23 / 45
3幼なじみ
3-5
しおりを挟む
宮下教諭がカーテンを開くと、未来は、不安そうな顔をした翔太と目が合った。
ベッドに横になったままで、なんとなく気恥ずかしい。
「大丈夫なのか?」
「うん。平気だよ」
「よかった。本当にごめんな」
翔太が、深々と頭を下げる。
「なんで翔君が謝るの?」
「おまえの頭を直撃したの、俺が蹴ったボールだから……」
「そうだったんだ。でも、もう本当に何ともないから」
未来はにっこり笑った。
宮下教諭が、
「わたしは、担任の先生に知らせてくるけど、みんな、もう帰った方がいいわ。暗くなると危ないから。永野さんは、お家の方がもうすぐ迎えに来るから心配いらないわ」
と言って、保健室から出て行った。
「本当にわたしは大丈夫だから、みんな先に帰って」
「じゃ、あの話はまたにしよう。今日は未来、ゆっくり休んだ方がいいよ」
美波が、チラっと翔太の方を見ながら言った。いずれにしても、未来は俊介のいる前で、春子の話をする気はなかった。
「お大事にね」
「また明日ね」
美波と恵理は、名残惜しそうに保健室を出て行った。
「俺は、おまえんち母ちゃんが迎えに来るまでいるよ」
翔太がそう言うと、
「俺も」
と、俊介が言った。
「俊介はいいよ。だいたい、俺の蹴ったボールが当たったのに、何でおまえまでついてくんの?」
「永野ちゃんが心配だからに決まってんだろ」
俊介が、顔を赤くして言った。
「二人とも、そんな責任感じたり心配しなくていいよ。ほらっ、わたし、もうすっごく元気」
未来は、今度こそベッドから起き上がった。どこも痛いところはなかった。
「で、おまえら、付き合うことにしたの?」
俊介が、軽い調子で聞いた。
「へっ? 何でそんな話になるんだよっ」
翔太が俊介の頭をはたく。
「だって、さっきほら……」
「何、勘違いしてんだよ。こいつはそんなんじゃねえよ。ただの幼なじみだよ」
「一応、幼なじみだって思ってくれてんだ。さっきは随分冷たかったけど」
未来は皮肉交じりに言いながらも、胸の内では、嬉しさがこみ上げてきた。
「なーんだ。じゃあ、俺、永野ちゃん狙ってもいい?」
俊介が、翔太を挑発するように言う。
(え? わたし?)
突然の展開に、未来はドキドキというよりハラハラした。
未来は一瞬、翔太がたじろいだように見えた。
「本人前にして、大胆発言だな」
二人は、未来の方は見ない。未来は、二人が自分ではない誰か他の人のことを話しているような気がした。
「俺に断る必要もないと思うけど。俺、別にこいつと何の関係もないし。なっ?」
翔太が、未来の方を向いて同意を求めてくる。
「あっ、うん……」
未来はそう答えると、重い鉛が胸に沈んでいくような気がした。
だが、嬉しそうな俊介に見つめられて、未来は顔が熱くなる。
「けど、俊介。この間まで川瀬美波かわいいとかって、騒いでなかったっけ?」
「おまえ、余計なこと言うなよっ」
俊介が、翔太を蹴った。イテッ、と翔太が叫ぶ。
「俺が本当に川瀬を見てたと思ってんのか、ばか。俺が見てたのは、一緒にいる永野ちゃんだよ。確かに川瀬は人気あるけど、永野ちゃんにも隠れファンが多いんだぜ」
「ふーん、こんな奴になぁ……」
「こんな奴って言い方はないでしょ」
翔太のいちいち棘のある言い方に、未来はムッとする。
「だよな?」
俊介の優しいまっすぐな視線に、未来はどぎまぎしてうつむいた。
「でも、今日おまえに先越されたかと思ったら、隠している場合じゃないやって思ってカミングアウトしちゃったってわけ」
その時、保健室のドアが勢いよく開けられた。
「未来!」
今日子が、血相を変えて飛び込んできた。
その後から、知らせを受けた担任の、20代の男性教諭である今村、最後に宮下教諭が入ってくる。
「すみませんでした。ぼくの蹴ったボールのせいで……」
翔太が、すぐに頭を下げる。
「わたしなら、大丈夫だよ」
未来の様子を見て、今日子が安堵したようにうなずいた。今村教諭も、ほっと肩をなでおろしている。
「あら、翔君だったの。久しぶりね」
今日子がなつかしそうに言った。
「本当に幼なじみだったんだ」
俊介が言うと、翔太がふてくされたような顔をした。
「おまえ、俺の言うこと信じてなかったわけ?」
「あなたたち、まだいたの。早く帰りなさい」
宮下教諭が翔太と俊介に向かって言った。
「本人は大丈夫だと言っておりますが、目が覚めた時、一時的に記憶喪失になっていたようです。念のため、病院で検査してもらった方がいいでしょう」
宮下教諭が、真面目な顔をして今日子に話している。
「宮下先生、大げさだなぁ。病院なんか行かなくても、大丈夫だって」
未来は笑ったが、今日子の顔には、心配の種がひとつ増えていた。
「わかった、わかった。病院、ちゃんと行くから。お母さん、そんな不安そうな顔しないでよ」
アハハと空笑いすると、ふいに記憶を失った時の恐怖がリアルに蘇ってきて、未来は身震いした。
ベッドに横になったままで、なんとなく気恥ずかしい。
「大丈夫なのか?」
「うん。平気だよ」
「よかった。本当にごめんな」
翔太が、深々と頭を下げる。
「なんで翔君が謝るの?」
「おまえの頭を直撃したの、俺が蹴ったボールだから……」
「そうだったんだ。でも、もう本当に何ともないから」
未来はにっこり笑った。
宮下教諭が、
「わたしは、担任の先生に知らせてくるけど、みんな、もう帰った方がいいわ。暗くなると危ないから。永野さんは、お家の方がもうすぐ迎えに来るから心配いらないわ」
と言って、保健室から出て行った。
「本当にわたしは大丈夫だから、みんな先に帰って」
「じゃ、あの話はまたにしよう。今日は未来、ゆっくり休んだ方がいいよ」
美波が、チラっと翔太の方を見ながら言った。いずれにしても、未来は俊介のいる前で、春子の話をする気はなかった。
「お大事にね」
「また明日ね」
美波と恵理は、名残惜しそうに保健室を出て行った。
「俺は、おまえんち母ちゃんが迎えに来るまでいるよ」
翔太がそう言うと、
「俺も」
と、俊介が言った。
「俊介はいいよ。だいたい、俺の蹴ったボールが当たったのに、何でおまえまでついてくんの?」
「永野ちゃんが心配だからに決まってんだろ」
俊介が、顔を赤くして言った。
「二人とも、そんな責任感じたり心配しなくていいよ。ほらっ、わたし、もうすっごく元気」
未来は、今度こそベッドから起き上がった。どこも痛いところはなかった。
「で、おまえら、付き合うことにしたの?」
俊介が、軽い調子で聞いた。
「へっ? 何でそんな話になるんだよっ」
翔太が俊介の頭をはたく。
「だって、さっきほら……」
「何、勘違いしてんだよ。こいつはそんなんじゃねえよ。ただの幼なじみだよ」
「一応、幼なじみだって思ってくれてんだ。さっきは随分冷たかったけど」
未来は皮肉交じりに言いながらも、胸の内では、嬉しさがこみ上げてきた。
「なーんだ。じゃあ、俺、永野ちゃん狙ってもいい?」
俊介が、翔太を挑発するように言う。
(え? わたし?)
突然の展開に、未来はドキドキというよりハラハラした。
未来は一瞬、翔太がたじろいだように見えた。
「本人前にして、大胆発言だな」
二人は、未来の方は見ない。未来は、二人が自分ではない誰か他の人のことを話しているような気がした。
「俺に断る必要もないと思うけど。俺、別にこいつと何の関係もないし。なっ?」
翔太が、未来の方を向いて同意を求めてくる。
「あっ、うん……」
未来はそう答えると、重い鉛が胸に沈んでいくような気がした。
だが、嬉しそうな俊介に見つめられて、未来は顔が熱くなる。
「けど、俊介。この間まで川瀬美波かわいいとかって、騒いでなかったっけ?」
「おまえ、余計なこと言うなよっ」
俊介が、翔太を蹴った。イテッ、と翔太が叫ぶ。
「俺が本当に川瀬を見てたと思ってんのか、ばか。俺が見てたのは、一緒にいる永野ちゃんだよ。確かに川瀬は人気あるけど、永野ちゃんにも隠れファンが多いんだぜ」
「ふーん、こんな奴になぁ……」
「こんな奴って言い方はないでしょ」
翔太のいちいち棘のある言い方に、未来はムッとする。
「だよな?」
俊介の優しいまっすぐな視線に、未来はどぎまぎしてうつむいた。
「でも、今日おまえに先越されたかと思ったら、隠している場合じゃないやって思ってカミングアウトしちゃったってわけ」
その時、保健室のドアが勢いよく開けられた。
「未来!」
今日子が、血相を変えて飛び込んできた。
その後から、知らせを受けた担任の、20代の男性教諭である今村、最後に宮下教諭が入ってくる。
「すみませんでした。ぼくの蹴ったボールのせいで……」
翔太が、すぐに頭を下げる。
「わたしなら、大丈夫だよ」
未来の様子を見て、今日子が安堵したようにうなずいた。今村教諭も、ほっと肩をなでおろしている。
「あら、翔君だったの。久しぶりね」
今日子がなつかしそうに言った。
「本当に幼なじみだったんだ」
俊介が言うと、翔太がふてくされたような顔をした。
「おまえ、俺の言うこと信じてなかったわけ?」
「あなたたち、まだいたの。早く帰りなさい」
宮下教諭が翔太と俊介に向かって言った。
「本人は大丈夫だと言っておりますが、目が覚めた時、一時的に記憶喪失になっていたようです。念のため、病院で検査してもらった方がいいでしょう」
宮下教諭が、真面目な顔をして今日子に話している。
「宮下先生、大げさだなぁ。病院なんか行かなくても、大丈夫だって」
未来は笑ったが、今日子の顔には、心配の種がひとつ増えていた。
「わかった、わかった。病院、ちゃんと行くから。お母さん、そんな不安そうな顔しないでよ」
アハハと空笑いすると、ふいに記憶を失った時の恐怖がリアルに蘇ってきて、未来は身震いした。
0
あなたにおすすめの小説
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる