守るべきモノ

神崎

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一室

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 目を覚ますと見慣れた天井が見える。横を見ると、礼二が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「え……私、いつの間に?」
 泉はそういって体を起こした。ここは礼二の部屋で、倫子や春樹そして伊織もいる。
「過呼吸になって倒れたって聞いた。大丈夫か。」
 夢だったのだろうか。泉はそう思いながら頭を押さえた。だが倫子は不機嫌そうに口を開く。
「頭が痛いの?」
「ううん。別に体調は悪くない。」
「礼二。今日はここに泊まらせて。」
「そのつもりだよ。」
「感情的にならないでよ。」
「わかってる。」
 そういって春樹と伊織とともに、倫子は部屋を出ていった。そしてため息をはくと、白い息が舞う。
「顔色が悪かったね。」
 伊織はそう言ってため息を付いた。
「過呼吸になって倒れるくらいだから、相当だったのよ。泉はそんなことがなかったから、私も焦ってしまったけど。」
 倫子はたまにそう言うこともある。そんなときは春樹が居ることもあるが、ほとんど自分で何とかしているように思えた。倫子にとっては普通の出来事だったからかもしれない。
「何を話すかな。」
 口火を切ったのは伊織だった。その言葉に倫子も少しうつむく。
 夜の道を三人で歩いていた。いつもだったら伊織はもう寝ている時間なのに、泉のことが心配でここまでやってきたのだ。
「礼二さんも堪えてたな。そのまま別れを言うのかどうかはわからないけれど……。」
 春樹の言葉に倫子は首を振っていった。
「別れないと思う。別れるのだったら礼二はとっくに別れてた。奥さんが浮気をして子供を作っていたのよ。自分の子供だって嘘を付いてまで。だけど別れていないのは、泉をそこまで好きだったから。」
「……。」
「だけど一度ならまだしも、二度となるとちょっとね……。」
 亜美が倫子と寝た男を脅していたのはそのためなのかもしれない。一度なら過ちだが、二度目となると相手にも期待させる。
「倫子は礼二さんと泉が付き合うのは反対していたよね。」
 伊織の言葉に倫子はうなづいた。
「えぇ。礼二が本気なわけがないと思っていたから。だけど泉の方が本気だったの。騙されても良いから一緒にいたいって。」
「……だったらあの男、○イプでもしたのかな。」
 その言葉に倫子の手がぎゅっと握られる。それを見て春樹はその手を握った。そして伊織の方をみる。その視線を感じて、伊織は口を押さえた。
「気を使わないで良いわ。」
 倫子はそう言ってため息をつく。
「日が悪かったわ。お母さんの命日だったもの。泉の心も不安定になっていた。そこにつけ込んだ最低な男なんでしょう。」
 自分に言い聞かせているようだった。泉が望んであの男の所に行ったと信じたくなかったからだ。

 次の日から、泉は部屋の荷物をまとめ始めた。少し早いが、礼二の所に行くことにしたから。それから大和と二人の時は、帰りは礼二が送るようにした。おかげで大和も泉に手を出しづらくなったらしい。
 忌々しそうに本社の一室でパソコンを見ていた。そして昼休憩に入り、外に出る。そして近所の屋台で昼ご飯を買おうとしたときだった。
「あ……君は?」
 同じカレーの屋台に並んでいたのは春樹だった。
「小泉先生の同居人でしたか。」
「えぇ。」
「ってことは阿川とも?」
「えぇ。会社からは少し離れてますけど、ここのカレーが美味いと泉さんから聞いていて、一度食べてみようかと。ご飯だけではなくてナンもあるんですね。」
「そうですよ。」
 屋台にはこの国の人ではない男がカレーとライスを容器に詰めていた。少しずつ屋台の列は少なくなってきているように思える。
「この間は泉さんがお世話になったようですね。」
「あぁ。ちょっと事情も聞いたし、あいつが少し無理をしているところも見えたから。」
「……だからと言って寝ることはないでしょう。」
「は?」
 春樹の表情が変わらない。笑顔でも怒っているようにも見えないが、真顔で十分ヤク○に見えるような人だ。
「心の透き間につけ込んで、女と寝る。……使い古された小説のようですね。」
「その小説は、女から金を巻き上げるんだろう?」
「えぇ。」
「あいつから巻き上げるものなんかねぇよ。」
「泉さん自身なら価値はありますね。」
「……。」
「あまり男に馴れていない女に、優しい言葉の一つでもかければ女は付いてきますよ。奪うのが好きなんですか。」
「俺は……。」
「俺なら逆上します。礼二さんがあなたが上司だから手を出さなかっただけです。」
「……。」
「ただ、あっちもやり方はあるでしょう。下のものが上にたてつく方法はいくらでもありますから。」
「あいつは望んでたんだよ。女なんかそんなものだろう。」
 屋台の順番が来て、春樹はカレーとご飯を頼む。そしてその次に並んでいた大和もそれを手にした。
「そんな風にしか女性を見れなかったのは不幸ですね。」
 春樹はそう言って会社の方へ行ってしまった。
 確かに自分がゆがんでいるのはわかる。大和もそう思っていた。
 AV女優だった母が、ハードなプレイをこなしながら金を稼ぎ、その金のほとんどをヤ○ザのような父親に渡していた。スタジオが自分の遊び場だったし、ローターや電気マッサージがごろごろしているような所で育ったのだ。
 そして女なんてそんなものだと思っていた。
 自分の子供が出来たと騒いでいた妻だった女だってそうだ。泉も嫌がりながら自分と寝たのだ。同じ狢だろう。
 会社に帰ろうとしたときだった。男が会社から出てくる。その人を見て、大和はその男に近づいた。
「相馬さん。」
 男は大和を見て、少し笑った。
「どうしたんだ。何か元気がないな。」
「ちょっとね……。あぁ。あの新作のコーヒー美味かったです。焙煎をあの女にしてもらって……。」
「良かった。君は本当に舌が敏感な人だな。君のような人がうちの舌にいるといいんだが。」
「いらねぇって言ったのは、そっちですよ。」
「そうだったかな。まぁ今は事情も違うし、来てもらえれば大助かりだ。」
 そう言って相馬梅太郎は、少し笑っていた。
「今は俺、そっちに行けないんですよ。」
「どうしたんだ。」
「……ちょっと事情もあって。」
「妻とは別れたばかりだろう。しがらみもなくて良いと思うんだが。」
「……好きな女が出来たんです。側にいてやりたい。」
 まっすぐにそんなことを言う男だっただろうか。そう思いながら、梅は大和と別れていった。
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