11 / 30
第一幕ー⑩
しおりを挟む
やり直しやり直しやり直し。
時が巻き戻る。何度だって彼女――藤倉凜の時計の針は12ページ目まで逆走する。
「今度はもっと上手くやらなきゃ……鈍感な彼が振り向いてくれるように!」
凜は一つずつ間違いのルートを潰していく。彼――瞬くんと会話が弾まなかったらリトライ。デートのUFOキャッチャーで300円以内にプライズが取れなかったらリトライ。別れ際に彼の妹に邪魔されたらリトライ。
「なかなか次の約束したまま今日が終われない……」
最適解かついい乱数を引くまで試行し続ける。
「神様! こんなノートじゃなくて、一発で瞬くんと付き合える道具だしてよぉ!」
癇癪を起こす凜の姿は、まさしく彼女が望んだ等身大の恋する女の子だ。
「ここの縁結び神社は望み薄……と。16日目での瞬くんの行動パターンの下振れが酷いな。轢かれちゃダメでしょ車に。今度はお祓い行ってみよ」
何回も何回も、ただ彼と付き合うために繰り返し、学び、実践する。
そしてセーブポイントを一つずつ前に進め、27ページ目の今日に、最後の大勝負にでる。
「瞬くん、私、あなたが歩けるようになるまで支えたい。私があなたの杖になる。だから……もっと頼って欲しいの」
「いいのかい。沢山苦労をかけるよ」
「それでもいいの。嬉しいの。だってあなたのことが……好き、だから」
車椅子に座った瞬を凜が抱きしめ、物語はクライマックスを迎える。映像が黒く染まる中で、観客の目線からは、凜のおぞましい顔つきと内心の独白が窺える。
「まさか事故にあうことが攻略のフラグだったとは。でもおかげで、二人きりの時間が過ごせたし、上手くいった。さ、これからずっと一緒だよ、瞬くん……」
そして凜は、日記に最後のセーブポイントを刻みつける。
静寂。カメラを止めるその瞬間まで、余計な音を立てないようにしている。
「……おっけーです。みなさん、お疲れ様でした」
現場からはまばらに拍手があがる。普段は観客に向けて芝居をするから、終わったときに自分たちで拍手をするのは照れくさそうだった。
「いいんじゃないでしょうか」
「リトライはしなくていいか。一応映像観るけど」
本番テイクではあったが、場面ごとの撮り直しも可能だ。一発勝負のステージとは違い、録画してある程度の編集もきくドラマに近い今回の劇。
「とりあえず形になった。どころか、満足いく仕上がりだったよ。ありがとう、紡」
裏方の長が僕を労ってくれている。嬉しくて仕方のないはずなのに、僕の目線は一点に釘づけだった。
理由はわかっている。
雲雀は憑依型の役者だ。だから恋愛劇で感極まって、ラストの抱きしめたシーンのまま離れられないのだろう。凜の魂が抜け、雲雀がコックピットに座るまでああしているはずだ。
「…………紡」
「っと、お疲れ様、カントク。僕の脚本を形にしてくれてありがとう」
怪しまれている。見透かされているかも。僕は慌てて彼に向き直り、握手を求める。
「疲れがたまっているようだな、しばらく休んでもいいぞ。次も書けるなら、夏休み前までにはあげて……」
「何言ってるの。とっくに次の構想練ってるって。これ書き終わったの年始だよ? 疲れてるはずないしもう充電済んでるって」
「だとしても、ゆっくりでいいからな。絶対県は突破してみせるから、関東までには――」
「それじゃあ間に合わない」
遮るように口にしてから、何にだよ。と思った。
カントク、なんて顔してるんだい。劇に手応えはあっただろうに。
「とにかく、任せてもらえるなら、がんばるから」
「雲雀、雲雀、長いよ。もう終わったって」
誠司先輩がぽんぽんと背を叩くまで、彼女はそうしていた。
「いつまでいちゃいちゃしてんだ役者ー」
周りからもヤジが飛び始め、ようやく雲雀は再起動し、車いすの誠司先輩に支えられた身体を起こす。
そのままふらふらとこちらに向けて歩いてくる。力を使い果たしたのは見て取れるが、覗ける表情は満足げであった。
やってやったよ、見てたかマイメン。とでも言いたげな、一仕事終えたヒーローみたいな顔つきで。
「お疲れさま」
すれ違いざま、僕は飴ちゃんの封を切り、渡す。
「 」
