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4幽霊
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「では、始めます。美波と未来ちゃんは、座ってリラックスしていてください」
恵理は突然、何か崇高な力が宿ったかのように、高く透明感のある声で歌うように話した。
美波と未来は言われたとおり、床に座る。
恵理だけが、春子のベッドの前に立っている。
恵理がゆっくりと両手を上げていき、頭上で合わせた。その手を顔の高さまで降ろす。
恵理は念仏を唱えるように、口の中でブツブツと何か言っている。
春子は真剣な顔をして恵理を見ている。
美波は、春子と恵理を交互に見ながら、自分の出るタイミングを見計らっているようだ。
恵理の声が途切れた。
2秒後、恵理が、大きく息を吸う。
「ハルちゃんにまとわりついている女の子の魂よ。ここへ降りてこい」
低い、感情を抑えた声で、恵理が言った。
美波が、うっと唸って頭を抑え床に伏せる。
幕が開き、観客の拍手が聞こえてきそうだった。
スポットライトが美波を照らし出す。
今、舞台が始まろうとしているその時。
甲高い悲鳴をあげて、恵理が倒れた。
「恵理ちゃん、大丈夫?」
未来が驚いて恵理の背中に手をかけると、美波も演技をやめて、心配そうに恵理の様子を覗きこんだ。
恵理は荒い呼吸をしながら、ウーウーと低い唸り声を上げている。
突然恵理がカッと顔を上げ、目を見開いた。
「わたしを呼んだのは誰だ」
恵理が、ぞっとするような声を出した。
未来の腕に鳥肌が立つ。
「やるじゃん、恵理ちゃん。作戦変更ってわけね」
美波がささやくと、恵理がかすかにうなずいたように見えた。
「あなたは誰?」
美波が聞くと、恵理が立ち上がった。がらんどうの目で、足元をふらつかせている。
「おまえこそ、名を名乗れ」
恵理がゆっくりと低い声で言う。
「わたしは川瀬美波だけど」
「おまえに用はないっ」
恵理が叫ぶ。
「おまえは誰だ」
恵理が未来の方へ向きを変える。
「永野未来です」
「おまえも違う」
恵理が春子を見る。春子は真っ青な顔をしていた。
未来は、春子を怯えさせてしまったことに気づいて、不安になった。
この計画はとても危険なものだったのかもしれない、と後悔し始めていた。
だが、始めてしまったものは、無事除霊を済ませてしまうほかなかった。
今騙されたと気づいたら、春子はどれほど怒るだろうか。
未来は恵理の腕をひっぱり、自分の方に近づけた。
耳元で、
「早めに終わらせて」
と、ささやく。
春子は唇を震わせながら、恵理に聞いた。
「あなた、わたしの命を狙っているんでしょ?」
「違う!」
恵理が吐き出すように言った。頭を両手で押さえた。違う、違う、違う、違う、と言いながら部屋中を転げまわる。
恵理が美波の鞄を手に取り投げ飛ばす。壁にあたって中のものが散らばった。
恵理が美波の方へよろける。美波がおおげさに驚いて、床に座り込む。
春子の呼吸が乱れている。完全に恐怖に支配されている。これ以上お芝居を続けるのは危険だ。
「恵理、除霊してあげてっ」
未来が、早口で叫ぶように言った。
除霊するはずの巫女がとりつかれたのではどうしようもないと思ったが、この際何でもありだ。とりつかれたまま、追い払ってもらうほかない。
恵理が、うわーっと声を張り上げた。
「もうわたしは、二度とハルちゃんの前には現れない。約束する」
春子を見て言うと、恵理はバタリ、とその場に崩れ落ちた。
「恵理、恵理っ」
美波が恵理の肩を揺すった。
「あれ? わたし、どうしたの?」
恵理が、辺りを見渡す。
「幽霊が恵理ちゃんにとりついちゃったの。でも、もうハルちゃんの前には現れないって約束していなくなったよ」
美波がにっこり笑うと、恵理が不思議そうな顔をした。
恵理は少し考えるようにしばらく黙った後、
「除霊、うまくいったのね?」
と、つぶやくように言った。
「うん。ハルちゃん、よかったね」
未来が、春子に明るい笑顔を向けた。
「恵理ちゃん、どうもありがとう」
春子は、ぎこちない笑顔を恵理に向けた。
顔色はよくなったものの、どこか浮かない表情なのが、未来は気になった。
「これで、ハルちゃんも安心だね。やっぱり恵理ちゃんの力はすごいなぁ」
美波は言いながら、散らかった鞄の中身を集めている。
「ちょっと、やりすぎな幽霊だったけどね」
美波は、さりげなく文句を言うのも忘れない。
春子が、ひっと息をのんだ。
「どうかした? まさか、女の子の幽霊、また来たの?」
未来が聞くと、春子は首を振った。
「女の子じゃない。おばあさんよ。そこの窓際に立っているわ。みんなにも見えるでしょ?」
未来と美波と恵理が、窓際を振り向く。
「誰もいないよ」
美波が答えた。
「そんなはずないよ。ほら、こっちを見ているじゃない。こんなに寒い時期に、どうして半袖のブラウスなんて着ているのかしら」
未来はピンと来た。先日行方不明になってこの家に迷い込んできたおばあさんのことだ。
「その人、茶色いブラウスに黒いズボン? 頭は真っ白?」
「そうよ。未来ちゃんにも幽霊が見えるのね」
「そのおばあちゃん、幽霊じゃないよ。生きているもの。きっと生霊よ」
未来が言うと、春子がかぶりを振った。
「死んでいるわ。間違いない。お別れを言いに来たって言っているもの。ありがとうって言っているわ。あっ、待って」
