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54.明かす真実

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「あの日から、精霊さんを見なくなって、私心配で……っ!」

 大きくなったお母さんに抱きしめられ、私は良い香りがするなぁと思っていた。

「ちゃんと、聞いてるの?」
「えっ、はい。心配かけて、申し訳ないです……」

 お母さんにしてみれば、謎の声──今なら、あれは邪神ジャグのものだったと分かる──の襲撃から、私は長いこと姿を見せなくなったということになる。凄く心配を掛けたのだろう。

「……あれから、四年も経ったのよ?」
「四年……」

 それは、長い。
 お母さんは、そんなにも長い間、私を案じてくれていたんだ。

「あのっ、ありがとうございます! 四年も、私のこと忘れずにいてくれて……!」

 お母さんの腕のなか、私は感謝の言葉を伝える。
 お母さんがふるふると頭を横に振る振動が、私に伝わる。

「忘れるわけが、ないじゃない……! だって、貴女は……」

 そこで、お母さんは私から体を離した。そして、私の両肩に手を置き、私の顔を覗き込む。真剣な表情に、息を呑む。

「貴女は、未来の私の子供なんでしょう?」

 真実を言い当てられ、私は動揺した。

「な、なんで、そのことを……っ」

 お母さんは確信を持って、私を見つめている。

「やっぱり、そうなのね。覚えてない? 貴女、四年に私を助けようとした時、私のこと゛お母さん゛って呼んだのよ?」
「え……!」

 覚えてない。
 あの時は、とにかく夢中だったから……。

「だから、この四年。私、たくさん考えたの。精霊さんは、何者なんだろうって……答えは、今の貴女が教えてくれた」
「う……」

 私はもう何も言えなくなってしまった。
 お母さんは優しく、私の頭を撫でる。

「未来の私には、こんな可愛い子がいるのね」

 お母さんの優しい声に、実は私にも分からない事情があって一緒には暮らしていないとは言えず、私は別のことを口にする。

「私だけじゃないです。私には双子のお兄ちゃんがいます」
「まあ……!」

 お母さんは純粋に驚いたようだ。

「お兄ちゃんは良い子です。私の自慢なんですよ」
「仲が良いのね」
「はい!」

 お母さんは私を微笑ましそうに見ている。私は、お母さんに受け入れられたことが、嬉しかった。

「……ところで、お母さん。ここはどこなんでしょう?」

 なんだか気恥ずかしくて、私は話題を変えた。

「ここ? ここは、精霊使いの学校よ」
「精霊使い!」

 心底びっくりした。お母さん、精霊使いになっちゃったの!

「そう。二年前にポロンの木の精霊さんと契約したの」
「ポロンの木……」

 お父さんがお母さんに縁があると言ったのは、そういうことなのか。

「あの、精霊とはどうやって契約するんですか?」

 私はお兄ちゃんに将来、精霊使いになると誓った。契約方法があるのならば、知っておきたい。

「あのね、契約したい精霊さんと縁のあるものを持っているか、身につけていればいいの。私の場合は、ポロンの木の花を髪に飾ったら、精霊さんが現れたわ」
「そう、なんですか……」

 精霊と縁のあるものを身につける。何かが引っかかる。

「貴女の寝間着は、色からしてポロンの木の花を染料にしているのかしら」
「あ、はい。実はこれ、お母さんの手作りなんですよ」
「まあ、そうなの?」
「はい。でも、この服不思議なんです」
「不思議?」

 首を傾げるお母さんに、私は語った。
 お母さんの手作りの服は、七歳の私の分しかないと。限定的な服なのだと教えた。

「今の貴女にしか、着られない服……しかも、ポロンの木の花で染めてある……」

 お母さんは深く考え込んだ。
 そして、顔を上げると、私をじっと見つめた。

「……もしかして、貴女。精霊使いの才能があるの?」
「え? あ、はい。精霊の姿が見れます」
「そう……」

 お母さんはまた深く考え込む。眉間にシワが寄っている。

「……あのね。あの声だけど、あれからも私に接触しているの」
「え……!」

 驚きの事実に、私は固まる。

「幸い、何かされることはなかったけど。私の魂を手に入れるとか、物騒なことを言うの」
「それは……」

 邪神ジャグの目的は、シルスヴァーンの魂だ。まさか、お母さんは……。

「最近、隣国ジャクルトともきな臭くなってきているし。なんだか不安なの」
「お母さん……」
「でも、貴女の話を聞いて、私なりに理解できたこともある。だから……」

 そういうと、お母さんはローブのポケットを探る。
 取り出したのは、測定器のメジャーだった。

「貴女の体を測定させて!」
「え……!」

 何故、シリアスな雰囲気から、測定に話が変わるのだろう。

「だって、私。今の貴女の服を作るのでしょう? 体の大きさを知らないと作れないわ」
「た、確かにそうですが」
「ちょっと待ってね。放り出した荷物のなかに、筆記用具があった筈」

 困惑する私を置いて、お母さんはどんどん準備を進めていく。

「服の上からでいいから! ね!」
「は、はい……」

 私は流されるまま、お母さんの計測に付き合うのだった。

 計測が終わり、お母さんは満足げに息を吐いた。

「ありがとう。参考になったわ」
「いえ、どういたしまして……」

 お母さんは書き込んだ紙を、持ってきていた鞄に入れた。

「ふふ。私一人、自分の子に会っていたなんて言ったら、ユリシスに怒られちゃうわね。秘密にしないと」

 私は、またまた驚いた。お母さんが、お父さんを呼び捨てにしたからだ。

「い、いつの間に、そんなに親密になったんですか?」
「あら、四年もあったのよ。私とユリシスは、一年前に婚約したの。今年学校を卒業したら、結婚する予定よ」
「ふ、ふわぁ……!」

 お、お父さん、ちゃんと逆転できたんだ! あんなに嫌われていたのに! 良かった! 良かったよ!
 これで、私とお兄ちゃんの未来は安泰だ。

「その様子だと、やっぱりユリシスが相手なのね。ふふ、素敵」

 お母さんは頬を染めて、笑顔を浮かべた。
 良かった。お母さん、本当にお父さんのことが好きなんだ。
 私は幸せな気持ちになった。
 でも、すぐに暗い思いが湧き上がる。
 お母さんは、今の私のそばにはいない。それは、どうしてなんだろう。
 お父さんが王都に送った手紙に、許可が下りれば、お母さんについても分かるのだろうか。
 なんとなく、お母さんがいないことに邪神ジャグが関わっている気がする。だけど、それはあくまでも予測でしかない。しかも詳細を知らない私が、下手にお母さんに知らせても、混乱させるだけだ。
 そう思い私は、口をつぐんだ。
 うつむく私の頬を、お母さんの手が包む。

「……そんな悲しい顔をしないで」
「お母さん……」
「私は、大丈夫よ。どうすればいいのか、なんとなくだけど分かったから」

 顔を上げれば、お母さんは優しく微笑んでいた。

「だからね、貴女に伝えたいことがあるの」
「私に……?」
「ええ。あのね……」

 お母さんが口を開いた瞬間、音が遠のいた。
 これは、いつもの帰還の合図だ。いや、いつものより強制力がある。
 駄目だ。まだお母さんの言葉を聞いていない。
 意識が急速に遠のくなか、私は必死にお母さんを口の動きを読んだ。
 そして、私の意識はブラックアウトした。

 目が覚めた。見慣れた天井に、壁紙。
 横を向けば、お兄ちゃんが眠っている姿が見えた。
 私は、また天井を見る。そして、呟いた。

「ポロンの木で、待っている……か」

 お母さんは確かにそう言った。
 でも、課外授業でポロンの木を調べても何もなかった。
 何かが足りなかったのだ。
 そして、その何かはきっと……。
 私は確信を持って、クローゼットを見た。
 そして、決意する。
 お父さんから、何があってあんなにも幸せそうな表情をしていたお母さんが、私たちのそばにいないのかを聞こうと。
 カーテンの隙間から、月光が差し込む。
 朝はまだ遠い。
 私は、目を閉じた。
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