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2巻
2-2
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もふもふのおひげをなでながら魔術師長様は虚空を見やり、「じゃがのうぉ」と続けた。
「これらの方法には、ある懸念があるんじゃ」
「懸念ですか?」
彼が何を心配しているのかわからなかった私は、小首を傾げる。
「精霊との合一は、お主の意志を魔法に直接反映するのではないかの? 確か報告書には、大気を圧縮した時は、言葉にして指示を出したとあった。じゃが飛んでいる時の事については、特に細かな記述はなかった。明確な指示を出しておらんかったのではないか?」
「そう言われてみれば……」
確かにそうだった。落下中、大気圧縮の壁を作る時は口頭で指示を出したけれど、飛んでいる時に私は何も言ってない。無意識にイメージしたものが反映されていたと考えるべきだ。
「グリンガム様、詠唱なしで魔法が使えるか、試してみてもいいですか?」
「おお! もちろん良いぞ。むしろ見たい」
興奮して、ソファから身を乗り出す魔術師長様。
私は席を立って戸口へと移動した。本や書類、実験器具的な物がそこかしこに積み上げられている執務室では、ここからバルコニーへの動線が、唯一開けたスペースなのだ。ちなみに執務室は高い所にある。窓から外の景色が見えてちょっと怖いけど、十二分に離れているから我慢できないほどじゃない。
「ルフィー、試してみたい事があるから手伝って」
呼びかけに応えて緑色の光が室内に現れ、次の瞬間、光は美少女の姿となった。
後ろの一房だけが長い緑色の髪。白地に深緑のアクセントが入った、騎士のような衣装。そして背中には大きな翼。私の契約精霊のうちの一人、風の精霊ルフィーだ。
「あのね、合一した状態で魔法を使ってみたいの」
『はい、マスター』
なぜとも聞かず、ニコリと笑った彼女は風に姿を変えて私の体を包み込む。ルフィーと合一した私の背中に、翼が現れた。私は両手を重ねて前へ突き出し、イメージする。
(大気を圧縮。薄く強固な壁に!)
本来ならば不可能な、無詠唱による魔法の行使。けれどイメージ通り、前方へ伸ばした手の平の先に魔法陣は出現した。金緑色に輝く光が、逆巻く風を象徴した紋を描く。
「すげー、ホントに詠唱なしで魔法陣が出た」
「どれ、何かぶつけてみるかの」
ガイがポカンと口を開けて魔法陣を凝視する横で、グリンガム魔術師長は書き損じの紙を丸め、試しに魔法陣へ向けて放った。それは大気の壁に跳ね返って、ポトリと床に落ちる。
「ふむ、やはり無詠唱が可能になるようじゃな。ならば訓練中、恐怖で魔法が暴走状態に入った時を警戒して、風属性の魔法騎士を立ち会わせた方が良いじゃろう。誰が良いかのぉ」
なるほど、懸念事項とは魔法の暴走の事か。納得した私は魔術師長様に尋ねてみた。
「グリンガム様はお忙しいのですか?」
「忙しいといえば忙しいの。しかし一番の問題は、わしが地属性という事じゃ。魔石でお主の魔法の暴走を抑えられる自信はない。あと、若い方が体力もあるしの」
「ならスインさんもダメですか」
「あやつも地属性じゃ。しかし風属性だからといって、お主の世話係であるエメル・シーダもいかんぞ。魔力量的に、魔法の暴走を止めるのは不可能じゃ」
「ならブルムさんはどうだ? 風属性だったろ」
ガイの提案に、私はポンと手を打ち鳴らす。
「ブルムか。かまわんが……先ほどから顔見知りの名ばかり挙げておるの」
「魔法を使う時はあまり緊張しすぎない方がいいんですよね? 授業で習いました」
「魔力喰らい相手に、初めての魔法をぶっ放した子供が緊張のう……」
しみじみと言われて、私は目を逸らした。それは言わないでください。あれはブチギレモードだったからできたんです。
「初対面の魔法騎士の方が魔獣より緊張するか」
魔術師長様はほっほっほと笑った後、しかしと続けた。
「ブルムよりも魔力の高い者はおるし、会ってみれば存外気が合うやもしれんじゃろう。少し時間をくれれば、風属性の魔法騎士から候補を選んでおくが」
ありがたい申し出を受け、じゃあ……とお願いしたところ、どこから聞きつけたのか、立候補者がとんでもない数となった。
数日後、再びガイと一緒にグリンガム魔術師長の執務室を訪れた私は、名前と所属が書かれた長い長いリストを見て、笑うしかなかった。なんとも意欲的な人達だ。そのトップバッターには知った名前がある。
「ブルムさんもリストに入れてくださったんですね。しかもグリンガム様の推薦枠で」
「お主らの第一希望じゃったからな」
「じゃあ、やっぱりブルムさんでお願いします」
私の訓練に立ち会うという事は、新たな魔法に触れるという事だ。飛行魔法は総魔力量の問題から会得するのは難しいとわかりきっているから、立候補者が知りたいのは精霊との合一の方法か。
合一を可能とする条件はわかっていないけれど、会得すれば今まで不可能とされていた無詠唱による魔法の行使が可能となる。立候補者達は、少しでも得られる物があれば御の字と思ったのかもしれない。
確かに飛ぶ飛ばないは別として、ルフィーとの合一は可能だから見せる事はできる。けど、今の私は飛ぶ前段階で大きく躓いていた。知り合いならいいってわけでもないが、階段から飛び降りる姿を延々見守る役目を、まったく知らない人に頼むのは気が引ける。
そんなわけで、ブルムさんに訓練の補佐を頼む事になった。彼の休日の半分を奪う形で。
「でも本人や周囲も合意の事とはいえ、本来のお仕事や鍛錬の時間を、あまり割いていただくのはご迷惑では? なんて言うんじゃなかったかな」
「では休日が重なる日につき合おう、だもんな。ブルムさんてあれかな、仕事中毒ってやつ」
「待ち合わせ場所の騎士団の詰め所に行ったら、練兵場にいるって言うし。行ってみたら、鍛錬していたうえに、お昼ご飯も食べてなかったしね」
「食べ終わるまで待つって言ったのに、約束の時間だからって、そのままミラの訓練に入っちゃうしな」
ガイが腕組みして、うんうんと頷く。
