守るべきモノ

神崎

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栄華

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 閉店してからが一番のチャンスだ。外に出たら泉は礼二の元へ返ってしまう。本当は返したくなかった。大和はそう思いながら豆をはじいていた。オーダーストップになって注文がこない時間煮豆をはじく。泉はトイレ掃除へ向かっていた。たまにくる会計くらいしかフロアの用事はないので、引きこもっているのだ。
 その時泉がトイレから戻ってきた。そして大和に近づく。
「発注ってトイレットペーパーはしましたかね。」
「したよ。」
「だったら良かった。」
 明日の昼までに間に合うだろうか。そう思っていたのだがくるのだったら問題ない。
「無くなれば買って来いよ。領収あげればいいんだから。」
「そうですけどね。」
 ここに頼まなくても良い。自分の代わりはいるのだからと言われているようで嫌だった。
「こだわるなって。」
「え?」
「お前結構後ろ向きだよな。お前の代わりなんかいないのに。」
 口をとがらせる。心の中を読まれたようで嫌だった。
「そんな口するなよ。キスしたくなるから。」
「やです。あ、ありがとうございます。」
 レジへ向かおうとして、大和がそれを止める。
「手を洗って来いよ。ばーか。」
 カウンターを出て行って、会計をした。そしてテーブルにあるカップを手に取る。
「トイレ掃除したら消毒だろ?」
「そうでした。」
 そう言って泉はキッチンの方へ向かい、手を洗った。そして消毒をすると、フロアに戻ろうとする。その時その出口に大和が立ちふさがった。
 フロアにいる客はあと二組くらいだ。まだ帰りそうな気配はない。
「退いてくださいよ。」
「やだ。」
「……。」
 無視して押しのけてフロアへ行こうとしたときだった。大和がその二の腕をつかむ。
「何……。」
 素早くキスをすると、大和はそのままカウンターに帰って行く。軽いキスで、泉の頬が赤くなった。
 こんな事礼二に言えない。
 しばらくしてフロアに出てくると、店の電話が鳴った。思わず泉はそれをとる。
「「ヒジカタカフェのbook cafe支店」でございます。」
 相手は礼二だった。思わず顔がほころぶ。
「どうしました。えぇ……こちらに?」
 幸せそうな顔だ。相手はきっと礼二だろう。思わず心の中で舌打ちをする。だが顔には出せない。ここは店なのだから。
「すいません。」
 客が呼んでいる。まだ電話をしたままの泉を後目に、大和はカウンターを出て行く。そして精算を終わらせるとカップを片手にカウンターに戻った。すると泉も電話を終わらせたようだった。
「どうしたんだ。川村店長は何を言ってきた?」
 そう聞くとカップを下ろした。
「良く店長だってわかりましたね。」
「お前の顔がへらへらしてんだよ。」
 対して大和は不機嫌そうだ。礼二と離れているときくらい礼二のことをみないで欲しいと思っているのだろう。
「あちらの店舗の方と食事をするそうなので、同席しないかと。」
「あっちの奴らと?」
「何度かあちらのスタッフがコーヒーを飲みに来たこともあるんですけど、話をすることもありませんでしたし一度話が聞きたいと。」
 礼二の指導が厳しいのだろう。だからどんな風に耐えてきたのかとか、泉の人間性が見たいと言ったところだろう。男か女かわからないような女だ。その気持ちも分からないでもない。
「俺も行こうかな。」
「どうして?」
「俺もちらっとみただけなんだよ。あっちの店舗は。どれくらい変わったのか気になるし。」
 それだけじゃない。泉と礼二と二人にさせたくなかった。その時、もう一度店舗の電話が鳴る。それに反応して泉が電話をとった。
「はい。」
 受け答えをしていると、今度は大和の方をみる。
「赤塚さん。お電話です。」
 女性の声だった。大和もそれだけ盛んなのだろう。泉はそう思いながら布巾を手にカウンターを出て行く。

 閉店作業をして、店をあとにする。そして大和とともに繁華街の方へ向かっていく。
 夜はまだ冷えるから、ジャンパーをまだ二人とも着ていた。泉が赤やピンクを選ばないからか、やはり男同士の連れ合いに見える。だから声をかけられるのも女からだった。
「飲みに行くんですかぁ?あたしたちと一緒に行きません?」
「んにゃ、待ち合わせしてんだよ。」
 着飾った女性を後目にみる。きっと大和は本来こういう女性が好きなのだろう。なのにどうして泉に固執するのかわからない。それも礼二がいるというのを無視しているようだ。
「どこだっけなぁ。良い店選ぶけどわかりにくいよな。」
 チェーン化された居酒屋ではなく、礼二が指定したのは郷土料理をメインに出している店だった。割と礼二は味にうるさいので、チェーン化された居酒屋は好まないのだ。
「そう言えばさ、昼間に来てた記者。」
「えぇ。記事にならないと言っていたので良かったです。」
「小泉倫子のことだろ?」
「……えぇ。たぶん。」
「派手な女だもんな。そんな噂の一つでも立ってもいいだろうに、今まで何で記事にならなかったのか。」
「何でかはわからないです。でもそのほとんどはデマですよ。」
「デマ?」
「妊娠して堕胎を繰り返しているわけがないんです。ピルを飲んでいるし。ギャンブルもしない。そんなお金にも時間の余裕もない。」
「……信じてるんだな。」
「誰よりも信じてます。」
 倫子だって泉を信じている。だから礼二から今日は離れるわけにはいかない。
 そんな思いとは裏腹に、大和は心の中でため息をつく。今日、礼二がいた店のスタッフから大和当てに連絡があったのだ。
「昔と違って全然寝ないのよ。奥さんがいても女遊びが激しかったのに世?悔しいじゃない。そっちの女さ、あんた寝なよ。そしたらあっちもこっちを振り向くでしょ?あんただってそっちの女と寝たいって思ってんだったら文句ないじゃない?」
 そんな理由で泉と寝たくない。だがこれしかなかった。
「あ、あそこですね。」
 古い古民家をイメージした外装の居酒屋が見えて、泉は足早にその中に入っていく。大和から離れて店へ向かっていくのは早く礼二に会いたいからなのか。そう思うといらついてくる。
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