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夫婦 の 喧嘩
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以前ほどやくざのような風貌ではなくなったので、彼を避ける人はいなかったが、今度は逆にホストのような風貌で別の意味で視線を集めている。
「こっちへはしばらく来れないのではなかったのですか。」
桐彦さんは腕を組むと、ため息をついた。
「そのつもりだったが、今日一晩だったら都合がつく。でも車はない。運転手までは連れてこれなかったからな。」
彼は再びため息をついた。
「全く不便だ。」
「……お父様は国立病院にいらっしゃるそうです。」
「行くつもりはない。」
私たちは視線を合わせることはなかった。あくまで事務仕事のように、淡々と言い合いをしている。
「社長のいっていることは嘘だと?」
「あぁ。あいつはああいう奴だ。ワタシを道具のように扱っている。地球は自分のために動いていると勘違いをしているようだ。」
それは自分もだろう。そういいかけたけどやめた。こんなところで喧嘩を売っても仕方がない。
「愛さんには連絡を入れてもいいですか。」
すると彼は初めて私の方を向いた。
「貴様がワタシの方へ戻ってくるのだったらな。」
「戻りません。」
「そういうと思った。」
やがて駅にたどり着き、私は席を立った。すると彼も席を立つ。
「部屋には息吹がいる場合があります。」
「あいつはワタシに会いたくないだろう。」
「……。」
「どこか二人になれる場所はないだろうか。」
それはどういう意味なのかだいたいわかる。だけどそれについて行くわけにはいかない。
「……私の育ての両親は、喧嘩ばかりしていました。そのせいで私が成人すると同時に、彼らは離婚しました。その三年後に父が、その半年後に母が相次いで亡くなりました。」
二十年以上、彼らは一緒に暮らしていたのに墓も別で、葬儀も別だった。父が死んだとき母は参列もしなかった。
「語り合えるって生きているときにしかできないんですよ。」
私も後悔することがある。もっと父と母の間に立つことはできなかったのだろうか。私が潤滑油になることはできなかったのだろうか。
今考えると無理だ。
私も母と父の争いの火種の一つだったのだから。
「そんな話をしてもワタシには何も感じない。そんな話を訴えても無駄だ。それが欠落しているのが「魔物」なのだから。」
彼らは親子の絆すらないのだ。
生まれてきたときから、親子はライバルになる。
彼は私の正面に立つ。そして私を見下ろした。
「ワタシが聞きたいのは一つだ。息吹を捨てて、兄に連絡をするべきなのか。それともこのままワタシを魔界へ帰らせたいのか。」
「……人間だったのでは?」
「人間だった頃など、もう忘れた。」
「……。」
欠落している感情。それが魔物なのだ。
「……わかりました。愛さんにはそう伝えておきます。」
おそらく社長も、愛さんもこの人のことは私以上に知っているはずだ。私の出した決断に理解してくれるだろう。
もししなくても、私が会社を辞めればいいだけの話だ。
携帯電話を取り出して、電話を鳴らした。するとすぐに愛さんは電話にでた。
「……以上です。」
桐彦さんはお父さんに会いたくはない。そしてこのまま魔界に帰ると私はありのままを伝えた。愛さんは驚きもしなかったが、「心配しなくていい」とだけ伝えて、電話を切った。
「そんなに息吹が大切か。」
電話を切ったあと、彼は私に聞いた。
「えぇ。」
当然のようにいい、電話をバッグにしまった。すると彼は私の手を引いて建物の陰に連れ込み、そして私の唇にキスをした。
「や……。」
重なった瞬間、私は彼を押し退けた。
「六花。あいつの「好き」は「咲耶」としてのお前だけだ。桜井六花としてお前が好きなわけではない。」
「でもあなたは好きという感情が欠落しています。」
私を手に入れたいだけ。それはただの独占欲だ。いい食料がいるから、それを独占したいという感情だけ。
「違う。ワタシは、お前が離れてどれだけ苦しかったか。」
「でもあなたは私を捨てましたね。」
「息吹を忘れさせるためだ。完璧だったはずだ。私の封印は。」
「でも、出会ってしまいました。きっと、私たちは「咲耶」としてで会っていなくてもこうなっていたはず。」
きっとそうだ。私たちはそうなっていたのだ。
そうなる自信があったのだ。だから私たちは離れても、愛し合えると自信があったのだ。
「それだけじゃないだろう。」
「……何……。」
そのとき私は心臓の音を聞いた。
ドクン。ドクン。
苦しい。何でこんなに……。胸が痛い。
「何を……。」
思わずひざまずいた。すると彼は私を抱き抱えて、表にでる。そして止まっているタクシーに私を押し込んだ。
着いた先は、丘の上にあるシティホテルだった。すぐ部屋に入ると、彼は私をベッドに押し倒した。
「一晩付き合え。それで会ってやる。」
「……イヤ。」
「でもやらなければ、お前も苦しいはずだ。なぁ。」
服の上から体を触られるだけで、電流が走ったように痺れる。まるで全身が火照っているかのようだった。
「いやぁ。」
「相変わらずよく効くものだ。この薬は。」
薬を使われたの?何で?
