12 / 45
2友だち
2-4
しおりを挟む
未来は、春子の部屋をノックした。
「どうぞ」
少し緊張気味にドアを開けると、春子は、ベッドの背中部分を起こして座っていた。
自動で簡単に操作できる介護用ベッドだが、春子はめったに背もたれを起こして使うことはない。
どうせすぐ寝るから、起こすのが面倒、らしい。そして、介護用ベッドというのが、気に入らない、らしい。
だが、今日は体調がいいようだ。体調がよければ機嫌もいい。
背もたれを起こして使っている時はたいていそういう日だ。
未来は少しだけ安心した。
「今日は歩く練習したの?」
「うん。お母さんに手伝ってもらって、ちょっとだけ」
やっぱり機嫌がよさそうだ。声のトーンが明るい。
「実はね、今日は、ハルちゃんに会わせたい人がいるんだ」
未来が言うと、
「ハルちゃん、こんにちはー!」
と、美波が部屋に飛び込んできた。
続いて恵理も入ってくる。
「こんにちは」
恵理が、緊張した声で言う。
春子の顔が、みるみるうちに輝きを増していく。
「未来ちゃん、約束覚えてくれてたんだね! すぐ忘れるわたしが、こんなこと言うのも変だけど」
そう言いながら、春子は大きな声で笑った。
「もちろんだよ」
未来は、こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに連れてくればよかったと思った。
「その辺、適当に座って」
未来は、押入れから座布団を出して、美波と恵理に勧めた。
ピンクを基調に模様替えしたばかりの部屋に、渋い緑色をした座布団だけが、和風で部屋から浮いていた。
「おじゃましまーす」
美波と恵理が部屋を見渡しながら座る。
「あっ、これ、未来がこの間買っていたやつだ。模様替えってハルちゃんの部屋だったんだ」
美波が床のフロアマットをさわった。
「何のこと?」
春子の不思議そうな顔に、未来は慌てて答えた。
「この間わたしの部屋、模様替えしたの。そのこと言っているんだよね、美波?」
美波は一瞬、え? という顔をしたが、すぐに、あぁ、そうそうそうそうそう、とやたらに「そう」を繰り返した。
今日子が、お茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。
「ありがとうございます」
美波と恵理が頭を下げる。
「お母さん、買い物行ってきちゃうけど、いい?」
今日子は、心配そうな顔をしていた。
未来が友だちを春子に会わせると話した時、忠義も今日子も気がすすまないようだったが、反対もしなかった。
「大丈夫だよ」
今日子は、ゆっくりしていってね、と美波と恵理に言って部屋を出て行った。
「えっと。ハルちゃん、紹介するね。二人はわたしのクラスメイトで、こっちの上品な子が、渡辺恵理ちゃん。それからこっちのうるさい……」
美波がすかさず割り込む。
「学校一美少女の川瀬美波でーす。ハルちゃん、よろしくね」
美波は首をかしげて、思い切り可愛い笑顔を作った。
「美少女って、自分で言うな、自分で」
未来がつっこむ。
「渡辺恵理です、よろしくお願いします」
恵理が、付け足すように言った。
「学校って、楽しい?」
「うん、すごく楽しいよ。未来みたいな面白い子がいるし」
春子の質問に、美波が答える。
「わたし、学校ってどんなだったか、思い出せないんだ。本当言うとね、いつから学校に行ってないのかも思い出せない」
「大丈夫。ハルちゃん、すぐに元気になって学校行けるようになるよ」
美波の口からすらすらと言葉が出てくる。
未来は、気が気ではなかった。
「わたしの病気、多分もう治らないから……」
春子の表情に影が落ちる。こういう時に、春子を励ますような発言をするのは賢明ではない。
開きかけた美波の口を見て、未来は美波のスカートをぎゅっと握った。
未来が首を横に振ると、美波ははっとしたようにうなずいて口をつぐんだ。
気まずい沈黙が流れる。
