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1地雷
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「大切なものは、枕の下に置いておくの」
春子が枕の下から、ノートとペンを取り出した。
あ、それ。思わず出そうになった声を未来はひっこめた。
春子が持っているのは、手の平サイズのノートとペン。どちらも、ピンクの地に水色の水玉模様のパステルカラーで、ワンポイントに生まれたての赤ちゃんのような愛くるしい天使が描かれている。
それはお気に入りの雑貨屋で、美波とおそろいで買ったものだった。
失くしたことに気づいた時は、いつどこで失くしたのか、どこかに置き忘れたのか全く思い出せなくなっていた。
その後、家中いくら探しても見つからなかった。
見て、と春子が天使のノートを未来に差し出す。
ノートを開くと、1ページ目は、破かれた跡がある。
破かれた次のページに、ガタガタと小刻みに震える文字が綴られていた。
○覚えていること
私の名前 永野春子
お父さん 永野忠義
お母さん 永野今日子
双子の妹 永野未来
○忘れてしまったこと
このノートとペンをどうやって手に入れたか。
その他書ききれないくらいたくさん。というか忘れているから書けない。
その他のページは真っ白だった。
「本当は日記をつけたいんだけど、字を書くのが大変で。それだけ書くのがやっとだった」
春子が照れたように笑った。
「そろそろ、お昼だね」
未来の一言に、春子が一瞬顔を曇らせた。
「わたし、お昼食べたくない」
「お腹すいてないの?」
春子は答えずに、ただうつむく。
しばらくして、それ、と春子がベッドの足元の方を指差す。未来が買ってきたクッションだ。
「可愛いでしょう。苺だよ、苺」
未来は思わずクッションをぎゅっと抱きしめた。
「欲しかったら、未来ちゃん持っていっていいよ。」
「え?」
「子どもっぽくて、私、好きじゃないから」
春子は笑っていた。
その顔を見ていたら、未来は、むくむくと意地悪な気持ちが湧き上がってきた。
春子から渡されたままのノートをじっと見つめる。
言ってやりたかった。
このノートは、ハルちゃんのものなんかじゃない。わたしは、あんたの妹なんかじゃない。
春子が信じている、その小さな世界を壊してやりたくなった。春子に残された、唯一の世界を奪ってやりたくなった。
だが、未来は小さく首を横に振った。
(ハルちゃんがわがままなわけじゃない。これは、全部病気のせいなんだ。ハルちゃんが悪いわけじゃない)
未来は自分にいいきかせた。
トントン、とドアをノックする音がして、今日子が入ってきた。
「ハルちゃん、お昼、できたわよ」
「またおじや?」
春子は今日子の持っているお盆を一瞥して、布団にもぐった。
春子は、やわらかい食べ物しか食べられない。
少し前までは、春子もみんなと食卓を囲んでいたが、他の家族と違う物を同じ食卓で食べるのが嫌だという理由で、一人で食事をするようになった。
忠義と今日子は、春子が部屋にひきこもるのを心配したが、春子は頑として譲らなかった。
「食べないの?」
未来が聞くと、
「毒、入っているから」
布団の中からくぐもった声が聞こえた。
「そんなわけないじゃん」
未来が言うと、
「この頃、いつもこうなの」
と、今日子が困った顔をして、未来の耳元でささやいた。
「お母さん、ハルちゃんのためにせっかく作ったんだよ」
春子が、布団からぬっと顔を出した。未来を睨みつけている。
「わたしが、嘘をついているって言うの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「本当なんだよ。お母さん、わたしがいなければいいと思っているんだから」
今日子は、悲しそうな顔をするだけで、なにも答えない。
「わたしの病気、お母さんが食事に毒を入れているせいなんだよ。毒のせいで、脳みそが少しずつ腐っていくの」
春子の言うことに、反論しても無駄だ。
「未来ちゃん、信じていないの?」
だが、未来には、たやすく同意することもできなかった。
「お母さんは、毒を入れたりなんかしないよ」
未来は、今日子の持っているお盆からスプーンを取って、おじやを一口食べた。
「あっ!」
今日子が小さく叫んだ。
「ほらね。未来ちゃんが毒入りおじや食べちゃったから、お母さん慌ててる。未来ちゃんに死なれたら、困るもんね」
春子が勝ち誇ったような顔をした。
「そうじゃなくて、未来。それ、未来の大嫌いなほうれん草ペーストが入っているの」
「え? 全然わからなかった。すごくおいしいよ、これ」
「とにかくわたし、食べないから」
春子は再び布団にもぐってしまった。
「ここに、置いておくから」
今日子は、ベッドのすぐ脇にあるサイドテーブルにおじやと麦茶を置くと、部屋から出て行った。
