21 / 23
二十一、願い
しおりを挟む龍王は、一枚の紙を渋面を作り見つめた。
執務室には、側近と宰相が集まっている。
「うーん。これは、どう判断したものかなあ」
唸る龍王に、宰相も思案して答える。
「私も、面識がありませんので……」
龍王が持つ紙には、願いが書かれている。
英雄となった聖女一行は、各国を巡り、残すは神国のみとなっていた。
なので先んじて、報奨は何が良いのかと現在東国に一行が滞在している為、王に書状を送ったのだ。
そして手もとに届けられた聖女の願いが、龍王を戸惑わせている。
「まさか、至宝さまに会いたいと願われるとは……」
東国の王からは、既に謝罪を受けていた。
英雄となったカイトから、ひと目レティシアナの姿を目にしたいと願われ、人払いをしたうえでレティシアナの現状を教えた、と。
その時のカイトが見せた様子は、静かであったとも。
「いや、彼が願うならわかるんだよ。複雑だけど」
「彼の御仁の願いは、我が国の騎士を見たいとありましたね」
宰相には、カイトの意図はわからなかった。
だが、龍王は納得したように、あっさりと署名したのだ。
「うんうん、わかるよ。大事なひとがいる国の力量は知っておきたいよね」
と、深く頷いていた。
元神官が望んだのは、報奨金だ。
これも、妥当であると署名。
残る女性陣は、片方は白紙。残る聖女の願いが、問題であった。
何故、至宝に会いたいのか。
目的は何なのか。
疑問は尽きない。
「うーんんん……」
龍王は呻き、そして、息を吐き出す。
「よし! 保留!」
先延ばすことにした。
側近たちからの呆れた視線が集中するが、無視を決め込んだ。
それから二日。
龍王は、王宮の庭でお茶会の用意をしていた。
真っ白なテーブルクロスの上には、温かい紅茶とチョコレートがたっぷりのドーナッツ。
二人分の準備がされた場所には、側使えの姿はない。
テーブルに肘をつき、ふんふんと鼻歌を歌う龍王。
そんな彼に影が差した。
「ご機嫌だね。兄さん」
ぱっと、嬉しそうに龍王は顔を上げた。
視線の先には、赤茶の髪に龍王と同じ色の目をした女性が立っている。
「久しぶり、アニー! 相変わらず可愛いね!」
龍王の言葉に女性は呆れた眼差しを向け、向かいの席に座る。
「兄さんは家族を褒めないと、死んじゃう病気なの?」
「まさか! 先代は褒めたことないよ!」
「それは、父さんが怖かったからでしょ?」
「……うん」
先代龍王は、威厳たっぷりで威圧感がすごかった。怖くて怖くて、何度か泣いた。
龍王はドーナッツを食べる。美味しい。
きっと先代龍王には、この味はわかるまい。
母親からの手紙では、先代龍王はチョコレートを気に入っているとあったが、それは息子を和ませる為の冗談だと龍王は思っている。
「んー、さすが王宮の茶葉。香りが違うね」
アニーは満足げに笑う。
聖女たちと旅したと聞いていたが、元気そうで安心した。
「結婚するんだって?」
龍王の問いかけに、アニーは微笑んだ。
淑やかな笑みに、やはりアニーはアニーだと実感する。
龍王が王宮に来た頃のアニーは、麗しい姫君だった。
怖い先代龍王に、高貴な貴婦人にしか見えないのに妙に迫力のある妃。そして、美しい所作を見せつけた腹違いの妹を見て、とんでもねぇ場所に来てしまったと戦慄したものだ。
「そうそう、グレス……元々神官だった男ね。旅の間に惚れちゃってね」
嬉しそうに笑うアニーは幸せそのものだ。
まさか、龍王の即位と共に母親と旅立った妹が、英雄となり結婚相手を見つけるとは。
人生とはわからないものだ。
「よく母君が許したね」
と言ってから思い出す。
豪傑を絵に描いたような性格の妃ならば、許してしまう気がした。
自分がいなければ龍王となったかもしれないアニーの未来に、彼女は未練などないようだった。
それはアニーにも言えることだが。
「母さんは、甲斐性があれば良いってさ」
「ああ、だから。神官……グレスくんは報奨金を望んだのか」
「うん。二人で宿屋やろうと思って」
旅の間に、ほっとひと息つけたのは、温かいベッドと美味しい料理だった。様々な宿屋を見て、数々の野宿を経験したからこそ、誰もが安心して休める場所を作りたいと、グレスは思ったのだ。
「旦那の夢は、あたしの夢だから」
「それで、白紙か」
「そう」
アニーは、グレスと歩む未来を決めた。
どんな困難も、共に乗り越えるだろう。
愛は、人を強くする。
龍王は、レティシアナを想い笑顔を浮かべた。
「で、だ。本題なんだけど」
アニーは、真っ直ぐ龍王を見る。
龍王も、表情を引き締めた。
「仲間と離れて行動してまで、伝えたいこと?」
「うん」
アニーは真剣な表情を向けた。
「聖女さんと、至宝さまを会わせてやってほしい」
702
あなたにおすすめの小説
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
今更、話すことなどございません
わらびもち
恋愛
父が亡くなり、母の再婚相手の屋敷で暮らすことになったエセル。
そこではエセルは”家族”ではなく”異物”だった。
無関心な義父、新たな夫に夢中で娘など眼中にない母、嫌がらせばかりしてくる義兄。
ここに自分の居場所は無い。とある出来事をきっかけにエセルは家族を完全に見限り、誰にも別れを告げぬまま屋敷を後にする──。
聖女の血を引いていたのは、義妹でなく私でしたね♪
睡蓮
恋愛
ロノレー伯爵の周りには、妹であるソフィアと婚約者であるキュラナーの二人の女性がいた。しかしソフィアはキュラナーの事を一方的に敵対視しており、ありもしない被害をでっちあげてはロノレーに泣きつき、その印象を悪いものにしていた。そんなある日、ソフィアにそそのかされる形でロノレーはキュラナーの事を婚約破棄してしまう。ソフィアの明るい顔を見て喜びを表現するロノレーであったものの、その後、キュラナーには聖女としての可能性があるという事を知ることとなり…。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?
なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。
干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。
舞踏会の夜。
聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。
反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。
落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。
水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。
レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。
やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。
支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。
呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。
――公開監査。
記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。
この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。
これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる