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第13話
聞こえない悲しき罪8
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そこには住んでいた部屋はお金が払えず、子どもを産んですぐ退去させられたこと、もう私の居場所はどこにもないこと。だから最期にキャリーと、あの人に会いたかったこと。
実はキャリーが出て行って、ハーバリア邸に行き、こっそり使用人の裏口から入ったこと。隠れようと入った部屋にいた赤ちゃんがスアリとよく似ていて、あの人の子どもだと思ったこと。上質な服を着て、清潔な部屋で寝かされていて、二人を入れ替えてしまったこと。許されないことをしたこと。
本当はスアリと一緒に死んでしまおうと思っていたけど、これであの子には愛される将来がある。そう思ったら、死ぬのも悪くない。
夫妻の子は孤児院に預けたこと、きっとこの手紙が届く頃には、私はもうこの世からいなくなっている予定であること、スアリのために探したりしないで欲しい、いつまでもあなたを応援している、仲良くしてくれてありがとうと書かれており、滲んだ文字はジスアの涙なのか、キャリーの涙なのか。
「すぐに分かってしまうのではないか、いつか分かってしまうのではないかと思いながら、あの日、あなたが来られたんです。気付かれたのだろうと思いました」
「そうでしたか」
「スアリを一度だけ見たことがあったんです。ジスアが望んだものかは分かりませんが、幸せそうな家族でした。黙っていていいものかとも思いましたが、少しざまあみろという気持ちもあったんです。あの男は耳障りのいい言ばかりで、ジスアの実家は女性は従わせる者という扱いだったそうです。だから利用されていても、男性に優しくされたことが嬉しかったんだと思います。本当に優しくていい子で」
本当にスアリなのか見たくて、何度か夫妻が散歩をしているという場所に行ってみた。そこには元気そうに笑うおそらくスアリと、あの男と夫人がいた。それはジスアの子よと言ってやりたい気持ちもあった。でも言えなかった。
「自殺したのはご存知だったんですか」
「いえ、知りません。知りたくなかったのかもしれません。でも生きていないことは…ネックレスです」
キャリーは同じ戸棚から、ハンカチで包んだサファイアのネックレスを出した。
「あの男に唯一貰ったプレゼントでした。多少援助はしてもらっていたようですけど、プレゼントはそれだけだったそうです」
確かにこの部屋は客間と寝室が別になっており、給料の少ない平民には借りられるものではない、おそらく隣もそうだろう。
「毎日付けていて、引っ越す時も、スアリを連れてやって来た時も付けていました。それが手紙に入っていたんです。もう生きていない…そう思いました」
「なるほど…」
「でもどこかで実は全部嘘で、あの子もスアリではなくて、ネックレスもやっぱり返して欲しいとやって来るのではないかと、期待もしていました。あの、このネックレス、スアリに渡してもらえませんか」
「あっ、はい、いいですよね?」
ルブランはセナリアンに向いて問うたが、ゆっくり横に首を振った。
「いえ、これはあなたが大事に持っていてください。スアリには大きくなったら話して、あなたに会いに行かせます。ジスア嬢のこと、文句でもいいので、聞かせてやっては貰えませんか」
「えっでも、あっ、そうですね。頑張って役者を続けないとですね!」
「ええ、応援しています」
スアリがジスアと過ごした時間はたった五日である。ルブランはそのことに気付き、私もまだまだだと実感したという。キャリーもおそらくそのことに気付いたのだろう。行間を読むのも役者の仕事である。
「すっかり騙されました、自信をなくしました」
「役者さんだもの。別に悪い嘘を付いていたわけではないじゃない。孤児院の場所だって知らなかった」
「でも手紙があれば」
「あれは知りたいと思っていいのはスアリだけでいいんじゃないかしら。彼女がどうしていたかも知りたいならスアリが知ればいい」
これ以上、ジスアのことを調べることはしない。スアリが成長し、事実を知って、調べたければ調べればいい。その時に手を貸せばいい。
「そうですね、それがいいですね。でも死にたくなるほど追い詰められていたとは。現実が見えたのでしょうかね」
「そうね、産後で気持ちが不安定で、彼女は死ぬ理由を探すようになった。お金も、部屋がなくても、まだ足りないと積み上げて、入れ替えでもう後戻りはできない、自分に死ななければならない理由を作ったのかもしれない」
