転生者はチートを望まない

奈月葵

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54 / 68
4巻

4-3

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 ドラゴンが人前に姿を見せなくなって久しいというのに、案外意味を知っている人がいるみたいだ。情報源は文献かな? と考えていた私は、ふと、以前街で見た看板を思い出した。
『異種族恋愛物語を舞台化!』とあおり文句がつけられた看板には、ドラゴンに手を差し伸べる女性が描かれていた。そして彼女の手には、これと似たような印があったような気がする。
 わずかな言い伝えを元に、お話を書く人が存在するって事を忘れてたよ!

「って事は、原作本や劇を見た人は知ってるんだ。なら、誰がつけたか丸わかりだよね」

 私の周囲に複数のドラゴンがいるならともかく、現状でその犯人となりえるのは、考えるまでもなく一人。ドラゴン族と人族のハーフであると発表されている、ヴィル様だ。

「ん? ちょっと待ってよ。意味を知ってる人が多いのは、マズくない?」

 印が右手のみなら婚約者。両手なら妻である。
 これを見たのが大人姿の私しか知らない人なら、問題ない。問題なのは、子供姿の私しか知らない人と、大人姿の私が本当は子供だと知っている人。ヴィル様はその人達に、ロリコン扱いされないか?
 普段は無表情で淡々とした口調のヴィル様も、相手が子供の時だけはそれがやわらぐ。
 私や私と同じく魔術学園に通う幼馴染おさななじみのガイ、同級生であるフィーメリア王国の姫様――フィルセリア様が相手の時はもちろん、先日来た学園の友達にもそうだった。
 元からの気質があるかもしれないけれど、ドラゴンの魔石は、ヴィル様をより顕著けんちょに子供好きにしていると思う。
 子供好きなのは悪くない。ただ、八百年前、ヴィル様に相手にされなかった腹いせに、彼をロリコン扱いしたご令嬢がいたらしいのが気がかりでね……
 私のそばにつきっきりな現状を、悪意を込めて解釈される可能性があるわけだ。

「明日、朝一で消してもらうべきかな? ああ、でも、今日見られたんだから〝電撃婚約〟ってうわさが広まってるかも。そうなると今度は〝スピード破局〟なんてうわさが流れかねない」

 どこぞの週刊誌のあおり文句的なフレーズを口にしながら、私はベッドの上を転がった。
 ダメだ。そんなのダメダメー! ロリコン勇者のイメージもマズイが、スピード破局の勇者なんてのもよろしくない。
 ゴロンゴロンと転がっていると、ネグリジェが体に巻きついた。就寝中、大人姿に変化するのに備えてブカブカの寝衣に袖を通しているから、寝返りを打ちすぎれば絡まる。
 このまま寝るわけにはいかないから、私はベッドの上に立ち上がって、絡まりを解いた。続いて大人姿の私が寝転んだ位置に裾を合わせ、転ばないように気をつけながら後退する。後は枕に頭を乗せるだけ。ベッドの上にネグリジェを広げて置くイメージだ。中身入りだけど。

「まあ、考えても仕方ないし、なるようにしかならないよね。もう遅いし、寝ようっと」

 胃を悪くするだけの思考を放棄したその時、バルコニーで物音がした。
 高いところから、何かが落ちたみたいな音。いや、着地音に似ている気がする。
 ヴィル様が外出していて、帰ってきたのかな?
 飛行魔法が使えるヴィル様なら、がけっぷちに立つこの棟のバルコニーから出入りができる。出かける時の音は聞こえなかったが、風の音で窓の開閉音が消されたのかもしれない。
 ヴィル様はきっと部屋を間違えて、私の部屋のバルコニーに来たのだろう。
 夕べは新月だったから、今日の月はまだ細くて明かりがとぼしい。雲が出ていれば尚更だ。
「ヴィル様の部屋は隣ですよ」と声をかけようとした私は、カーテン越しにうっすらと見える影に息を呑んだ。心臓が早鐘はやがねを打つ。
 影が、二つ!? ヴィル様と、お客さん?
 そう考えたが、すぐに、なんとなく違う気がしてくる。
 小さい方のシルエットが窓越しに室内の様子をうかがうような動きをして、もう一方のシルエットが近づいてきた。カタンと窓が音を立てる。
 大丈夫。窓には簡易的なものだけど留め具がついていて、外側からは開けられないようになっている。しのび込むのに、窓を割って音を立てるような真似まねはしないだろう。
 ただ、強風で窓の建てつけが悪くなっていないか心配だ。窓に隙間ができたら、何か物を差し込んで、留め具を外されてしまうかもしれない。

(窓に隙間ができませんように。侵入者が手頃な物を持ってませんように。っていうか、帰れ!)

 私は息を詰めて祈る。そんな私の耳に、風の音に続いてカシャンという音が聞こえた。
 私はすがるように半身候補の印がある右手をにぎりしめ、ベッドに入ったまま窓辺を凝視する。
 かすかな音を立てて、窓が開いた。カーテンが風でひるがえり、真夜中の訪問者が室内に足を踏み入れる。風にはためくカーテンの向こうで、二つの人影が動いた。
 そうだ。不意打ちで大声を出そう。でもって枕を投げつける!
 ブカブカなネグリジェを着ている私は、思い通りに動けない。今から逃げても、きっと簡単に捕まってしまう。それならいっそ、迎え撃つべきだ。
 時間が時間だから、侵入者は私が眠ってると思っているはず。その私がいきなり大声を出せば、彼らはかなり驚くだろう。精霊界で眠っているはずのグノー達を呼び出して魔法を使うより、大声で相手をひるませた後、隣室のヴィル様に助けを求める方が早い。
 ただ、侵入者は魔法を使ってがけ側のバルコニーに下りたと思われる。その事に、魔力にさといヴィル様が気づいていないみたいなのが気がかりだけど……
 侵入者達の姿が、カーテンの隙間から見える。彼らは外の様子をうかがいながら、こちらに背を向けた状態で、部屋に入ってこようとしていた。後ろ手にカーテンを開く姿が、魔道具のほのかな明かりに照らし出される。
 一人は長身の男。もう一人は――

「ケモミミ?」

 私は大声を上げる事を忘れて目を見張り、思わずつぶやいた。
 獣の耳ケモミミがピクリと動いて私を振り返る。少女だ。長身の男は、半拍遅れて振り向いた。

「あ、起きてた」
「げっ」

 私と目が合ったケモミミ娘が嬉しそうに笑みを浮かべ、頭上の耳をピルピルと震わせる。一方、男は顔を引きつらせた。
 ……リアクションは統一してくれ。対応に困る。
 でも普通、こういうシチュエーションなら男の反応が正しいよね。真夜中に人様の部屋に侵入する目的なんて、大抵ろくなものじゃない。
 真っ先に思い浮かぶのは、誘拐ゆうかいや暗殺、泥棒だ。私が寝ていた方が、都合がいいはず。
 となると、ケモミミ娘が喜んだのはアレか? 獲物に反応がないとつまらないとか、そういう事!?

(ひぃっ! 助けてヴィル様!)
「半身候補の印!? まずい。出直さないと」

 私が心の中で悲鳴を上げるのと、私の手の甲を見た男が叫ぶのは同時だった。男がケモミミ娘の手を掴んで身をひるがえそうとしたその時、バルコニーで静かな声が呪文をつむぐ。

「シャドウバインド」
「わ!」
「ぎゃ!」

 あっという間に、黒い帯みたいなものが二人の侵入者を拘束した。

「出直してどうするつもりだ」
「ヴィル様!」

 私は歓喜の声を上げたが、二人の侵入者は再度悲鳴を上げた。そして何かを締め上げるような、ギリギリという音も聞こえてくる。

「イタイ、イタイ、イタイー。痛いよ、ドラゴン! 離して!」

 ケモミミ娘のうったえに答えず、室内に入ってきたヴィル様は、窓とカーテンを閉めた。

光球ライティング

 ヴィル様の魔法によって、室内が照らし出される。すると、涙目のケモミミ娘と、細身で緑髪の男が、黒い帯で拘束されているのが見えた。これも、ヴィル様の魔法だ。彼の魔力が捕縛対象の影に干渉し、実体化。足元から急襲する拘束魔法である。ギリギリという音は、二人の体が拘束魔法で締めつけられる音だったのだ。

