演じる家族

ことは

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4幽霊

4-4

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 演劇部の衣装を校外に持ち出すには、顧問に借用書を提出しなければならなかった。

 だが、借用書を提出するわけにはいかない。

 未来には、もとより正直に借用の理由を話す気はなかったが、話した所で目的外使用だと断られるのは明らかだった。となれば、こっそり持ち出す以外になかった。

「今年の公演は終わっちゃったし、クリスマスも冬休みも間近でみんなそわそわしているし、誰も部活なんて来てないでしょ」

 心配する未来に、美波が余裕の笑みを見せた。

 放課後、体育館はバレー部とバスケットボール部が使用中だった。ボールが床をはずむ音や部員の声でざわついている。

 三人は、演劇部の練習場となっている体育館のステージに向かう。

 ステージにはエンジ色の幕が下りていて、中が見えない。

 ステージ横に取り付けられた階段を上っていくと、幕の向こう側から声が聞こえてきた。

 あめんぼあかいなあいうえお。二、三人の声が重なって聞こえる。

「誰か、いるよ。発声練習してる」

 未来が低くつぶやく。

 美波が、幕の隙間からそっと覗く。

「アユと中西とチイちゃんだ」

「どうする?」

「こっち見てないし、発声に集中しているから、さっと行けば見つからないと思う」

「いつもながら、楽観的すぎない?」

「見つかったら、明日にすればいいじゃん」

「まあね。じゃ、行こう。恵理ちゃん、着いて来て」

 未来がそっと幕の隙間に体を滑り込ませた。恵理が後に続く。

 ステージ袖に、カーテンで仕切られた2畳ほどのスペースがあり、そこに衣装や大道具小道具がつめこまれている。

 座る場所もないような狭い空間だが、部員達はそこを部室と呼んでいる。そこまで行けば、ステージからは仕切られたカーテンで見えない。

 未来は音を立てないよう、すばやく部室に駆け込んだ。恵理もすぐにカーテンの中に入ってきた。

 美波がカーテンを開けようとした時だ。

「あっ、美波、来てたんだ」

 よく通る中西の声がした。

 発声練習の声がやむ。

「よかった。これから二人一組でエチュードやろうと思ってたんだけど、三人しかいないから、誰か来るの待ってたの。美波も入ってくれる?」

「エチュードって何?」

 恵理が押し殺した声で、未来に聞いた。

「状況や場面だけを決めて、即興で演技するの」

 カーテンの向こうで美波の影がゆれ動く。

「ごめん、わたし、ちょっと風邪ひいてて。忘れ物を部室に取りに来ただけなの」

 美波が咳をしながら答えている。

「部室に、美波の持ち物なんて見かけなかったけど。さっきわたし、色々動かしちゃったから、一緒に探してあげようか?」

 中西が走ってくる音がする。

「いい、いい。こっち来ないで。わたし、結構熱っぽくて。うつすと悪いから」

 美波が言うと、
「そうなんだ。早めに帰って休んだ方がいいよ」
と、早苗の足音が止まった。

「うん、わかった」

「お大事に」

 足音が去っていく。

 再び発声練習が始まると、美波がカーテンの中に入ってきた。

「セーフ」

 美波が小声でささやきながら、吊るされた衣装を見ていく。

 派手なドレスの間に挟まれて、巫女の衣装がひっそりと出てきた。

 美波がそれをクルクルっと雑に丸めた。ただの布のかたまりのようになって、巫女の衣装のようには見えない。

 美波がカーテンを少しだけ開けて、他の三人の様子をうかがう。

「未来、恵理ちゃん、今なら大丈夫。行って」

 未来と恵理が、走ってステージの幕の外に出た。

 すぐに美波も追いかけてきた。

 美波は、もう一度幕の内側に顔だけ入れて、
「じゃ、お先に。バイバイ」
と、三人に声をかけた。

「早く治してねー」
と、幕の向こうから明るい声がした。
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