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十四、導かれる先
しおりを挟むふええと泣く猫耳アインを見て、ユリーシアは困ってしまう。
この子は、弟のアインではない。
それは確かである。
だって、アインは久々にユリーシアに会えたとしたら、めそめそしないと言い切れる。
アインは誰かの気を惹きたい、ぐずりたいとかの時にめそめそするのだ。
ユリーシアの気を惹きたいというのは通常ならばあり得るが、まったく会話できてない現状だと喜び全開で胸に飛び込んでくるはずだ。
その後に、もじもじして甘える。
それが、可愛い弟なのだ。
「めそぉ、ぼく、失敗しちゃたの」
嘆く猫耳アインの言葉に、ユリーシアは首を傾げた。
「失敗?」
「あのねぇ、ユリーシアさんを、主さまのところに連れて行くの。でも、ユリーシアさんが誰なのかわからないの」
ユリーシアは目をぱちぱちとした。
この子は、ユリーシアに用があるみたいだ。
だけど、たぶん。ユリーシアの顔を知らないらしい。
「主さま、誰?」
「えっとねえ、精霊王さまなの」
「精霊、王」
ユリーシアはびっくりした。
帝国について学んでいるので、帝国が精霊を信仰対象として敬っているのを知っている。
神さまよりも人に近く、神さまよりも気軽に干渉できる精霊が人に魔法を授けただからだ。
魔術大国であるデイグレード帝国にとって、大切な存在だ。
そんな精霊が弟の姿で、目の前にいる。
「精霊王さまは、どうして私に会いたいの?」
ユリーシアは疑うことなく尋ねた。
何故なら、猫耳アインのまとう空気がとても澄んでいたからだ。
清涼さというか、清々しい気分にさせてくれる。
猫耳アインは、きょとんとユリーシアを見た。
「貴女、ユリーシアさん?」
「うん」
あっさり答えると、猫耳アインは表情を輝かせた。
「やったにゃ! ぼく、ちゃんと辿り着いたにゃ……なの!」
語尾が、にゃ。
「精霊王さま、ほめてくれるかにゃー!」
語尾が、にゃ。
ユリーシアは、思わず猫耳アインの頭を撫でた。
「君、そっちの口調のが良いよ」
「にゃー……」
ごろごろという音が聞こえる。
すりすりとユリーシアの手に、顔を擦り付けてきた。
可愛い。
この可愛いも、また良し。
「精霊王さまのお使いなの?」
「そうにゃ。精霊王さま、ユリーシアさんとお話ししたいのにゃ!」
「えっとね、私が会いに行くと、リズやシュゼが心配しちゃうの。お父さまやお母さま。アインだって泣いちゃうよ」
精霊王がどこに住んでいるのかはわからないが、何も言わずに居なくなれば、皆が心配する。
一生懸命に説明するユリーシアを、猫耳アインはきょとんと見る。
「大丈夫にゃよ? 精霊王さまにはすぐに会えるし、精霊王さまのいる場所は特殊だから、時間は元通り……えっと、止まってるから、居なくなったのはバレにゃいにゃ!」
「なんと!」
「ぼくたち、精霊は素直だから、信じてほしいにゃ」
猫耳アインの言葉に、ユリーシアは少しばかり考え込む。
そして、決めた。
「この後、皆で夕食を食べるの。それまでには絶対に帰って来れる?」
「大丈夫にゃ!」
断言した猫耳アインを見て、ユリーシアは頷いた。
「じゃあ、行く!」
とまあ、答えた瞬間に景色が切り替わるとは、誰が想像できただろうか。
お姫さまのお部屋が、色んな光が舞うすごい場所に変わってしまった。
そして、丸い卵をくり抜いたような形をした椅子に座り、空に浮かぶ男性が見える。
「はわわ」
男性は、金色の目を細めて、ユリーシアを見下ろしていた。
髪は長く、ゆらゆらと陽炎のように毛先が揺れている。
色は、炎のように赤いかと思えば、新緑を思わせる緑、そして深い茶色と変化していく。
白い衣をまとい、それも淡く光っていた。
神秘そのものを体現したかのような存在を前に、ユリーシアは喉を鳴らす。
「貴方が、精霊王、さま……?」
震える声で尋ねると、男性はにっこりと笑う。
「そうだ、金色の姫よ。我が、精霊王である」
答える声は、穏やかな男性のものに聞こえるが、少し後に透き通る女性の声が追っていく。
反響しているのに、ちゃんと耳に届く不思議な声だ。
「あ、あの……」
おずおずと、ユリーシアは勇気を出して声をかける。
ちらりと隣を見れば、猫耳アインがきらきらとした嬉しさを現す目で精霊王を見ていた。
だから、聞きたいことがある。
「なんだ、姫よ。我が呼び立てたのだ。発言を許そう」
「え、と。この子が、アインの姿なのは、何故ですか?」
ユリーシアの質問が予想外だったのか、精霊王は目を見張る。
しかし、すぐに声を上げて笑った。
「はは、最初に我に聞きたいのが、それか。うむ、そなたも、面白き存在よ」
楽しそうにユリーシアを見て、精霊王は口を開いた。
「そなたの弟を、我は気に入っていてな。良き魂はもとより、行動も愉快だ。素直で、行動的。見ていて飽きないのでな、側仕えに姿を与えたのよ」
猫耳アインは、誇らしげに胸を反らしている。
でも、ユリーシアは納得できないでいた。
「あ、あの。精霊王さま……」
「うむ、なんだ」
「あの、あのね。この子は、アインじゃないから。え、と。この子は、ありのままで、可愛いと思う、です」
アインの姿や口調を真似なくても、素で話す姿も、アインとは違う表情をするのも、可愛いと感じていた。
「にゃ……」
猫耳アインは、目を丸くしてユリーシアを見た。
「自分は自分だから、ずっと違う姿は、悲しいと思い、ます」
どくどくと、心臓がうるさい。
余計なことを言ってしまった。
でも、アインはアインだ。
この子は、この子なのだ。
それは、きっと譲ってはいけないユリーシアの意見。
怖くても視線を逸らさないユリーシアを、精霊王はじっと見つめる。
「……そうか」
精霊王は呟くと、猫耳アインを見た。
「嫌だったか?」
「にゃ!?」
聞かれた猫耳アインはぴゃっと飛び上がり、それから耳をぺしゃりと垂れさせた。
「精霊王さまから与えられた姿なので、光栄なことですにゃ。でも……」
ちらっと精霊王を見つめる。
「この姿だと、精霊王さまのお膝に乗れない、にゃ……」
しょんぼりとする猫耳アインの言葉に、「そうか……」と精霊王は頷いた。
そして、ユリーシアを見るとひらりと椅子から降りた。
ユリーシアの近くに着地する。
「金色の姫よ、感謝する」
「あ、えっと」
「我は、間違うところであった」
そして、精霊王は猫耳アインに向かって両手を広げた。
「おいで」
その言葉に、猫耳アインの目が煌めき、そしてするりと姿を変えて精霊王の胸に飛び込んだ。
「精霊王さまあ!」
「よしよし、すまなかったな」
真っ白な毛色の猫が、精霊王にすりすりと甘えている。
幸せいっぱいで甘える白猫に、ユリーシアはほっと息をはく。
「ありがとう、我は愛しい眷属に辛い思いをさせてしまっていた」
「い、いえ」
ちゃんと自分の意見が言えた。
そして、白猫は幸せそうだ。
ユリーシアの胸が温かくなる。
白猫を抱いたまま、精霊王はユリーシアに微笑みかけた。
「やはり、そなたこそが、正しい者だ」
「え……?」
なんの事かわからないユリーシアに、精霊王は驚きの言葉を伝える。
「我は、そなたを護ろう。元々、加護を与える為に呼んだのだよ」
それはとんでもない事なのではと言葉が出ないユリーシアに、更に続けられる。
「今、この瞬間より。そなたは、我の愛し子である」
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