春子が腕を伸ばした。
「……いっちゃったわ」
春子の目は、涙で潤んでいるように見えた。
恵理は突然、何か崇高な力が宿ったかのように、高く透明感のある声で歌うように話した。
美波と未来は言われたとおり、床に座る。
恵理だけが、春子のベッドの前に立っている。
恵理がゆっくりと両手を上げていき、頭上で合わせた。その手を顔の高さまで降ろす。
恵理は念仏を唱えるように、口の中でブツブツと何か言っている。
春子は真剣な顔をして恵理を見ている。
美波は、春子と恵理を交互に見ながら、自分の出るタイミングを見計らっているようだ。
恵理の声が途切れた。
2秒後、恵理が、大きく息を吸う。
「ハルちゃんにまとわりついている女の子の魂よ。ここへ降りてこい」
低い、感情を抑えた声で、恵理が言った。
美波が、うっと唸って頭を抑え床に伏せる。
幕が開き、観客の拍手が聞こえてきそうだった。
スポットライトが美波を照らし出す。
今、舞台が始まろうとしているその時。
甲高い悲鳴をあげて、恵理が倒れた。
「恵理ちゃん、大丈夫?」
未来が驚いて恵理の背中に手をかけると、美波も演技をやめて、心配そうに恵理の様子を覗きこんだ。
恵理は荒い呼吸をしながら、ウーウーと低い唸り声を上げている。
突然恵理がカッと顔を上げ、目を見開いた。
「わたしを呼んだのは誰だ」
恵理が、ぞっとするような声を出した。
未来の腕に鳥肌が立つ。
「やるじゃん、恵理ちゃん。作戦変更ってわけね」
美波がささやくと、恵理がかすかにうなずいたように見えた。
「あなたは誰?」
美波が聞くと、恵理が立ち上がった。がらんどうの目で、足元をふらつかせている。
「おまえこそ、名を名乗れ」
恵理がゆっくりと低い声で言う。
「わたしは川瀬美波だけど」
「おまえに用はないっ」
恵理が叫ぶ。
「おまえは誰だ」
恵理が未来の方へ向きを変える。
「永野未来です」
「おまえも違う」
恵理が春子を見る。春子は真っ青な顔をしていた。
未来は、春子を怯えさせてしまったことに気づいて、不安になった。
この計画はとても危険なものだったのかもしれない、と後悔し始めていた。
だが、始めてしまったものは、無事除霊を済ませてしまうほかなかった。
今騙されたと気づいたら、春子はどれほど怒るだろうか。
未来は恵理の腕をひっぱり、自分の方に近づけた。
耳元で、
「早めに終わらせて」
と、ささやく。
春子は唇を震わせながら、恵理に聞いた。
「あなた、わたしの命を狙っているんでしょ?」
「違う!」
恵理が吐き出すように言った。頭を両手で押さえた。違う、違う、違う、違う、と言いながら部屋中を転げまわる。
恵理が美波の鞄を手に取り投げ飛ばす。壁にあたって中のものが散らばった。
恵理が美波の方へよろける。美波がおおげさに驚いて、床に座り込む。
春子の呼吸が乱れている。完全に恐怖に支配されている。これ以上お芝居を続けるのは危険だ。
「恵理、除霊してあげてっ」
未来が、早口で叫ぶように言った。
除霊するはずの巫女がとりつかれたのではどうしようもないと思ったが、この際何でもありだ。とりつかれたまま、追い払ってもらうほかない。
恵理が、うわーっと声を張り上げた。
「もうわたしは、二度とハルちゃんの前には現れない。約束する」
春子を見て言うと、恵理はバタリ、とその場に崩れ落ちた。
「恵理、恵理っ」
美波が恵理の肩を揺すった。
「あれ? わたし、どうしたの?」
恵理が、辺りを見渡す。
「幽霊が恵理ちゃんにとりついちゃったの。でも、もうハルちゃんの前には現れないって約束していなくなったよ」
美波がにっこり笑うと、恵理が不思議そうな顔をした。
恵理は少し考えるようにしばらく黙った後、
「除霊、うまくいったのね?」
と、つぶやくように言った。
「うん。ハルちゃん、よかったね」
未来が、春子に明るい笑顔を向けた。
「恵理ちゃん、どうもありがとう」
春子は、ぎこちない笑顔を恵理に向けた。
顔色はよくなったものの、どこか浮かない表情なのが、未来は気になった。
「これで、ハルちゃんも安心だね。やっぱり恵理ちゃんの力はすごいなぁ」
美波は言いながら、散らかった鞄の中身を集めている。
「ちょっと、やりすぎな幽霊だったけどね」
美波は、さりげなく文句を言うのも忘れない。
春子が、ひっと息をのんだ。
「どうかした? まさか、女の子の幽霊、また来たの?」
未来が聞くと、春子は首を振った。
「女の子じゃない。おばあさんよ。そこの窓際に立っているわ。みんなにも見えるでしょ?」
未来と美波と恵理が、窓際を振り向く。
「誰もいないよ」
美波が答えた。
「そんなはずないよ。ほら、こっちを見ているじゃない。こんなに寒い時期に、どうして半袖のブラウスなんて着ているのかしら」
未来はピンと来た。先日行方不明になってこの家に迷い込んできたおばあさんのことだ。
「その人、茶色いブラウスに黒いズボン? 頭は真っ白?」
「そうよ。未来ちゃんにも幽霊が見えるのね」
「そのおばあちゃん、幽霊じゃないよ。生きているもの。きっと生霊よ」
未来が言うと、春子がかぶりを振った。
「死んでいるわ。間違いない。お別れを言いに来たって言っているもの。ありがとうって言っているわ。あっ、待って」
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