そう。ブルムさんは食事もせずに、私が階段から飛び降りる様子をずっと見守ってくれたんだよね。ちなみに一番下の段から開始した。さすがの私もその高さには恐怖を感じなかったけど、ブルムさんに直立不動で見守られているのが気になった。
飛行魔法の訓練とはいえ、まだ高所に慣れるために飛び降りているだけだから、「暇ですよね? 今のところ暴走はないと思うんで、食事に行ってもらっても構いませんよ」って、提案してみたんだけどね。
「いざという時、風魔法の暴走からミラさんを護るのが私の役目です。任務によっては思うように食事を取れない事もありますから、気にしないでください」
これが仕事と言われては、護衛対象である私は断れない。
「今日は絶対ブルムさんに昼食を取ってもらうんだから」
今から一緒に食べましょうって誘えば、食事を抜く事はないでしょう? そのために、私達も今日はまだ食べていないんだから。
「騎士団の食堂ってどんなメニューがあるのかな。やっぱガッツリ肉系かな?」
ガイは目をキラキラ輝かせている。
「騎士は肉体労働だから、お肉を食べる人が多いだろうね」
「ぶあつーい牛肉とかあるかな?」
よく食べ、よく寝る子は育つって言うけど……
ついさっきまで寝ていて、今度は食事に期待しているガイ。これで成長しないはずがない。同い年の子の中でも体格に恵まれているガイは、成人する頃にはさらに立派な体格になっているだろう。学園卒業後は魔法騎士かハンターか。
「……ガイって何気にチートだよね」
「ちーと?」
「あ、えっと。ガイってすごいよねって話」
思わず声に出してしまい、私は慌てて言い繕った。
「ミラに言われてもなー」
そうですよねー。
「でもさ、ガイは火属性のクラスメイトの中では魔力が高い方でしょ?」
「まあな。バーランクには負けるけど」
「彼は公爵家の若様だもの。小さい頃から、跡継ぎとして鍛えられたはずだよ」
「それもそっか」
自慢げに胸を張ったかと思えば自分の発言で落ち込んで、私の言葉で復活する。忙しい子だ。
だいたい、比べる対象が極端すぎるんだよね。でもその若様にかけっこで勝ったり、体術では、勝てないまでも結構いい線まで食らいついているらしいからすごい。私みたいに、転生者として特殊な力を持っているわけでもないのに。しかも本人はそれをちっとも鼻にかけないし、さらに資質を伸ばそうと努力している。
何この子、超優良物件。
身分さえなんとかなれば、姫様に婿候補としてオススメしたいくらいだ。なんて考えていたら、練兵場の入り口が見えた。入り口といっても石壁が途切れているだけで、ドアがついているわけじゃない。
「すみません。魔法騎士のブルムさんと約束をしているのですが、いらっしゃいますか?」
「ん? ああ、君らは先週も来ていたな。ブルムね。呼んでくるから、ちょっと待ってろ」
ちょうど入り口の近くにいた騎士様に声をかければ、彼はそう言って、奥へ歩いて行った。
石壁で区切られた向こう側から、「りゃー!」だの、「はっ!」だのと気合の入った声が聞こえてくる。私はガイと一緒に入り口から顔だけ出して、中を覗き込んだ。
カンッ、カカンッと木剣がぶつかっては離れ、ぶつかっては離れを繰り返す。カウンターを狙った斬撃が巧みな体捌きで回避され、再び木剣が打ち合わされた。めまぐるしく攻守が入れ替わる打ち合いに、私達は息を呑んだ。
トーテムポールよろしく縦に連なって見ていると、ふと背後で足音が止まる。体を捻ると、十七、八歳くらいの女性が両手に大きなバスケットを提げて立っていた。
「こんにちは」
「「こんにちは」」
声をかけられて、ガイと一緒に挨拶を返す。
「こんな所でどうしたの? 迷子かな?」
「いえ、迷子じゃないです」
「ブルムさんを待ってるんだ」
私達の答えに彼女は小首を傾げた。
「兄さんを?」
「お兄さん?」
「お待たせしました、ミラさん、ガイ君……おやイエナ。どうしたんです、こんな男臭いところに」
声のした方を見れば、ライトアーマー姿のブルムさんが小走りにやってきたところだった。
「男臭いって……女性騎士だっているじゃない」
ブルムさんにイエナと呼ばれた女性は、少し眉を寄せて反論する。
二人とも髪と瞳が薄茶色だ。ブルムさんはくせ毛の短髪、イエナさんは後頭部で髪を結い上げているけれど、少し残されたサイドの髪には軽くくせがあった。そういえば、顔立ちも似ている。
「ブルムさん、妹がいたんだな」
「そうみたいだね」
こそこそとガイと言葉を交わして、頭上で行われる兄妹の応酬を見学する。
「それでも男が多いのは事実です」
「とかなんとか言って、恋人と会わせまいとしているだけじゃないのか? この性悪兄貴が」
そう言いながら、さっきブルムさんを呼びに行ってくれた騎士様が現れた。焦げ茶色の髪と瞳をしていて、髪は短く刈り上げている。騎士としては細身なブルムさんに比べるとがっしりとした体格で、ブルムさんの首に巻きつけた腕は太い。
「同じ年のお前に兄と呼ばれたくはないぞ、ケビン。あと離れろ、暑苦しい」
首に腕を絡められたブルムさんは心底嫌そうだ。暑いもんね。そのうえあの筋肉にひっつかれたら、その熱量はいかがなものか。ご愁傷様です。
「そう言うなよ、お前が魔法で風を纏ってるの知ってるんだぞ。かーっ、風属性は羨ましいぜ! 少し風を分けろ!」
そう言ってケビンさんとやらは、ブルムさんにのしかかる。
……前世で言うところの『腐ったおねーさま方が喜びそうな構図』なのかな? その手の用語らしき物が脳裏に浮かんだけど、この二人の絡みがあちらの世界で喜ばれるかどうかの判断はつかなかった。前世の私はそっち系のものに、興味はなかったって事だろうか。首を捻りつつ見学を続行していると、今度はイエナさんが動いた。
「ケビン、風なら私が送ってあげるわ。弱くて物足りないかもしれないけど」
「イエナ……!」
彼女がケビンさんのたくましい腕に触れて呼びかけると、彼は感極まったかのようにイエナさんの名前を呼んで、あっさりブルムさんを解放した。そしてイエナさんを軽くハグ。
いきなり始まっちゃいました、いちゃつきターイム。
「イエナ、俺の可愛い恋人。いいんだよ、無理しなくて」
「ケビン。でもあなたに抱きしめられるのは、私だけでいたいの」
……どんな反応をすべきだろうね?
