カゼとサバンナの物語~カゼとともに~

ヤナキュー

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6.笑顔の記憶

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 帰りのバスの中では、清子は、何も喋らなかった。
 信二も、何も言わなかった。
 二人は、並んで座っていただけだった。
 やがて、目的のバス停に着く。
 信二は、先にバスから降りた。
 後ろから、清子の運転手に向けた言葉が、聞こえてくる。
「二人分です」
 清子は、バスの回数券二枚を料金箱に入れた。
 信二は、清子がバスから降りてくるのをじっと待った。
 その間に、自分自身の妄想もうそうを思い出していた。
 (清子は、俺と一緒に歩きたいんだ)
 しかし、それは、単なる一方的な妄想もうそうなのか。
 それとも、現実なのか。
 信二は、真実を確かめたかった。
 清子がバスから降りてくるタイミングに合わせて、信二は、さりげなく清子の手を握ろうと、身構えた。
 だが、清子がバスフラップをトントントーン、と小気味よく降りてきたため、信二は手を出しそびれた。
 慌てて、信二は、何事もなかったようにふるまい、そのまま、二人は並んで歩いた。
 歩きながら、信二が、清子の手を見た。 
 清子のてのひらを見ながら、さりげなく手を握ろう、とする自分の行動を考えるだけで、心臓が激しく脈打つ。
 (まるで、あの頃に戻ったみたいだ)


 あの頃。それは、清子との初デートの事だった。
 信二と清子は、大学の飲み会で知り合った。
 しかし、信二は大学生ではない。
 実は、友人から、人数合わせとして、飲み会に出席するように頼まれたのだ。
 信二からしてみれば、出席するだけで、ただ飯が食える、くらいの軽い気持ちに過ぎなかった。
 しかし、その場に居合わせた清子から、目が離せなくなった。
 屈託くったくなく笑う清子が、まぶしく見えた。
 テーブルに並ぶ美味しそうな料理を横目でにらみながら、信二は思い切って、清子に声をかけた。
 気になる女性に声をかけるなど、まだ若い信二としたら、初めてのことだった。
 いや、清子にとっても、出会ったその日に、
「明日、二人きりで会おう」
 などと、懸命な表情で誘われることなど、初めてだった。
 そんな二人だから、休日のデート、という過ごし方もぎこちない。
 ぎくしゃくしながら、二人は、何もしゃべらず、連れ添って歩くのが精一杯だった。
 そのうち、を持て余した信二が、思い切って口を開く。
「実は……俺は、学生じゃないんだ」
 清子が、立ち止まった。
 (しまった)
 と、信二が後悔しながら、恐る恐る振り返ると、清子は、微笑んでいた。
「そうだと思った。あの中で、一人だけ雰囲気が幼かったから。
 でも、ちょうどよかった。私も学生じゃないの。
 友達に誘われただけ。私たち、似た者同士だね」
 そう言うと、清子は、先ほどまでの緊張が嘘のように、ケラケラと笑った。
 その笑顔をぼんやりとながめながら、信二は幸せを享受きょうじゅした。


 それが、もう30年前になる。
 その情景を思い出しながら、信二は、
 (そういえば)
 (若い時から、俺から手を握ったことなんか、ないじゃないか)
 と、気が付いた。
 さらに、その記憶から、今日の情景が連想された。
 (あっ)
 信二は、病院に行く前に、清子と手をつないだことを思い出した。
 そう。すでに、信二と清子は、手を握っていた。
 そもそも、手を握ったところで、何がわかるというのか。
 (なんだ。ばかばかしい)
 思わず信二が、心の中でため息をついたところで、自宅に着いた。
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