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第一章 ドラゴンハンター01 戸井圭吾
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「すみません」
圭吾は店員に声をかけた。
「このドラゴンっていくらですか?」
店員は、眉間に皺を寄せた。
「ごめんなさいね、これは売り物ではないの」
一瞬で、希望が奪われた。
「実際のところ、この中にはなにも入ってないしね」
店員が腰に手を当てた。
「店員さんにも見えないんですか?」
店員は、困ったような顔でうなずいた。
「見えないものを売るなんて……、あっ、売り物じゃないのか」
圭吾は頭をかいた。訳が分からなくなる。
「でもさっきの女の人……」
圭吾は首をかしげた。あの人には見えているみたいだった。実際にドラゴンがいる場所も言い当てていた。
「うちの店は頼まれただけなの。このガラスケースをしばらくここに置いてほしいって」
「置いてどうするの?」
「ドラゴンが見える人がいたら、連絡が欲しいんだって。あなたはさっき、なにも見えないって言ってたわよね?」
店員が確認してくる。
「あっ、はい。ぼくにはなにも……」
弱気になって、声がだんだんしぼんでいく。
店員は、圭吾の態度を気にする様子もなく、忙しそうに立ち去った。
「圭吾、帰るわよ」
背後からお母さんの声がした。
「うん、ちょっと待って」
圭吾は最後にもう一度じっくりドラゴンを見たかった。このまま別れるのが名残惜しい。
「もう、圭吾までそんなこと言って」
お母さんがため息をついている。圭吾までということは、結衣も同じことを言っているに違いない。
毎度のことだ。結衣は、ここから10分は粘るだろう。圭吾はその間、ドラゴンをじっくり鑑賞することに決めた。
圭吾は、ガラスケースを指先でトントンと叩いた。ドラゴンが圭吾の目をじっと見つめているような気がする。
「おいで、おいで」
ドラゴンは身動きしない。犬じゃないんだから、来るわけないか。あきらめようとした時、ドラゴンの前足がスッと前に出た。
「来い、もっとこっちに来い」
圭吾は強く念じた。
「そうだ、いい子だ」
圭吾の声に従うように、ゆっくりとドラゴンがこっちにやってきた。
圭吾はドラゴンを触りたくなった。一度でいいから、この手にドラゴンを抱きたい。激しい願望が胸を突き上げる。
水をすくうように、胸の前で両手を丸くする。圭吾は目を閉じた。手の平にちょこんと乗ったドラゴンを心に思い描く。その想像は圭吾を心地よくさせた。
次の瞬間、圭吾は手の平に重みを感じた。
ドクンと心臓が飛び上がる。
圭吾はぱっと目を開いた。ガラスケースを食い入るように見た。ケースの中にドラゴンはいない。止まり木があるだけだ。ドラゴンが一瞬で消えてしまった。
いや、それは間違いだ。圭吾は恐る恐る自分の手の平を見た。ドラゴンが乗っていた。
さっきまでガラスケースにいたはずのドラゴンが今、圭吾の手の中にいる。
「どうしよう」
圭吾はあわてて店員を呼んだ。
「すみません、ちょっと来てください」
ドラゴンが逃げてしまわないように、両手でドラゴンの体をグッと押さえる。ドラゴンの皮膚はゴツゴツしていて、冷たかった。
「どうかしましたか?」
男性の店員がやってきた。髪は金髪に近い茶色で、なんだか怖そうだ。
(ドラゴンを盗もうとしたと勘違いされたら嫌だな)
圭吾はモジモジしながら、手を差し出した。
「あの、これどうしたらいいですか?」
「へっ?」
店員は気の抜けたような返事をした。
(そうか。この人にも見えないんだ、ドラゴン)
「えっと、そこのドラゴンが出てきちゃって、今、ぼくの手の平に乗ってるんですけど」
圭吾は顎をクイッとあげ、ガラスケースを指した。
「あっ、あぁ……ドラゴン。担当を呼んできますね、お待ちください」
待っている間、圭吾は気が気でなかった。この手の平の中で、ドラゴンが火を噴いたらどうなるだろうか。圭吾の手は、一瞬で真っ黒い炭になってしまうかもしれない。そう考えると冷や汗が背中を伝った。
「おとなしくしていてくれよ」
圭吾は祈るようにドラゴンに話しかけた。
ドラゴンが、圭吾の顔を見上げる。まるでわかったと返事をしたみたいだった。
しばらくすると、先ほどの女性店員がやってきた。
「お待たせしました……、あら、また君?」
女性店員の前に、圭吾はドラゴンを突き出した。
「ドラゴンがケースから出てきちゃったんです」
店員は驚いた顔をしている。
「急にどうしたの?」
店員は意味が分からない様子で、首をかしげた。
「だから、ドラゴン……」
「ドラゴン? そんなのいないって、君、言ってたよね?」
店員は、圭吾の言葉をさえぎるように言った。圭吾にうなずいて欲しそうだ。まるでドラゴンが見えてほしくないみたいだ。あの女の人に連絡するのが面倒なのかもしれない。
「とにかく、ケースを開けてもらえますか。ぼく、ケースの中にドラゴンを戻すので」
「意味がわからないんだけど」
店員はブツブツと文句を言いながらも、ガラスケースを手に取った。
「あれ、これどこにも蓋がない」
店員はケースを何度もひっくり返して調べている。
つまり、ドラゴンのいたガラスケースは、密室だったというわけだ。
それでは、どうやってこのドラゴンは、ケースから出てきたのだろう。わからないことだらけだ。
「圭吾、行くわよ」
肩をつかまれて振り返ると、お母さんが立っていた。
「お兄ちゃん、もう行くよ」
えらそうな態度で、結衣が見上げてくる。
「また遊びに来てねー」
店員が、結衣に手を振る。
「これ、どうしたら……」
圭吾が言った時には、店員はクルリと背を向けていた。面倒な客、と思われたのかもしれない。
「しかたないや」
圭吾はドラゴンをズボンのポケットにつっこんだ。
(別に盗んだわけじゃないぞ)
圭吾は言いわけするように心の中でつぶやいた。
(ちょっと借りるだけだ。返せないんだからしかたないじゃないか)
また時々この店に来てみればいい。ドラゴンを置いて行った女の人を見つけたら、その時に返せばいい。圭吾は気楽に考えることにした。
けど本当は、返す機会がなければいいとも思っていた。一度手に入れたドラゴンを、手放したくはなかった。
(店員さんは、あの女の人にぼくのことを連絡するだろうか)
多分連絡しないだろうと、圭吾は思った。だから当分の間は、ドラゴンは圭吾の物だ。
圭吾はポケットに手をつっこみ、ドラゴンの感触を確かめた。固くて冷たくて、暑い夏の日にはもってこいだ。
圭吾は店員に声をかけた。
「このドラゴンっていくらですか?」
店員は、眉間に皺を寄せた。
「ごめんなさいね、これは売り物ではないの」
一瞬で、希望が奪われた。
「実際のところ、この中にはなにも入ってないしね」
店員が腰に手を当てた。
「店員さんにも見えないんですか?」
店員は、困ったような顔でうなずいた。
「見えないものを売るなんて……、あっ、売り物じゃないのか」
圭吾は頭をかいた。訳が分からなくなる。
「でもさっきの女の人……」
圭吾は首をかしげた。あの人には見えているみたいだった。実際にドラゴンがいる場所も言い当てていた。
「うちの店は頼まれただけなの。このガラスケースをしばらくここに置いてほしいって」
「置いてどうするの?」
「ドラゴンが見える人がいたら、連絡が欲しいんだって。あなたはさっき、なにも見えないって言ってたわよね?」
店員が確認してくる。
「あっ、はい。ぼくにはなにも……」
弱気になって、声がだんだんしぼんでいく。
店員は、圭吾の態度を気にする様子もなく、忙しそうに立ち去った。
「圭吾、帰るわよ」
背後からお母さんの声がした。
「うん、ちょっと待って」
圭吾は最後にもう一度じっくりドラゴンを見たかった。このまま別れるのが名残惜しい。
「もう、圭吾までそんなこと言って」
お母さんがため息をついている。圭吾までということは、結衣も同じことを言っているに違いない。
毎度のことだ。結衣は、ここから10分は粘るだろう。圭吾はその間、ドラゴンをじっくり鑑賞することに決めた。
圭吾は、ガラスケースを指先でトントンと叩いた。ドラゴンが圭吾の目をじっと見つめているような気がする。
「おいで、おいで」
ドラゴンは身動きしない。犬じゃないんだから、来るわけないか。あきらめようとした時、ドラゴンの前足がスッと前に出た。
「来い、もっとこっちに来い」
圭吾は強く念じた。
「そうだ、いい子だ」
圭吾の声に従うように、ゆっくりとドラゴンがこっちにやってきた。
圭吾はドラゴンを触りたくなった。一度でいいから、この手にドラゴンを抱きたい。激しい願望が胸を突き上げる。
水をすくうように、胸の前で両手を丸くする。圭吾は目を閉じた。手の平にちょこんと乗ったドラゴンを心に思い描く。その想像は圭吾を心地よくさせた。
次の瞬間、圭吾は手の平に重みを感じた。
ドクンと心臓が飛び上がる。
圭吾はぱっと目を開いた。ガラスケースを食い入るように見た。ケースの中にドラゴンはいない。止まり木があるだけだ。ドラゴンが一瞬で消えてしまった。
いや、それは間違いだ。圭吾は恐る恐る自分の手の平を見た。ドラゴンが乗っていた。
さっきまでガラスケースにいたはずのドラゴンが今、圭吾の手の中にいる。
「どうしよう」
圭吾はあわてて店員を呼んだ。
「すみません、ちょっと来てください」
ドラゴンが逃げてしまわないように、両手でドラゴンの体をグッと押さえる。ドラゴンの皮膚はゴツゴツしていて、冷たかった。
「どうかしましたか?」
男性の店員がやってきた。髪は金髪に近い茶色で、なんだか怖そうだ。
(ドラゴンを盗もうとしたと勘違いされたら嫌だな)
圭吾はモジモジしながら、手を差し出した。
「あの、これどうしたらいいですか?」
「へっ?」
店員は気の抜けたような返事をした。
(そうか。この人にも見えないんだ、ドラゴン)
「えっと、そこのドラゴンが出てきちゃって、今、ぼくの手の平に乗ってるんですけど」
圭吾は顎をクイッとあげ、ガラスケースを指した。
「あっ、あぁ……ドラゴン。担当を呼んできますね、お待ちください」
待っている間、圭吾は気が気でなかった。この手の平の中で、ドラゴンが火を噴いたらどうなるだろうか。圭吾の手は、一瞬で真っ黒い炭になってしまうかもしれない。そう考えると冷や汗が背中を伝った。
「おとなしくしていてくれよ」
圭吾は祈るようにドラゴンに話しかけた。
ドラゴンが、圭吾の顔を見上げる。まるでわかったと返事をしたみたいだった。
しばらくすると、先ほどの女性店員がやってきた。
「お待たせしました……、あら、また君?」
女性店員の前に、圭吾はドラゴンを突き出した。
「ドラゴンがケースから出てきちゃったんです」
店員は驚いた顔をしている。
「急にどうしたの?」
店員は意味が分からない様子で、首をかしげた。
「だから、ドラゴン……」
「ドラゴン? そんなのいないって、君、言ってたよね?」
店員は、圭吾の言葉をさえぎるように言った。圭吾にうなずいて欲しそうだ。まるでドラゴンが見えてほしくないみたいだ。あの女の人に連絡するのが面倒なのかもしれない。
「とにかく、ケースを開けてもらえますか。ぼく、ケースの中にドラゴンを戻すので」
「意味がわからないんだけど」
店員はブツブツと文句を言いながらも、ガラスケースを手に取った。
「あれ、これどこにも蓋がない」
店員はケースを何度もひっくり返して調べている。
つまり、ドラゴンのいたガラスケースは、密室だったというわけだ。
それでは、どうやってこのドラゴンは、ケースから出てきたのだろう。わからないことだらけだ。
「圭吾、行くわよ」
肩をつかまれて振り返ると、お母さんが立っていた。
「お兄ちゃん、もう行くよ」
えらそうな態度で、結衣が見上げてくる。
「また遊びに来てねー」
店員が、結衣に手を振る。
「これ、どうしたら……」
圭吾が言った時には、店員はクルリと背を向けていた。面倒な客、と思われたのかもしれない。
「しかたないや」
圭吾はドラゴンをズボンのポケットにつっこんだ。
(別に盗んだわけじゃないぞ)
圭吾は言いわけするように心の中でつぶやいた。
(ちょっと借りるだけだ。返せないんだからしかたないじゃないか)
また時々この店に来てみればいい。ドラゴンを置いて行った女の人を見つけたら、その時に返せばいい。圭吾は気楽に考えることにした。
けど本当は、返す機会がなければいいとも思っていた。一度手に入れたドラゴンを、手放したくはなかった。
(店員さんは、あの女の人にぼくのことを連絡するだろうか)
多分連絡しないだろうと、圭吾は思った。だから当分の間は、ドラゴンは圭吾の物だ。
圭吾はポケットに手をつっこみ、ドラゴンの感触を確かめた。固くて冷たくて、暑い夏の日にはもってこいだ。
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