春子が枕の下から、ノートとペンを取り出した。
あ、それ。思わず出そうになった声を未来はひっこめた。
春子が持っているのは、手の平サイズのノートとペン。どちらも、ピンクの地に水色の水玉模様のパステルカラーで、ワンポイントに生まれたての赤ちゃんのような愛くるしい天使が描かれている。
それはお気に入りの雑貨屋で、美波とおそろいで買ったものだった。
失くしたことに気づいた時は、いつどこで失くしたのか、どこかに置き忘れたのか全く思い出せなくなっていた。
その後、家中いくら探しても見つからなかった。
見て、と春子が天使のノートを未来に差し出す。
ノートを開くと、1ページ目は、破かれた跡がある。
破かれた次のページに、ガタガタと小刻みに震える文字が綴られていた。
○覚えていること
私の名前 永野春子
お父さん 永野忠義
お母さん 永野今日子
双子の妹 永野未来
○忘れてしまったこと
このノートとペンをどうやって手に入れたか。
その他書ききれないくらいたくさん。というか忘れているから書けない。
その他のページは真っ白だった。
「本当は日記をつけたいんだけど、字を書くのが大変で。それだけ書くのがやっとだった」
春子が照れたように笑った。
「そろそろ、お昼だね」
未来の一言に、春子が一瞬顔を曇らせた。
「わたし、お昼食べたくない」
「お腹すいてないの?」
春子は答えずに、ただうつむく。
しばらくして、それ、と春子がベッドの足元の方を指差す。未来が買ってきたクッションだ。
「可愛いでしょう。苺だよ、苺」
未来は思わずクッションをぎゅっと抱きしめた。
「欲しかったら、未来ちゃん持っていっていいよ。」
「え?」
「子どもっぽくて、私、好きじゃないから」
春子は笑っていた。
その顔を見ていたら、未来は、むくむくと意地悪な気持ちが湧き上がってきた。
春子から渡されたままのノートをじっと見つめる。
言ってやりたかった。
このノートは、ハルちゃんのものなんかじゃない。わたしは、あんたの妹なんかじゃない。
春子が信じている、その小さな世界を壊してやりたくなった。春子に残された、唯一の世界を奪ってやりたくなった。
だが、未来は小さく首を横に振った。
(ハルちゃんがわがままなわけじゃない。これは、全部病気のせいなんだ。ハルちゃんが悪いわけじゃない)
未来は自分にいいきかせた。
トントン、とドアをノックする音がして、今日子が入ってきた。
「ハルちゃん、お昼、できたわよ」
「またおじや?」
春子は今日子の持っているお盆を一瞥して、布団にもぐった。
春子は、やわらかい食べ物しか食べられない。
少し前までは、春子もみんなと食卓を囲んでいたが、他の家族と違う物を同じ食卓で食べるのが嫌だという理由で、一人で食事をするようになった。
忠義と今日子は、春子が部屋にひきこもるのを心配したが、春子は頑として譲らなかった。
「食べないの?」
未来が聞くと、
「毒、入っているから」
布団の中からくぐもった声が聞こえた。
「そんなわけないじゃん」
未来が言うと、
「この頃、いつもこうなの」
と、今日子が困った顔をして、未来の耳元でささやいた。
「お母さん、ハルちゃんのためにせっかく作ったんだよ」
春子が、布団からぬっと顔を出した。未来を睨みつけている。
「わたしが、嘘をついているって言うの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「本当なんだよ。お母さん、わたしがいなければいいと思っているんだから」
今日子は、悲しそうな顔をするだけで、なにも答えない。
「わたしの病気、お母さんが食事に毒を入れているせいなんだよ。毒のせいで、脳みそが少しずつ腐っていくの」
春子の言うことに、反論しても無駄だ。
「未来ちゃん、信じていないの?」
だが、未来には、たやすく同意することもできなかった。
「お母さんは、毒を入れたりなんかしないよ」
未来は、今日子の持っているお盆からスプーンを取って、おじやを一口食べた。
「あっ!」
今日子が小さく叫んだ。
「ほらね。未来ちゃんが毒入りおじや食べちゃったから、お母さん慌ててる。未来ちゃんに死なれたら、困るもんね」
春子が勝ち誇ったような顔をした。
「そうじゃなくて、未来。それ、未来の大嫌いなほうれん草ペーストが入っているの」
「え? 全然わからなかった。すごくおいしいよ、これ」
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春子は再び布団にもぐってしまった。
「ここに、置いておくから」
今日子は、ベッドのすぐ脇にあるサイドテーブルにおじやと麦茶を置くと、部屋から出て行った。
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