本音としては、「リア充爆発しろ!」と言いたい気持ちがなくはない。なくはないが、それは六歳児の反応として正しくないだろう。
よし、ここはガイをお手本にしよう。
横目でちらりと見れば、バカップルをガン見しているガイがいた。思わず「見ちゃいけません」と目を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
これ、情操教育的に良くないんじゃなかろうか? いやでも、この世界の平民の結婚年齢は低いし……いいの? これ見せていいの?
彼の目を塞ぐべきか迷って、私はオロオロした。
「ゴホン」
頭上から咳払いが聞こえてきて振り仰ぐと、バツの悪そうなブルムさんと目が合う。彼はしっかりと私に頷いてみせて、バカップルに向き直った。
「お前達、子供達の前だ。自重しなさい」
「あ」
「あら」
叱責を受けて、バカップルはようやく人前である事を思い出したらしい。しかしなぜ、ガン見していたガイではなく私を見る。
集まる視線に気恥ずかしくなって、頬が熱くなるのがわかった。なんと言っていいかわからず、とりあえず思い浮かんだ事を小首を傾げて言ってみる。
「えと、席を外しますので、お気になさらず?」
一瞬の間。そしてブルムさんは大きなため息をつき、続いてケビンさんの頭をベシンとひっぱたいた。
「子供に何を言わせる」
「いや待て、今のは予想できんだろ!」
「か、かわいー!」
男達の諍いもなんのその。イエナさんは屈み込んだかと思うと、勢いよく私を抱きしめた。
あ、いい香り。
って、そんな場合か! お姉様のハグに浸っている場合じゃないでしょ、私。
「兄さん、ダーリン。この子お持ち帰りしてもいいかしら。いいわよね?」
「いいわけがないでしょう!」
「ハニー、その子の養子縁組には貴族のお歴々が立候補しているんだ。一介の騎士である俺には難しいよ」
「えー」
全力でツッ込むブルムさんと、首を横に振るダーリンことケビンさんの反応に、イエナさんは不服のようだ。
てか、本当に貴族が私を養子にしようとしているのか。
わお、ルフィーの情報収集力って、侮れないね。
お父さん、お母さん、私はいつまであなた方の娘でいられるのか不安です。
悪い話じゃないのがネックだ。平民が貴族になれるなんて話、そうそうあるものじゃないもの。でも絶対に断ってくださいね。でないと王子様のお嫁さんという未来に向けて、外堀を着実に埋められてしまうので。
「あら、そんなに引く手数多だなんて、この子何者なの?」
私をハグしたまま頭をナデナデしていたイエナさんの体が離れる。首を傾げて顔を覗き込まれたので、私も一緒に小首を傾げてみた。
(さあ? 何者でしょうね?)
「……ああん、もう可愛い!」
ものすごい速さで、再びハグされてしまった。ちょっと痛い。そして苦しい。
何者なのかと聞かれれば、「イルガ村のミラです」としか答えようがない。転生者ですとは言えないもの。
前世を思い出すまでは、村娘Gくらいのポジションだったんだけどね。それこそ勇者様一行が村に立ち寄ったら、村人と一緒に歓待の旗でも振ってそうなポジションだった。なのに、なんの因果かべらぼうな魔力を持っていた。しかも例の初飛行の翌日、総魔力量が増えてるし。
ステータスカードは地の精霊王様からもらう魔法の品だけど、コンピューターみたいなバグってあるのかな? だって六万だよ? 一気に倍だよ? 大変言いづらいけど……地の精霊王様、ボケたんじゃなかろうか。
「イエナも食堂とはいえ城勤めだ。四属性の高魔力保持者が王家の庇護を受けた話は、聞いた事があるだろう?」
「ええ、兄さん。じゃあこの子がそうなのね? すごく可愛いわ」
「あ、ありがとうございます」
こんな風に家族以外に手放しで可愛いなんて言われるのは久しぶりで、ちょっと照れる。
「理解したところでイエナ、ミラさんが困っている。そろそろ離してあげなさい」
「はーい」
イエナさんはようやく私を解放すると、スカートの裾を払って立ち上がった。ブルムさんは彼女に、何をしに来たのかと尋ねる。
「今日は私、お休みなのよ。だからダーリンとお昼ご飯デートをしようと思って。あと、休日にもかかわらず、鍛錬に行った仕事熱心な兄さんの分も、ついでに持ってきてあげたわよ?」
と、いつの間にやらケビンさんの手に移っていた、二つのバスケットを指さすイエナさん。
「妹のデートに同席しろと?」
バスケットは二つしかない。イエナさんの分もあるという事は、この二つのバスケットに三人分の昼食が入っているのだろう。
「ダーリンにだけ持ってきて、兄さんの分は持ってこないのは悪いと思ったのよ。バスケットは二つしかないから、三人分を二つに分けているわ」
一応気を使ったらしい。
「そうか。なら悪いが、私の分もケビンに食べてもらいなさい」