「お前は知っているかどうかわからないが、魔界にいたときお前を抱いたときはたまに使った。」
ぞっとするような視線だった。
「一晩かけて可愛がってやるよ。」
心が悲鳴を上げている。だけど体は正直だった。
キスをされて舌を舐められただけで、達してしまいそうだった。
「息吹……。」
やっと唇を離されて、でた言葉は私を愛してくれる男の名前だった。そして目の端に涙が流れる。
「こっちへはしばらく来れないのではなかったのですか。」
桐彦さんは腕を組むと、ため息をついた。
「そのつもりだったが、今日一晩だったら都合がつく。でも車はない。運転手までは連れてこれなかったからな。」
彼は再びため息をついた。
「全く不便だ。」
「……お父様は国立病院にいらっしゃるそうです。」
「行くつもりはない。」
私たちは視線を合わせることはなかった。あくまで事務仕事のように、淡々と言い合いをしている。
「社長のいっていることは嘘だと?」
「あぁ。あいつはああいう奴だ。ワタシを道具のように扱っている。地球は自分のために動いていると勘違いをしているようだ。」
それは自分もだろう。そういいかけたけどやめた。こんなところで喧嘩を売っても仕方がない。
「愛さんには連絡を入れてもいいですか。」
すると彼は初めて私の方を向いた。
「貴様がワタシの方へ戻ってくるのだったらな。」
「戻りません。」
「そういうと思った。」
やがて駅にたどり着き、私は席を立った。すると彼も席を立つ。
「部屋には息吹がいる場合があります。」
「あいつはワタシに会いたくないだろう。」
「……。」
「どこか二人になれる場所はないだろうか。」
それはどういう意味なのかだいたいわかる。だけどそれについて行くわけにはいかない。
「……私の育ての両親は、喧嘩ばかりしていました。そのせいで私が成人すると同時に、彼らは離婚しました。その三年後に父が、その半年後に母が相次いで亡くなりました。」
二十年以上、彼らは一緒に暮らしていたのに墓も別で、葬儀も別だった。父が死んだとき母は参列もしなかった。
「語り合えるって生きているときにしかできないんですよ。」
私も後悔することがある。もっと父と母の間に立つことはできなかったのだろうか。私が潤滑油になることはできなかったのだろうか。
今考えると無理だ。
私も母と父の争いの火種の一つだったのだから。
「そんな話をしてもワタシには何も感じない。そんな話を訴えても無駄だ。それが欠落しているのが「魔物」なのだから。」
彼らは親子の絆すらないのだ。
生まれてきたときから、親子はライバルになる。
彼は私の正面に立つ。そして私を見下ろした。
「ワタシが聞きたいのは一つだ。息吹を捨てて、兄に連絡をするべきなのか。それともこのままワタシを魔界へ帰らせたいのか。」
「……人間だったのでは?」
「人間だった頃など、もう忘れた。」
「……。」
欠落している感情。それが魔物なのだ。
「……わかりました。愛さんにはそう伝えておきます。」
おそらく社長も、愛さんもこの人のことは私以上に知っているはずだ。私の出した決断に理解してくれるだろう。
もししなくても、私が会社を辞めればいいだけの話だ。
携帯電話を取り出して、電話を鳴らした。するとすぐに愛さんは電話にでた。
「……以上です。」
桐彦さんはお父さんに会いたくはない。そしてこのまま魔界に帰ると私はありのままを伝えた。愛さんは驚きもしなかったが、「心配しなくていい」とだけ伝えて、電話を切った。
「そんなに息吹が大切か。」
電話を切ったあと、彼は私に聞いた。
「えぇ。」
当然のようにいい、電話をバッグにしまった。すると彼は私の手を引いて建物の陰に連れ込み、そして私の唇にキスをした。
「や……。」
重なった瞬間、私は彼を押し退けた。
「六花。あいつの「好き」は「咲耶」としてのお前だけだ。桜井六花としてお前が好きなわけではない。」
「でもあなたは好きという感情が欠落しています。」
私を手に入れたいだけ。それはただの独占欲だ。いい食料がいるから、それを独占したいという感情だけ。
「違う。ワタシは、お前が離れてどれだけ苦しかったか。」
「でもあなたは私を捨てましたね。」
「息吹を忘れさせるためだ。完璧だったはずだ。私の封印は。」
「でも、出会ってしまいました。きっと、私たちは「咲耶」としてで会っていなくてもこうなっていたはず。」
きっとそうだ。私たちはそうなっていたのだ。
そうなる自信があったのだ。だから私たちは離れても、愛し合えると自信があったのだ。
「それだけじゃないだろう。」
「……何……。」
そのとき私は心臓の音を聞いた。
ドクン。ドクン。
苦しい。何でこんなに……。胸が痛い。
「何を……。」
思わずひざまずいた。すると彼は私を抱き抱えて、表にでる。そして止まっているタクシーに私を押し込んだ。
着いた先は、丘の上にあるシティホテルだった。すぐ部屋に入ると、彼は私をベッドに押し倒した。
「一晩付き合え。それで会ってやる。」
「……イヤ。」
「でもやらなければ、お前も苦しいはずだ。なぁ。」
服の上から体を触られるだけで、電流が走ったように痺れる。まるで全身が火照っているかのようだった。
「いやぁ。」
「相変わらずよく効くものだ。この薬は。」
薬を使われたの?何で?
「お前は知っているかどうかわからないが、魔界にいたときお前を抱いたときはたまに使った。」
ぞっとするような視線だった。
「一晩かけて可愛がってやるよ。」
心が悲鳴を上げている。だけど体は正直だった。
キスをされて舌を舐められただけで、達してしまいそうだった。
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