演じる家族

ことは

文字の大きさ
6 / 45
1地雷

1-5

しおりを挟む
 家に帰ると、春子はまだ寝ていた。

 寝ている間に、忠義がなるべく音を立てないよう、こっそりとカーテンを替えた。ベージュから淡いピンクに。それだけで部屋の印象が明るくなった。

 未来は小物類を運ぶ。

 星やハートがちりばめられた小さなフロアマットは部屋のセンターに。苺のクッション二つをベッドの足元に。

 ベッドカバーはさすがに後回しにしたが、苺柄の毛布を、寝ている春子の布団の上からそっとかけておく。

 それでも春子はまだ寝ている。

 未来は心配になって、思わず呼吸を確認する。規則正しく、真新しい毛布は上下にリズムを刻んでいる。

 部屋の模様替えが終わってからも、未来は何度も春子の部屋を覗いた。

 3度目。

 春子は目を覚ましていた。寝転んだまま、ぼーっと宙の一点を見つめている。

「ハルちゃん、どう? 気に入ってくれた?」

 未来の声がはずむ。

 ゆっくりと、空気を撫でるようにして、春子の視線が未来に向けられる。

「え? 何のこと?」

「部屋だよ。ハルちゃん寝ている間に、模様替えしたんだよ。」

 春子が、体を起こそうとした。

 未来が、すかさず春子の側に駆け寄る。

 背中に手を添えて、春子が起き上がるのを手伝う。ずっしりとした重さが未来の腕に加わった。

 春子はちらっと部屋を見回しただけで、
「どこを模様替えしたの?」
と首をかしげた。

 未来は、期待が裏切られたことを悟った。

「カーテンとか……」

「前からこうだったじゃない。何か違う?」

「あ、うん。そうだよね。何も変わってないよ。うん。変わってない。私、変なこと言っちゃったみたいだね」

 声がわずかにうわずる。

「何か変。」

 春子が未来を見つめる。

 未来は、春子の射るような目つきに堪えられなくて、視線をそらした。

「わたし、また記憶なくしたんだね」

 未来は、自分が責められているような気がした。

「ごめん」

 本当は謝る必要なんてないのに、春子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「わたし、怖い。自分が自分でなくなっていくみたいで怖いよ。」

 春子が消え入りそうな声でつぶやく。

「そんなことないよ。ハルちゃんは、ハルちゃんだよ」

 未来は、いつもよりワントーン高い声で精一杯明るく振舞った。

「わかったようなこと言わないでよ!」

 空気を切り裂くような声が、未来の耳に飛び込む。

「わたしの記憶がなくなろうが何だろうが、未来ちゃんにとっては、わたしはわたしかもしれない。そりゃそうだよ。だって、未来ちゃんの記憶がなくなるわけじゃないもの。未来ちゃんの世界が壊れるわけじゃないもの!」

 まずい。春子の気持ちが高ぶっている。未来は何とか抑えようと、必死に落ち着いた声を取り繕う。

「そうだよ。わたしにとってハルちゃんはずっとハルちゃんだよ」

「でも、わたしには未来ちゃんが誰だかわからなくなっちゃうかもしれないんだよ。それだけじゃない。自分のことさえ誰だかわからなくなっちゃうかもしれないんだよ。わたしがわたしでいられるのは、過去の記憶があるからなんだよ。記憶が全部なくなっちゃったらそんなのもう、わたしじゃないよ。この気持ち、未来ちゃんにわかる?」

 未来は答えられなかった。何と答えても、春子の気持ちを逆なでるような気がした。

「わたしね、今確実に覚えていること、ノートに書きとめてあるんだ」

 春子の声に落ち着きが戻った。

 ほっとした未来は、つい手でこぶしをつくっていたことに気づく。指の力をそっと抜いた。

「大切なものはね……」

 春子の言葉が途切れる。

「大切なもの?」

 訊ねる未来に、
「今から言うことは、内緒よ」
と、春子は唇の前で人差し指を立てた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...