「二人とも、部活は何をやっているの?」
「わたしは美術部です」
「わたしは、未来と同じ演劇部」
おしゃべりの美波が、今度は気を使って、それしか言わない。話が続かない。
それはそれで困った、と未来は頭を回転させる。あたりさわりのない、話題を探す。
「美波は、女優志望なんだよ。この間の公演でも、主役だったの。すごく演技、うまいんだよ」
「へぇ、すごいね。美波ちゃん、本当に美人さんだもんね。きっと女優さんになれるよ。未来ちゃんは何の役をやったの?」
「わたしは、裏方担当だから。小道具とか大道具作ったりして、舞台には立たないんだ。別に女優志望でもないし」
未来は、裏方なんて春子をがっかりさせるだろうか、と気にしながら言った。
「わたしは未来もお芝居やったらいいと思うんだけどな。すごく可愛いし、舞台栄えすると思う」
いつも美波はそう言う。
「わたしも、そう思うよ。未来ちゃんの演技、見てみたいな」
春子が真っ直ぐな視線を未来に向けてくる。真っ直ぐすぎて、未来は胸の奥がえぐられるような気がした。
「わたしより、恵理ちゃん勧誘したらいいよ、美波」
視線から逃げるように、未来は話を恵理に振った。
「そうだ。恵理ちゃんも一緒にお芝居やろうよ。美術部やめてさ」
美波も、話を盛り上げてくる。
「え? わたし? わたしなんか、人前に立つの無理だよ」
急に注目されて、恵理がとまどう。
「無理じゃない、無理じゃない。やればできる」
美波が、青春映画のように恵理の手を握って励ます。
「美波、カメラ回ってないよー」
未来の一言に、
「わたしの人生、いつでもどこでもカメラは回っているの」
と、さらに芝居じみた口調に拍車がかかった。
それから、好きな映画や本の話など、他愛のない話が続いた。
部屋の中は、いつの間にか茜色にそまっている。
話に夢中になっている美波が、鞄の中にごそごそと手をつっ込んでいるのに、未来が気づいた。が、気づいた時にはもう遅かった。
「どうぞ」
少し緊張気味にドアを開けると、春子は、ベッドの背中部分を起こして座っていた。
自動で簡単に操作できる介護用ベッドだが、春子はめったに背もたれを起こして使うことはない。
どうせすぐ寝るから、起こすのが面倒、らしい。そして、介護用ベッドというのが、気に入らない、らしい。
だが、今日は体調がいいようだ。体調がよければ機嫌もいい。
背もたれを起こして使っている時はたいていそういう日だ。
未来は少しだけ安心した。
「今日は歩く練習したの?」
「うん。お母さんに手伝ってもらって、ちょっとだけ」
やっぱり機嫌がよさそうだ。声のトーンが明るい。
「実はね、今日は、ハルちゃんに会わせたい人がいるんだ」
未来が言うと、
「ハルちゃん、こんにちはー!」
と、美波が部屋に飛び込んできた。
続いて恵理も入ってくる。
「こんにちは」
恵理が、緊張した声で言う。
春子の顔が、みるみるうちに輝きを増していく。
「未来ちゃん、約束覚えてくれてたんだね! すぐ忘れるわたしが、こんなこと言うのも変だけど」
そう言いながら、春子は大きな声で笑った。
「もちろんだよ」
未来は、こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに連れてくればよかったと思った。
「その辺、適当に座って」
未来は、押入れから座布団を出して、美波と恵理に勧めた。
ピンクを基調に模様替えしたばかりの部屋に、渋い緑色をした座布団だけが、和風で部屋から浮いていた。
「おじゃましまーす」
美波と恵理が部屋を見渡しながら座る。
「あっ、これ、未来がこの間買っていたやつだ。模様替えってハルちゃんの部屋だったんだ」
美波が床のフロアマットをさわった。
「何のこと?」
春子の不思議そうな顔に、未来は慌てて答えた。
「この間わたしの部屋、模様替えしたの。そのこと言っているんだよね、美波?」
美波は一瞬、え? という顔をしたが、すぐに、あぁ、そうそうそうそうそう、とやたらに「そう」を繰り返した。