「おいおい、さすがに男二人分はきついぞ。この後も訓練があるんだから」
ケビンさんがそう言うのも無理はない。お腹いっぱい食べてから騎士の訓練……。大惨事になってしまうかもしれない。運動前の食事は控え目がいいよね。
「しかし私はミラさんとの約束がある。迎えに来てくれているのだから、食べている暇は……」
「あ、私達もご飯まだです」
またもやお昼抜き宣言をしようとしたブルムさんを遮って、私は挙手して言った。ガイも後に続く。
「今日は騎士団の食堂で、ブルムさんと一緒に食べようってミラと話してたんだ」
「こちらの食堂で、ですか?」
ダメとは言わないけれどオススメもしないといった雰囲気のブルムさんに、私は今さらだけど確認してみた。
「騎士様以外は利用できないわけじゃないんですよね?」
「それは大丈夫よ」
答えてくれたのはイエナさんだった。
「騎士団の食堂って呼ばれているけれど、ただ単に近隣に騎士団の施設があるってだけなのよ。利用者の大半が騎士だから、メニューは肉料理に偏りがちだけどね。魔術師もうちを利用するわよ」
パチリとウィンクするイエナさん。
「お姉さんは、騎士団の食堂にお勤めですか?」
「そうよ。私はブルムの妹のイエナ。よろしくね」
「はい。私はイルガ村のミラです。こっちは幼馴染みのガイ」
「よろしく、イエナねーちゃん」
「うん。ミラちゃんとガイ君ね。よろしく」
「じゃ、俺も自己紹介させてもらうかな」
ケビンさんはしゃがみ込むと、私達と目線を合わせてニカリと笑った。
「火属性の魔法騎士、ケビンだ。ブルムの同僚で、イエナの婚約者。再来月には彼女と結婚する予定だ」
「それはおめでとうございます」
なるほど。周囲が引くほどのいちゃつきっぷりも納得である。マリッジブルーとは無縁そうだ。
「再来月って事は、夏至祭の日?」
ガイの質問に、ケビンさんは笑う。
「ははっ、さすがに当日は無理さ。夏至祭の日は王都在住の騎士は基本的に全員動員されて、警備のシフトが組まれるからな」
夏至祭は毎年七月七日頃、新月の日を前日祭として開催されるお祭りだ。日ごと暑さが増していく中、水の精霊に畑と人々の無事を祈り、翌日の日の出を迎えるお祭りである。
新年祭同様に、王都はたくさんの人で賑わうだろう。となれば、警備は必須。人の多いところでは、トラブルが起きやすいからね。
「食堂も一日中修羅場。慶事とはいえ、そんな日に人員を減らすと恨まれるしな」
「それに彼の実家は王都じゃないから、ご両親にはせっかくだから、夏至祭に合わせて来ていただく事になってるのよ。式はお祭りの三日後なの」
「三日後って、本祭の三日後、ですか?」
「そうよ」
私の問いをイエナさんはあっさり肯定するけど、鬼のスケジュールだ。
だって夏至祭は前日から食べて飲んで踊って一夜を明かし、日の出を迎えるイベント。そのうえ本祭と呼ばれる日は、一部の脱落者を除いて、前日からの徹夜のテンションのままに浮かれ騒ぐ。さすがに二日連続で徹夜をする強者はあまりいないらしいけれど。そして翌日は後片づけだ。
イエナさん達の結婚式はその翌々日。休みは片づけ日と結婚式の間に、一日しかない。とんでもなくタフだ。
「わかっていると思うが、本祭後の一週間の休みは、騎士団からの祝儀だからな」
「もちろんわかってるって。交代勤務とはいえ、本祭前日から続く一日仕事の徹夜明け。休みの希望が殺到する日から休みにしてもらったんだ。感謝してる」
ブルムさんの念押しに、ケビンさんは上機嫌に答えた。
なら結婚式までの休みは二日か。でもやっぱり強行軍には違いないような……
「わかっているならいい。それより話を戻しましょう」
ブルムさんはケビンさんに頷いてから、私達に向き直った。唐突に会話を振られて、私とガイは顔を見合わせて首を傾げる。
戻す? どこまで戻す? てか、なんの話をしてたっけ。
「なんだったっけ?」
「えーと。そうそう、お昼ご飯を食堂で食べようって話よ」
私はポンと手を打ち鳴らし、ブルムさん達に尋ねた。
「ひょっとして、食堂はお弁当の持ち込みは禁止ですか?」
せっかくイエナさんが持ってきてくれたのだから、ブルムさんにはそちらを食べてもらえばいいけれど、私とガイは食堂で食べないといけない。ここの近くにあるのは騎士団の食堂だけど、子供だけでそこへ行かせる事を渋っているのかなって思ったら、ブルムさんは否定した。
「そのような規則はありませんよ。しかし昼時は混み合いますから、食堂で購入した料理以外を食べるのにテーブルを使うと、迷惑がられる事もあります。私が気になったのは量ですよ。とても子供の食べきれる量じゃない」
おおう。さすが騎士団が使う食堂。
「でも、女性騎士もいらっしゃるんですよね?」
男性騎士よりは食べないんじゃないかな?
