祖母山黒き影

キヨカ

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第一章:不穏な兆候

第1話:帰郷、そして過去の呼び声

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2019年秋。羽田空港から飛び立った飛行機は、まもなく九州の空へと差し掛かろうとしていた。窓の外に広がる雲海を眺めながら、後藤大和は静かに息を吐く。東京・武蔵野にある獣医大学に通う四年間の学生生活は、都会の喧騒と学問への没頭に満ちていた。だが、この故郷の空気に触れると、いつも特別な感情が湧き上がる。澄んだ秋の風が、都会とは違う、土と草木の匂いを運んでくる。

午後も半ばを過ぎた頃、飛行機は阿蘇くまもと空港に着陸した。空港の正面出口から出ると父が車でもう迎えに来ていた。大和は手を上げた後父が運転するトヨタプリウスの助手席に乗り込んだ。大和は「いつも遠いのに迎えありがとう」と礼を言うと「家まではバスや電車は無いし、レンタカーは高いしお前ペーパードライバーだろ。」と気にしてないと言う感じで父は言う。実家は大分県竹田市神原(おおいたけんたけたしこうばる)にあり、祖母山という大分県と宮崎県にまたがる山の麓だ。
車の中で父と他愛無い会話をする。「それにしても最近物価高で東京から熊本空港までの料金も値上がりしたよ」と俺はため息混じりに言う。「こっちも色々上がってるぞ。ガソリンやら米やら…全くいつになったら落ち着くのか。阿蘇谷の奥さんも喫茶店の仕入れが上がって嘆いてたしな」と父も苦笑しながら答える。
「喫茶楓かぁ…久しぶりにあそこのピザトーストが食べたくなった。おっちゃんと奥さんは元気?」「ああ、二人とも元気だぞ。ただ、ちょっとこの間あそこのキャンプ場で事件があった」父は重苦しい雰囲気でいった。「事件?」と俺が聞き返すと、「キャンプ場に5人で来てた男性グループがなくなったんだよ。第一発見者はおっちゃんだった。」父が前方を見て静かに言う。「5人とも亡くなった?事故?」俺は少し興奮気味に聞いた。「いや…事件だと警察は発表した。幸い一人は無事だったらしいが、後の4人は地面に埋められてたそうだ。」父の言葉に俺はドキッとした。「地面に埋められてた…4人の成人男性を…」俺が考え込むように呟くと、「大和、家に着いたら一周忌の方じだ。お坊さんも呼んであるから。終わったら食事にしような」と父が話を終わらせた。その後はまた他愛無い話をしながら実家へ向かった。実家へと続く山道は、所々に紅葉が始まり、見慣れた景色が広がる。しかし、そんなのどかな風景の中にも、どこか重苦しい空気が漂っている様に感じる。大学の休みを利用して祖父の一周忌で帰省したはずなのに、大和の心は晴れなかった。

実家に着くと、お坊さんがもう準備しており父と母と祖母と俺で仏壇の祖父の写真に手を合わせた。温厚な笑顔の祖父が、今にも語りかけてきそうだ。だが、その笑顔を見るたびに、大和の脳裏には、一年前に起きた忌まわしい記憶が鮮明に蘇った。

2018年秋。祖父は祖母山の奥深くで姿を消し、数週間後に白骨死体となって発見された。発見場所は、祖父が普段、足を踏み入れないような、車を停めた場所から遥かに離れた深い山中だった。警察は「滑落事故」として処理したと、両親から電話で聞いた大和には、どうしても拭い去れない疑問があった。

大和はすぐ実家へ行き、遺体発見現場に足を運び、祖父の変わり果てた姿にも対面した。遺体の損壊状況。そして何よりも、不自然に移動させられた痕跡。それは、なにものかの仕業であると彼は確信した。しかし、警察の捜査は、あまりにも表面的だった。大和は、警察がその可能性を最初から排除していたことに、どうしようもない歯がゆさを感じていた。

祖父と過ごした幼い頃の記憶が蘇る。手を取り合って祖母山を歩き、様々な植物や動物について教えてくれた祖父。あの頃の山は、優しく、そして神秘的だった。しかし今、大和の心には、その愛する祖母山に対し、得体の知れない恐怖と、そして祖父の死の真相を知りたいという、抑えがたい欲求がせめぎ合っていた。この山に何が起こったのか。そして、祖父の身に一体何が起きたのか――その問いが、彼の胸を締め付けた。
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