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秘密
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店に菊子を送り届けると、仕込みをしていた大将が鶏肉と卵を値踏みするようにまな板の上に広げる。
「……良い肉だな。確かに身が締まってる。」
その様子を菊子も女将さんも見ていた。こういうときの大将は真剣で誰も声をかけられない。
胸肉ともも肉を二つに切ると、一口大に切り分けた。
そしてフライパンと鍋を用意する。鍋には水を張った。茹でるのと焼くので味の違いを見るらしい。
やがて茹で上がった鶏肉を皿に置き、焼いたモノも皿に置いた。
「葵、皐月も来なさい。」
みんなでその鶏肉を口に運ぶ。すると葵も皐月も驚いたように大将を見る。
「美味しい。鶏肉も変な臭みなんかないし。」
「焼いたのは少し堅いですね。地鶏みたいな感じ。」
「あぁ。昔の鶏肉というのはみんなこんな味だったな。焼いただけでこんな味になるとはな。いい養鶏場のようだ。」
すると棗は後ろにいた菊子に声をかける。
「菊子。悪いがメモ紙をもらって良いか?」
「はい。」
菊子は厨房を出ると、受付代にあるメモ紙とペンを手にして厨房に戻る。
「これくらいで良いですか?」
「一枚でいいんだよ。」
メモ紙を渡すとき、少し手が触れた。それを少し意識してしまい、わずかに頬が赤くなった。だが誰も気がついていないだろう。少し視線をそらせるが、棗は気にせずに携帯電話を取り出してメモ紙に電話番号を書く。
「ここです。俺の名前を出してください。」
「郵送しているのかな。」
「はい。鮮度が気になるって、あまり遠くには配送してないみたいですけど。」
「まぁ、その気になれば取りに行けるくらいの距離だ。だがい言っておかないと用意もしてくれないだろう。ありがたくもらっておくよ。」
電話番号のそばには西川辰雄の名前がある。その名前に少し違和感を感じた。
「西川……。」
「……え?」
女将も驚いたように、そのメモ紙を見る。そしてため息をついた。
「……大将。ちょっと宜しいかしら。」
そういって女将は大将を連れて厨房の外へ出て行った。その様子が気になったが、葵にはどうでも良いことだ。それよりも目の前にある卵が気になる。
「これってどっちが古いヤツですか?」
「こっち。古いヤツにはテープ貼ってもらってる。」
「へぇ。でもどっちも生で食べられるんでしょ?」
「そうだな。でも都会じゃこの卵、一つ百円だぞ。」
「マジで?何でそんなにすんの?って言うか、誰が買うんだよ。そんなの。」
葵は珍しそうに卵を見ていた。だが大将が戻ってこないと、割るわけにはいかないだろう。
「さてと、俺、そろそろ店に行くわ。」
棗はそういって延びをする。
「今日はありがとうございました。」
「いいや。ハモの件も助かってんだ。今日うちの店はハモ尽くしだけどな。」
「贅沢。」
「鮮度が命だろ?それでも余りそうだ。」
皐月はそういって笑った。葵も皐月も少しずつ棗に懐いてきている。特に葵は兄のようだと思っていたのかもしれない。
蓮も兄のようだと思っていたが、やはり料理のことを話せるのは皐月と棗くらいしかいないのだろう。
そのとき厨房に大将と女将さんが戻ってきた。帰ろうとしている棗に大将が話しかける。
「あー。棗さん。」
「はい?」
「この養鶏場はどこにあるんだろうか。」
「えっと……こっから車でも三十分くらいですよ。海岸のちょっと上です。」
「そうか。いや、その鶏を俺たちも見たいと思っててね。」
「大抵居ますよ。連絡さえすれば、都合つけてくれると思いますけどね。」
「そうか。わかった。ありがとう。」
「菊子さんがお世話になりましたね。お店の方にこれをみなさんでって。」
