守るべきモノ

神崎

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 誰から聞いたのかわからない。だが春樹はそのまま倫子を後ろから抱き寄せて、そのままのぞき込むように唇を重ねた。最初から舌を出してその口内を舐める。すると倫子もそれに答えてくれた。後ろめたさからだろうか。それを感じて春樹はシャツ越しに胸に触れる。
「春樹……んっ……ちょっとやめて……。」
 シャツ越しにでもわかるほど胸の先が尖っている。それをつまみ上げると、倫子は吐息を漏らした。
「あっ……。」
 この体を好きにしたのだ。どこでしたのだろう。ここで?いや、泉や伊織がいる。ここではない。だったらホテルにでも行ったのか。そう思えば思うほど手の動きが激しくなりそうだ。
 シャツをめくりあげると、下着のホックをとる。
「駄目……隣に泉が……。」
 手を引き留めるように倫子は春樹の手を握る。
「倫子。だったら教えて。本当に田島先生としたの?」
「……ごめんなさい。」
 すると春樹は倫子の唇にキスをする。
「どっちが好き?」
「……春樹よ。」
「田島先生としたのに?」
「望んでない。」
「レイプされたって事?」
「違う……だけど望んでなかった。」
 すると春樹はその手を引っ込めて、倫子を正面に向ける。
「君が望んでしたことなのか。田島先生としたくてしたのかって事を聞きたい。恋愛感情が無くてもセックスが出来るというのは、俺たちならわかっているはずだ。」
 その言葉に倫子は下着をまた身につけていった。
「無理矢理したようなものだった。だけど……体と心は別。体は満たされたけれど……心の中にあいた穴を埋めてはくれなかった。」
「……。」
「奥様のことで手一杯だった。それはわかるの。私は奥様からあなたを取っている。だけどあなたは奥様しか見ていなかった。」
「その寂しさを埋めるために?」
「あのまま……ずっと仕事をしていたら、手をさしのべていた人にも背を向けていた。そういった意味では感謝をしないといけない。だけど……あなたの気持ちを考えたら軽率だったわ。ごめんなさい。」
 倫子の目に涙が溜まっていた。ずっとこのことを告白するのが怖かったから。
「だったら、今日は隣で眠ろう。いや……ずっと隣に居て欲しい。」
「……。」
「今すぐには無理だと思うけれど……恋人になってくれないか。」
 春樹はそういって倫子の手を握る。すると倫子は少しうつむき、涙をこぼした。他人と寝たというのに、どうしてこんなに自分に寄り添ってくれるのだろう。好きだからという感情だけでこんなに突き進めるのだろうか。
「うん……。」
 すると春樹は倫子の頬に流れている涙を拭うと、その唇にキスをする。優しく触れた。誰よりもその感触が好きだと思う。
「明日、今日の分の仕事をするんだろう。でも無理はしないで。」
「わかった……。」
 布団に横になると、春樹は手を伸ばして電気を切った。そしてその温もりを抱きしめながら目を閉じる。倫子が政近を思い出さないように。

 この家には二台ほど停められる駐車場がある。だが倫子は車を持たないし、住んでいる人は誰も車を持っていない。だから社用車を停めているのは違和感があった。
「駅までなら送れるよ。」
 少しゆっくりして春樹はそういうと、伊織と泉を社用車に載せて仕事へ行ってしまった。車が行ってしまったのをみたあと、倫子はそのまま朝食の食器を洗い、洗濯機を回している間に掃除をする。早朝は庭に雪が薄く積もっていたが、日が出てくるとあっという間に溶けてしまった。あとは泥になった土があるだけで、庭にでるためのサンダルが汚れる。
 三十一日はみんな休みらしい。
 伊織は元旦に亡くなった祖母の墓参りをしてすぐに帰ってくる。
 泉は実家へ帰るが、泊まりはしない。日帰りだと行ってすぐに帰ってくるようなものだと思うが、長居はしたくないらしい。
 春樹も実家には帰るが、奥様の所はそれどころではないだろうと、挨拶だけはすると言っていた。
 倫子は一度実家に帰ってみようと思う。お盆にも帰らなかったのだ。兄からしつこく連絡があったし、栄輝にも声をかけてみようと思っていた。
 そのときだった。
「すいません。小泉さんのお宅ですか。」
 洗濯物を干していると、壁の向こうで背の高い男がこちらに声をかけてきた。灰色のトレンチコートを着た、おそらく春樹よりも背の高い男だ。
「はい。」
「中に入っても?」
「……どちら様ですか?」
 その言葉に男は少し笑うと、手帳を取り出した。それは警察手帳に見える。
「……どうぞ。洗濯物を干し終わって話を聞きます。そっちの表からこちらには入れるので。」
「お邪魔します。」
 そういって革靴を鳴らしながら、男は表玄関の方へ回る。だがそちらでがちゃがちゃと音がするだけで、本人が入ってこない。洗濯物を干し終えて、倫子は表玄関へ向かう。
「どうしました。」
「どうやってこれ、開けるんですか。」
 門にある柵を開けようとして、開けられなかったらしい。不器用な人だなと思いながら、倫子はその柵を開ける。
「すいません。どうもこう言うのは苦手で。」
「泥棒には向いてませんね。」
「いやぁ。面目ない。上司からもいつも言われますよ。」
 まるでモデルのような出で立ちだ。背が高くて、顔が小さい。だがそのたれ目に、倫子は見覚えがあった。
「……警察が何の用事ですか。」
 聞き込みなんかをするときは二人一組でするものだろう。どうして一人で来たのだろうか。
「あぁ……資料をちょっと開けないといけないんで、中に……いや、天気も今日は良いし、先ほどの縁側で話をしましょうか。」
「縁側なんかで話をすれば、話の内容が漏れてしまうと思いますけど。」
「あなたの気も晴れると思いますよ。小泉倫子さん。」
 そういって男は、名刺を差し出す。その名字に倫子はうなづいた。
「……槇大胡さんの息子さんですか。」
「えぇ。父です。」
 よく似ている人だと思った。若いときの槇という刑事は、こんな容姿をしていたはずだ。だが信用は出来ない。
「槇司さん……ね。」
「それにしても寒いですねぇ。夕べは雪が降っていたようだし。」
「そうでしたか。昨日は外に出てませんで、様子は分からなかったんですけどね。お茶でも飲みますか。」
「いいんですか?催促したみたいです。」
 こう言うところもよく似ている。父親も調子のいい人だった。だが結局倫子のいうことは全く相手にされなかったのだ。事実はねじ曲げられる。だから信用は出来ない。
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