掠れ声でなにかを発した、ような気がした。風のいたずらかもしれない。
口に飴ちゃんを入れた雲雀は、椅子に座って瞑目する。回復するまで動けなそうだな。
「みなさん、お疲れ様でした。これにて一旦、新入生向けの勧誘ビデオ撮影を終了とします」
カントクの号令で一気に場は弛緩する。期末テストも終わり、稽古も脚本ができるまでは強度が下がる。舞台が跳ねたあとくらい、緩んでも仕方がない。
でも僕はそうもいかないのだ。
寒風吹きすさぶ冬が過ぎ、まもなく春が来る。新芽が芽吹き、花が校内を彩り、学年が上がり、演劇部にも新しい風が吹くのだろう。
僕も上級生になる。けれど、下を見ている余裕はない。
先輩が3年生になってしまう。
もう時間がない。
僕は自分の仕事を果たさなくてはならない。
それが、この恋愛劇の中で僕に与えられた、役なのだろうから。
時が巻き戻る。何度だって彼女――藤倉凜の時計の針は12ページ目まで逆走する。
「今度はもっと上手くやらなきゃ……鈍感な彼が振り向いてくれるように!」
凜は一つずつ間違いのルートを潰していく。彼――瞬くんと会話が弾まなかったらリトライ。デートのUFOキャッチャーで300円以内にプライズが取れなかったらリトライ。別れ際に彼の妹に邪魔されたらリトライ。
「なかなか次の約束したまま今日が終われない……」
最適解かついい乱数を引くまで試行し続ける。
「神様! こんなノートじゃなくて、一発で瞬くんと付き合える道具だしてよぉ!」
癇癪を起こす凜の姿は、まさしく彼女が望んだ等身大の恋する女の子だ。
「ここの縁結び神社は望み薄……と。16日目での瞬くんの行動パターンの下振れが酷いな。轢かれちゃダメでしょ車に。今度はお祓い行ってみよ」
何回も何回も、ただ彼と付き合うために繰り返し、学び、実践する。
そしてセーブポイントを一つずつ前に進め、27ページ目の今日に、最後の大勝負にでる。
「瞬くん、私、あなたが歩けるようになるまで支えたい。私があなたの杖になる。だから……もっと頼って欲しいの」
「いいのかい。沢山苦労をかけるよ」
「それでもいいの。嬉しいの。だってあなたのことが……好き、だから」
車椅子に座った瞬を凜が抱きしめ、物語はクライマックスを迎える。映像が黒く染まる中で、観客の目線からは、凜のおぞましい顔つきと内心の独白が窺える。
「まさか事故にあうことが攻略のフラグだったとは。でもおかげで、二人きりの時間が過ごせたし、上手くいった。さ、これからずっと一緒だよ、瞬くん……」
そして凜は、日記に最後のセーブポイントを刻みつける。
静寂。カメラを止めるその瞬間まで、余計な音を立てないようにしている。
「……おっけーです。みなさん、お疲れ様でした」
現場からはまばらに拍手があがる。普段は観客に向けて芝居をするから、終わったときに自分たちで拍手をするのは照れくさそうだった。
「いいんじゃないでしょうか」
「リトライはしなくていいか。一応映像観るけど」
本番テイクではあったが、場面ごとの撮り直しも可能だ。一発勝負のステージとは違い、録画してある程度の編集もきくドラマに近い今回の劇。
「とりあえず形になった。どころか、満足いく仕上がりだったよ。ありがとう、紡」
裏方の長が僕を労ってくれている。嬉しくて仕方のないはずなのに、僕の目線は一点に釘づけだった。
理由はわかっている。
雲雀は憑依型の役者だ。だから恋愛劇で感極まって、ラストの抱きしめたシーンのまま離れられないのだろう。凜の魂が抜け、雲雀がコックピットに座るまでああしているはずだ。
「…………紡」
「っと、お疲れ様、カントク。僕の脚本を形にしてくれてありがとう」
怪しまれている。見透かされているかも。僕は慌てて彼に向き直り、握手を求める。
「疲れがたまっているようだな、しばらく休んでもいいぞ。次も書けるなら、夏休み前までにはあげて……」
「何言ってるの。とっくに次の構想練ってるって。これ書き終わったの年始だよ? 疲れてるはずないしもう充電済んでるって」
「だとしても、ゆっくりでいいからな。絶対県は突破してみせるから、関東までには――」
「それじゃあ間に合わない」
遮るように口にしてから、何にだよ。と思った。
