守るべきモノ

神崎

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柑橘

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 打ち合わせを終えて、春樹は大滝とともに政近と倫子をエレベーターまで見送った。政近はこのあとアシスタントの仕事があるし、倫子も新聞社へ行くという。二人が一緒にいるのは仕事のためだけだった。
「本当にビジネスとしての付き合いしかないんですね。あぁ、あんなに絵になる二人なんだから、もっと表に出てもいいのになぁ。」
 大滝はそういっているが、春樹は首を横に振る。
「田島先生はともかくとして、小泉先生はあまり表に出たくはないでしょうね。前から言われていましたから。」
「え?」
「官能小説を書く前から、小泉先生の作品には血が通っていないと思っていました。濡れ場はありますが、それもあまり愛のあるモノはない。だいたいが試験性のあるモノです。そんな作品ばかりですから、自分が表に出れば奇異の目で見られると言われてましたよ。」
「……うーん……。まぁ、小泉先生の作品は、それで味があるというか、それが良いと言われているところですしね。」
 大滝はそういって自分のオフィスに戻ろうとしていた。そして春樹も戻ろうとしたときだった。
「藤枝編集長。」
 声をかけられて振り返る。そこには夏川の姿があった。
「夏川編集長。どうしました。」
「今、小泉先生が見えていたんですよね。」
「えぇ。今帰りましたよ。」
「遅かったか。」
 悔しそうに頭を抱えた。
「どうしました。」
「前に書いていただいた「夢見」の番外編は、どうするのかと聞きたくてですね。」
「どうするとは?」
「つまり、そちらの本編が書籍になったときに、一緒に載せるのか。それともまたこちらのレーベルで出版するのかという事ですね。」
「そちらのレーベルで出せば、あと何編か書いてもらわないと本にはならないでしょう。」
「こちらのレーベルで出すのだったら書き下ろしてもらわないといけませんし、そちらのレーベルで出すのであればそちらの本に年齢制限が付きますから。」
「「淫靡小説」は年齢制限が付いてましたよね。」
「もちろんです。」
 少し考えないといけないところだろう。書籍にならないというのももったい無い気がする。かといって書籍にするほど、また作品を書くのは、倫子の負担が大きすぎるだろう。
「……本人と相談をしないといけませんね。」
「小泉に先生に聞いたら、また作品を書くと言われそうですが。」
「まぁ……否定はしませんよ。」
 無理をしてでも書こうとするだろう。倫子はそういう人だ。
「うちにまた載せてくれるんなら、願ったり叶ったりですけどね。この間の増刷で、休刊の話はなくなりましたし。」
「あぁ。そうでしたね。」
 新しい雑誌が出来ると同時に、休刊数雑誌も多くなるのだ。前まで「淫靡小説」はその中に入っていたのだが、増刷を繰り返したお陰でそれは無くなってしまった。
「それ以降も、部数は増えてます。小泉先生が良い起爆剤になって、ほかの作家の良さも読者は気がついてくれた。載せて良かったと思いますよ。苦労はしましたけどね。」
「それは良かった。」
 話の部分では春樹が口を出したが、官能の部分では夏川がずっとついていたのだ。その辺は春樹も口を出せないところではある。
「……それはそうと、さっき、ロビーで芦刈さんに会ってですね。」
「芦刈さん?」
「知りませんか。図書館の人です。元々国立に努めていらっしゃって書評を書いていたようなんですが、「現代文学」の木村さんが本にしたいと口説いてましたよ。」
 文芸誌が真矢に会っていたのだろうか。本を出すとなれば、ここに来ることも多くなるだろう。あの夜以来、どうも真矢とは気まずい。連絡を取ることもなければ、見かけても声をかけることもなくなった。自分に後ろ暗いところがあるからだ。
「芦刈さん……えぇ。知ってますよ。俺、地元の同級生なんです。」
「え?そうだったんですか。」
「あまり話したことはないですけどね。」
「同じくらいの歳でしたね。でも……。」
「ん?」
「良い体をしてますよ。男ならそそられるというか。地味にしてても、それくらい魅力的です。」
 またそれか。そう思いながら、春樹は心の中でため息をついた。
「一度お手並みを拝見したいモノだ。あんな地味な人の方がが割と淫乱だったりするし。」
 ずいぶん失礼なことを言っているな。そう思ったが口には出さなかった。
「そんなものですか。」
「藤枝さんはまだ繋がっているんでしょう。」
「えぇ。おかげさまで。」
「一人の人に縛られることはないですよ。遊びならあっちも許してくれるでしょうし。」
 そんなものなのだろうか。今のところ、倫子意外の人とセックスはしたくないと思う。だがあの夜。確かに春樹は真矢を引き寄せようとした。それは本気だったからじゃない。そう思いたかった。

 新聞社での打ち合わせが終わり、倫子はビルの外に出た。もう薄暗くなっている。冬の夜は早いのだ。
「寒っ。」
 風が吹き抜けて、思わず身震いをした。革ジャンは、防寒性に優れているとはいえ限度がある。やはりもう少し厚いセーターを着ておくべきだったかと思いながら、バスを待っていた。そのとき、後ろから声をかけられる。
「小泉先生。」
 振り向くと、そこには芦刈真矢の姿があった。手にはバッグを持っている。仕事帰りなのだろう。
「こんにちは。」
「えぇ。こんにちは。お仕事ですか。」
「えぇ。新聞社に用事があって。」
「この間のショートストーリー。面白かったですよ。庭で育てている野菜を夫に食べさせるモノ。」
「あら。あんな残虐なモノを?」
「無い話ではないですから。」
 新聞社からは少し怪訝な顔をされたモノだった。憎むべき男と結婚した女が、男の子供を産み、その子供を殺して庭に埋めた。その上で野菜を育てその野菜を男に食べさせるという事で、女の復讐が終わっているのだ。
「新聞社から、短編集が出るんです。夏に発売になるでしょうか。」
「そうなんですね。楽しみです。」
 それにしてもずいぶん寒そうだ。皮のジャンパーを着ているようだが、足下はブーツとタイツ、そしてミニスカートなのだから足下が冷えているに違いない。
「小泉先生。お茶を飲んで帰りませんか。」
「芦刈さんもお仕事が終わったんですか。」
「えぇ。美味しいレモネードの店があるんです。冬になるとそこのレモネードが楽しみで。」
 そういえば春樹の実家から八朔をもらった。あの八朔は美味しかったが、あれとは違うのだろうか。
「少しお話ししたいこともあるし。」
 その言葉に倫子はうなづく。
「わかりました。」
 おそらく政近のことだろう。政近も真矢もいい印象ではなかった。それはきっと真矢の姉のことが関係しているのだろうから。
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