女将さんはそういって用意していた包みを手渡す。
「気を使わなくてもいいのに。でもいただきます。」
「……もう少し落ち着いてくれたらねぇ。」
「は?」
女将さんは少しため息をついて、棗を見上げる。
「私は菊子の婿は、蓮さんが一番良いと思ってるんですよ。でも嫁にいけばこの店の跡は継げないですからね。あなたのような人がいればいいのですけど。」
すると棗はニヤリと笑っていった。
「だったら俺が婿入りしますよ。俺、身内居ないし。」
「冗談おっしゃい。さっきも言いましたけど、蓮さんのような方が菊子には一番良いんです。落ち着きもあるし、何より大事にしてくれますから。」
「そうでもないですよ。」
ぽつりと棗は言う。だがそれは小声過ぎて、女将の耳には届いていなかったようだ。
「え?」
「まぁいいです。また何かあったら教えますから。菊子。今度は塩を作ってるとこ行くぞ。」
それに答えられないように困った表情をしていると、葵が笑いながら言う。
「俺も行きたい。」
「じゃあ、俺も。」
皐月もそう言って棗に詰め寄る。
「男を連れていって何が楽しいんだよ。」
「良いじゃないですか。下心がないんだったら別に良いでしょ?」
「皐月。お前なぁ。」
ぎゃあぎゃあと離している様子を見て、菊子は三人を厨房から出す。
「棗さんも仕込みがあるでしょうから、また今度にしましょう。ではまた。」
「あぁ。」
その様子を見て、大将は複雑だった。そして女将を見下ろす。
「……西川か。」
「……どれくらいの年齢かはわかりませんけど、年頃によってはその可能性は高いでしょう。菊子は知らないでしょうけどね。」
「気がつかないことを願うよ。」
「それにしても棗さんは知ってるんですかね。」
「さぁな。知っていたとしたら、確信犯だ。それこそ繋がりはない方が良い。どんなに良い食材を知っているといってもな。」
卵がシンクに二つある。あとはこれを味見しよう。あまり良いものではなければいい。内心大将はそれを願っていた。
「……良い肉だな。確かに身が締まってる。」
その様子を菊子も女将さんも見ていた。こういうときの大将は真剣で誰も声をかけられない。
胸肉ともも肉を二つに切ると、一口大に切り分けた。
そしてフライパンと鍋を用意する。鍋には水を張った。茹でるのと焼くので味の違いを見るらしい。
やがて茹で上がった鶏肉を皿に置き、焼いたモノも皿に置いた。
「葵、皐月も来なさい。」
みんなでその鶏肉を口に運ぶ。すると葵も皐月も驚いたように大将を見る。
「美味しい。鶏肉も変な臭みなんかないし。」
「焼いたのは少し堅いですね。地鶏みたいな感じ。」
「あぁ。昔の鶏肉というのはみんなこんな味だったな。焼いただけでこんな味になるとはな。いい養鶏場のようだ。」
すると棗は後ろにいた菊子に声をかける。
「菊子。悪いがメモ紙をもらって良いか?」
「はい。」
菊子は厨房を出ると、受付代にあるメモ紙とペンを手にして厨房に戻る。
「これくらいで良いですか?」
「一枚でいいんだよ。」
メモ紙を渡すとき、少し手が触れた。それを少し意識してしまい、わずかに頬が赤くなった。だが誰も気がついていないだろう。少し視線をそらせるが、棗は気にせずに携帯電話を取り出してメモ紙に電話番号を書く。
「ここです。俺の名前を出してください。」
「郵送しているのかな。」
「はい。鮮度が気になるって、あまり遠くには配送してないみたいですけど。」
「まぁ、その気になれば取りに行けるくらいの距離だ。だがい言っておかないと用意もしてくれないだろう。ありがたくもらっておくよ。」
電話番号のそばには西川辰雄の名前がある。その名前に少し違和感を感じた。
「西川……。」
「……え?」
女将も驚いたように、そのメモ紙を見る。そしてため息をついた。