今度はルブランがセナリアンに向けて、大きく目を見開いた。
「ああ…セナ様は男女の機微は疎いですが、生死には鋭いですね」
「否定できないわね」
実はキャリーが出て行って、ハーバリア邸に行き、こっそり使用人の裏口から入ったこと。隠れようと入った部屋にいた赤ちゃんがスアリとよく似ていて、あの人の子どもだと思ったこと。上質な服を着て、清潔な部屋で寝かされていて、二人を入れ替えてしまったこと。許されないことをしたこと。
本当はスアリと一緒に死んでしまおうと思っていたけど、これであの子には愛される将来がある。そう思ったら、死ぬのも悪くない。
夫妻の子は孤児院に預けたこと、きっとこの手紙が届く頃には、私はもうこの世からいなくなっている予定であること、スアリのために探したりしないで欲しい、いつまでもあなたを応援している、仲良くしてくれてありがとうと書かれており、滲んだ文字はジスアの涙なのか、キャリーの涙なのか。
「すぐに分かってしまうのではないか、いつか分かってしまうのではないかと思いながら、あの日、あなたが来られたんです。気付かれたのだろうと思いました」
「そうでしたか」
「スアリを一度だけ見たことがあったんです。ジスアが望んだものかは分かりませんが、幸せそうな家族でした。黙っていていいものかとも思いましたが、少しざまあみろという気持ちもあったんです。あの男は耳障りのいい言ばかりで、ジスアの実家は女性は従わせる者という扱いだったそうです。だから利用されていても、男性に優しくされたことが嬉しかったんだと思います。本当に優しくていい子で」
本当にスアリなのか見たくて、何度か夫妻が散歩をしているという場所に行ってみた。そこには元気そうに笑うおそらくスアリと、あの男と夫人がいた。それはジスアの子よと言ってやりたい気持ちもあった。でも言えなかった。
「自殺したのはご存知だったんですか」
「いえ、知りません。知りたくなかったのかもしれません。でも生きていないことは…ネックレスです」
キャリーは同じ戸棚から、ハンカチで包んだサファイアのネックレスを出した。
「あの男に唯一貰ったプレゼントでした。多少援助はしてもらっていたようですけど、プレゼントはそれだけだったそうです」
確かにこの部屋は客間と寝室が別になっており、給料の少ない平民には借りられるものではない、おそらく隣もそうだろう。
「毎日付けていて、引っ越す時も、スアリを連れてやって来た時も付けていました。それが手紙に入っていたんです。もう生きていない…そう思いました」
「なるほど…」
「でもどこかで実は全部嘘で、あの子もスアリではなくて、ネックレスもやっぱり返して欲しいとやって来るのではないかと、期待もしていました。あの、このネックレス、スアリに渡してもらえませんか」
「あっ、はい、いいですよね?」
ルブランはセナリアンに向いて問うたが、ゆっくり横に首を振った。
「いえ、これはあなたが大事に持っていてください。スアリには大きくなったら話して、あなたに会いに行かせます。ジスア嬢のこと、文句でもいいので、聞かせてやっては貰えませんか」
「えっでも、あっ、そうですね。頑張って役者を続けないとですね!」
「ええ、応援しています」
スアリがジスアと過ごした時間はたった五日である。ルブランはそのことに気付き、私もまだまだだと実感したという。キャリーもおそらくそのことに気付いたのだろう。行間を読むのも役者の仕事である。
「すっかり騙されました、自信をなくしました」
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「でも手紙があれば」
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これ以上、ジスアのことを調べることはしない。スアリが成長し、事実を知って、調べたければ調べればいい。その時に手を貸せばいい。
「そうですね、それがいいですね。でも死にたくなるほど追い詰められていたとは。現実が見えたのでしょうかね」
「そうね、産後で気持ちが不安定で、彼女は死ぬ理由を探すようになった。お金も、部屋がなくても、まだ足りないと積み上げて、入れ替えでもう後戻りはできない、自分に死ななければならない理由を作ったのかもしれない」
今度はルブランがセナリアンに向けて、大きく目を見開いた。
「ああ…セナ様は男女の機微は疎いですが、生死には鋭いですね」
「否定できないわね」
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