「いーたーいーってば、ドラゴン!」

 ケモミミ娘が再度ヴィル様を〝ドラゴン〟と呼び、うったえる。確かヴィル様の魔族としての呼び名が〝ドラゴン〟だったはずだ。知り合いなのかな?
 首をかしげてから思い至る。
 ひょっとして彼女、フラルカ様が言っていた魔族――狼娘じゃないの?
 八百年前、ヴィル様は自身と同じく皇帝の被害者だった仲間達と共に、眠りについたと聞いている。ヴィル様が目覚めて封印が解けたから、彼女達も目覚めたんだろうか。
 男の方は該当者が思いつかないけど、彼も魔族? 緑色の髪ってだけなら、遠い昔、他種族の血を受けた名残なごりとして、ごくまれに人族にもいるんだよね。

「ヴィル様、少し拘束をゆるめて話を聞きませんか?」

 ヴィル様の部屋を訪ねるつもりが、間違えて私の部屋に来たというわけじゃないみたいだし、半身候補の印を見て出直そうとしたので、あやしくはある。
 でも、ギッチギチに拘束されている狼娘が、ちょっとかわいそうになってきた。話をしやすいように拘束をゆるめるってのは、ぶっちゃけ建前である。
 私のそばにやってきたヴィル様が、やや呆れを含んだ目を私に向けた。
 お人好しめって言いたいんですね、わかります。
 それでもヴィル様を見つめ続けると、彼は「仕方がないな」と言って、ひらりと手を動かした。それで拘束がゆるんだのか、つま先立ちをしていた狼娘が地に足をつけ、息を吐く。

「はうー、助かった。ありがとー」

 狼娘が、私に向かってニコリと笑う。一方、男への拘束は強いままだったらしい。

「あの、僕のもゆるめてくれないかな?」
「純血種のドラゴン相手に、これ以上拘束をゆるめては意味がない」

 苦しそうにうったえる男は、なんと本物のドラゴンだった。

「いやいや、僕はウィンドドラゴン。それ程強くないんだよ。抜け出せやしないって」

 必死に言いつのる男に対し、ヴィル様は無言で無表情。

「わかった。謝る。君の半身候補に無断で近づいてすまない。だから拘束をゆるめて」
「半身候補に手を出す意味が、わからぬわけではあるまい?」
「っい!」

 更に拘束が強まったのか、男が苦鳴くめいを上げた。狼娘が慌ててとりなす。

「待って、ドラゴン! よくわかんないけど、そいつは部屋に入って初めて、その印ってのに気がついたみたいなんだ。知ってて近づいたんじゃないんだよ!」
「そのようだな。しかし出直すとも言っていた。出直して何をするつもりだった?」

 ヴィル様の詰問きつもんに、男が苦痛に耐えて叫ぶ。

「君を呼んでくるつもりだった!」
「俺を?」

 予想外の言葉に、ヴィル様はひとまず拘束をゆるめたらしい。
 男は大きく息を吐いて、ぐったりと力を抜いた。拘束魔法に身を預け、ボヤくようにつぶやく。

「君を連れ戻すために、先に彼女を説得するつもりだったんだよ。彼女が半身候補と知っていたら、最初から君なしで会おうなんてしなかったさ」
「今はミラのもとを離れるわけにはいかないと、連絡したはずだが?」

 ヴィル様が狼娘に視線を向けると、彼女はうなずいた。

「うん。封印から目覚めて以来行方ゆくえ知れずのあんたを、みんなで探しに行こうとした時に、伝達鳥でんたつどりが来たよ」

 わぁ、ギリギリセーフ。急いで連絡するように言っておいて良かったぁ。
 伝達鳥でんたつどりとは、手紙を鳥の姿に変えて放つ魔法である。先日、ヴィル様が封印から目を覚まして、誰にも何も言わずに私のところへ来たと聞き、私は慌てて進言したのだ。
 万が一、ドラゴンヴィルさまを探してたくさんの魔族がユグルド山――封印されていた山を下りてきたら……そしてそれが人々に知られれば、フィーメリア王国は討伐とうばつ隊を出さざるをえない。
 だって初代女王のフラルカ様は、魔王の復活を監視する事を大義名分たいぎめいぶんにして、ここにフィーメリア王国を建国したんだもの。出陣しないわけにはいかない。

「で、その時にこのウィンドドラゴンも封印の洞窟どうくつに来たんだ。ねっ」

 話を振られた緑髪の男――ウィンドドラゴンはのろのろと顔を上げて、コクリとうなずいた。

「ああ、うん。洞窟どうくつあたりの魔力の動きが変だって気がついた奴がいてね。様子を見てこいって、僕が使いに出されたんだよ。洞窟どうくつの中は飛べないから、逃げ足の速い僕がね!」

 彼は胸を張って自慢げだったが、すぐにガクリと頭を落とした。

「……結局、蜘蛛くもの彼女に捕まったけど。今だって、魔法から逃げ損ねた。自信じしんがなくなったよ」

 男が重苦しいため息をつくのを無視して、ヴィル様は狼娘に問いを重ねる。

「伝言を受け取ったのであれば、なぜここに来た」
「外の世界の事、このウィンドドラゴンに教えてもらったからだよ。魔族は今も恐れられているんでしょ? ドラゴンは勇者って事になってるけど、長く外にいれば正体がバレるかもしれない」

 彼女の心配ももっともだ。ヴィル様だって、最初は私が強い魔力の根源だと確かめてすぐに、ユグルド山に帰ろうとしていたくらいだもの。でもリスクを承知で、私の魔力暴走を抑えるために残ってくれている。

「高魔力保持者は時々国のいさかいに巻き込まれて苦労するらしいし、その子の魔力暴走が心配なら、ユグルド山に連れてくればいいじゃんか。フラルカが探すって約束してくれた、魔族を人に戻してくれる子なんでしょ? ドラゴン族やエルフ族、みんなが歓迎するって言ってくれたよ」
「うん。君も一緒においでと説得するつもりだったんだ。でも半身候補なら、その必要はないね」

 言いつのる二人に、私は目が点になった。
 私が国のいさかいに巻き込まれるってのは聞き捨てならないけど、今は置いておくとして。ヴィル様が私を気にかけているから、私を説得してユグルド山の向こうへ連れて行こうと思ったのか。そうすれば、彼も帰ってくる、と。
 一方ヴィル様は、少し不機嫌そうに口を開いた。

「何のとがもない親から、ミラを奪えと言うのか?」

 その言葉に、パチクリと目をまたたかせた男が、「奪わないのかい?」と問う。

「君が魔族だと知ったら、周囲は結婚に反対すると思う。でも君はドラゴンの気性を持つだろう? なら、愛する者を諦めるなんてありえない。遅かれ早かれ、親元から奪う事になるじゃないか」
「え? 愛する者? え?」

 狼娘が驚いて、私とヴィル様を見比べた。

「半身候補の印は、婚約のあかしなんだよ」
「いやこれ、お守りがわりにつけられただけなんです」

 ウィンドドラゴンがした説明に、私は訂正を入れた。

「そうなのかい?」

 タレ目がちな目を丸くしたウィンドドラゴンに、私はコクリとうなずく。
 ヴィル様は、私が首輪にとらわれた元精霊達のテリトリーに踏み込むにあたって、牽制けんせいにと印をつけたのだ。本来の意味とは違う。婚約したからお守りになる印をつけたのではなく、お守りになるから婚約の印をつけたのだ。
 まあ、このウィンドドラゴンと違って、元精霊達には効果がなかったけどね。

「じゃあやっぱり、一緒にユグルド山の向こうへ来てくれと説得しなきゃいけないのかい? 婚約してるなら、手間がはぶけると思ったんだけどなぁ」
「説得の必要はない。ミラの魔力が安定するまで、戻るつもりはないからな」

 眉尻を下げるウィンドドラゴンに、ヴィル様はキッパリと言い放つ。
 狼娘はその答えに、「えー。帰ろうよー」と、唇をとがらせた。
 この間、侵入者である二人はいまだ拘束魔法に縛られたままである。そして私は、ブカブカのネグリジェ姿。
 私はかたわらに立つヴィル様の服をツンと引っ張って、意識をこちらに向けてもらった。

「ヴィル様、とりあえず二人の拘束を解いて、リビングに移動しませんか? 私も着替えたいです」
「着替えるならちょうどいい。ヴィル君、ヴィル君、今すぐ魔法を解いてくれないかな」

 一転してウキウキした空気をかもし出したウィンドドラゴンに、君付けで呼ばれたヴィル様は、胡散うさんくさい者を見る目を向けた。

「やだな、着替えをのぞいたりしないよ。彼女への贈り物に、服があるんだ。もちろん、脱がすために贈るわけじゃない。僕の守備範囲は十七歳から三十九歳だからね!」

 ウィンクする彼に、ヴィル様は無言。私は冷淡な視線を向けてやる。

「ヴィル様、解放するのは彼女だけでいいと思います。ウィンドドラゴンは、拘束したまま床を転がして移動させるのはどうでしょう」
「そうだな」
「なぜ!?」

 なぜって? 変態っぽかったからだよ。
 ウィンドドラゴンの人型外見年齢は、二十代半ば。守備範囲が広いなぁとは思ったが、正直どうでもいい。そんな情報はいらん。そして、〝服をプレゼントするのは脱がすため〟なんて考える人からは、断固受け取らない。守備範囲外だろうとノーサンキューだ。

「あのさ、そいつをかばうわけじゃないけど、服は役に立つと思うからもらってやってよ」

 遠慮がちに狼娘に声をかけられて、私達はウィンドドラゴンから視線を外し、彼女を見る。
 ヴィル様がひらりと手を動かすと、狼娘の拘束が解けた。彼女は体をひねって調子を確かめながら、ウィンドドラゴンの弁護を再開する。

「なんでも、ドラゴン族秘伝の布で作った服らしいよ。旧帝都に移住して以来、常に人の姿で過ごしているドラゴン達が、力を使う時に多少体が大きくなっても服が破れないよう、開発したんだって」

 仕上げとばかりにグッと伸びをして、ふうっと息を吐くと、狼娘は私に向き直る。

「ドラゴンが仮のうつわを与える魔法で大人になったって聞いてたけど、今は子供姿でしょ。でもって、ブカブカな服を着てる。まだ安定してない魔力のせいで、大きくなったり小さくなったりしちゃうんじゃないの? 違う?」

 小首をかしげた狼娘を、私はマジマジと見つめた。猪突猛進ちょとつもうしんタイプかと思いきや、意外とよく見てる。そのとおりだと肯定すれば、彼女は破顔した。

「なら、服はもらっちゃえ」
「えっと、じゃあ。ありがたく」

 そんなわけで、ウィンドドラゴンの拘束も解かれた。すると彼はいそいそとインバネスコートのような外套がいとうを広げ、薄っぺらいフラップバッグを取り出し、手を突っ込む。

「えーと、確かここだ。うん、あったあった」

 満足げにうなずいて取り出されたのは、リボンのかけられた布包み。
 私は思わず目を見開いた。だって、かばんはペッタンコだったのに、クッションレベルのボリュームがある包みが出てきたんだもの。
 ウィンドドラゴンは驚く私をよそに、包みをベッドの上に置いた。そして再びかばんあさり出す。

「今すぐ一緒に行くって言ってもらえたら、ひとまずそれ一着で事足りたんだけどね。ヴィル君は頑固だから説得に時間がかかりそうだし、洗い替えと寝間着も渡しておくよ」

 そう言って、今度はリボンのかかっていない包みを二つ、続けざまに取り出した。

「好きな服を作れるように、染色してない生地も置いて行こうか」

 ついにウィンドドラゴンは反物たんもの一反いったん丸ごと引っ張り出して、ベッドの上に置く。
 ウィンドドラゴンはウィル様と同じく、影への収納魔法が使えるんだろうか? 気になったけど、今質問したら長くなりそうだ。着替えてからにしよう。

「後は縫製糸に飾り各種っと。よし、とりあえずはこれだけ。ほら、開けてご覧よ」

 うながされた私は、最初に置かれた包みを開いた。中身は綺麗な若草色の服。
 でもそれは持ち上げてみるまでもなく、大人用だ。これを着たって、今の格好と大差ないぞ?
 困惑する私に、ウィンドドラゴンが心配ないと言う。

「ドラゴン族の成人女性の標準サイズだけど、身につけて魔力を通せば縮むから」
「縮むんですか?」

 多少体が大きくなっても破れないって言っていたから、伸びるだけだと思ってた。

「もちろん、伸びもする。――子供は大人の真似まねをしたがるからね。変化へんげの術で年相応じゃない姿になったりする事が多いんだ。姿を変えられるのは一瞬だけど、子供が大人の姿になったら、小さい服が多少伸びる程度じゃ破れるだろう? だから大人用のを縮めて着せるんだ」

 ほがらかに笑っているが、その技術力は半端なく高い。

「じゃ、君が着替えている間、僕はバルコニーにでも……」
「隣にリビングがある」

 ヴィル様はきびすを返したウィンドドラゴンの首根っこを引っ掴み、有無を言わさず、リビングへと引きずった。

「えっと……ウチは着替えを手伝おうか? 今ウチが着ている服もドラゴン族のだから、着方を知ってるよ」

 狼娘は私とヴィル様を見比べて言う。彼女の服装は、チャイナえりの赤い服だ。そしてヴィル様の服と同じく、長袖の袖口が広がっている。腰には黒い帯が締められていて、下衣はゆったりとした黒のズボン。そういや尻尾しっぽが見当たらないけど、ズボンの中かな?
 ヴィル様が振り返り、「頼む」と言うと、狼娘は輝く笑顔で返事をして、私にも笑いかけた。

「まずはそれ、脱ごっか!」
「お世話になります」

 私はベッドの上で、狼娘に頭を下げた。


 着替えてリビングに出ると、ウィンドドラゴンが両手を広げ、長ソファーから立ち上がる。彼はさっきまで着ていた外套がいとうを脱ぎ、荷物も下ろしていた。

「やー、似合うね。可愛いよ」
「ありがとうございます」

 もらった服は若草色の上衣と、白いフリルのロングスカートだった。
 上衣はモーニングコートのように、前身頃まえみごろの腰から裾にかけて大きく斜めにカットされていて、後ろ身頃だけが長い。その長さはスカートと同じで、くるぶしまであった。スクエアネックのえりには、細かなレース。
 袖は二の腕辺りから袖口にいくにしたがって広がっていて、ヴィル様やウィンドドラゴン、ドラゴン族の服を着ている狼娘と同じ。だからこれは、ドラゴン族特有のデザインなのかもしれない。ひょっとしたら、手をドラゴンのものに戻した時のためかも。
 ちょこんとスカートをまんで一礼した私は、ヴィル様が座るソファーの隣――一人がけソファーに座った。狼娘はウィンドドラゴンに手招きされて、彼と一緒に長ソファーに腰掛ける。
 テーブルの上には、青い切り子細工のワイングラスが二脚。そしてリンゴとアルコールの香りがするボトルが一本あった。
 こんなの部屋にあったっけ? と首をかしげていると、ウィンドドラゴンがまたもやかばんあさり出す。

「まずは乾杯といこう。ただし、君達はリンゴジュースね」

 彼は赤い切り子細工のグラスを二脚取り出して、次に小ぶりのボトルをテーブルに置いた。
 って事は、やっぱり彼らが飲んでいるのはお酒か。興味はあるけれど、たとえ大人姿でもやめておこう。だって体の実年齢は六歳だもの。
 ウィンドドラゴンは私達のグラスにジュースをぎ、自分のグラスを掲げる。

「では改めてご挨拶あいさつを。僕はウィンドドラゴン。名はファルゼン。よろしく」
「ウチは狼の魔石を埋められた者。名前は狼、カッコ仮」

 独特な自己紹介をした狼娘に少し面食らいながら、私も挨拶あいさつを返す。

「フィーメリア王国イルガ村出身のミラです。よろしくお願いします」

 残るはヴィル様一人。視線を向ければ、彼はわずかに首をかしげた。

「必要か?」
「まあ、流れですし?」

 私がそう返すと、狼娘がコクコクとうなずいて同意する。

「……アーヴィル・ウェスティン。帝国を滅ぼす者として、のろいがかけられた名だ。魔力の多いお前達は呼ぶ事に抵抗を感じないだろうが、わざわいを招きたくなければ口にするな。と言っても、実際に影響を受けるのは、狼だけだろうがな」

 普通レベルの魔力の人は、ヴィル様の名前がのろわれていると知らなくても、無意識に恐れて、肩書きや家名で呼ぶ。魔力が多いと抵抗感なく名前を呼べるが、汚染魔力を少々呼び込んでしまうので、わざわい――苛立いらだちからの人間関係悪化や怪我を引き起こすんだとか。

「おや。狼だけって事は、ミラちゃんも無意識に浄化してるタイプかい?」

 ファルゼンさんの問いに、私はうなずく。
 私の魔力は浄化の力が強いので、意識しなくても少々の汚染魔力なら浄化するらしい。

「じゃあ、ファルゼンさんも?」
「まーね」

 肯定したファルゼンさんは、続いて、ニッコリ笑顔で今更な許可をヴィル様に求めた。

「でもどうせなら、親しみを込めて愛称で呼びたいな」
「……好きにしろ」

 ヴィル様は、素っ気ないながらも承諾しょうだくした。

「狼はうっかり呼ぶなよ。魔族は浄化魔法が使えないのだから」

 ヴィル様に釘を刺された狼娘は、「はーい」とひどく残念そうに返事をし、やけ酒をあおるようにリンゴジュースを一気飲みする。

「愛称を呼ぶのも、ダメなんですか?」

 私の問いに、彼女は首をかしげた。

「さあ? 呼んだ事がないからわかんない。でもウチらの体に入れられている魔石は、元々汚染魔力の影響を受けて魔獣まじゅう魔物まものになった奴のだし、ウチら自身、かつては皇帝へのうらみで一番の汚染魔力発生源だった。そのせいか、人より影響を受けやすいみたい。心配症のドラゴンは、愛称で呼んでも同じ事になるかもしれないから呼ぶなって言うんだ」

 懸念はもっともだとわかっているが、仲間の名前が呼べなくて残念らしい。けものの耳が伏せられた狼娘の頭を、ファルゼンさんがグリグリとなでた。とたん、シュパンと彼女がそれを払い落とす。

「なでるな!」
「はいはい」

 しんみりした空気が一変、毛を逆立てる子猫を見守る雰囲気になった。
 私はホンワカした気分でジュースを一口飲んだ。そしてファルゼンさんのかばんの謎を思い出す。

「そういえば、ウィンドドラゴンは影魔法も使えるんですか?」
「影魔法?」

 キョトンとしたファルゼンさんが目をまたたかせ、次に「ああ」と得心とくしんがいったようにうなずいた。


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