カゼとサバンナの物語~カゼとともに~

ヤナキュー

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5.青い薔薇

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 二人は、病院の入り口近くに設置された、バス停のベンチに座っていた。
 次のバスが来るまで、まだ20分ほど時間があった。
 病院を出てから、二人とも一言も喋らなかった。
 (俺が、あと数年で死ぬ…)
 (俺が、何か悪いことをしたか?)
 (確かに、今までの人生は、決して品行方正、聖人君子、と言うわけじゃない)
 (人に迷惑をかけたことも、一度や二度じゃない)
 (でも、だからといって、死ななければいけないことなのか?)
 (会社だって、うまくいっている)
 (家族だって)
 と、信二は、清子を見た。
 清子は、うつむき、自分の足元を見ていた。
 清子が今日履いている靴は、清子の誕生日に、信二がプレゼントしたものだった。
 (家族だって、うまくいっている)
 (いや、至らないところはある。認める)
 (でも、死ななきゃいけないことか?)
 どうしても、信二は、自分が死ななければならない理由、を知りたかった。
 どうしても、自分が死ぬことに何か意味がある、と思いたかった。
 しかし、そんなものが、あるわけがない。
 いくら考えても、死ぬ理由も、死ぬ意味も、見つかるはずがない。
 悲しみより、
 (なぜ、俺が?)
 と、言う怒りのほうが強かった。
 次第に、〔死〕と言うものを考え始めた。
 (死ぬ、とはどういうことなんだ?)
 信二は、小学生の頃に亡くした父のことを、思い出していた。
 死んだ父の亡骸なきがらすがりついた信二は、土の匂いをいだ。
 これが〔死〕の匂いなのか、と思った。
 生命活動を止めた、死んだ細胞の匂い。
 意識はどこへ行き、何を感じるのか。
 いや、そんなものはなく、すべて暗闇くらやみの真っただ中なのか。  
 小学生だった信二は、その夜から〔死〕を意識し、怖がるようになった。
 未知なもの。想像もできないもの。その存在すら証明されない世界。
 得体のしれないものを怖がるのは、生きる本能、と言ってもいい。
 幼い信二の生きたいという本能が、未知の現象である〔死〕を怖がっている。
 しかも、〔死〕は、いつか確実に自分の身にも訪れる。
 小学生の信二は、夜も眠れないほど〔死〕を恐れ、嫌悪した。
 だが、次第に大人になり、仕事に忙しく、家族も持つようになり、〔死〕の恐怖は薄れていった。
 ……はずだった。せっかく忘れていたはずなのに。
 漠然ばくぜんとしていたものが、突如、実態をもって、迫ってきた。
 忘れていた〔死〕への恐怖を思い出した信二は、髪の毛をかきむしった。
「ねえ。私…。お花が買いたい」
 それまで、黙っていた清子が、突然、口を開いた。
 信二が、清子を見ると、清子は通りを隔てた向かいにある花屋へ、フラフラと歩き出していた。
 それをぼんやりと眺めていた信二は、大きなため息をつくと、清子の後を追った。
 花屋に着くと、清子は、
「このお花を下さい」
 と、一凛いちりんの青い薔薇ばらを指さした。
 そして、店員から青い薔薇ばらを受け取った清子は、それを信二に差し出した。
「頑張って」
 最初、信二は、清子が何を言っているのか、わからなかった。
 だが、その言葉を理解した途端、信二の怒りが爆発した。
「何が頑張って、だ!
 何を頑張れ、と言うんだ!
 俺は!
 もうすぐ死ぬんだぞ!」
 信二は、清子から青い薔薇ばらをひったくると、地面に叩きつける。
 薔薇ばらは、はかなげに地面を転がった。
 その薔薇ばらを見ながら、清子が言った。
「青い薔薇ばらの花言葉、知ってる?」
 信二は、怒りの目で、清子をにらみつけた。
 清子が、顔を上げる。
 そして、怒りに満ちた信二の目をまっすぐ見つめて、語り続ける。
「花言葉は、〔夢かなう〕。
 ほんの十数年前まで、この世の中に、青い薔薇ばらは、存在しなかったの。
 でも、今では、こうやって普通に買える。
 この世になかったものが、当たり前になった。
 そんな不思議に満ちあふれている、この世界を諦めないで。
 今は、あなたの病気の治療法はないかもしれない。
 でも、きっと、この病気が治ることが当たり前になる。
 簡単に諦めちゃ、もったいないわよ」
 そう言うと、清子は、飄々ひょうひょうとバス停に戻って行った。
 清子の後姿を見ていた信二は、足元に転がった青い薔薇ばらに目を落とした。
 (そうか)
 (だから、頑張って、か)
 気づくと、信二の目頭は、熱くなっていた。
 信二は、青い薔薇ばらを拾い上げると、花びらをつまみ、いつも持ち歩いているスケジュール帖に、そっと挟んだ。
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