カゼとサバンナの物語~カゼとともに~

ヤナキュー

文字の大きさ
3 / 45

3.検査

しおりを挟む
 その病院のエントランスは広く、圧倒された。
 入口に入ってすぐの受付カウンターに、紹介状を見せると、
「神経内科ですね。三階です」
 と、看護服に身を包んだ受付嬢に、よどみなく言われた。
 足を進めると、真ん中が大きく吹き抜けになっており、硬質ガラスが敷き詰められた高い天井からは、明るい日差しが差し込んでいた。
「すごいわね」
 清子もこの病院に来るのは、初めてらしかった。
 信二は、言うまでもない。
 そもそも忙しさにかまけて、この間の町医者に行ったことですら、久方ぶりなのだ。
 三階の神経内科専用の受付に、紹介状を渡すと、すぐ診察室に呼ばれた。
 信二と清子、二人が診察室に入ると、紹介状をデスクに広げた医者が言った。
「いつから入院されますか?」
「ちょっ、ちょっと、待ってください。
 いきなり入院なんて…」
「主人は、そんなに悪いんですか?」
 二人は、面食らった。
「それを調べるための検査入院をするんです」
 と、医者は表情も変えず、言った。
「あ、ああ…。検査入院…」
 と、清子がホッとしたように言った。
 だが、信二は納得できなかった。
「待ってください。検査なら、今日できる範囲のことで結構です。
 そんな何日も、検査ごときで、仕事は休めない」
 信二は、前回の打ち合わせで、クライアントからの手ごたえを感じていた。
 (何とか、今年中にGOサインをもらわねばならん)
 (社員のみんなを安心させて、年を越させてやりたい)
 信二の思いは、強かった。
 何度か医者との応酬おうしゅうが続いた後、諦めたように、医者が言った。
「わかりました。
 できる限りのことは、やってみましょう」
 血液を抜かれ、骨髄液を抜かれた。
 肺活量を図られ、MRIに入れられた。
 信二と清子は、あちらへ、こちらへ、と広い病院内を走り回らされた。
 その中でも、一番閉口したのは、神経伝導検査、と言うやつだった。
 電極の棒を足と腰に当て、微弱な電流を流す。
 微弱とはいえ、電流が流れるたびに、体の中に針金をねじ込まれるような痛みが走った。
「いやあ、参った」
 検査の空き時間に、清子と食事をしようと、病院内の食堂に向かった信二がこぼした。
「そんなに痛いの?」
「ああ。心構えのないところに、いきなり来るからな」
 と、信二は苦笑いした。
「変な病気じゃないといいけど」
 と、食事の席に着いた清子が、心配を口にした。
「なあに、疲れがたまっているだけだろうよ」
 信二は、気にも留めていないようだった。
 そして、ゆっくりと、二人だけの食事を楽しんだ。
 信二が、ハンバーグランチを頬張る姿を見て、清子が、面白そうに笑った。
「なんだ?」
「あなたが、まともに食事する姿を見たの、久しぶりだわ」
「何を言ってる。
 いつも見てるだろう」
「そうでもないわよ。
 あなたは、忙しく新聞かデザイン業界誌を見ながら、いつも食事してるじゃない。
 出された料理に、関心がないみたいに。
 まともに料理に目を向けて、食べる姿を久しぶりに見たわ」
「そうかな」
「そうよ。生ごみ出しても、きっと気づかないで食べるんじゃないの、って思ったこともあるもの」
「馬鹿を言うな」
 信二が、怒ったように言った。
「試さなかったけどね」
 清子は、悪戯いたずらを楽しむ子供のように、笑った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...