都合のいい友だち

ことは

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10 イマジナリーフレンド

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 翌朝。

 さゆりは、鏡台の前でセーラー服のリボンをきつく結んだ。

 顔色がいつも以上によくない。

 鏡をのぞきこむと、目の下に黒くうっすらクマができている。

 だが、さゆりは決意したかのように、鏡に向かってうなずいた。

 ダイニングルームに行くと、お母さんがキッチンでおにぎりを作っていた。

「本当に学校に行くの?」

 お母さんの瞳が不安そうに揺れている。

「うん。やっぱりミサちゃんに会って、もう一度確かめたいから」

 さゆりは胸のリボンをぎゅっと掴みながら言った。

 何かを掴んでいないと、今にも倒れてしまいそうだった。

「でも、ミサちゃん学校に来るかわからないよ。だってミサちゃんは……」

 お母さんが言葉を濁す。

 昨夜、お母さんは、ミサのことをイマジナリーフレンドではなく、お母さんの友だちの生霊だったのかもしれないと言い出したのだ。

 だが、ミサが生霊だとしたら、お母さんと同じ40代のはずだ。ミサはどう見ても10代の若々しい肌をしていた。

「さすがに生霊なんてことはないよ。それならまだ、イマジナリーフレンドの方がしっくりくる」

 ミサは早口に言った。

「おにぎり……」

「食べない」

 お母さんの言葉をさえぎって、さゆりは短く答えた。

   ◇

 さゆりは、教室の扉に手をかけたまま開けられないでいた。

 きっとミサは先に来ている。

(ミサは一体誰なんだろう)

 扉に手をかけたさゆりの手は震えていた。

 だが、もしかしたらミサはいないかもしれない。

 一番後ろの窓側の席。

 そこには誰も座っていないかもしれない。

(もし、ミサがいなかったら?)

 さゆりは首を横に振った。

(せっかくできた、わたしの友だち。わたしだけの友だち。ミサがいなくなるなんていや!)

 さゆりは、大きく深呼吸した。

 扉を、ゆっくりと横に引いた。

 一番後ろの窓際の席。窓の外を見るセーラー服の女の子が、ぽつんと一人座っている。

 ミサだ。

 扉がガラガラと開く音に気づき、ミサがこっちを振り返った。

「おはよう」

 いつもと変わらない様子で、ミサがあいさつする。

「おはよう」

 さゆりはミサの隣に座った。

「なんか今日、元気ない?」

 カバンから教科書を出すさゆりに、ミサがたずねる。

「そんなことないよ」

 答えるさゆりの声が、不自然なほど震えている。

「なにか、言いたいことがありそうな顔してる」

 ミサの声が少し低くなった。

 さゆりは、ミサの方を見た。

「なにか、怒ってる?」

 さゆりは遠慮がちにミサに聞いた。

「なんで?」

「なんか、ミサちゃんの声が低くて怒ってそうって思ったから」

「そう? 怒っているのはさゆりちゃんの方じゃない? すごい怖い顔してるよ」

 ミサの声のトーンは相変わらず低い。

「怒ってるわけじゃない……」

 さゆりの声が小さくなる。

「本当に怖い顔。幽霊でも見たみたいな顔してる」

 ミサにそう言われて、さゆりは息を飲んだ。

「言いたいことあるなら、はっきり言ったら?」

 ミサの声がとげとげしい。

 さゆりは迷ったが、恐る恐る口にした。

 慎重に言葉選びをする。

「ミサちゃん、みんなに無視されるって前に言ってたでしょ?」

 ミサが不機嫌そうにうなずく。

「もしかしらたらだけど、みんなはミサちゃんを無視してるわけじゃないかもしれない」

「ふーん、さゆりちゃんは、みんなの肩を持つんだ。悪いのはわたしを無視するみんななのに」

 ミサは片方の口の端をゆがませた。

「そうじゃなくて。みんなには、ミサちゃんが見えていないかもしれないの」

「どういうこと?」

 ミサがさゆりを下からにらみつけるように見る。

「こんなこと言ったら、ミサちゃんを怒らせちゃうかもだけど……」

「なに?」

 すでにミサが怒っているのは明らかだった。

 だが、はっきりさせなければならない。このままミサと不安定な関係を続けることは、もうできなかった。

 さゆりは、すっと息を吸い、一息に言った。

「あのねミサちゃんはイマジナリーフレンド。わたしの想像上の友だちかもしれないの」

 ミサの顔が泣きそうに大きくゆがむ。

 今にも泣き出すかのように見えた瞬間、ミサはゲラゲラと大きな声を立てて笑い始めた。

「こんなこと言って、変な子だと思った?」

 さゆりは焦って言った。

 笑ったかと思ったら、ミサが急に真顔になる。鋭い視線で、さゆりを見つめた。

「やっぱりね。なんか変だと思ってた」

「え?」

「もしかしたらわたし、イマジナリーフレンドなんじゃないかって、薄々気づいてた」

 さゆりが薄ら笑いを浮かべた。

「そう、だった、の?」

 さゆりはとまどいながら聞いた。

「だってわたし、誰とも話せないし、誰も話しかけてくれないし……。さゆりちゃん以外とはね」

 ミサはさゆりの名前を強調するように言った。

「自分から言い出しておきながらアレだけど、本当にミサちゃん、イマジナリーフレンドなの? わたし、どうしても信じられ……」

 さゆりの話をさえぎるように、ミサが大きな声を出した。

「あー、わたしバカみたい」

「え?」

「わたしは、さゆりちゃんの都合のいい友だち」

 ミサが吐き捨てるように言った。

「こんなの、本当の友だちじゃ、ないよね?」

「でも、わたしはミサちゃんのこと、一番大切な友だちだって思って……」

 さゆりが話し終わる前に、ミサが座ったまま机を蹴り飛ばした。

 机が派手な音を立ててひっくり返る。

「絶対に許さない」

 ミサは倒れた机をじっと見つめている。ミサの顔から、一切の表情が消えた。
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