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それは夜を統べるもの

無人の街、異形の城

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 ベスラの街は賑わいを見せ、一応ながら冒険者等の総合的な育成機関の建設も終わった。これよりは人を募り、実際に運営して行く事になる。何せ大規模に行われる試みだ。試行錯誤の連続になる事は言うまでも無いだろう。



 仮に学園と呼ばれるこの育成機関には多くの者が集まる。そしてその中には平民や商人、貴族の子息などが含まれる筈だ。こうした身分の違う者達をいかように扱うかも今後試行される事になる。冒険者となるのか軍人となるのかそれとも宮廷魔術師となるのかはともかく、今後学園に入ってくるであろう人々は皆一様に生徒なのだから。



 さて、フルカスが王宮に招かれその智慧を国の為に使うと契約して暫く、またぞろ黒き男たちが何をかしでかそうと目論んだ。



 ベスラの街から徒歩で二日ほどの位置に突如として森と街、そして城が現れたのだ。旅の商人が見慣れないこの建物たちを発見し、取って返してベスラの街の王国軍に連絡を入れたのである。当然皆騒然としたが、先ずは様子を見に行かなければならないと軍が200名ほど選出し送り出した。異界から人がやってくると言うのは最早周知の事実であったが、街や城まで現れると言うのは初耳だ。そこに誰か住んでいるかも知れない。願わくば王国に徒為す者では無いようにと願いながら。



 結論から言えば、200名は帰ってこなかった。行って帰って4日の道のりで流石に10日は長すぎる。城に誰かが住んでいるのならば、それなりの身分の者であるはず。ならば兵が派遣されたならばまず使者を寄越して事情なり何なりを説明するはずだ。仮に誰もいなかったならば、兵はそのまま帰ってきていなければおかしい。



 何かがあったに違いない。200名は一応7日分の食料を持って行っている。無人であれば調査も視野に入れての200人だったからだ。仮に歓待を受けていたとしても、伝令の兵さえ戻ってこないと言うのはありえない。



 敵かどうかはっきりとはまだ分からないが、現時点で既に友好的ではない事は想像に難くなかった。



 これに対しフィリップ国王陛下は五千の軍団を周辺に配置。それと共にベテランの冒険者からなる複数のグループを調査隊として送り込んだ。調査隊のリーダーはアルベール。いつものメンバーにジェラールが王直属の騎士として加わった。

 可能性は低いがもし城に対話が可能な相手がいて、対話が可能であった場合。アルベールが王の名代として交渉をし、ジェラールはその護衛という事だった。



「しっかしまぁ、今回は端から大騒ぎだな。どうせアスワド一味の悪だくみなんだろうが、派手にかましてきたなぁ。」



 ジョンが頭を掻きながらこぼす。リッチとフルカスの件をあわせこれで三回目となる騒動だが、今回は国を巻き込んでいる。いささか大事に過ぎるだろう。

 何せ五千の兵が取り囲んでいる。この街の規模では例え兵が打って出て来たとしても千か二千。十分すぎるくらいの数だ。



「彼らは飽くまで抑えの兵だ。もしあの街から兵が打って出ようと、この数なら抑え込むことが出来るだろう。先遣の二百は生きてはいないはずだ。もし仮に捕らえられていたのなら、人質交渉人なりなんなりが来ていなくてはおかしいしな。」



 もっとも、人質として捕らえられるのは戦時の話である。この状況でそれは考えにくい。それに裏には必ず黒き男の一味が絡んでいるはずだ。だとしたらもう十中八九中にいるのは敵と見て間違いないだろうと言うのがアルベール達の見方であった。



「調査隊は街に入り次第街の調査を行ってくれ。私たちは城に入る。」



 集められた冒険者達はいずれもランクB以上だ。ベテランと言って良く、もし何かしらのアクシデントに見舞われたとしても自力での脱出が見込める者たちだった。兵と違って臨機応変に各個が動けるので、今回の調査に抜擢されたのである。



「あまり無茶はするなよ、小僧。」



 そう言って自分のパーティに戻って歩いて行くのはヴォルフガングだ。彼は長い事ベテランで通っている。今回の調査隊に抜擢されるのも当然と言えた。

 とは言え目的は調査だ。戦闘にならない事をアルベールは祈るばかりであった。



「関が無いのは遠目からでも分かったが、静かだな。」



 アルベール達のパーティを先頭に続々冒険者達が街の中に入っていく。城に続く大通りは人っ子一人おらず静かなもので、少しばかりの恐怖感を与えた。



「人の気配がまるきりしないし、何より人間が住んでるっていう臭いがしないぜ。」



 鼻を鳴らしてジルベルタが言う。狼少女は鼻が利くのか首を回して周囲の臭いをかいでいるようだ。住んでいる臭い。それは人の体臭や例えば何か料理などの臭いだろうか、それらがしないと言う。ジルベルタの様子では、おそらく音もしていないのだろう。



 先に訪れた兵達二百名も、この異様な静けさに不気味さを覚えたに違いない。まとまって動くのは軍の常。ならば兵達は真っ先に城を目指したはずだ。



「では皆は周囲の捜索に当たってくれ、出来るだけまとまって行動するように。誰か住んでいる者がいれば事情を聞き、くれぐれも早まった行動はしないように。」



 城まで半分と言った所で、アルベールは冒険者達に言う。そこまで広い街では無いが、だからと言って狭い訳では無い。調べられる範囲は小さくてもいいから、出来るだけ安全を重視して行動してほしいというのがアルベールの言葉だった。



 冒険者達はある程度まとまって散開していった。しかしヴォルフガングとその仲間達やある程度年経た冒険者はともかく、Bランクになって日が浅そうな者達からは緊張感が少し失せている様に見えた。

 二百名の兵が消えたというのを情報で知ってはいても、彼らはその現場を見た訳では無い。そして更に街に入ってみれば誰もいない無人のあり様。緊張の糸がほつれるのも無理からぬ話ではあった。



「じゃ、私たちはお城だね。」



 ミリアムが言う。浮つかず、しっかりした声だ。

 そしてそれを聞いてアルベールも安堵する。共にアスワド達黒き男と対峙したことがある者ならば、誰もいない無人の街だからと言って警戒を解くような事はしないだろう。あれらの異様は、実際に肌で感じないと分からない所があるかも知れない。



「何も無いのが一番だけれど、兵隊さんたちが行方知れずの現状じゃぁそうもいっていられないわよねぇ。」



 セリエが言う。アルベール達だけが城に向かうのは、実力の事も勿論あるが実情を肌で感じているという所が最も大きい。何かが、もっと言えば異界の幻想が敵となって襲い掛かってきた場合、例えBランク以上の冒険者と言えども取り乱さずに実力の全てで事に当たれるとは限らない。

 とは言え状況は水物、何があるかは蓋を開けるまで分からないが、少なくとも右往左往する味方が存在しなければ足を引っ張られる事も無い。随分な物言いだが黒き者共やり口をみると少数精鋭で乗り込んだ方が良い様な気がしたのだ。



 また、そんな様な事態になるという事を何となく皆が思った。



「遠くから見てもそうだとは思っておりましたが、やはり見事な城ですな。」



 ジェラールが感嘆の声をあげる。

 確かに見た目は立派な城なのだ。王都の王宮などは城では無いが、この世界にも立派な城がある。南に隣接する国付近にそれは多いが、要するに戦闘を視野に入れた城塞だ。

 この城は街では無く城を囲う形で壁が築かれているから規模が小さく見えるが、それにしたって見事な作りだった。叶う事ならゆっくり見学したい所だとアルベールやジェラールは思った。



 城の手前には掘りが作られていた。城壁と言い堅固な作りだ。この城は地方領主の城と言うよりは小国の王が住んでいる様な趣がある。王がいるならば、対話して欲しいものだがとアルベールはため息を漏らす。が、先の兵二百名の事がある。とてもそうはならないだろう。



「さて、一体どうなる事やら。」



 城の掘り近くまで進むとはね橋が下りて来た。待ってましたと言わんばかりのタイミングで。

 ジョンがこぼすのも無理はない。何者かが存在するという事はこれで明らかと言って良いだろう。しかし今はまだその姿もアルベール達には見せていないのだ。橋は下りて来た、ならばこれは入って来いという事だろう。

 だが不気味さだけが募るこの現状では、とても先行きの良い未来は見えなかったのである。皆が皆、そうであった。
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