今日子が、お茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。
「ありがとうございます」
美波と恵理が頭を下げる。
「お母さん、買い物行ってきちゃうけど、いい?」
今日子は、心配そうな顔をしていた。
未来が友だちを春子に会わせると話した時、忠義も今日子も気がすすまないようだったが、反対もしなかった。
「大丈夫だよ」
今日子は、ゆっくりしていってね、と美波と恵理に言って部屋を出て行った。
「えっと。ハルちゃん、紹介するね。二人はわたしのクラスメイトで、こっちの上品な子が、渡辺恵理ちゃん。それからこっちのうるさい……」
美波がすかさず割り込む。
「学校一美少女の川瀬美波でーす。ハルちゃん、よろしくね」
美波は首をかしげて、思い切り可愛い笑顔を作った。
「美少女って、自分で言うな、自分で」
未来がつっこむ。
「渡辺恵理です、よろしくお願いします」
恵理が、付け足すように言った。
「学校って、楽しい?」
「うん、すごく楽しいよ。未来みたいな面白い子がいるし」
春子の質問に、美波が答える。
「わたし、学校ってどんなだったか、思い出せないんだ。本当言うとね、いつから学校に行ってないのかも思い出せない」
「大丈夫。ハルちゃん、すぐに元気になって学校行けるようになるよ」
美波の口からすらすらと言葉が出てくる。
未来は、気が気ではなかった。
「わたしの病気、多分もう治らないから……」
春子の表情に影が落ちる。こういう時に、春子を励ますような発言をするのは賢明ではない。
開きかけた美波の口を見て、未来は美波のスカートをぎゅっと握った。
未来が首を横に振ると、美波ははっとしたようにうなずいて口をつぐんだ。
気まずい沈黙が流れる。
「二人とも、部活は何をやっているの?」
「わたしは美術部です」
「わたしは、未来と同じ演劇部」
おしゃべりの美波が、今度は気を使って、それしか言わない。話が続かない。
それはそれで困った、と未来は頭を回転させる。あたりさわりのない、話題を探す。
「美波は、女優志望なんだよ。この間の公演でも、主役だったの。すごく演技、うまいんだよ」
「へぇ、すごいね。美波ちゃん、本当に美人さんだもんね。きっと女優さんになれるよ。未来ちゃんは何の役をやったの?」
「わたしは、裏方担当だから。小道具とか大道具作ったりして、舞台には立たないんだ。別に女優志望でもないし」
未来は、裏方なんて春子をがっかりさせるだろうか、と気にしながら言った。
「わたしは未来もお芝居やったらいいと思うんだけどな。すごく可愛いし、舞台栄えすると思う」
いつも美波はそう言う。
「わたしも、そう思うよ。未来ちゃんの演技、見てみたいな」
春子が真っ直ぐな視線を未来に向けてくる。真っ直ぐすぎて、未来は胸の奥がえぐられるような気がした。
「わたしより、恵理ちゃん勧誘したらいいよ、美波」
視線から逃げるように、未来は話を恵理に振った。
「そうだ。恵理ちゃんも一緒にお芝居やろうよ。美術部やめてさ」
美波も、話を盛り上げてくる。
「え? わたし? わたしなんか、人前に立つの無理だよ」
急に注目されて、恵理がとまどう。
「無理じゃない、無理じゃない。やればできる」
美波が、青春映画のように恵理の手を握って励ます。
「美波、カメラ回ってないよー」
未来の一言に、
「わたしの人生、いつでもどこでもカメラは回っているの」
と、さらに芝居じみた口調に拍車がかかった。
それから、好きな映画や本の話など、他愛のない話が続いた。
部屋の中は、いつの間にか茜色にそまっている。
話に夢中になっている美波が、鞄の中にごそごそと手をつっ込んでいるのに、未来が気づいた。が、気づいた時にはもう遅かった。
0
あなたにおすすめの小説
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる