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それは夜を統べるもの

静寂の夜、広大なる図書館

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「勝った・・・か。」



 壁を避けながらジェラール達に近づきアルベールは呟く。何せ相手はこの世界に災厄を振りまかんと行動している黒き者共の一人だ。まだ何かあるかも知れないと妙に勘ぐってしまう。



「えぇ、殿下。間違いなく我々の勝利です。それが証拠に。」



 ジェラールは床に転がるアロンダイトを鞘に納め、アルベールに渡す。



 ジェラールの憧れていたと言う騎士団の、その中でも一の騎士と謳われた者の剣。手に持てば、大きさに比べて軽い。しかし、それが恐ろしい切れ味を持つ事をアルベール達は知っている。アロンダイト、この剣は戦利品として王宮へと持って行く事になった。



「色々問題はあるが、先ずは・・・」



 アルベールは目を泳がす。クリスティアンについても話さなければならないが、急に出て来て味方をしだした少女の事も話さなければならない。時間も暗がりを過ぎて最早夜だが、一応何かしらの話は付けなくてはならないだろう。



「先ずは、クリスチアン殿に話があるとして。」



 アルベールは誰にともなく話す。が、誰に聞かせているかは明白だ。白髪の少女である。外見は幼子の様に見えるが、立ち居振る舞いや言動がもう尋常のそれではない、そんな事はこの場所にいる全員が理解している。そして恐らくは味方なのであろうことも。

 いや、それはともすれば勘違いであるかもしれない。黒き者達の敵である事は間違いないように思えたが、だからといってこちらの味方かどうかについては裏が取れていないのだから。



 だからこそ、早々に確かめなくてはならない。



「急に現れた白髪の少女も、来てはくれないだろうか?まとめてと言うと大層聞こえが悪いかも知れないが、夜も遅いし、悠長に話し込んでもいられない。」



「私の方は一向にかまいません。アルベール殿がよろしいのであれば。」



 クリスチアンは一礼して言う。あまり慇懃なのも勘弁してもらいたいとアルベールは思うが、クリスチアンにしてみればここは自らと領民達が助かるかどうかの分水嶺だ。可能な限り慇懃な態度でアルベールに対するのは当然だった。



 しかし



「ふむ、名がなくば呼びづらかろうな。私の事はウムルと呼べ。そこなヴァンパイアや私は夜眠らずともどうという事はないが、人はそう言う訳には行かんだろう。」



 こちらの少女は尊大だった。現れて幾ばくも経っていないが、見ればわかる。というより肌で感じるのだ。この少女は姿こそ少女の形をしてはいるものの、実際はもっととんでもない、想像の埒外に存在する者だという事が。



「アルベールもその他の者達も、黒き異形と戦い少なからず疲労しているであろう?私の空間に招く故、そこで話し合いと行こうではないか。」



 ウムルと名乗った少女が虚空に手をかざすと、そこには豪奢な扉が現れた。



「ほれほれ、早く寝たければ早く入れ。この中に入れるなんぞ人の身の一生が何度あってもある事ではないぞ?」



 ウムルがチョイチョイと手招きをする。その様は今まさに悪戯を仕掛けようとする少女の様に微笑ましくも映る。



「それは、俺たちも・・・ですか?」



 ジョンは口調を途中で変えた。敵意が無いのであろう事は雰囲気で察してはいるのだが、機嫌を損ねたらどうなるか分からない。あくまで感覚での物言いだが、ともすればジョンは死ぬよりも尚恐ろしい目に遭うのではないかと思った。



「当然じゃ、早う入れ。」



 ニヤリと笑って手をこまねくウムル。クリスティアンは自分も該当していると察し、メイドと執事とを呼んで何をか言って下がらせた。



「では、招待にあずかろう。」



 あまり気乗りしないと言うのが正直な所であったが、そう言う訳にも行かない。それに恐らくだがウムルは嫌だと言っても連れて行くだろう。下手をしたら嫌だと言おうとした瞬間に扉の中に引き込まれているかも知れない。

 それだったら自分から行った方がまだ良いと、アルベールは思った。敵意は無いし、まさか取って食われる事も無いだろう。にも関わらず腹の底から湧き上がる様なこの感覚は何なのだろうか?クリスティアンはそう感じてはいないようだが、アルベール達はひしひしとそんな得も言われぬ感情を抱いていた。



 それは、まさしく恐怖心だった。



「ほれほれ、7名様ご案内じゃ。」



 ウムルが先導して中に入っていく。アルベールもおっかなびっくりそれに続く。開けた扉は暗がりに続き、どこに繋がっているのか分からなかった。しかし、足を踏み入れた瞬間に視界が開け明るくなる。



「これは・・・」



「うわすっご!」



「あら、思っていたよりも素敵な場所ね・・・」



 ジョンは言葉を失っていたが、その様子を見てウムルは大層満足気であった。



「うむうむ、そうであろうそうであろう。この場所こそあらゆる宇宙、あらゆる世界のあらゆる事象が納めてある大図書館。アカシャ大図書館であるぞ。」



 奥行きはおろか横に目をやっても壁が見えない程広い。当然上もだ。無限に広がっているのではないかと思われるような広大な空間、そしてそこに所狭しと収められている無数の本。所々に設置されている机には、ウムルと同じような姿をした者が黙々と本を読んでいる。



「さてさて、時間と言うものは元来有限じゃがここではそうでもない。長話しても問題ない故、あそこの机にでも座って話すとしようではないか。」



 キョロキョロと辺りを見回す一行にウムルが笑顔で言う。一行が視線をやれば、そこには大きくて立派なテーブルが置かれていた。



 しかし一行はその瞬間こう思ったのだ。



(あんな所にテーブルなんかあったか?)



 と



 ここはウムルの腹の中、あらゆる情報の揺蕩うるつぼ、アカシャ大図書館である。
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