演じる家族

ことは

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3幼なじみ

3-5

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 宮下教諭がカーテンを開くと、未来は、不安そうな顔をした翔太と目が合った。

 ベッドに横になったままで、なんとなく気恥ずかしい。

「大丈夫なのか?」

「うん。平気だよ」

「よかった。本当にごめんな」

 翔太が、深々と頭を下げる。

「なんで翔君が謝るの?」

「おまえの頭を直撃したの、俺が蹴ったボールだから……」

「そうだったんだ。でも、もう本当に何ともないから」

 未来はにっこり笑った。

 宮下教諭が、
「わたしは、担任の先生に知らせてくるけど、みんな、もう帰った方がいいわ。暗くなると危ないから。永野さんは、お家の方がもうすぐ迎えに来るから心配いらないわ」
と言って、保健室から出て行った。

「本当にわたしは大丈夫だから、みんな先に帰って」

「じゃ、あの話はまたにしよう。今日は未来、ゆっくり休んだ方がいいよ」

 美波が、チラっと翔太の方を見ながら言った。いずれにしても、未来は俊介のいる前で、春子の話をする気はなかった。

「お大事にね」

「また明日ね」

 美波と恵理は、名残惜しそうに保健室を出て行った。

「俺は、おまえんち母ちゃんが迎えに来るまでいるよ」

 翔太がそう言うと、
「俺も」
と、俊介が言った。

「俊介はいいよ。だいたい、俺の蹴ったボールが当たったのに、何でおまえまでついてくんの?」

「永野ちゃんが心配だからに決まってんだろ」

 俊介が、顔を赤くして言った。

「二人とも、そんな責任感じたり心配しなくていいよ。ほらっ、わたし、もうすっごく元気」

 未来は、今度こそベッドから起き上がった。どこも痛いところはなかった。

「で、おまえら、付き合うことにしたの?」

 俊介が、軽い調子で聞いた。

「へっ? 何でそんな話になるんだよっ」

 翔太が俊介の頭をはたく。

「だって、さっきほら……」

「何、勘違いしてんだよ。こいつはそんなんじゃねえよ。ただの幼なじみだよ」

「一応、幼なじみだって思ってくれてんだ。さっきは随分冷たかったけど」

 未来は皮肉交じりに言いながらも、胸の内では、嬉しさがこみ上げてきた。

「なーんだ。じゃあ、俺、永野ちゃん狙ってもいい?」

 俊介が、翔太を挑発するように言う。

(え? わたし?)

 突然の展開に、未来はドキドキというよりハラハラした。

 未来は一瞬、翔太がたじろいだように見えた。

「本人前にして、大胆発言だな」

 二人は、未来の方は見ない。未来は、二人が自分ではない誰か他の人のことを話しているような気がした。

「俺に断る必要もないと思うけど。俺、別にこいつと何の関係もないし。なっ?」

 翔太が、未来の方を向いて同意を求めてくる。

「あっ、うん……」

 未来はそう答えると、重い鉛が胸に沈んでいくような気がした。

 だが、嬉しそうな俊介に見つめられて、未来は顔が熱くなる。

「けど、俊介。この間まで川瀬美波かわいいとかって、騒いでなかったっけ?」

「おまえ、余計なこと言うなよっ」

 俊介が、翔太を蹴った。イテッ、と翔太が叫ぶ。

「俺が本当に川瀬を見てたと思ってんのか、ばか。俺が見てたのは、一緒にいる永野ちゃんだよ。確かに川瀬は人気あるけど、永野ちゃんにも隠れファンが多いんだぜ」

「ふーん、こんな奴になぁ……」

「こんな奴って言い方はないでしょ」

 翔太のいちいち棘のある言い方に、未来はムッとする。

「だよな?」

 俊介の優しいまっすぐな視線に、未来はどぎまぎしてうつむいた。

「でも、今日おまえに先越されたかと思ったら、隠している場合じゃないやって思ってカミングアウトしちゃったってわけ」

 その時、保健室のドアが勢いよく開けられた。

「未来!」

 今日子が、血相を変えて飛び込んできた。

 その後から、知らせを受けた担任の、20代の男性教諭である今村、最後に宮下教諭が入ってくる。

「すみませんでした。ぼくの蹴ったボールのせいで……」

 翔太が、すぐに頭を下げる。

「わたしなら、大丈夫だよ」

 未来の様子を見て、今日子が安堵したようにうなずいた。今村教諭も、ほっと肩をなでおろしている。

「あら、翔君だったの。久しぶりね」

 今日子がなつかしそうに言った。

「本当に幼なじみだったんだ」

 俊介が言うと、翔太がふてくされたような顔をした。

「おまえ、俺の言うこと信じてなかったわけ?」

「あなたたち、まだいたの。早く帰りなさい」

 宮下教諭が翔太と俊介に向かって言った。

「本人は大丈夫だと言っておりますが、目が覚めた時、一時的に記憶喪失になっていたようです。念のため、病院で検査してもらった方がいいでしょう」

 宮下教諭が、真面目な顔をして今日子に話している。

「宮下先生、大げさだなぁ。病院なんか行かなくても、大丈夫だって」

 未来は笑ったが、今日子の顔には、心配の種がひとつ増えていた。

「わかった、わかった。病院、ちゃんと行くから。お母さん、そんな不安そうな顔しないでよ」

 アハハと空笑いすると、ふいに記憶を失った時の恐怖がリアルに蘇ってきて、未来は身震いした。
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