カノコの日常〜妖怪があつまる『幻灯の夜市』で《後悔石》を探すバイト生活が始まった。あなたのその後悔、晴らします〜

灰緑

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追憶を再び(一)

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 翌日のお昼前、妙音鳥は書斎の机でひたすら書き物をしていた。
 
 わたしはひと通りの掃除と洗濯を終えて、ソファーに寝そべってだらしなく過ごしている。片手には、『後悔石』が入ったガラス容器。カラカラと振ってみると案外、綺麗な音がしてガラス容器の中にこだまする。

 『後悔石』はこの世界でも僅かに七色を発していて、空気も染まっているように見えた。
 暇なわたしは妙音鳥に話しかけた。

「妙音鳥さん……この『後悔石』って水に溶けて『もも水』になるんですよね。溶けるとなくなっちゃうのですか」

「……」

「ももっていうぐらいだから、桃味で美味しいんですか、それ?」

「……」

「ちょっと。聞いています?」

 一際大きくわざとらしく騒いだ。わたしは起き上がって不満げな視線を向ける。
妙音鳥はようやく気付いて顔を上げた。

「ん? ああ、ええ、と……そうですね……聞いていませんでした」

 自分の不備を認めるのは潔いけど、もう少し謝る気持ちを込めてほしい。
わたしは大げさに頬を膨らました。

「もうっ。桃の味はするんですか? これ」

 わたしは荒々しく、カランカラン、と瓶を振った。

「しますよ。ただ味は薄いです。ほんのり甘味を感じる程度」
 妙音鳥は投げやりな口調で答えた。
 もうっ、女性の話を聞かないとモテませんよ! これ以上、モテないと大変なことに……と言いそうだったがそこはぎりぎりで堪えた。だがいつか言いたい。そう、それは彼の為なのだ。

「『後期石』は?」

「石が……どうかしましたか」

「『後悔石』は溶けると、全部消えちゃうのですか!」

 荒ぶるわたし。

「ああ、そのことですか」適当に話を投げ捨てた妙音鳥。

 ただでさえ大きな瞳を目一杯に見開いて、「そうです」とわたしは拾い上げた。

「全部は溶けません。『後悔石』は中心の金剛石を包むように後悔が凝固しています。それが七色に光っている訳です。カノコに分かり易く言うと……肉まんですね。餡が金剛石で、白皮が後悔部分と言えば理解できるでしょう。」

「……え」

 あ、いや、その、確かにその例えは分かり易いが、馬鹿にされている気がする。
 それにより金剛石って何だろうか? 初めて聞く名前だ。
 あ、島崎さんと会う日時を決めなければ。

「ところで、島崎さんとはいつ会いますか?」

「そうでした。来週、火曜日はどうでしょうか。時間は任せますよ」

「じゃあ、連絡を取りますね。場所はカフェとかでいいですか?」

「いえ、今回はこの家です。過去に戻ることは危険ではありませんが、その間は意識がありません。この書斎でソファーに座って『もも水』を飲んでもらいます」

「分かりました。そろそろお昼ですね。え~と、今日できるものは」

 そうめんは季節はずれだし、ラーメンは汗をかくし。中間の季節は実に悩ましい。わたしの堂々巡りは永遠と続きそうだったが、おもがけないカードが飛び出してきた。

「カノコ、今日は外に食べに行きましょう。島崎さんにどうアバイスするかも考えなければなりませ————」

 ならばっ! と、わたしは最後まで話を聞かずにキッチンへと駆けていく。この機会を逃すまいと密かに貯めていた新聞の折り込みチラシを漁る。お目当ての一枚を見つけたわたしは、書斎へと駈け戻っていく。
わたしは妙音鳥の机の前に堂々と立ち尽くし、最近オープンしたピザ屋のチラシを広げる。
 妙音鳥は、ずれ落ち気味の眼鏡を左手でかけ直してチラシを見つめた。

「……ギオットアズーリですか。ピザが食べたいというわけですか」

 力強く頷いた。その通り。冷凍ではなく焼きたてを所望したい。

「ははっ————。いいですね。そこにしましょう。しかし、そんなカノコらしいお店、よく見つけましたね」
わたしらしい? とは……おもわず左手を顎に添えてみた。

「どういう意味です? それ」

「お店の名前ですよ。ギオットはイタリア語で大食漢。簡単にいうと大食らいです」
 ちょっと! もう失礼なっ! と睨んでみたが思い返すと確かに否定できない。
 普通の人間は一日三食だが、わたしのおやつは低く見積もっても一食分。
 つまり一日四食がわたしの基本だ。
 そう言うならお財布の心配をさせてやると、その話の波に乗って言い返した。

「ええ、そうですよ。ちなみにわたし、一人で二枚は食べますから。妙音鳥さん、お財布、よろしくお願いします」

 調子に乗ってみたが思いの外、妙音鳥の反応は明るく、なんだか楽しそうに肩を揺らして
いた。ならばさらに調子に乗らせて頂いて、今日のお昼はわたしの一人舞台にしよう。

「おお……これは絶景かな……」

 目の前に並ぶ二枚のピザたち。
 妙音鳥の家から歩いて十分程度。トマトのような赤い壁とアンティーク調の緑のテーブルが並ぶお店で、はしたない声を上げた。

 運良く空いていたテラス席は、この季節にはちょうどいい場所で、赤と白のストライプの日差し避けは薄い影を作りながら、わたしの白肌を守ってくれていた。
 それにしてもわたし、白すぎる。

 テーブルの上のピザたちは焼きたてのマルゲリータとクアトロフォルマッジ。チラシに載っていた一押しの二品たちだ。白いテーブルクロスを背景に、いたずら好きなイタリア人女性のようにピザたちはわたしに迫り来る。食べたければどうぞ、と今にも、ほら、口角を上げそうだ。
 
 一度はして見たい両手にピザを実行するわたし。
 右手にマルゲさん、左手にクアロトさんを掴み、まずは推しが強い妖艶な女性、クアトロさんにガブリつく。
 ああ、もう。目を瞑り、舌に感覚を集中させて強めの香水を十分に楽しむ。そして最後には喉を通してもち肌の感覚さえも味わい尽くす。次は太陽のような笑顔のマルゲさんを食べようと口を開けると、冷たい視線でわたしを見つめている妙音鳥は、渋い顔でぼそっと酷いことを言う。

「カノコ、また人を……捨てたのですね」

「ええ、はい。もう、いいのです」

 その程度の軽蔑に屈しない。
 たとえ舞台が批判を浴びても主役は最後まで立ち続けるのだ。

「そうか……もはや餌を目の前にした犬レベルだな……」

 妙音鳥は演技たらしく、日差し避けの先に広がる青空を遠く見つめた。

「妙音鳥さんはパスタだけでいいんですか。あ、欲しいならピザ一切れどうぞ」

 マルゲリータを齧りながら、わたしはピザのお皿を妙音鳥の方へと滑らせた。妙音鳥が注文したしらすとレンコンとパスタは、量よりも質を重視したコンパクトなものだった。

「いいですよ。これだけで。しかしまあ、よく食べることで」

 絵に描いたような呆れ顔を演じる妙音鳥に、「だって、このふっくらとしながらも適度な薄さの生地。そしてモッツァレラチーズの濃厚さと来たら語らずとも、いえ、もう語りましたが魅力しかないです!」と、わたしが作った訳でもないのに胸を張る勢いで詰め寄った。

「どうぞ。お好きなだけ。ちゃんと全部食べるんですよ。勿体無いから」

 うん、と頷く。
 これだけのピザ、残すなどしたらわたしの人生の汚点だ。

「そう言えば妙音鳥さん、島崎さんの件ですが、具体的にどうしたらいいんですかね……」

 手に付いたチーズを犬のように、ぺろっと舐めた。

「今回の依頼自体は簡単かもしれません。彼は素直になればいいのですよ」

「素直って……それは、どういうことですか?」

「言葉の通りです。彼自身が自分の気持ち、言い換えれば本音に素直になり、出来事を再体験すれば、後悔が消化される可能性が高いです」

 その意味をいまいち理解出来ず、仕方なくクアロトに手を伸ばした。すでにクアトロの半分が胃袋に収まっている。食べ続けるわたしを横目に妙音鳥は話を続けた。

「島崎さんは、入社試験を受けたことについて、母は怒らなかった、と言っていましたよね」

 ピザを口に含んだまま、ゔぁい、と答えた。

「……つまり、息子の行動を責める気など無いということです」

「それは……どういう」

「香夜さんは生前、小百合さんを照らし、進むべき道を示してくれた訳です。だが不幸が起きてしまった。ならば今度は全霊を持って、香夜さんの息子である島崎さんを照らそうと、小百合さんは決意した。そうですよね」

 わたしは二度頷いた。

「ここからは僕の想像ですが、小百合さんは『島崎さんが独り立ちするまで見守る』と決めていたと思います。だから、自ら進路を探し出し、選択しようとした彼の行動を責めなかったのです。むしろ喜ばしい。ただ、島崎さんが就職を選んだ真意を濁して、お金を一番の理由にしたことが気に入らなかった」

「でも……お金がかかることは、本当じゃないですか」

「ええ、本来なら家庭の事情を考える息子は賞賛されるでしょうが、今回は違います。小百合さんの壮絶な覚悟の前では、お金を使う、使わない、の判断ではないのです。息子の為にどう使うか、それだけなのです。この点について島崎さんは理解が浅いでしょう」

 わたしは少し島崎が羨ましく感じた。近くに思ってくれる人がいるだけで、きっとそれは幸せなんだと思う。わたしはグラスを掴み、残りの水を一気に飲み干した。喉はぐっと冷えていく。

「小百合さんは、怒りはしたものの、言葉足らずの島崎さんの態度から、彼の真意を汲み取ったのでしょう。息子は自分の意志で選択し、決断したと。そして自分の役目は終わったと感じた。だから彼女は新しい自分の人生を歩き出したのです。ところが、島崎さんは言い争いを経て小百合さんが変わってしまったと誤解した。こんなところでしょうか。やがて彼の中で、誤解は後悔へと変化したわけです」

「理解し合うって、難しいです……」

 ぽつりと言葉をテーブルに置いた。
 頼んだコーヒーが運ばれて、妙音鳥はゆっくりと啜った。

「ほんの僅かなずれは、その時点では取るに足らないものでしょう。ですが角度が付いたずれは、時間の経過によって永遠に乖離してしまうのです」

 わたしは確かにその通りだと思った。別の方向に歩いて行ってしまうと、二人は永遠に再会しない。

「あ、でも、その話を島崎さんに伝えればいいんじゃないですか? 小百合さんはこう思っているんじゃないかって」

「無理でしょうね。他人がとやかく言っても耳には届きますが、心には届かないでしょう。過去に戻り、再体験の中で気付くしかないと思います」

「そうですか……」

「僕はきっかけを与えることしかできません。今回も同じように淡々とするだけですよ。ただ」

 小さく小首を傾げてみた。斜めに見える妙音鳥は幾分か寂しそうに見えた。

「血の繋がりだけが親子を意味しない、それを体現する二人を見ていると、少し羨ましい気もしますね。無形の繋がりを思いだけで強固に結びつけている」

 わたしは即座に言い返した。それもありったけの笑顔で。

「妙音鳥さんも、無関係なわたしを拾ってくれたから同じですね」
 残りのコーヒーを飲もうとしていた妙音鳥の手は宙で止まり、やがて両頬は僅かに赤らめた。口元は春暖のように穏やかだ。

「ちょっと食べ過ぎなところは、いささか気にはなりますがね、ふふっ」

 照れ隠しの一言は答えになっていないし、ちょっぴり棘があったけど、わたしの心は跳ね上がった。
 整ったところで、残りのピザはあと四切れ。もれなく美味しく戴きます。

 追加のドリンクを頼もうかとメニューを見ていると、妙音鳥はやれやれといった表情で、「店員さん。追加いいですか……」と声を張った。

 今日のお財布はぷっくりと膨れてザクザクのはず。わたしはドリンクにデザートを加えるか迷い始めた。
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