ラブレター・フロム・シナリオライター

仮住まい

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第一幕ー⑨

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『24日は予定ありますか?』



 試験勉強もそっちのけで新歓用の脚本を進めているときだった、そのメッセージを受け取ったのは。自室に一人の時間でよかった、変な息が漏れたから。



 その日は年若い男女にとって特別な意味を持つ。気軽に遊びにいこうと誘いはかけられないだろう。意識しすぎ? そりゃするだろ突然こんなの送られたら。



『現状、予定はありません。脚本を書くとか、受験生の妹に勉強を教えるなどの締め切りのない進行中のタスクはありますが』

『ならよし。私とおでかけしましょう』



 彼女の恋心を聞いていなかったら、とても冷静ではいられなかっただろう。



『あと一週間で僕に恋人ができるかもしれないから、約束はできないね』

『C組の羽島さんに告白されて断ってたでしょ。もう間に合わないよ』



 なんで知ってんだこいつ。おいおいおい、女子だけ連絡網でもあるの? 校舎裏でこっそりだったじゃないか。



『羽島さん可愛いのに』

『ほとんど話したことのない相手だったし』

『お試しで付き合うとかあるじゃない』

『気持ちはありがたいけど、向き合う余裕がないから。丁重にお断りした』

『一目惚れだったんだって』



 だからなんでそこまで知ってるの? 僕と一番親しい女子である雲雀が知ってるのなぁぜなぁぜ?



『……なんかイヤミ言われた?』

『羽島さんにじゃないよ。あの子の友達から、あなたと付き合ってるのかってしつこく』



 何故そちらに飛び火するのか。こちらが相手を傷つけるような断り方をしたならともかく、言葉を選んで慎重に角の立たぬよう注意を払ったのに。

 聞くなら僕に直接だろうが。



『ごめんなさいねえ』

『謝らなくていいよ、流れ弾だし。ただ、そう見えちゃうんだ~って思って』

『その気がないならもっと距離とっときな。モブはともかく、誠司先輩にまでそう思われたらダメだろ』

『そんなにべたべたしてる?』



 してるよ。共犯関係だからか秘密を共有してるからかはわからないけど、とにかく教室では僕のそばにいることが増えた。昼食も共にする。クラスメイトと話すときも通訳として使う。しょっちゅう一緒に帰るところも目撃されているだろう。



『そう見られてるんでしょ、実際。これでクリスマスイブに二人揃っていたら、アウトだよ多分』

『一緒に芝居観に行こうってだけなのに』



『芝居』



『あのね、超有名な戯曲でも、観に行ける距離で公演されるなんて数年に一度とかなのね。それも期間は数週間だったりする。これはもう巡り合わせみたいなものさ』



 いかにこれが貴重な機会であるか、彼女は熱弁してくる。

 誘われたのは僕でも読んだことのあるタイトルだ。世界的人気も高い舞台のはずだが、観に行こうとなるとそれなりにハードルが高いらしい。



『そこまで言うなら付き合うけど』

『勘違いされて変な噂流されても知らないよ』

『やましいことはなにもないのにな』



 そりゃ君目線ならそうだろうよ、ただの友達だもんな。僕が普段からどれほど自分を抑えているかなんて、考えもしないんだろう。



 全部台無しになってもいいや、って思ってしまうときがあるんだよ。



『ま、プロの演劇観るのも勉強ですからね。脚本は進んでますか?』

『もうすぐ仕上がると思うよ。冬休み明けには、稽古に入れるようにするから』

『さすつむ。じーにあす』

『期末の勉強捨ててるけどね』

『でもまた一位取るんでしょうに』



『本当に今回捨ててるからわかんないよ。自分の時間ほぼないし。その分、妹たちに教えてる』



 別に今更特進クラス内での順位が下がろうと今後に影響はない。首席へのこだわりも見栄もない。今までは、勉強以上に楽しいことがなかったからのめり込んでいただけで、今は違うから。



『紡くんががんばってくれてるから、私も演技で応えるよ』

『そうしてください』

 そして、手の届かない領域で二人、幸せになってくれればいいよ。







 クリスマスにやるだけあって、なかなかロマンチックなストーリーである。主人公は剣客で詩人で哲学者であらゆる才能に溢れるが、しかし醜男であった。一人の女性を愛しているものの、生まれ持った容姿ゆえに想いは胸に秘めていた。



 ある日美男子が女性に想いを寄せていることを主人公に相談する。だが美男子は容姿に優れながらも口下手で、とても女性を口説くことなどできない。



 仲介役を務める主人公は、彼に代わって女性への手紙を代筆することになる。自らの想いをも文字に宿しながら、美男子が女性へ送る恋文を書き連ねる。



 女性は美男子に、あなたの内面に惹かれたのだと吐露する。それは、美男子にとって絶望をもたらす。彼女の心を奪った手紙は、主人公が書いたのだから。



 自暴自棄になった美男子は、無茶な突撃で戦場に斃れてしまう。



 愛する人を喪った女性を主人公は励まそうとするが、敵に襲われ致命傷を負ってしまう。そんな中でも主人公は、最期まで戦い抜いて、高潔な精神と帽子に刻んだ心意気を墓場まで持って行くのだ。



