カゼとサバンナの物語~カゼとともに~

ヤナキュー

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24.約束

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 翌日、朝食を終えて、信二と清子は、約束の場所に向かった。
 車の運転は、オニャンゴが買って出た。
 助手席には、ライフル銃を抱えたケムワが座った。
 目標の木に着くと、四人は注意深く、周りを見回した。
 だが、どんなに目をらしても、背高いブッシュが見えるばかりで、どこにもカゼの姿はなかった。
 車椅子を押しながら、清子は、
「ほら、見なさい。
 野生のチーターが、あなたとの約束なんて、守るわけないじゃない」
 と、信二をいさめた。
 最初から、清子は懐疑的かいぎてきだった。
 だが、諦められない信二は、
「カゼー!」
 と、草原に向かって、叫んだ。
 しかし、肺活量の弱った信二の声が、この草原の隅々まで届くはずもない。
 さらに、サバンナの熱風が、信二の声をき消していく。
 その時だった。
 ブッシュのかげから、チーターの頭がぴょこん、と飛び出た。
「カゼ!」
 と、信二が喜びの声を上げた。
 たてがみを風になびかせながら、若いチーターが、ブッシュのかげからゆっくりと姿を現した。
 だが、本当にカゼなのか、疑わしい。
 ケムワは、念のために、ライフル銃を構えた。
 すると、チーターは、ケムワを見て、牙をむきだし、うなり声をあげた。
「清子、ビスケットを出してくれ」
 と、信二が言うと、清子は、バックからビスケットの箱を取り出し、振った。
 ビスケットのガサガサと鳴る音を聞いて、チーターはその場に座った。
「清子。ほらみろ、カゼだよ!」
 と、信二は勝ち誇ったように言う。
 だが、カゼは、じっとこちらを見て、座ったままだった。
 それ以上、近づいてくる気配がない。
 カゼの警戒心を解くため、信二は、オニャンゴに
「銃を下ろしてくれ」
 と言った。
 オニャンゴが、信二の言葉をケムワに伝えると、ケムワは素直に従った。
 さらに、信二は、オニャンゴにこう言った。
「君たち二人は、ここで待っていてくれ」
 その言葉の意味を理解したオニャンゴとケムワは、不安な顔をした。
「清子、俺を…、車椅子を……、カゼのところへ連れて行ってくれ」
 明らかに、信二は、興奮していた。
 だが反対に、清子は、昨日の恐怖を思い出して、躊躇ちゅうちょしていた。
 しかし、いつまでもこの場所にとどまっていても、仕方がない。
 清子は、ついに観念したように、車椅子を押し始めた。
 ゆっくりと、カゼに近づいていく。
 カゼは、逃げもせず、動きもせず、ずっと信二を見つめていた。
 そして、ついにカゼの目の前まで来た。
 その距離を保ったまま、信二とカゼは見つめ合っていた。
 信二が、カゼを見つめたまま、清子に言う。
「ビスケットを俺の足に、乗せてくれ」
 その声を聞いた清子は、あらかじめ用意していたタオルを、信二のひざに掛けた。
 そして、その上にビスケットをばらまく。
 カゼは、そのビスケットを見た。
 しばらくして、匂いをいだ。
 信二を上目遣いで見る。
 信二は、何も言わなかった。
 ただ、ニコニコと、笑っているだけだった。
 やがて、カゼは、パクリとビスケットを咥えた。
 そのまま、ボリボリと食べる。
 それを信二は、まるで小さな我が子でも見るように、ながめていた。
 そして、信二に、心境の変化が訪れる。
 信二は、ワクワクする気持ちとともに、腕をゆっくりと持ちあげた。
 だが、すぐに弱弱しく、腕が落ちた。
「スゥ………ハァ……」
 信二は大きく深呼吸をする。
 そして、力を込めて、腕を持ち上げようとする。
 しかし、またもや、力なく腕が落ちる。
 (今まで、普通にできたことが……できなくなった……)
 (今まで、当たり前にできたことが………)
 (くやしい、いやだ、怒りたい、泣きたい……)
 (いや、違う)
 (これは……情けない…だ……)
 信二の顔が、ゆがんだ。
 そんな信二の気持ちを察した清子は、信二の手を取り、カゼの頭に優しく乗せた。
 カゼは、一瞬驚いたが、それ以上何もされない、と知ると、またビスケットを食べ始めた。
 信二は、清子のおかげで、カゼの体温を感じていた。
 さらに、柔らかい毛皮の感触も感じた。
 だが、本当は、カゼを抱きしめたかったのだ。
 でたかったのだ。
 だが、そんな喜びも許してくれない自分の体が、情けなかった。
 (くそ…)
 (でも……)
 (……急に抱きしめられたら、カゼだってびっくりするもんな)
 と、勝手な理屈を生み出し、自分自身を納得させるしかなかった。
 やがて、カゼの食事が終わった。
「じゃあな、カゼ。
 明日も待ってる」
 舌なめずりをしたカゼは、クルリと後ろを振り返ると、そのまま立ち去った。
 この日から、信二の大切な時間が始まった。 
 だが、毎日カゼに会えるわけではなかった。
 あの壮大な夕日が落ちるまで待っても、カゼに会えない日もあった。
 そんな日は、信二は肩を落として、居留地に帰るのだった。

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