カントク、なんて顔してるんだい。劇に手応えはあっただろうに。
「とにかく、任せてもらえるなら、がんばるから」
「雲雀、雲雀、長いよ。もう終わったって」
誠司先輩がぽんぽんと背を叩くまで、彼女はそうしていた。
「いつまでいちゃいちゃしてんだ役者ー」
周りからもヤジが飛び始め、ようやく雲雀は再起動し、車いすの誠司先輩に支えられた身体を起こす。
そのままふらふらとこちらに向けて歩いてくる。力を使い果たしたのは見て取れるが、覗ける表情は満足げであった。
やってやったよ、見てたかマイメン。とでも言いたげな、一仕事終えたヒーローみたいな顔つきで。
「お疲れさま」
すれ違いざま、僕は飴ちゃんの封を切り、渡す。
「 」
掠れ声でなにかを発した、ような気がした。風のいたずらかもしれない。
口に飴ちゃんを入れた雲雀は、椅子に座って瞑目する。回復するまで動けなそうだな。
「みなさん、お疲れ様でした。これにて一旦、新入生向けの勧誘ビデオ撮影を終了とします」
カントクの号令で一気に場は弛緩する。期末テストも終わり、稽古も脚本ができるまでは強度が下がる。舞台が跳ねたあとくらい、緩んでも仕方がない。
でも僕はそうもいかないのだ。
寒風吹きすさぶ冬が過ぎ、まもなく春が来る。新芽が芽吹き、花が校内を彩り、学年が上がり、演劇部にも新しい風が吹くのだろう。
僕も上級生になる。けれど、下を見ている余裕はない。
先輩が3年生になってしまう。
もう時間がない。
僕は自分の仕事を果たさなくてはならない。
それが、この恋愛劇の中で僕に与えられた、役なのだろうから。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉
朝陽七彩
恋愛
突然。
同居することになった。
幼なじみの一輝くんと。
一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。
……だったはず。
なのに。
「結菜ちゃん、一緒に寝よ」
えっ⁉
「結菜ちゃん、こっちにおいで」
そんなの恥ずかしいよっ。
「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、
ほしくてほしくてたまらない」
そんなにドキドキさせないでっ‼
今までの子羊のような一輝くん。
そうではなく。
オオカミになってしまっているっ⁉
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
如月結菜(きさらぎ ゆな)
高校三年生
恋愛に鈍感
椎名一輝(しいな いつき)
高校一年生
本当は恋愛に慣れていない
。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・*
オオカミになっている。
そのときの一輝くんは。
「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」
一緒にっ⁉
そんなの恥ずかしいよっ。
恥ずかしくなる。
そんな言葉をサラッと言ったり。
それに。
少しイジワル。
だけど。
一輝くんは。
不器用なところもある。
そして一生懸命。
優しいところもたくさんある。
そんな一輝くんが。
「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」
「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」
なんて言うから。
余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。
子羊の部分とオオカミの部分。
それらにはギャップがある。
だから戸惑ってしまう。
それだけではない。
そのギャップが。
ドキドキさせる。
虜にさせる。
それは一輝くんの魅力。
そんな一輝くんの魅力。
それに溺れてしまう。
もう一輝くんの魅力から……?
♡何が起こるかわからない⁉♡
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる