杉組の幹部との会話と、画像がばっちり映っていたのだ。
それによると、やはり柊さんたちの予想は当たっていて、菊音さんは坂本組を高杉組に合併させたいと思っていたらしい。そのためには、蓬を丸め込まないといけない。そしてさらに彼を丸め込むには、柊さんを高杉組に入れることが重要になってくる。
柊さんはジゴロとしてはポンコツだったが、有り余る身体能力と体があった。どちらにしても彼は力になる。そのために、彼の女をヒジカタコーヒーに入れる。そうすれば柊さんも勝手について来るだろう。そこへ高杉組に入れるというのだ。もちろん拒否すれば、被害は女に映るだろう。何せ心底惚れている女だ。拒否はしないと断言できる。
「茅さん。」
「んだよ。」
「私、本当に○×市へ行っていいのかしら。」
「平気だ。何かあったら、柊だけじゃねぇ。俺だって黙ってねぇからな。」
「……そうなの?」
「俺だって案外強えよ。柊から徹底的に仕込まれてるからな。でもまぁ俺の場合、ぜんぜん筋肉つかなかったけどな。」
「そうね。」
確かに見ほれるような柊さんの体つきとは対照的だと思う。決して痩せてはいないが、筋肉の付き方が違う気がする。
「よく知ってんな。俺のこと。興味わいてきた?」
「は?」
「あいつ、今日遅せぇんだろ?」
「そんな話、ここでしたくない。」
この中には私がSyuの女だって事を知っている人もいるのだ。股の緩い女だと知られたら、大変なことになるだろう。
「それもそうか。まぁ、いいや。帰りは送ってやるから。」
「ありがとう。」
やがて会場になる。チケットを手渡し、半券を手にする。これがワンドリンクタダになるチケットになるらしい。
「酒あるんだろ?」
「クラブたもの。」
「ビール飲みてぇ。」
中にはいると、薄暗い空間でライトが照らされている。埃の匂いと、煙草の臭いが充満していた。片隅にはバーカウンターがあり、手際よく店員がドリンクを注いでいる。だけど列は減らない。
「こうしてみると、「虹」のあいつ。くそ生意気な男女。」
「松秋さんのこと?」
「そう。あいつ手際よかったな。まぁこういう所じゃ、味よりもスピードを求められるからな。」
「楓さんみたいな?」
「あぁ。あいつか。お前あまり気にすんなよ。あっちにはあっちのやり方があるんだ。」
やがて私たちの順番がやってきて、私は烏龍茶を、茅さんはピールを頼んでいた。
「二杯目からいくら?」
あーあ。もう二杯目の相談してる。まぁいいや。
ふと向こう側にあるステージに目を向けた。ターンテーブルが二台ある。おそらくノンストップで音楽を流すつもりなんだろう。
向こうではDJバトルとかっていうらしい。戦わなくてもいいと思うんだけどな。そのとき、私の肩に柔らかくて温かいものが触れてきた。驚いてそちらを見ると、柊がSyuの格好で私の肩を抱いている。
「Syu。」
「来てくれたんだな。」
Syuの声に、周りの人たちもざわめいた。
「お前の好きな曲も今日は入れてる。楽しんでいけよ。」
そう言って彼は私の頬に唇を寄せた。すると女性の悲鳴のような声が聞こえ、そして彼は行ってしまう。
「……あいつ。マーキングして行きやがった。」
茅さんはお目当てのビールを、一口飲んでつぶやいた。
「何?」
「こういう所だったら、お前が手をつけられると思ったんだろう。誰も手を出してはいけないと言った意味だ。」
「……まぁ……普段の彼が人前でそんなことをする人じゃないわ。とても恥ずかしがるもの。」
「Syuになったら、別の奴になるんだろう。今日は、お前の知らないあいつが見えるかもしれねぇな。幻滅したら言ってくれ。俺が喜んで引き取ってやる。」
さっきまで手を置かれていた肩に、彼は手を置こうとして私はそれを振り払う。
「見てるわ。」
涼しい顔で、茅さんはまたビールに口を付ける。少しの間注目されていた私たちだけど、もう周りの人たちは自分たちの話題に花を咲かせていた。
この帽子があっても私が「十八歳」だというのは変えられない。だけど変えられるものもある。私はSyuの恋人になるのだ。「柊の恋人」から、「Syuの恋人」。厳密には何も変わっていない。踊れるわけでも、音楽を沢山知っているわけじゃない。
だけど彼が見たいと思う。
「用意できたか?」
無神経に部屋のドアを開けたのは、茅さんだった。彼もスーツからジーパンとシャツに着替えている。
「えぇ。」
「んだよ。そのハット。カウボーイかって。」
無神経に笑う。その態度に頬を膨らませた。
「柊が選んでくれたの。」
「へぇ。あいつがねぇ。」
そう言って彼は私の頭にあるその帽子を手にすると、自分の頭に乗せた。
「俺の方が似合う。」
「そうかしら。」
「でもお前も似合ってるよ。あいつセンスいいな。」
帽子を取り、私の頭に乗せた。そして軽く唇を合わせてくる。
「行くか。」
その行為に私はもう拒否しなかった。
彼が好きだとは思わない。だけど求めてしまう自分がいた。それを否定したくない。
