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カレーうどん
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女優は記者会見をしたあと、海外に向かいもう話を聞くことは出来なくなった。マスコミは記者会見だけでは他の雑誌と差を付けられないと、不倫相手からも話を聞きたいと慎吾の姿を探しているようだ。
だが慎吾が所属する事務所は、何も言わず存ぜぬを貫いている。まるで不倫をしていないかのように。
だが不倫をしていたのは事実なのだ。その話の尻尾を掴もうと、慎吾の兄である翔にも話が来るかもしれない。それは奏太も危惧していたことだった。慎吾の兄画商であることを知られるのは時間の問題だろう。
西藤裕太もそれはわかっていて、しばらく翔の仕事には沙夜が同席するように告げられた。奏太で入らないことをマスコミに言うかもしれないし、何より経験不足でそういうメディアのあしらい方もまだわからないところがあるからだ。
その期間は、梅雨が終わり夏の太陽が出てきた頃まで続く。
翔は終始機嫌が良い。五人であれば沙夜を独占することはあまり無いが、この機会限定でも沙夜を独占出来ているから。もっとも二人になれるのは、移動中などに限られているが。
「次は何だったかしらね。」
本当にマネージャーのようなことが始まったと、沙夜は正直うんざりしていた。こんなことをしている場合では無い。海外へ行くのはもう一ヶ月後ほど。音作りはしているし、みんな基礎を見直しているのはわかるが不安はまだつきないからだ。
社用車はいつものモノとは違い、若干小型になっている。五人が乗るときには大きめの車にしてもらっているが、翔一人なのだから本人と沙夜以外は機材なんかが載るだけで良いからだろう。
「望月旭さんのスタジオだね。」
「あぁ。そうだった。」
スケジュール帳を取り出す前に翔が言う。すると沙夜は少し頷いた。
「そうだったわね。望月さんの私設スタジオだとか。」
「自分のスタジオがあるのは良いね。好きなときに練習が出来るし。」
「うちも作れって最近言われているわ。自宅兼スタジオにしたら、税金対策にもなるからって。」
「まだそこまで売れていないよ。チャートでも俺ら一位を取ったことが無いんだろう。」
「そうね。もっと言いモノを作りましょうね。」
沙夜はそう言ってナビに住所を打ち込む。そこまでの住所は良くわからなかったからだ。
「自宅かしら。」
「いや。確かそれ専用のスタジオを作ったって言ってたかな。ビルの地下の部屋を買ったって。」
自分で建てたわけでは無ければ、割と初期費用はかかっていないな。そういうやり方もあるのは頭が良いと思う。
「望月さんの新しいアルバムは、凄いメンツが参加するのね。」
何年かぶりに出す望月旭のアルバムは、ジャンルとしてはテクノになるのだろう。DJスタイルやインストの曲、ボーカルを入れた曲など案を見る限り楽しそうな物になりそうだ。こういうモノは芹が好きだろう。真っ先にアルバムを買うかもしれない。
「外国のギタリストが参加をするって言ってたよ。わざわざ来日してレコーディングに参加をすると言っていたな。」
「リモートで出来なかったのかしら。」
「いいや。きっとついでだよ。」
「ついで?」
「奥さんがこの国が好きらしい。奥さんと旅行ついでにレコーディングをするつもりなんだ。」
「奥さん想いね。」
だがそんな理由で来日するのは微妙な感覚だと思う。外国の人がこの国を好きな理由は、食事だったり観光だったりするのだろうか。
沙夜もこちらに来たとき、話の種にと思って観光地を回ってみたことがある。だが作られたモノには全くピンとこなかった。それよりも田舎へ行って畑をしたりする方が面白いと思える。
「沙夜はこっちの観光地は?」
「行ったことはあるけれど、そうね……。タワーに登ったときは面白かったけどそれ以外はあまり。」
「タワーか。」
この土地にいればどこからでも見える高いタワーだろう。誰と行ったのかと思ったが、沙夜ならもしかしたら一人で行ったのかもしれない。元々一人でさっさと何でもやってしまうところがある。それは仕事でも同じ事で、奏太は当初やりにくかったかもしれない。頼りにされていないからだ。
だがこうして少し離れていることで、沙夜も少しずつ奏太を信頼してきているように思えた。
「あのタワーって展望台とは別に特別展望台があるじゃ無い?」
「少しお金が張るけどね。」
「何百円の世界よ。でもそこへは行ったことが無いわね。行こう行こうと思ってて結局行けてないわ。」
「休みの日でも忙しそうだから。」
「そうね。」
たまに西川辰雄の所へ行っているという話を聞いたことがある。その時は芹も一緒だった。辰雄は上手く芹も受け入れたらしい。だがそれ以外でも沙夜は一人で行きたい所はあり、芹がいなくても自分で行動をするのだ。
「海外へ行って帰ってきたら、行ってみないか?」
「あなたと?」
「俺も沙夜も帰ってきて二,三日は休みがあるだろう。その時にでも行かないか。」
翔にしては珍しく沙夜を誘ったのだ。だが沙夜は首を横に振る。
「まだその時期だったらあなたとは行けないわ。慎吾さんのこともあるし。」
「慎吾か……。」
沙夜が担当だとしても、他から見れば男と女だ。そして慎吾が人妻に手を出すようなろくでなしであることは、もう明らかになっている。その兄だから、翔も同じようなモノかもしれないと噂が立ってしまうかもしれなかった。だから軽率なことは出来ない。
それは沙夜が沙菜の双子の姉だから、同じように沙夜も淫乱なのだと噂を立てられたことにも影響するのだろう。だから誰よりもそういう噂には警戒をしたいと思っていた。
「慎吾さんはどうしているの?事務所から切られたという話は聞いていないけれど。」
エキストラや再現VTRなどそういう仕事しか無かったはずだ。だから事務所も慎吾を切っても何も影響は無いだろうに、そうしていないのが違和感になる。
「慎吾は、多分海外へ行っているよ。ほとぼりが冷めたらまた帰ってくるとは思うけれど。」
「そんなに簡単にほとぼりが冷めるかしら。当事者なのに。」
すると翔はため息を付いて言う。
「慎吾は切られないよ。多分ね。勝手に事務所が切るとなれば、事務所の内部を暴露するだろうから。」
「内部?」
その言葉に沙夜は違和感を持った。すると翔はため息を付いて言った。
「役者というのは黙っていても仕事が来る人は限られている。ほとんどの人は営業をしたり、オーディションを受けたりしてやっと役をもらえるんだ。」
「そうみたいね。」
「二藍」のPVを作るとき、一度役者を雇ったことがある。PVを作る監督が、音楽を聴いてそうして欲しいと言われたのだ。そのオーディションを沙夜は冷えた目で見ていた。昔、子供モデルをしていたときのことを思いだしたから。あの時「子供モデルは使い捨て」という話を聞いて、沙夜は幼いながらに絶望したのだ。
「人によってはオーディションを受けても全く芽が出ない人もいる。そういう人は仕事を回してもらうのに、枕をするんだ。」
「枕……って事は、メーカーの責任者と寝たりすること?」
「うん。それで気に入られれば本人も役がもらえたりするかもしれないし、他の役者にも仕事が回ってくることがある。慎吾はその辺の斡旋をしているって聞いた。」
「え……。でもそれって犯罪よね。」
売春になるだろう。それに何も知らなければレイプになるかもしれない。
「そうじゃないと、慎吾は生きていられなかったんだ。そして事務所も慎吾に依存している。だから離すわけにはいかないみたいだった。」
その辺が、翔と慎吾の間に溝を作った原因なのだろうか。兄弟というにはよそよそしすぎるのだから。
