守るべきモノ

神崎

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栄華

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 店内は満席に近いようで、サラリーマンやOLなどがいるようだ。土曜日の夜だから仕方がない。そしてその奥の座席に、見覚えのある人が居た。
「お疲れさまです。」
 泉が声をかけると、礼二は少し笑って手を挙げる。だが礼二の隣には、あの同期の女性がいた。さっきから本社から送られてきたコーヒー豆について語り合っている。仕事のことだからと仕方なく話につきあっていた。
「赤塚さんも来たんですか?」
「来ちゃ悪いのかよ。」
「んなこと言ってませんよ。でも飲み過ぎないでくださいね。」
「何で?」
「赤塚さんあまり強くないから。」
「ほっとけ。阿川は何を飲むんだ。」
「あ、ウーロン茶を。」
 そうだ泉は酒が全く飲めないのだ。そのかわり食事は相当食べる。酒の分食事でもとはとりそうだ。
「阿川さん。俺、久川と言ってですね。」
「あぁ、一度お見えになりましたよね。」
 泉の周りにはまた人が集まっている。大和どころか礼二さえも近づけない。
「メモを取ることですね。返ってからも読み返したり、普段の食事でも見栄えが良いようにしてます。」
 せっかく一緒にいるのに、隣にいさせるような隙を与えない。少しいらついてくるようだ。
「トイレ行ってくるわ。」
 今日は酒を入れている。帰りは代行に頼もうと思っていたのだ。礼二はそう言って席を立った。その時泉の隣に大和が座る。すると周りにいたスタッフたちがわっと声を上げた。
「やっぱ、似合ってる。」
「こりゃ、確かに男カップルに見られなくもないね。」
「女ですけどー?」
「そんなに食う女がいるかよ。お前だけでその唐揚げどれだけ食ってんだよ。」
「ザンギっていうんだって。」
「唐揚げじゃないですぅー。」
「生意気な。」
 気が合っているのか合っていないのかわからない。だが悔しい思いがあった。自分と並んでいても泉と似合っているとは言われないし、自分が老けすぎているのかと思う。
 だがそれは倫子と春樹にもいえることだ。倫子がずっと気にしていたのは、自分と春樹が並んでいても体を売るような女にしか見られないことだった。
 自分の容姿でこんなに悩むとは思ってなかった。そう思いながらトイレをあとにする。すると隣の女性トイレから、あの同期の女性が出てきた。歳だって同じくらいだ。こういう人といればあまりそんなことを気にすることはないのに。
「川村店長さ。あの子とつきあってるんでしょう?」
「そうだけど。」
「……趣味変わったよね。あなたが言い寄る人ってもう少し女臭いのが好きなのかと思った。」
「別に趣味なんか変わるよ。それに姿だけで見るかな。」
「見るよ。接客だってそうじゃん。いらっしゃいませって言ったその最初のウェイトレスが店の印象を決めるって、この間の講習で言ってた。」
「あぁ。そうだったな。」
「それから言うとあまり好みじゃなさそうなのに。」
「でも人は見た目が華やかでも中が空洞って人は多い。そんな人にはもう騙されたくもないし。」
「騙される?」
「……。」
 元の妻がどうなったかはわからない。店まで乗り込んできて、子供が流れて、それからどうなったのだろう。だが自業自得だと思う。
「そっか。色々あったもんね。」
「南もあっただろう?ほら、あの店の近くのサラリーマンとはどうなったんだ。」
「不倫だったもん。長く続くわけ無いじゃない。不倫がうまくいくなんて、ドラマじゃないんだから。」
 と言うことは今はフリーなのだろう。だからといってこの女と寝ることはない。一度は寝たかもしれないが、今は泉しか見ていないのだ。
「ねぇ。川村店長さ。」
「何?」
 みんなのところに戻ろうとした礼二の着ているシャツの裾を引く。
「セックスしようよ。」
 直球に聞いてくるな。礼二は首を横に振ると、その手を引き離した。
「辞めとく。」
「ヘタレ。」
「何とでも言って良いよ。一時の感情で全部消したくないから。」
 泉を手放したくなかった。
 みんなのところに戻っていくと、礼二にさっき泉に話をしていた久川という男が近づいてきた。
「川村手帳。俺……今度、そっちのシフトに入りたいっす。」
「駄目。あの店のキャパから考えると、二人が精一杯。人時を増やしたくないから。」
「難しいですかねぇ。あ、だったら川村店長がこっちに来たとき、俺がそっちに入れば……。」
 すると今度は大和が口を挟む。
「駄目。お前の面倒を見ながら接客して、コーヒー入れるなんて阿川には無理。」
「辛口。」
「何とでも言えよ。」
 大和も焼酎に口を付ける。それは大和ではないといけないと言われているようで泉も気分が悪かった。
「ありがとうございました。」
 店員の異性の言い声が聞こえて、思わず泉はそちらをみる。でていたその男の後ろ姿は、伊織によく似ていた。
「伊織?」
 すると大和もその声に、振り向いた。だがもうあとは冷たい風だけが残るだけだった。

「気づかれないで良かったですね。」
 伊織はそう言って真矢を見ていた。真矢も少し笑って伊織を見上げる。
「後ろ暗いかしら。」
「そりゃ、ちょっとはね。」
「フフ。そうね。」
 伊織は年の割に若く見える。それに見た目はちゃらい。二人でいれば出張ホストを買った欲求不満のOLに見えるだろうか。
「でも美味しかった。あの店。ずっと気になっていたんです。」
「俺もこういう時じゃないと外食できないから。」
「あら。家の人は?」
「倫子は法事で実家に帰ってて、春樹さんもついて行きましたよ。」
 実家について行くくらいだ。もう結婚が近いのかもしれない。だが前よりも胸が痛くなかったのは、もう自分の中で解決したことかもしれない。
「……そう……。」
「ショックですか?」
「どうしてかしらね。前よりもショックじゃないの。」
 こうしていても伊織と何かあるわけではない。明確に恋人同士というわけではないのだ。なのにこの安心感は何なのだろう。
「終電、間に合いますね。乗りましょうか。」
 駅のほうへ行こうとした真矢を伊織がその裾を引く。
「あの……。」
「どうしました?」
「そこの奥、知ってます?」
 駅へ行く道から少しそれた細い道。その奥にはラブホテルが数件ある。そのことを言っているのだろうか。
「……えぇ。」
「行きませんか。」
 その言葉に真矢は少し頬を染めた。そして裾をつかんでいる伊織の手を握る。わき道へ向かうとその中に入っていった。
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