クラブイベントはだいたいのスタートが遅い。食事とかが出ないからかもしれないが、今回は二十時スタート。私たちはその三十分ほど前に、そのクラブの前にやってきた。
しかしもう行列ができている。
「Syuだけじゃねぇらしいな。」
茅さんはチケットを見ながら、その名前を見ていた。私は知らないがプロのDJが来るらしい。その人目当てのお客さんも多い。
「こんな田舎によく来てくれたよな。」
「あれだろ?オーナー変わってさ、張り切って呼んだんだろ?」
「まぁ、俺たちは姿見れただけでもありがてぇけど。」
並んでいる人たちの会話が聞こえる。オーナーが変わったというのは、菊音さんから別の人に変わったという事だろう。
薄く聞く話によると、菊音さんのことを柊さんと茅さんは蓬さんに打ち明けたらしい。すると蓬さんは少しも驚いていなかったようだ。おそらく予想はしていたのだろう。ただ、根拠がなかった。
だが柊さんはその根拠を用意していた。彼が用意していたのは、ICレコーダーと画像。それに高杉組の幹部との会話と、画像がばっちり映っていたのだ。
それによると、やはり柊さんたちの予想は当たっていて、菊音さんは坂本組を高杉組に合併させたいと思っていたらしい。そのためには、蓬を丸め込まないといけない。そしてさらに彼を丸め込むには、柊さんを高杉組に入れることが重要になってくる。
柊さんはジゴロとしてはポンコツだったが、有り余る身体能力と体があった。どちらにしても彼は力になる。そのために、彼の女をヒジカタコーヒーに入れる。そうすれば柊さんも勝手について来るだろう。そこへ高杉組に入れるというのだ。もちろん拒否すれば、被害は女に映るだろう。何せ心底惚れている女だ。拒否はしないと断言できる。
「茅さん。」
「んだよ。」
「私、本当に○×市へ行っていいのかしら。」
「平気だ。何かあったら、柊だけじゃねぇ。俺だって黙ってねぇからな。」
「……そうなの?」
「俺だって案外強えよ。柊から徹底的に仕込まれてるからな。でもまぁ俺の場合、ぜんぜん筋肉つかなかったけどな。」
「そうね。」
確かに見ほれるような柊さんの体つきとは対照的だと思う。決して痩せてはいないが、筋肉の付き方が違う気がする。
「よく知ってんな。俺のこと。興味わいてきた?」
「は?」
「あいつ、今日遅せぇんだろ?」
「そんな話、ここでしたくない。」
この中には私がSyuの女だって事を知っている人もいるのだ。股の緩い女だと知られたら、大変なことになるだろう。
「それもそうか。まぁ、いいや。帰りは送ってやるから。」
「ありがとう。」
やがて会場になる。チケットを手渡し、半券を手にする。これがワンドリンクタダになるチケットになるらしい。
「酒あるんだろ?」
「クラブたもの。」
「ビール飲みてぇ。」
中にはいると、薄暗い空間でライトが照らされている。埃の匂いと、煙草の臭いが充満していた。片隅にはバーカウンターがあり、手際よく店員がドリンクを注いでいる。だけど列は減らない。
「こうしてみると、「虹」のあいつ。くそ生意気な男女。」
「松秋さんのこと?」
「そう。あいつ手際よかったな。まぁこういう所じゃ、味よりもスピードを求められるからな。」
「楓さんみたいな?」
「あぁ。あいつか。お前あまり気にすんなよ。あっちにはあっちのやり方があるんだ。」
やがて私たちの順番がやってきて、私は烏龍茶を、茅さんはピールを頼んでいた。
「二杯目からいくら?」
あーあ。もう二杯目の相談してる。まぁいいや。
ふと向こう側にあるステージに目を向けた。ターンテーブルが二台ある。おそらくノンストップで音楽を流すつもりなんだろう。
向こうではDJバトルとかっていうらしい。戦わなくてもいいと思うんだけどな。そのとき、私の肩に柔らかくて温かいものが触れてきた。驚いてそちらを見ると、柊がSyuの格好で私の肩を抱いている。
「Syu。」
「来てくれたんだな。」
Syuの声に、周りの人たちもざわめいた。
「お前の好きな曲も今日は入れてる。楽しんでいけよ。」
そう言って彼は私の頬に唇を寄せた。すると女性の悲鳴のような声が聞こえ、そして彼は行ってしまう。
「……あいつ。マーキングして行きやがった。」
茅さんはお目当てのビールを、一口飲んでつぶやいた。
「何?」
「こういう所だったら、お前が手をつけられると思ったんだろう。誰も手を出してはいけないと言った意味だ。」
「……まぁ……普段の彼が人前でそんなことをする人じゃないわ。とても恥ずかしがるもの。」
「Syuになったら、別の奴になるんだろう。今日は、お前の知らないあいつが見えるかもしれねぇな。幻滅したら言ってくれ。俺が喜んで引き取ってやる。」
さっきまで手を置かれていた肩に、彼は手を置こうとして私はそれを振り払う。
「見てるわ。」
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