 演劇部員としては、細かな部分まで注目して学び取るべきだったかもしれない。ましてや僕は裏方なのだから。



 けれど、主人公に自分の境遇を重ね合わせてしまうともうダメだった。

 主人公の内心渦巻く、彼女への想いの深さに呑み込まれるようだった。叶わぬと知っていて、報われぬと知っていて、それでも彼はどこまでも勇ましい。



 その心意気のなんと気高いことか。



 目指すべき姿をまざまざと見せつけられたみたいだ。

 作品に触れてこれほど心を動かされたことはなかった。今まで僕が浸ってきた空想の世界は、あくまで線を隔てた「主人公」の物語であった。元気をもらったり、切なくなったりもするけれど、借り物の感情はすぐにいなくなってしまう。



 作品は、その人の持っている気持ちに寄り添い共鳴することで、心を動かすのかもしれない。



 隣にいる女の子に目をやる。女の子もまた、こちらを覗いている。馬鹿、舞台の方向けよ。クライマックスだぞ。



 この演目を先輩とじゃなくて、僕と観たがったのもわかる気がする。この先僕に待ち受ける、心を砕かれるようなシーンさえ、彼、シラノのように飄々と乗り越えて行ってやろうじゃないか。







 幻想的に飾られた夜を並んで進む。会場からはき出された僕らは当てもなく彷徨っていた、移動中は滅多に話しかけられることはないから、そして解散とも言われてないから、終わりを引き延ばすみたいにイルミネーションを眺めている。



 モミの木を象った緑閃光。雪と見紛うほど光の粒を散らしたアーケードの天蓋。あたりはカップルだらけで、もしかしたら僕らも周りからすれば同じように分類されるのだろう。



「すごいね。今までこういうの、興味なかったんだけど」

 共有できる相手がいるから、綺麗に見えるって話です。

『きれいだね』

 文字を打ったスマホをすいとかざしてくる。

「もうちょっとだけ歩こうか」



 頷く雲雀。彼女にとってこの時間はどういうものなんだろう? 単純に綺麗だから楽しめているのか、少しは意識してくれてたりするのか。帰りたいのに付き合ってくれているのだとしたら、いやだな。



「あっ」



 一際金と手間のかかっていそうな立派な球体シンボルが正面に現れる。そこだけ人の流れが滞留している。写真撮影の列だろうか。

「記念に撮ってみようか」



 圧巻の出来に彼女も見惚れているようだった。二人だけの世界に突入している年若いカップルを数組やりすごして、僕らの番になる。

 普通なら並んで撮るんだろうけど、彼女だけをシンボルの前へ。



「んじゃ、撮るから」

 雲雀は僕が離れた位置にいることに気づいて、こっち来なよと手招きする。

 いけるわけないだろ。

 冬の夜と光を纏った彼女の姿が美しすぎて、レンズ越しに眺めだけで僕は、もうそこから動けなくなっているのだ。このフレームに、邪魔者が入る余地はない。映ってなるものか、と思う。



「いいかい、表情だけいくつか作って」

 演技派な被写体の力を借りて、何種類かエモい写真を撮ることができた。SNSにあげたらバズるンちゃうのこれ。てぇてぇ。



 彼女の元に行くと不満そうに僕を見る。でも写真の仕上がりが想像以上だったのか、だんだんと口角があがっていく。



『無加工?』

「そうだね。すごく綺麗だよ」

 頬が染まっているのは、この夜の寒さのせいだろうか。照れているのだとしたら、してやったりだけど。

『紡くんも映ればよかった』

「いいの? クリスマスに僕とのツーショットで」



 空を見上げて思案顔。



『来年こそはがんばる』

「そうだね。ちゃんと自分の声で、誘えるといいね」

 脚本通りに進めば、来年の今頃は全て決着しているはずだ。

『だから沢山お手紙くださいね』

「うん、相手がその気になっちゃうようなラブレター、書くよ」



 さっきの劇と重ね合わせたなら、僕が誠司先輩に惚れられてしまうことになるけど。

 主人公の生き様に救われた気もしたし、逃げられなくなった気もした。戦うことを決定づけられてしまったような。



 まずは一つ、新歓用の脚本だ。そこで今までと違う雲雀を創出する。

 先輩、見ていてくださいよ。



 あなたのヒロインはこんなにも一途で魅力的なんだって教えてやる。星ばかり見ているから、地上にこれほど綺麗な花が咲いてることを知らないんだろう。



『それはそれとして』

 スマホがにゅっと伸びてきたかと思うと、僕が反応する前に彼女は身体を寄せてきて、パシャリとインカメで二人を画角に収めてしまう。 



『ツーショ 冬の思い出』



 あっけにとられた僕と、決め顔の雲雀。

 不公平だよな、まったく。



 その夜は自室で一人、ずっと、熱くて、眠れなかった。
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