「……大将。ちょっと宜しいかしら。」
そういって女将は大将を連れて厨房の外へ出て行った。その様子が気になったが、葵にはどうでも良いことだ。それよりも目の前にある卵が気になる。
「これってどっちが古いヤツですか?」
「こっち。古いヤツにはテープ貼ってもらってる。」
「へぇ。でもどっちも生で食べられるんでしょ?」
「そうだな。でも都会じゃこの卵、一つ百円だぞ。」
「マジで?何でそんなにすんの?って言うか、誰が買うんだよ。そんなの。」
葵は珍しそうに卵を見ていた。だが大将が戻ってこないと、割るわけにはいかないだろう。
「さてと、俺、そろそろ店に行くわ。」
棗はそういって延びをする。
「今日はありがとうございました。」
「いいや。ハモの件も助かってんだ。今日うちの店はハモ尽くしだけどな。」
「贅沢。」
「鮮度が命だろ?それでも余りそうだ。」
皐月はそういって笑った。葵も皐月も少しずつ棗に懐いてきている。特に葵は兄のようだと思っていたのかもしれない。
蓮も兄のようだと思っていたが、やはり料理のことを話せるのは皐月と棗くらいしかいないのだろう。
そのとき厨房に大将と女将さんが戻ってきた。帰ろうとしている棗に大将が話しかける。
「あー。棗さん。」
「はい?」
「この養鶏場はどこにあるんだろうか。」
「えっと……こっから車でも三十分くらいですよ。海岸のちょっと上です。」
「そうか。いや、その鶏を俺たちも見たいと思っててね。」
「大抵居ますよ。連絡さえすれば、都合つけてくれると思いますけどね。」
「そうか。わかった。ありがとう。」
「菊子さんがお世話になりましたね。お店の方にこれをみなさんでって。」
女将さんはそういって用意していた包みを手渡す。
「気を使わなくてもいいのに。でもいただきます。」
「……もう少し落ち着いてくれたらねぇ。」
「は?」
女将さんは少しため息をついて、棗を見上げる。
「私は菊子の婿は、蓮さんが一番良いと思ってるんですよ。でも嫁にいけばこの店の跡は継げないですからね。あなたのような人がいればいいのですけど。」
すると棗はニヤリと笑っていった。
「だったら俺が婿入りしますよ。俺、身内居ないし。」
「冗談おっしゃい。さっきも言いましたけど、蓮さんのような方が菊子には一番良いんです。落ち着きもあるし、何より大事にしてくれますから。」
「そうでもないですよ。」
ぽつりと棗は言う。だがそれは小声過ぎて、女将の耳には届いていなかったようだ。
「え?」
「まぁいいです。また何かあったら教えますから。菊子。今度は塩を作ってるとこ行くぞ。」
それに答えられないように困った表情をしていると、葵が笑いながら言う。
「俺も行きたい。」
「じゃあ、俺も。」
皐月もそう言って棗に詰め寄る。
「男を連れていって何が楽しいんだよ。」
「良いじゃないですか。下心がないんだったら別に良いでしょ?」
「皐月。お前なぁ。」
ぎゃあぎゃあと離している様子を見て、菊子は三人を厨房から出す。
「棗さんも仕込みがあるでしょうから、また今度にしましょう。ではまた。」
「あぁ。」
その様子を見て、大将は複雑だった。そして女将を見下ろす。
「……西川か。」
「……どれくらいの年齢かはわかりませんけど、年頃によってはその可能性は高いでしょう。菊子は知らないでしょうけどね。」
「気がつかないことを願うよ。」
「それにしても棗さんは知ってるんですかね。」
「さぁな。知っていたとしたら、確信犯だ。それこそ繋がりはない方が良い。どんなに良い食材を知っているといってもな。」
卵がシンクに二つある。あとはこれを味見しよう。あまり良いものではなければいい。内心大将はそれを願っていた。
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