ドラゴンハンター

ことは

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第一章 ドラゴンハンター01 戸井圭吾

1-3

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「すみません」

 圭吾は店員に声をかけた。

「このドラゴンっていくらですか?」

 店員は、眉間に皺を寄せた。

「ごめんなさいね、これは売り物ではないの」

 一瞬で、希望が奪われた。

「実際のところ、この中にはなにも入ってないしね」

 店員が腰に手を当てた。

「店員さんにも見えないんですか?」

 店員は、困ったような顔でうなずいた。

「見えないものを売るなんて……、あっ、売り物じゃないのか」

 圭吾は頭をかいた。訳が分からなくなる。

「でもさっきの女の人……」

 圭吾は首をかしげた。あの人には見えているみたいだった。実際にドラゴンがいる場所も言い当てていた。

「うちの店は頼まれただけなの。このガラスケースをしばらくここに置いてほしいって」

「置いてどうするの?」

「ドラゴンが見える人がいたら、連絡が欲しいんだって。あなたはさっき、なにも見えないって言ってたわよね?」

 店員が確認してくる。

「あっ、はい。ぼくにはなにも……」

 弱気になって、声がだんだんしぼんでいく。

 店員は、圭吾の態度を気にする様子もなく、忙しそうに立ち去った。

「圭吾、帰るわよ」

 背後からお母さんの声がした。

「うん、ちょっと待って」

 圭吾は最後にもう一度じっくりドラゴンを見たかった。このまま別れるのが名残惜しい。

「もう、圭吾までそんなこと言って」

 お母さんがため息をついている。圭吾までということは、結衣も同じことを言っているに違いない。

 毎度のことだ。結衣は、ここから10分は粘るだろう。圭吾はその間、ドラゴンをじっくり鑑賞することに決めた。

 圭吾は、ガラスケースを指先でトントンと叩いた。ドラゴンが圭吾の目をじっと見つめているような気がする。

「おいで、おいで」

 ドラゴンは身動きしない。犬じゃないんだから、来るわけないか。あきらめようとした時、ドラゴンの前足がスッと前に出た。

「来い、もっとこっちに来い」

 圭吾は強く念じた。

「そうだ、いい子だ」

 圭吾の声に従うように、ゆっくりとドラゴンがこっちにやってきた。

 圭吾はドラゴンを触りたくなった。一度でいいから、この手にドラゴンを抱きたい。激しい願望が胸を突き上げる。

 水をすくうように、胸の前で両手を丸くする。圭吾は目を閉じた。手の平にちょこんと乗ったドラゴンを心に思い描く。その想像は圭吾を心地よくさせた。

 次の瞬間、圭吾は手の平に重みを感じた。

 ドクンと心臓が飛び上がる。

 圭吾はぱっと目を開いた。ガラスケースを食い入るように見た。ケースの中にドラゴンはいない。止まり木があるだけだ。ドラゴンが一瞬で消えてしまった。

 いや、それは間違いだ。圭吾は恐る恐る自分の手の平を見た。ドラゴンが乗っていた。

 さっきまでガラスケースにいたはずのドラゴンが今、圭吾の手の中にいる。

「どうしよう」

 圭吾はあわてて店員を呼んだ。

「すみません、ちょっと来てください」

 ドラゴンが逃げてしまわないように、両手でドラゴンの体をグッと押さえる。ドラゴンの皮膚はゴツゴツしていて、冷たかった。

「どうかしましたか?」

 男性の店員がやってきた。髪は金髪に近い茶色で、なんだか怖そうだ。

(ドラゴンを盗もうとしたと勘違いされたら嫌だな)

 圭吾はモジモジしながら、手を差し出した。

「あの、これどうしたらいいですか?」

「へっ?」

 店員は気の抜けたような返事をした。

(そうか。この人にも見えないんだ、ドラゴン)

「えっと、そこのドラゴンが出てきちゃって、今、ぼくの手の平に乗ってるんですけど」

 圭吾は顎をクイッとあげ、ガラスケースを指した。

「あっ、あぁ……ドラゴン。担当を呼んできますね、お待ちください」

 待っている間、圭吾は気が気でなかった。この手の平の中で、ドラゴンが火を噴いたらどうなるだろうか。圭吾の手は、一瞬で真っ黒い炭になってしまうかもしれない。そう考えると冷や汗が背中を伝った。

「おとなしくしていてくれよ」

 圭吾は祈るようにドラゴンに話しかけた。

 ドラゴンが、圭吾の顔を見上げる。まるでわかったと返事をしたみたいだった。

 しばらくすると、先ほどの女性店員がやってきた。

「お待たせしました……、あら、また君?」

 女性店員の前に、圭吾はドラゴンを突き出した。

「ドラゴンがケースから出てきちゃったんです」

 店員は驚いた顔をしている。

「急にどうしたの?」

 店員は意味が分からない様子で、首をかしげた。

「だから、ドラゴン……」

「ドラゴン? そんなのいないって、君、言ってたよね?」

 店員は、圭吾の言葉をさえぎるように言った。圭吾にうなずいて欲しそうだ。まるでドラゴンが見えてほしくないみたいだ。あの女の人に連絡するのが面倒なのかもしれない。

「とにかく、ケースを開けてもらえますか。ぼく、ケースの中にドラゴンを戻すので」

「意味がわからないんだけど」

 店員はブツブツと文句を言いながらも、ガラスケースを手に取った。

「あれ、これどこにも蓋がない」

 店員はケースを何度もひっくり返して調べている。

 つまり、ドラゴンのいたガラスケースは、密室だったというわけだ。

 それでは、どうやってこのドラゴンは、ケースから出てきたのだろう。わからないことだらけだ。

「圭吾、行くわよ」

 肩をつかまれて振り返ると、お母さんが立っていた。

「お兄ちゃん、もう行くよ」

 えらそうな態度で、結衣が見上げてくる。

「また遊びに来てねー」

 店員が、結衣に手を振る。

「これ、どうしたら……」

 圭吾が言った時には、店員はクルリと背を向けていた。面倒な客、と思われたのかもしれない。

「しかたないや」

 圭吾はドラゴンをズボンのポケットにつっこんだ。

(別に盗んだわけじゃないぞ)

 圭吾は言いわけするように心の中でつぶやいた。

(ちょっと借りるだけだ。返せないんだからしかたないじゃないか)

 また時々この店に来てみればいい。ドラゴンを置いて行った女の人を見つけたら、その時に返せばいい。圭吾は気楽に考えることにした。

 けど本当は、返す機会がなければいいとも思っていた。一度手に入れたドラゴンを、手放したくはなかった。

(店員さんは、あの女の人にぼくのことを連絡するだろうか)

 多分連絡しないだろうと、圭吾は思った。だから当分の間は、ドラゴンは圭吾の物だ。

 圭吾はポケットに手をつっこみ、ドラゴンの感触を確かめた。固くて冷たくて、暑い夏の日にはもってこいだ。
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