守るべきモノ

神崎

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柑橘

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 生豆だけはあとで、礼二が運んでくれる。泉がするのは主たる食材や洗剤、紙ナプキンなどの消耗品なんかを倉庫に入れる。
 生物や冷凍物は早く冷蔵庫、冷凍庫に入れ終わり、常温のモノを倉庫に入れる。
「あー……しまった。」
 発注した紙ナプキンはまだ在庫があったようだ。しばらく紙ナプキンには不自由しなくてすむ。
「何だよ。発注ミスか?」
 声がして驚いた。そこには大和の姿があったからだ。
「制服じゃないとは入れませんよ。」
「堅い事言うなって。」
 そういって脚立を降りてこようとした泉に、今度は砂糖の袋を手渡す。
「置いて行けよ。」
「手伝ってくれるんですか。」
「あー……うん。まぁな。」
 本当は暴露したかった。泉も知って居るであろうあの芦刈という女と何かあったこと。だが一生懸命仕事をしている泉を見ると、そんな気が失せる。
 よくあんなくずみたいな男とひっついたものだと思っていた。
「置くところを変えた方が良いな。」
「えー?コレで慣れてるんですけど。」
「砂糖とかっていつでも使うだろう?いつでも使うモノはもっと取りやすいところに置けよ。布巾とかはそんなに新しいの出さないだろう?交換は週に一回ってなってるし。」
「そうですけど。」
「それから洗剤なんかは足下でいいんだよ。店長はともかく、お前は腱鞘炎にでもなったらどうするつもりだ。」
 口は悪いが心配しているのだ。それがありがたい。
「レジロールがないな。今度の発注に間に合わなかったら、明日持ってきてやるよ。」
「あ、レジロールの予備はこっちです。」
「何で一緒にしてねぇんだ。」
 奥の方へ向かっていく泉の後ろ姿を見て、思わず生唾を飲んだ。細くて折れそうだと思っていたのに、案外腰回りは肉が付いている。思わずその腰に手を伸ばした。だが急に振り返る。
「何ですか?」
 思ったよりも近くにいる。それで手を挙げてしまった。
「嫌。何でもない。」
 すると今度は表から大和を呼ぶ声がした。
「赤塚さん。」
 礼二がやってきたのだ。
「お前、表いいのか?」
「マネージャーが来てますよ。話があるって。」
「わかった。すぐ行くよ。」
 そういって大和はすぐに倉庫から出ていく。泉はすぐにまた在庫の洗剤を手にした。するとその手を礼二が握る。
「何?」
「何もされてない?」
「……大丈夫。ぎりぎり。」
「タイミング良かったんだな。」
 するとその手に礼二は唇を寄せる。すると泉の頬が赤くなった。
「手を出されないように気をつけて。心配しているから。」
「うん。」
 本当はすぐに抱きしめたかった。だが仕事がある。礼二もまた手を離すと表に出ていった。