「彼女達は並盛りを注文しますが、一般的な食堂ではそれは大盛りに分類される量です。ちなみに私達が食べるのは大盛り、もしくは特盛りです」
「一応、小盛りもできるわよ。魔術師や食事制限が必要になった騎士のために。でも食堂へ行く必要はないと思うわ。結構たくさん作ってきたから、ミラちゃん達の分くらい大丈夫」
イエナさんは「ね」と言って、二人の男性に目配せした。もしかして、少し控えて食べてちょうだいねって合図かなと推測してみる。
「それじゃ、話が纏まったところで移動しましょう。入り口で立ち止まっていると邪魔だから」
イエナさんに先導されて、私達は移動を開始した。練兵場の石壁に沿って歩き出すとすぐに、ブルムさんが口を開く。
「どこで食べるつもりです、イエナ」
「ここの管理施設の向こう側に、庭園があるでしょう。そこよ」
管理施設の角を曲がれば、先週私がトラウマ克服のために飛び降り続けた階段が見える。右手には目隠し代わりの林があり、それを抜けた先に芝生と低木、様々な草花で彩られた庭園がある。王族専用ではなく、城で働く者達のために造られた憩いの場の一つだ。
私達は藤に似た花が咲く東屋に腰を落ち着けた。
「じゃーん」
おどけた声と共にバスケットを開いたイエナさんが、その中身を私とガイに見せてくれる。
お弁当の中身は、様々な種類のサンドイッチがぎっしりだ。炒り卵とハム。ミンチ肉とチーズ。チキンソテー――あ、この世界ではニワトリはコッコって呼ばれているから、コッコソテーか。それと、レタス。
「これらの方法には、ある懸念があるんじゃ」
「懸念ですか?」
彼が何を心配しているのかわからなかった私は、小首を傾げる。
「精霊との合一は、お主の意志を魔法に直接反映するのではないかの? 確か報告書には、大気を圧縮した時は、言葉にして指示を出したとあった。じゃが飛んでいる時の事については、特に細かな記述はなかった。明確な指示を出しておらんかったのではないか?」
「そう言われてみれば……」
確かにそうだった。落下中、大気圧縮の壁を作る時は口頭で指示を出したけれど、飛んでいる時に私は何も言ってない。無意識にイメージしたものが反映されていたと考えるべきだ。
「グリンガム様、詠唱なしで魔法が使えるか、試してみてもいいですか?」
「おお! もちろん良いぞ。むしろ見たい」
興奮して、ソファから身を乗り出す魔術師長様。
私は席を立って戸口へと移動した。本や書類、実験器具的な物がそこかしこに積み上げられている執務室では、ここからバルコニーへの動線が、唯一開けたスペースなのだ。ちなみに執務室は高い所にある。窓から外の景色が見えてちょっと怖いけど、十二分に離れているから我慢できないほどじゃない。
「ルフィー、試してみたい事があるから手伝って」
呼びかけに応えて緑色の光が室内に現れ、次の瞬間、光は美少女の姿となった。
後ろの一房だけが長い緑色の髪。白地に深緑のアクセントが入った、騎士のような衣装。そして背中には大きな翼。私の契約精霊のうちの一人、風の精霊ルフィーだ。
「あのね、合一した状態で魔法を使ってみたいの」
『はい、マスター』
なぜとも聞かず、ニコリと笑った彼女は風に姿を変えて私の体を包み込む。ルフィーと合一した私の背中に、翼が現れた。私は両手を重ねて前へ突き出し、イメージする。
(大気を圧縮。薄く強固な壁に!)
本来ならば不可能な、無詠唱による魔法の行使。けれどイメージ通り、前方へ伸ばした手の平の先に魔法陣は出現した。金緑色に輝く光が、逆巻く風を象徴した紋を描く。
「すげー、ホントに詠唱なしで魔法陣が出た」
「どれ、何かぶつけてみるかの」
ガイがポカンと口を開けて魔法陣を凝視する横で、グリンガム魔術師長は書き損じの紙を丸め、試しに魔法陣へ向けて放った。それは大気の壁に跳ね返って、ポトリと床に落ちる。
「ふむ、やはり無詠唱が可能になるようじゃな。ならば訓練中、恐怖で魔法が暴走状態に入った時を警戒して、風属性の魔法騎士を立ち会わせた方が良いじゃろう。誰が良いかのぉ」
なるほど、懸念事項とは魔法の暴走の事か。納得した私は魔術師長様に尋ねてみた。
「グリンガム様はお忙しいのですか?」
「忙しいといえば忙しいの。しかし一番の問題は、わしが地属性という事じゃ。魔石でお主の魔法の暴走を抑えられる自信はない。あと、若い方が体力もあるしの」
「ならスインさんもダメですか」
「あやつも地属性じゃ。しかし風属性だからといって、お主の世話係であるエメル・シーダもいかんぞ。魔力量的に、魔法の暴走を止めるのは不可能じゃ」
「ならブルムさんはどうだ? 風属性だったろ」
ガイの提案に、私はポンと手を打ち鳴らす。
「ブルムか。かまわんが……先ほどから顔見知りの名ばかり挙げておるの」
「魔法を使う時はあまり緊張しすぎない方がいいんですよね? 授業で習いました」
「魔力喰らい相手に、初めての魔法をぶっ放した子供が緊張のう……」
しみじみと言われて、私は目を逸らした。それは言わないでください。あれはブチギレモードだったからできたんです。
「初対面の魔法騎士の方が魔獣より緊張するか」
魔術師長様はほっほっほと笑った後、しかしと続けた。
「ブルムよりも魔力の高い者はおるし、会ってみれば存外気が合うやもしれんじゃろう。少し時間をくれれば、風属性の魔法騎士から候補を選んでおくが」
ありがたい申し出を受け、じゃあ……とお願いしたところ、どこから聞きつけたのか、立候補者がとんでもない数となった。
数日後、再びガイと一緒にグリンガム魔術師長の執務室を訪れた私は、名前と所属が書かれた長い長いリストを見て、笑うしかなかった。なんとも意欲的な人達だ。そのトップバッターには知った名前がある。
「ブルムさんもリストに入れてくださったんですね。しかもグリンガム様の推薦枠で」
「お主らの第一希望じゃったからな」
「じゃあ、やっぱりブルムさんでお願いします」
私の訓練に立ち会うという事は、新たな魔法に触れるという事だ。飛行魔法は総魔力量の問題から会得するのは難しいとわかりきっているから、立候補者が知りたいのは精霊との合一の方法か。
合一を可能とする条件はわかっていないけれど、会得すれば今まで不可能とされていた無詠唱による魔法の行使が可能となる。立候補者達は、少しでも得られる物があれば御の字と思ったのかもしれない。
確かに飛ぶ飛ばないは別として、ルフィーとの合一は可能だから見せる事はできる。けど、今の私は飛ぶ前段階で大きく躓いていた。知り合いならいいってわけでもないが、階段から飛び降りる姿を延々見守る役目を、まったく知らない人に頼むのは気が引ける。
そんなわけで、ブルムさんに訓練の補佐を頼む事になった。彼の休日の半分を奪う形で。
「でも本人や周囲も合意の事とはいえ、本来のお仕事や鍛錬の時間を、あまり割いていただくのはご迷惑では? なんて言うんじゃなかったかな」
「では休日が重なる日につき合おう、だもんな。ブルムさんてあれかな、仕事中毒ってやつ」
「待ち合わせ場所の騎士団の詰め所に行ったら、練兵場にいるって言うし。行ってみたら、鍛錬していたうえに、お昼ご飯も食べてなかったしね」
「食べ終わるまで待つって言ったのに、約束の時間だからって、そのままミラの訓練に入っちゃうしな」
ガイが腕組みして、うんうんと頷く。
そう。ブルムさんは食事もせずに、私が階段から飛び降りる様子をずっと見守ってくれたんだよね。ちなみに一番下の段から開始した。さすがの私もその高さには恐怖を感じなかったけど、ブルムさんに直立不動で見守られているのが気になった。
飛行魔法の訓練とはいえ、まだ高所に慣れるために飛び降りているだけだから、「暇ですよね? 今のところ暴走はないと思うんで、食事に行ってもらっても構いませんよ」って、提案してみたんだけどね。
「いざという時、風魔法の暴走からミラさんを護るのが私の役目です。任務によっては思うように食事を取れない事もありますから、気にしないでください」
これが仕事と言われては、護衛対象である私は断れない。
「今日は絶対ブルムさんに昼食を取ってもらうんだから」
今から一緒に食べましょうって誘えば、食事を抜く事はないでしょう? そのために、私達も今日はまだ食べていないんだから。
「騎士団の食堂ってどんなメニューがあるのかな。やっぱガッツリ肉系かな?」
ガイは目をキラキラ輝かせている。
「騎士は肉体労働だから、お肉を食べる人が多いだろうね」
「ぶあつーい牛肉とかあるかな?」
よく食べ、よく寝る子は育つって言うけど……
ついさっきまで寝ていて、今度は食事に期待しているガイ。これで成長しないはずがない。同い年の子の中でも体格に恵まれているガイは、成人する頃にはさらに立派な体格になっているだろう。学園卒業後は魔法騎士かハンターか。
「……ガイって何気にチートだよね」
「ちーと?」
「あ、えっと。ガイってすごいよねって話」
思わず声に出してしまい、私は慌てて言い繕った。
「ミラに言われてもなー」
そうですよねー。
「でもさ、ガイは火属性のクラスメイトの中では魔力が高い方でしょ?」
「まあな。バーランクには負けるけど」
「彼は公爵家の若様だもの。小さい頃から、跡継ぎとして鍛えられたはずだよ」
「それもそっか」
自慢げに胸を張ったかと思えば自分の発言で落ち込んで、私の言葉で復活する。忙しい子だ。
だいたい、比べる対象が極端すぎるんだよね。でもその若様にかけっこで勝ったり、体術では、勝てないまでも結構いい線まで食らいついているらしいからすごい。私みたいに、転生者として特殊な力を持っているわけでもないのに。しかも本人はそれをちっとも鼻にかけないし、さらに資質を伸ばそうと努力している。
何この子、超優良物件。
身分さえなんとかなれば、姫様に婿候補としてオススメしたいくらいだ。なんて考えていたら、練兵場の入り口が見えた。入り口といっても石壁が途切れているだけで、ドアがついているわけじゃない。
「すみません。魔法騎士のブルムさんと約束をしているのですが、いらっしゃいますか?」
「ん? ああ、君らは先週も来ていたな。ブルムね。呼んでくるから、ちょっと待ってろ」
ちょうど入り口の近くにいた騎士様に声をかければ、彼はそう言って、奥へ歩いて行った。
石壁で区切られた向こう側から、「りゃー!」だの、「はっ!」だのと気合の入った声が聞こえてくる。私はガイと一緒に入り口から顔だけ出して、中を覗き込んだ。
カンッ、カカンッと木剣がぶつかっては離れ、ぶつかっては離れを繰り返す。カウンターを狙った斬撃が巧みな体捌きで回避され、再び木剣が打ち合わされた。めまぐるしく攻守が入れ替わる打ち合いに、私達は息を呑んだ。
トーテムポールよろしく縦に連なって見ていると、ふと背後で足音が止まる。体を捻ると、十七、八歳くらいの女性が両手に大きなバスケットを提げて立っていた。
「こんにちは」
「「こんにちは」」
声をかけられて、ガイと一緒に挨拶を返す。
「こんな所でどうしたの? 迷子かな?」
「いえ、迷子じゃないです」
「ブルムさんを待ってるんだ」
私達の答えに彼女は小首を傾げた。
「兄さんを?」
「お兄さん?」
「お待たせしました、ミラさん、ガイ君……おやイエナ。どうしたんです、こんな男臭いところに」
声のした方を見れば、ライトアーマー姿のブルムさんが小走りにやってきたところだった。
「男臭いって……女性騎士だっているじゃない」
ブルムさんにイエナと呼ばれた女性は、少し眉を寄せて反論する。
二人とも髪と瞳が薄茶色だ。ブルムさんはくせ毛の短髪、イエナさんは後頭部で髪を結い上げているけれど、少し残されたサイドの髪には軽くくせがあった。そういえば、顔立ちも似ている。
「ブルムさん、妹がいたんだな」
「そうみたいだね」
こそこそとガイと言葉を交わして、頭上で行われる兄妹の応酬を見学する。
「それでも男が多いのは事実です」
「とかなんとか言って、恋人と会わせまいとしているだけじゃないのか? この性悪兄貴が」
そう言いながら、さっきブルムさんを呼びに行ってくれた騎士様が現れた。焦げ茶色の髪と瞳をしていて、髪は短く刈り上げている。騎士としては細身なブルムさんに比べるとがっしりとした体格で、ブルムさんの首に巻きつけた腕は太い。
「同じ年のお前に兄と呼ばれたくはないぞ、ケビン。あと離れろ、暑苦しい」
首に腕を絡められたブルムさんは心底嫌そうだ。暑いもんね。そのうえあの筋肉にひっつかれたら、その熱量はいかがなものか。ご愁傷様です。
「そう言うなよ、お前が魔法で風を纏ってるの知ってるんだぞ。かーっ、風属性は羨ましいぜ! 少し風を分けろ!」
そう言ってケビンさんとやらは、ブルムさんにのしかかる。
……前世で言うところの『腐ったおねーさま方が喜びそうな構図』なのかな? その手の用語らしき物が脳裏に浮かんだけど、この二人の絡みがあちらの世界で喜ばれるかどうかの判断はつかなかった。前世の私はそっち系のものに、興味はなかったって事だろうか。首を捻りつつ見学を続行していると、今度はイエナさんが動いた。
「ケビン、風なら私が送ってあげるわ。弱くて物足りないかもしれないけど」
「イエナ……!」
彼女がケビンさんのたくましい腕に触れて呼びかけると、彼は感極まったかのようにイエナさんの名前を呼んで、あっさりブルムさんを解放した。そしてイエナさんを軽くハグ。
いきなり始まっちゃいました、いちゃつきターイム。
「イエナ、俺の可愛い恋人。いいんだよ、無理しなくて」
「ケビン。でもあなたに抱きしめられるのは、私だけでいたいの」
……どんな反応をすべきだろうね?
本音としては、「リア充爆発しろ!」と言いたい気持ちがなくはない。なくはないが、それは六歳児の反応として正しくないだろう。
よし、ここはガイをお手本にしよう。
横目でちらりと見れば、バカップルをガン見しているガイがいた。思わず「見ちゃいけません」と目を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
これ、情操教育的に良くないんじゃなかろうか? いやでも、この世界の平民の結婚年齢は低いし……いいの? これ見せていいの?
彼の目を塞ぐべきか迷って、私はオロオロした。
「ゴホン」
頭上から咳払いが聞こえてきて振り仰ぐと、バツの悪そうなブルムさんと目が合う。彼はしっかりと私に頷いてみせて、バカップルに向き直った。
「お前達、子供達の前だ。自重しなさい」
「あ」
「あら」
叱責を受けて、バカップルはようやく人前である事を思い出したらしい。しかしなぜ、ガン見していたガイではなく私を見る。
集まる視線に気恥ずかしくなって、頬が熱くなるのがわかった。なんと言っていいかわからず、とりあえず思い浮かんだ事を小首を傾げて言ってみる。
「えと、席を外しますので、お気になさらず?」
一瞬の間。そしてブルムさんは大きなため息をつき、続いてケビンさんの頭をベシンとひっぱたいた。
「子供に何を言わせる」
「いや待て、今のは予想できんだろ!」
「か、かわいー!」
男達の諍いもなんのその。イエナさんは屈み込んだかと思うと、勢いよく私を抱きしめた。
あ、いい香り。
って、そんな場合か! お姉様のハグに浸っている場合じゃないでしょ、私。
「兄さん、ダーリン。この子お持ち帰りしてもいいかしら。いいわよね?」
「いいわけがないでしょう!」
「ハニー、その子の養子縁組には貴族のお歴々が立候補しているんだ。一介の騎士である俺には難しいよ」
「えー」
全力でツッ込むブルムさんと、首を横に振るダーリンことケビンさんの反応に、イエナさんは不服のようだ。
てか、本当に貴族が私を養子にしようとしているのか。
わお、ルフィーの情報収集力って、侮れないね。
お父さん、お母さん、私はいつまであなた方の娘でいられるのか不安です。
悪い話じゃないのがネックだ。平民が貴族になれるなんて話、そうそうあるものじゃないもの。でも絶対に断ってくださいね。でないと王子様のお嫁さんという未来に向けて、外堀を着実に埋められてしまうので。
「あら、そんなに引く手数多だなんて、この子何者なの?」
私をハグしたまま頭をナデナデしていたイエナさんの体が離れる。首を傾げて顔を覗き込まれたので、私も一緒に小首を傾げてみた。
(さあ? 何者でしょうね?)
「……ああん、もう可愛い!」
ものすごい速さで、再びハグされてしまった。ちょっと痛い。そして苦しい。
何者なのかと聞かれれば、「イルガ村のミラです」としか答えようがない。転生者ですとは言えないもの。
前世を思い出すまでは、村娘Gくらいのポジションだったんだけどね。それこそ勇者様一行が村に立ち寄ったら、村人と一緒に歓待の旗でも振ってそうなポジションだった。なのに、なんの因果かべらぼうな魔力を持っていた。しかも例の初飛行の翌日、総魔力量が増えてるし。
ステータスカードは地の精霊王様からもらう魔法の品だけど、コンピューターみたいなバグってあるのかな? だって六万だよ? 一気に倍だよ? 大変言いづらいけど……地の精霊王様、ボケたんじゃなかろうか。
「イエナも食堂とはいえ城勤めだ。四属性の高魔力保持者が王家の庇護を受けた話は、聞いた事があるだろう?」
「ええ、兄さん。じゃあこの子がそうなのね? すごく可愛いわ」
「あ、ありがとうございます」
こんな風に家族以外に手放しで可愛いなんて言われるのは久しぶりで、ちょっと照れる。
「理解したところでイエナ、ミラさんが困っている。そろそろ離してあげなさい」
「はーい」
イエナさんはようやく私を解放すると、スカートの裾を払って立ち上がった。ブルムさんは彼女に、何をしに来たのかと尋ねる。
「今日は私、お休みなのよ。だからダーリンとお昼ご飯デートをしようと思って。あと、休日にもかかわらず、鍛錬に行った仕事熱心な兄さんの分も、ついでに持ってきてあげたわよ?」
と、いつの間にやらケビンさんの手に移っていた、二つのバスケットを指さすイエナさん。
「妹のデートに同席しろと?」
バスケットは二つしかない。イエナさんの分もあるという事は、この二つのバスケットに三人分の昼食が入っているのだろう。
「ダーリンにだけ持ってきて、兄さんの分は持ってこないのは悪いと思ったのよ。バスケットは二つしかないから、三人分を二つに分けているわ」
一応気を使ったらしい。
「そうか。なら悪いが、私の分もケビンに食べてもらいなさい」
「おいおい、さすがに男二人分はきついぞ。この後も訓練があるんだから」
ケビンさんがそう言うのも無理はない。お腹いっぱい食べてから騎士の訓練……。大惨事になってしまうかもしれない。運動前の食事は控え目がいいよね。
「しかし私はミラさんとの約束がある。迎えに来てくれているのだから、食べている暇は……」
「あ、私達もご飯まだです」
またもやお昼抜き宣言をしようとしたブルムさんを遮って、私は挙手して言った。ガイも後に続く。
「今日は騎士団の食堂で、ブルムさんと一緒に食べようってミラと話してたんだ」
「こちらの食堂で、ですか?」
ダメとは言わないけれどオススメもしないといった雰囲気のブルムさんに、私は今さらだけど確認してみた。
「騎士様以外は利用できないわけじゃないんですよね?」
「それは大丈夫よ」
答えてくれたのはイエナさんだった。
「騎士団の食堂って呼ばれているけれど、ただ単に近隣に騎士団の施設があるってだけなのよ。利用者の大半が騎士だから、メニューは肉料理に偏りがちだけどね。魔術師もうちを利用するわよ」
パチリとウィンクするイエナさん。
「お姉さんは、騎士団の食堂にお勤めですか?」
「そうよ。私はブルムの妹のイエナ。よろしくね」
「はい。私はイルガ村のミラです。こっちは幼馴染みのガイ」
「よろしく、イエナねーちゃん」
「うん。ミラちゃんとガイ君ね。よろしく」
「じゃ、俺も自己紹介させてもらうかな」
ケビンさんはしゃがみ込むと、私達と目線を合わせてニカリと笑った。
「火属性の魔法騎士、ケビンだ。ブルムの同僚で、イエナの婚約者。再来月には彼女と結婚する予定だ」
「それはおめでとうございます」
なるほど。周囲が引くほどのいちゃつきっぷりも納得である。マリッジブルーとは無縁そうだ。
「再来月って事は、夏至祭の日?」
ガイの質問に、ケビンさんは笑う。
「ははっ、さすがに当日は無理さ。夏至祭の日は王都在住の騎士は基本的に全員動員されて、警備のシフトが組まれるからな」
夏至祭は毎年七月七日頃、新月の日を前日祭として開催されるお祭りだ。日ごと暑さが増していく中、水の精霊に畑と人々の無事を祈り、翌日の日の出を迎えるお祭りである。
新年祭同様に、王都はたくさんの人で賑わうだろう。となれば、警備は必須。人の多いところでは、トラブルが起きやすいからね。
「食堂も一日中修羅場。慶事とはいえ、そんな日に人員を減らすと恨まれるしな」
「それに彼の実家は王都じゃないから、ご両親にはせっかくだから、夏至祭に合わせて来ていただく事になってるのよ。式はお祭りの三日後なの」
「三日後って、本祭の三日後、ですか?」
「そうよ」
私の問いをイエナさんはあっさり肯定するけど、鬼のスケジュールだ。
だって夏至祭は前日から食べて飲んで踊って一夜を明かし、日の出を迎えるイベント。そのうえ本祭と呼ばれる日は、一部の脱落者を除いて、前日からの徹夜のテンションのままに浮かれ騒ぐ。さすがに二日連続で徹夜をする強者はあまりいないらしいけれど。そして翌日は後片づけだ。
イエナさん達の結婚式はその翌々日。休みは片づけ日と結婚式の間に、一日しかない。とんでもなくタフだ。
「わかっていると思うが、本祭後の一週間の休みは、騎士団からの祝儀だからな」
「もちろんわかってるって。交代勤務とはいえ、本祭前日から続く一日仕事の徹夜明け。休みの希望が殺到する日から休みにしてもらったんだ。感謝してる」
ブルムさんの念押しに、ケビンさんは上機嫌に答えた。
なら結婚式までの休みは二日か。でもやっぱり強行軍には違いないような……
「わかっているならいい。それより話を戻しましょう」
ブルムさんはケビンさんに頷いてから、私達に向き直った。唐突に会話を振られて、私とガイは顔を見合わせて首を傾げる。
戻す? どこまで戻す? てか、なんの話をしてたっけ。
「なんだったっけ?」
「えーと。そうそう、お昼ご飯を食堂で食べようって話よ」
私はポンと手を打ち鳴らし、ブルムさん達に尋ねた。
「ひょっとして、食堂はお弁当の持ち込みは禁止ですか?」
せっかくイエナさんが持ってきてくれたのだから、ブルムさんにはそちらを食べてもらえばいいけれど、私とガイは食堂で食べないといけない。ここの近くにあるのは騎士団の食堂だけど、子供だけでそこへ行かせる事を渋っているのかなって思ったら、ブルムさんは否定した。
「そのような規則はありませんよ。しかし昼時は混み合いますから、食堂で購入した料理以外を食べるのにテーブルを使うと、迷惑がられる事もあります。私が気になったのは量ですよ。とても子供の食べきれる量じゃない」
おおう。さすが騎士団が使う食堂。
「でも、女性騎士もいらっしゃるんですよね?」
男性騎士よりは食べないんじゃないかな?
「彼女達は並盛りを注文しますが、一般的な食堂ではそれは大盛りに分類される量です。ちなみに私達が食べるのは大盛り、もしくは特盛りです」
「一応、小盛りもできるわよ。魔術師や食事制限が必要になった騎士のために。でも食堂へ行く必要はないと思うわ。結構たくさん作ってきたから、ミラちゃん達の分くらい大丈夫」
イエナさんは「ね」と言って、二人の男性に目配せした。もしかして、少し控えて食べてちょうだいねって合図かなと推測してみる。
「それじゃ、話が纏まったところで移動しましょう。入り口で立ち止まっていると邪魔だから」
イエナさんに先導されて、私達は移動を開始した。練兵場の石壁に沿って歩き出すとすぐに、ブルムさんが口を開く。
「どこで食べるつもりです、イエナ」
「ここの管理施設の向こう側に、庭園があるでしょう。そこよ」
管理施設の角を曲がれば、先週私がトラウマ克服のために飛び降り続けた階段が見える。右手には目隠し代わりの林があり、それを抜けた先に芝生と低木、様々な草花で彩られた庭園がある。王族専用ではなく、城で働く者達のために造られた憩いの場の一つだ。
私達は藤に似た花が咲く東屋に腰を落ち着けた。
「じゃーん」
おどけた声と共にバスケットを開いたイエナさんが、その中身を私とガイに見せてくれる。
お弁当の中身は、様々な種類のサンドイッチがぎっしりだ。炒り卵とハム。ミンチ肉とチーズ。チキンソテー――あ、この世界ではニワトリはコッコって呼ばれているから、コッコソテーか。それと、レタス。
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