翔は割と正攻法でやっている方だろう。「二藍」の中で、遥人といい仲であるというのは完全にネタであり、音楽で勝負をしていると思う。なのに慎吾はそういう方法でしか生きられなかった。
二人がいがみ合うのも当然だと思う。
だが慎吾が所属する事務所は、何も言わず存ぜぬを貫いている。まるで不倫をしていないかのように。
だが不倫をしていたのは事実なのだ。その話の尻尾を掴もうと、慎吾の兄である翔にも話が来るかもしれない。それは奏太も危惧していたことだった。慎吾の兄画商であることを知られるのは時間の問題だろう。
西藤裕太もそれはわかっていて、しばらく翔の仕事には沙夜が同席するように告げられた。奏太で入らないことをマスコミに言うかもしれないし、何より経験不足でそういうメディアのあしらい方もまだわからないところがあるからだ。
その期間は、梅雨が終わり夏の太陽が出てきた頃まで続く。
翔は終始機嫌が良い。五人であれば沙夜を独占することはあまり無いが、この機会限定でも沙夜を独占出来ているから。もっとも二人になれるのは、移動中などに限られているが。
「次は何だったかしらね。」
本当にマネージャーのようなことが始まったと、沙夜は正直うんざりしていた。こんなことをしている場合では無い。海外へ行くのはもう一ヶ月後ほど。音作りはしているし、みんな基礎を見直しているのはわかるが不安はまだつきないからだ。
社用車はいつものモノとは違い、若干小型になっている。五人が乗るときには大きめの車にしてもらっているが、翔一人なのだから本人と沙夜以外は機材なんかが載るだけで良いからだろう。
「望月旭さんのスタジオだね。」
「あぁ。そうだった。」
スケジュール帳を取り出す前に翔が言う。すると沙夜は少し頷いた。
「そうだったわね。望月さんの私設スタジオだとか。」
「自分のスタジオがあるのは良いね。好きなときに練習が出来るし。」
「うちも作れって最近言われているわ。自宅兼スタジオにしたら、税金対策にもなるからって。」
「まだそこまで売れていないよ。チャートでも俺ら一位を取ったことが無いんだろう。」
「そうね。もっと言いモノを作りましょうね。」
沙夜はそう言ってナビに住所を打ち込む。そこまでの住所は良くわからなかったからだ。
「自宅かしら。」
「いや。確かそれ専用のスタジオを作ったって言ってたかな。ビルの地下の部屋を買ったって。」
自分で建てたわけでは無ければ、割と初期費用はかかっていないな。そういうやり方もあるのは頭が良いと思う。
「望月さんの新しいアルバムは、凄いメンツが参加するのね。」
何年かぶりに出す望月旭のアルバムは、ジャンルとしてはテクノになるのだろう。DJスタイルやインストの曲、ボーカルを入れた曲など案を見る限り楽しそうな物になりそうだ。こういうモノは芹が好きだろう。真っ先にアルバムを買うかもしれない。
「外国のギタリストが参加をするって言ってたよ。わざわざ来日してレコーディングに参加をすると言っていたな。」
「リモートで出来なかったのかしら。」
「いいや。きっとついでだよ。」
「ついで?」
「奥さんがこの国が好きらしい。奥さんと旅行ついでにレコーディングをするつもりなんだ。」
「奥さん想いね。」
だがそんな理由で来日するのは微妙な感覚だと思う。外国の人がこの国を好きな理由は、食事だったり観光だったりするのだろうか。
沙夜もこちらに来たとき、話の種にと思って観光地を回ってみたことがある。だが作られたモノには全くピンとこなかった。それよりも田舎へ行って畑をしたりする方が面白いと思える。
「沙夜はこっちの観光地は?」
「行ったことはあるけれど、そうね……。タワーに登ったときは面白かったけどそれ以外はあまり。」
「タワーか。」
この土地にいればどこからでも見える高いタワーだろう。誰と行ったのかと思ったが、沙夜ならもしかしたら一人で行ったのかもしれない。元々一人でさっさと何でもやってしまうところがある。それは仕事でも同じ事で、奏太は当初やりにくかったかもしれない。頼りにされていないからだ。
