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夏
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ほんの何時間か前のことが嘘のようだ。いつものような静寂が海を包んでいた。あるのはかすかに聞こえる波の音。
すると急に律は立ち止まった。そしてふと道路の横を見ている。そこには海岸に出るための階段があった。いつもだったら壁を乗り越えて海岸へ行くのだが、本来ならここが通り道になる。
「行こう。」
律はその階段を下りて、海岸へ降りた。私もそれに続く。
いつものとおり静かな海だった。いつもと違うのはゴミが散乱していること。ゴミ箱は設置してあったが、間に合わなかったらしい。海岸にはゴミが散乱している。
カシャ。
ふと横を見るとその風景も律は写真に収めていた。
「どうして写真を?」
すると彼は笑って言う。
「新聞社からの依頼だ。毎年ここの土地では花火をするが、次の日のゴミの片づけが苦痛だ。この事実を載せたいとな。」
「…そうね。そうかもしれないわね。」
屋台も出ていて、プラスチックのコップや紙の皿、割り箸などが放置されている。
「見て見ろ。」
デジタルカメラの画面には、小さな液晶がついている。それを私に見せるというのだ。
私は彼の手をのぞき込んでその液晶をみる。
「今夜?違うわね。」
「あのときの夜の海岸だ。」
「…。」
あのときというのがどの時なのか、彼に聞かなくてもわかる。彼が私にキスをした春の夜のことだろう。あのとき星を写していただけではなく、この海岸の風景も写していたのだ。
「それから、これが今日の夜。」
次の画面を見る。それは人だらけの画面だった。花火もかすかに写っている。
「で、これがさっき。」
「…。」
明日この地区の人たちでゴミ拾いをするという話もある。しかし明日の朝では間に合わないかもしれない。
「ゴミは海に流されてしまうわね。」
「年間、ビニール袋を餌と間違えて食べて死ぬ魚がどれくらいいるだろうか。プラスチックは水にも土にも返らない。そんなものを生み出しているのが俺たちだ。」
罪深い。このゴミ一つ。それだけで罪深いのだ。
「律…。」
「昔、俺は師匠に連れられてある国の川を見た。」
「…。」
「川一面がゴミだらけだった。異臭もしていた。たぶん、死体があってもわからないような川。」
「プラスチック。」
「そう。せめてゴムだったらな。」
彼はそう言って空のペットボトルを手に取った。
「でも今日、このゴミだらけの所で言われた。」
「何を?」
「俺のことが好きなんだとさ。忘れられないんだと。」
「…光が?」
「あぁ。」
「光は浴衣を着て、あなたにアピールすると言っていた。」
「でも光相手に俺は欲情しない。」
だったら誰だったら…。そう言い掛けて私は言葉を飲み込んだ。
「でも光は…。」
「俺がずっと惚れている女は一人だけだ。」
ペットボトルを置いて、私の方を見た。
「でもその女は俺が帰ってきたら泣いていた。どうしてだと思う?」
「…その場にいた男に迫られていたからよ。」
「…何だと?」
風がひゅんと吹き抜ける。そのとき彼の普段隠れている目が見えた。ドキリとする。その目が怖かったから。
「何かされたのだろうか。」
「されたから泣いていたのよ。」
羽毛のように軽いキスだった。だけどその一瞬がすべてを壊したような気がする。光との関係も、律との関係も、そして楓との関係も。
今までのように「友情」とは言えないと思ったから。だから私は泣いたのだ。
思い出すだけで涙が出そうになる。こらえようと私はうつむいた。そのとき、律が私の手を取った。驚いて顔を上げる。
「律?」
律は私の手を引いて、海岸を歩いていった。端にあるテトラポットの影にどんどん引っ張っていく。
「律。痛いわ。」
小さく反抗しても彼の耳には届いていないようだった。やがてそのテトラポットの影にやってくると、彼は私の手を引いてその影に座らせる。
「ここなら見えない。」
「え?」
「いたのがわからなかったか。」
「…。」
「前と一緒だ。俺とお前がいなくなったのを不審に思って、あいつは追いかけてきていた。取られるとでも思ったんだろうな。」
「…か…。」
「その名前を言うな。」
名前を言おうとして、私は口をふさがれた。彼の大きな手が私の口を覆う。
「…もうだめだ。あいつには渡さない。」
静かになり、波の音だけが響いているようだった。しかしそれに混じって、足音がする。それは近づいたり、遠くなったりした。おそらくそれが「楓」の足音なのだ。
まるで私たちは罪人だ。
陰に隠れ、身を潜め、身を潜め、でも身を寄せ合っている。座っている私の横に律がいた。私を守るように、私を抱き寄せている。
上を見上げる。すると彼の端正な顔が目の前に現れる。
「…律。」
名前を呼ぶその声に、力はない。空気が混ざった声は彼に聞こえたのだろうか。
「…周。」
聞こえていた。だから彼が私の方を見下ろしていた。そして彼は私の肩を抱いている手とは逆の手で、私の頬に触れた。
「上書きしてくれる?」
すると彼はゆっくりうなずき、顔を近づける。ふっと唇に触れるだけのキスをしたあと、また唇を近づけた。
私も手を伸ばし、彼の首に手を伸ばした。
