演じる家族

ことは

文字の大きさ
7 / 45
1地雷

1-6

しおりを挟む
「大切なものは、枕の下に置いておくの」

 春子が枕の下から、ノートとペンを取り出した。

 あ、それ。思わず出そうになった声を未来はひっこめた。

 春子が持っているのは、手の平サイズのノートとペン。どちらも、ピンクの地に水色の水玉模様のパステルカラーで、ワンポイントに生まれたての赤ちゃんのような愛くるしい天使が描かれている。

 それはお気に入りの雑貨屋で、美波とおそろいで買ったものだった。

 失くしたことに気づいた時は、いつどこで失くしたのか、どこかに置き忘れたのか全く思い出せなくなっていた。

 その後、家中いくら探しても見つからなかった。

 見て、と春子が天使のノートを未来に差し出す。

 ノートを開くと、1ページ目は、破かれた跡がある。

 破かれた次のページに、ガタガタと小刻みに震える文字が綴られていた。

○覚えていること
私の名前 永野春子
お父さん 永野忠義
お母さん 永野今日子
双子の妹 永野未来

○忘れてしまったこと
このノートとペンをどうやって手に入れたか。
その他書ききれないくらいたくさん。というか忘れているから書けない。

 その他のページは真っ白だった。

「本当は日記をつけたいんだけど、字を書くのが大変で。それだけ書くのがやっとだった」

 春子が照れたように笑った。

「そろそろ、お昼だね」

 未来の一言に、春子が一瞬顔を曇らせた。

「わたし、お昼食べたくない」

「お腹すいてないの?」

 春子は答えずに、ただうつむく。

 しばらくして、それ、と春子がベッドの足元の方を指差す。未来が買ってきたクッションだ。

「可愛いでしょう。苺だよ、苺」

 未来は思わずクッションをぎゅっと抱きしめた。

「欲しかったら、未来ちゃん持っていっていいよ。」

「え?」

「子どもっぽくて、私、好きじゃないから」

 春子は笑っていた。

 その顔を見ていたら、未来は、むくむくと意地悪な気持ちが湧き上がってきた。

 春子から渡されたままのノートをじっと見つめる。

 言ってやりたかった。

 このノートは、ハルちゃんのものなんかじゃない。わたしは、あんたの妹なんかじゃない。

 春子が信じている、その小さな世界を壊してやりたくなった。春子に残された、唯一の世界を奪ってやりたくなった。

 だが、未来は小さく首を横に振った。

(ハルちゃんがわがままなわけじゃない。これは、全部病気のせいなんだ。ハルちゃんが悪いわけじゃない)

 未来は自分にいいきかせた。

 トントン、とドアをノックする音がして、今日子が入ってきた。

「ハルちゃん、お昼、できたわよ」

「またおじや?」

 春子は今日子の持っているお盆を一瞥して、布団にもぐった。

 春子は、やわらかい食べ物しか食べられない。

 少し前までは、春子もみんなと食卓を囲んでいたが、他の家族と違う物を同じ食卓で食べるのが嫌だという理由で、一人で食事をするようになった。

 忠義と今日子は、春子が部屋にひきこもるのを心配したが、春子は頑として譲らなかった。

「食べないの?」

 未来が聞くと、
「毒、入っているから」
 布団の中からくぐもった声が聞こえた。

「そんなわけないじゃん」

 未来が言うと、
「この頃、いつもこうなの」
と、今日子が困った顔をして、未来の耳元でささやいた。

「お母さん、ハルちゃんのためにせっかく作ったんだよ」

 春子が、布団からぬっと顔を出した。未来を睨みつけている。

「わたしが、嘘をついているって言うの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「本当なんだよ。お母さん、わたしがいなければいいと思っているんだから」

 今日子は、悲しそうな顔をするだけで、なにも答えない。

「わたしの病気、お母さんが食事に毒を入れているせいなんだよ。毒のせいで、脳みそが少しずつ腐っていくの」

 春子の言うことに、反論しても無駄だ。

「未来ちゃん、信じていないの?」

 だが、未来には、たやすく同意することもできなかった。

「お母さんは、毒を入れたりなんかしないよ」

 未来は、今日子の持っているお盆からスプーンを取って、おじやを一口食べた。

「あっ!」

 今日子が小さく叫んだ。

「ほらね。未来ちゃんが毒入りおじや食べちゃったから、お母さん慌ててる。未来ちゃんに死なれたら、困るもんね」

 春子が勝ち誇ったような顔をした。

「そうじゃなくて、未来。それ、未来の大嫌いなほうれん草ペーストが入っているの」

「え? 全然わからなかった。すごくおいしいよ、これ」

「とにかくわたし、食べないから」

 春子は再び布団にもぐってしまった。

「ここに、置いておくから」

 今日子は、ベッドのすぐ脇にあるサイドテーブルにおじやと麦茶を置くと、部屋から出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...