だがこうして少し離れていることで、沙夜も少しずつ奏太を信頼してきているように思えた。
「あのタワーって展望台とは別に特別展望台があるじゃ無い?」
「少しお金が張るけどね。」
「何百円の世界よ。でもそこへは行ったことが無いわね。行こう行こうと思ってて結局行けてないわ。」
「休みの日でも忙しそうだから。」
「そうね。」
たまに西川辰雄の所へ行っているという話を聞いたことがある。その時は芹も一緒だった。辰雄は上手く芹も受け入れたらしい。だがそれ以外でも沙夜は一人で行きたい所はあり、芹がいなくても自分で行動をするのだ。
「海外へ行って帰ってきたら、行ってみないか?」
「あなたと?」
「俺も沙夜も帰ってきて二,三日は休みがあるだろう。その時にでも行かないか。」
翔にしては珍しく沙夜を誘ったのだ。だが沙夜は首を横に振る。
「まだその時期だったらあなたとは行けないわ。慎吾さんのこともあるし。」
「慎吾か……。」
沙夜が担当だとしても、他から見れば男と女だ。そして慎吾が人妻に手を出すようなろくでなしであることは、もう明らかになっている。その兄だから、翔も同じようなモノかもしれないと噂が立ってしまうかもしれなかった。だから軽率なことは出来ない。
それは沙夜が沙菜の双子の姉だから、同じように沙夜も淫乱なのだと噂を立てられたことにも影響するのだろう。だから誰よりもそういう噂には警戒をしたいと思っていた。
「慎吾さんはどうしているの?事務所から切られたという話は聞いていないけれど。」
エキストラや再現VTRなどそういう仕事しか無かったはずだ。だから事務所も慎吾を切っても何も影響は無いだろうに、そうしていないのが違和感になる。
「慎吾は、多分海外へ行っているよ。ほとぼりが冷めたらまた帰ってくるとは思うけれど。」
「そんなに簡単にほとぼりが冷めるかしら。当事者なのに。」
すると翔はため息を付いて言う。
「慎吾は切られないよ。多分ね。勝手に事務所が切るとなれば、事務所の内部を暴露するだろうから。」
「内部?」
その言葉に沙夜は違和感を持った。すると翔はため息を付いて言った。
「役者というのは黙っていても仕事が来る人は限られている。ほとんどの人は営業をしたり、オーディションを受けたりしてやっと役をもらえるんだ。」
「そうみたいね。」
「二藍」のPVを作るとき、一度役者を雇ったことがある。PVを作る監督が、音楽を聴いてそうして欲しいと言われたのだ。そのオーディションを沙夜は冷えた目で見ていた。昔、子供モデルをしていたときのことを思いだしたから。あの時「子供モデルは使い捨て」という話を聞いて、沙夜は幼いながらに絶望したのだ。
「人によってはオーディションを受けても全く芽が出ない人もいる。そういう人は仕事を回してもらうのに、枕をするんだ。」
「枕……って事は、メーカーの責任者と寝たりすること?」
「うん。それで気に入られれば本人も役がもらえたりするかもしれないし、他の役者にも仕事が回ってくることがある。慎吾はその辺の斡旋をしているって聞いた。」
「え……。でもそれって犯罪よね。」
売春になるだろう。それに何も知らなければレイプになるかもしれない。
「そうじゃないと、慎吾は生きていられなかったんだ。そして事務所も慎吾に依存している。だから離すわけにはいかないみたいだった。」
その辺が、翔と慎吾の間に溝を作った原因なのだろうか。兄弟というにはよそよそしすぎるのだから。
翔は割と正攻法でやっている方だろう。「二藍」の中で、遥人といい仲であるというのは完全にネタであり、音楽で勝負をしていると思う。なのに慎吾はそういう方法でしか生きられなかった。
二人がいがみ合うのも当然だと思う。
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