律…律…。
そう。私が求めていたのは、この人。ほかの誰でもないし、ほかの誰にも渡したくはなかった。
すると急に律は立ち止まった。そしてふと道路の横を見ている。そこには海岸に出るための階段があった。いつもだったら壁を乗り越えて海岸へ行くのだが、本来ならここが通り道になる。
「行こう。」
律はその階段を下りて、海岸へ降りた。私もそれに続く。
いつものとおり静かな海だった。いつもと違うのはゴミが散乱していること。ゴミ箱は設置してあったが、間に合わなかったらしい。海岸にはゴミが散乱している。
カシャ。
ふと横を見るとその風景も律は写真に収めていた。
「どうして写真を?」
すると彼は笑って言う。
「新聞社からの依頼だ。毎年ここの土地では花火をするが、次の日のゴミの片づけが苦痛だ。この事実を載せたいとな。」
「…そうね。そうかもしれないわね。」
屋台も出ていて、プラスチックのコップや紙の皿、割り箸などが放置されている。
「見て見ろ。」
デジタルカメラの画面には、小さな液晶がついている。それを私に見せるというのだ。
私は彼の手をのぞき込んでその液晶をみる。
「今夜?違うわね。」
「あのときの夜の海岸だ。」
「…。」
あのときというのがどの時なのか、彼に聞かなくてもわかる。彼が私にキスをした春の夜のことだろう。あのとき星を写していただけではなく、この海岸の風景も写していたのだ。
「それから、これが今日の夜。」
次の画面を見る。それは人だらけの画面だった。花火もかすかに写っている。
「で、これがさっき。」
「…。」
明日この地区の人たちでゴミ拾いをするという話もある。しかし明日の朝では間に合わないかもしれない。
「ゴミは海に流されてしまうわね。」
「年間、ビニール袋を餌と間違えて食べて死ぬ魚がどれくらいいるだろうか。プラスチックは水にも土にも返らない。そんなものを生み出しているのが俺たちだ。」
罪深い。このゴミ一つ。それだけで罪深いのだ。
「律…。」
「昔、俺は師匠に連れられてある国の川を見た。」
「…。」
「川一面がゴミだらけだった。異臭もしていた。たぶん、死体があってもわからないような川。」
「プラスチック。」
「そう。せめてゴムだったらな。」
彼はそう言って空のペットボトルを手に取った。
「でも今日、このゴミだらけの所で言われた。」
「何を?」
「俺のことが好きなんだとさ。忘れられないんだと。」
「…光が?」
「あぁ。」
「光は浴衣を着て、あなたにアピールすると言っていた。」
「でも光相手に俺は欲情しない。」
だったら誰だったら…。そう言い掛けて私は言葉を飲み込んだ。
「でも光は…。」
「俺がずっと惚れている女は一人だけだ。」
ペットボトルを置いて、私の方を見た。
「でもその女は俺が帰ってきたら泣いていた。どうしてだと思う?」
「…その場にいた男に迫られていたからよ。」
「…何だと?」
風がひゅんと吹き抜ける。そのとき彼の普段隠れている目が見えた。ドキリとする。その目が怖かったから。
「何かされたのだろうか。」
「されたから泣いていたのよ。」
羽毛のように軽いキスだった。だけどその一瞬がすべてを壊したような気がする。光との関係も、律との関係も、そして楓との関係も。
今までのように「友情」とは言えないと思ったから。だから私は泣いたのだ。
思い出すだけで涙が出そうになる。こらえようと私はうつむいた。そのとき、律が私の手を取った。驚いて顔を上げる。
「律?」
律は私の手を引いて、海岸を歩いていった。端にあるテトラポットの影にどんどん引っ張っていく。
「律。痛いわ。」
小さく反抗しても彼の耳には届いていないようだった。やがてそのテトラポットの影にやってくると、彼は私の手を引いてその影に座らせる。
「ここなら見えない。」
「え?」
「いたのがわからなかったか。」
「…。」
「前と一緒だ。俺とお前がいなくなったのを不審に思って、あいつは追いかけてきていた。取られるとでも思ったんだろうな。」
「…か…。」
「その名前を言うな。」
名前を言おうとして、私は口をふさがれた。彼の大きな手が私の口を覆う。
「…もうだめだ。あいつには渡さない。」
静かになり、波の音だけが響いているようだった。しかしそれに混じって、足音がする。それは近づいたり、遠くなったりした。おそらくそれが「楓」の足音なのだ。
まるで私たちは罪人だ。
陰に隠れ、身を潜め、身を潜め、でも身を寄せ合っている。座っている私の横に律がいた。私を守るように、私を抱き寄せている。
上を見上げる。すると彼の端正な顔が目の前に現れる。
「…律。」
名前を呼ぶその声に、力はない。空気が混ざった声は彼に聞こえたのだろうか。
「…周。」
聞こえていた。だから彼が私の方を見下ろしていた。そして彼は私の肩を抱いている手とは逆の手で、私の頬に触れた。
「上書きしてくれる?」
すると彼はゆっくりうなずき、顔を近づける。ふっと唇に触れるだけのキスをしたあと、また唇を近づけた。
私も手を伸ばし、彼の首に手を伸ばした。
律…律…。
そう。私が求めていたのは、この人。ほかの誰でもないし、ほかの誰にも渡したくはなかった。
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