 そのころ、倫子は政近とともに「戸崎出版」の会議室にいた。新連載のことについて、春樹と漫画雑誌の担当である大滝という人物と一緒にいたのだ。
「プロットは良いと思います。藤枝さんはトリックとか見て、どうですか。」
「中だるみするかなと表ます。」
 その言葉に倫子がかみついた。
「中だるみ?」
「この雑誌は月刊誌です。「月刊ミステリー」で小泉先生には、一年かけて連載をお願いしていますが、コレは漫画雑誌で半年に一話になります。中だるみするかもしれないと言うのが、正直な意見でしょう。」
「もっとあれか、スパイスの利いたヤツが必要って事だな。」
 政近はそういって倫子を見た。
「濡れ場はどれくらいの露出が出来ますか。」
 倫子は今度は大滝を見る。
「エロ雑誌ではないので、液体が飛び散ったり接合部分が見えなければいいです。それから乳首は隠してください。」
「水着みたいなもんだな。入れてるところは花でもかくか?」
「どこの少女漫画よ。」
 連載の話を終え、政近と倫子はこのまま帰ろうとしたときだった。大滝が、二人を止める。
「あぁ。田島先生と、小泉先生。連載のことであとお願いがあるんですよ。」
「お願い?」
 倫子は不思議そうに大滝を見る。春樹は表情を変えなかった。
「雑誌の方にですね、お二人の写真を載せたいんです。」
「写真?」
「出来れば対談をしているところとか。」
 倫子はともかく、政近はほとんど無名だ。画集は出ているが、それを知っているのは一部のマニアックな人に限られる。
 漫画雑誌に載ったことで人気が出てきた政近の顔が、インターネットでもなかなか見ることは出来ない。そこでそういう対談をさせたいと思っているのだ。
 しかもそれが倫子とともに載れば、また部数が上がる。それを狙っているのだ。
「……んー……。今更倫子と話すことなんかあるか?」
「さぁね。前に荒田夕先生と対談はしたことがあるけれど、それとは勝手が違うんでしょう?」
 春樹の方を見ると、春樹は少し笑って言う。
「そうですね。今回は共同作業をしている立場ですし、もっと内側を知りたい読者もいると思います。」
 春樹の内心は断って欲しいと思っていたのだ。倫子が表に出るのは、倫子自身が望んでいない。「月刊ミステリー」で写真を撮ったのは、「月刊ミステリー」自体が、そう簡単にコンビニなんかでも手に入れられるような雑誌ではないからだ。
 だが今回の漫画雑誌は違う。もしかしたら病院の待合室にもあるかもしれない。そうなってくると倫子は嫌がるかもしれない。
「そんなもんかね。写真とか対談とかしても、読者って描いてるヤツとか気にする?」
 政近も否定的だ。珍しいと倫子は思っていた。目立つような容姿をしているのだ。倫子も人のことは言えないが、政近の姿はどう見てもパンクロッカーだ。
「前に小泉先生は、荒田先生と対談されていましたよね。」
「それはあまり荒田先生とお会いすることも無かったので、良い機会だと思って。」
「そんな感じでお願いしたいんですよ。」
 思わず考え込んでしまった。大滝は強引に進めようとしてきている。気が進まないような仕事は、受けさせたくない。春樹が声を上げようとしたときだった。倫子がその漫画雑誌を手にする。
「もし対談するとしたらどこに載せるつもりですか?」
「トップページに。ほら「月刊ミステリー」も表紙を飾っていたじゃないですか。」
「それは荒田先生の顔でしょう。私はあまり表に出る方ではありませんし、政近も今までくすぶっていた。そんな二人が載ったところで、誰も手にしませんよ。読者は私を名前だけしか知りません。」
 その言葉に大滝は言葉を詰まらせた。見た目だけで表紙にしたいというのであればお門違いだ。
「それに今まで私が書いていたモノで勘違いをされても困る。」
 倫子の言葉に政近と春樹は思わず笑いを抑えきれなかった。
「そうですね。「淫靡小説」に作品を書いたことで、夏川編集長から気を付けるようにとは言われています。」
「と言うと?」
 大滝はそういって身を乗り出す。
「つまりですね。勘違いをする人もやはり多いと言うことです。官能小説を書いている女性は、性に奔放なのではないかと言われることもありますから。」
 驚いたように大滝は倫子を見る。そんな輩がまだ居るのかと思ったのだ。
「……そんなこと……。」
「あるんですよ。実際、それで危険な目にも遭ってきましたし。そんなこと無いと思うんですけどね。官能小説を書いている人がみんなそうなら、だいぶ乱れてますよ。作品なんか作家の妄想です。」
 だがあの「淫靡小説」で書いたモノは、自分のことだった。許されない関係なのに、隠れて逢瀬を繰り返す様はまるで自分と春樹だ。だから未だに読み返すと、自分の顔が赤くなる。それは春樹も一緒だった。
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