踊るねこ

ことは

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6オーディション結果

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 翌朝の土曜日。

 熱はまだ、38度を超えていた。

 ベッドの上で、朝ごはんにおかゆを少し食べて、はるかはまたすぐに目を閉じた。

「あら、こんなところにこねこが」

 食器を片づけに来たお母さんに、気づかれてしまった。

(まずい!)

 モモのことを説明しなくてはと思ったが、眠気がおそってきて目が開けられない。ウトウトしているはるかの耳に、お母さんの声が聞こえてくる。

「まぁ、かわいいわ。あなた、どこから来たの?」

(キラキラ星とか言わないでよ!)

「みゃーぉ」

(なかなか、ねこのモノマネうまいじゃない)

「はるか、このねこちゃん、うちで飼ってもいいかしら? いいわよね。こんなにかわいいんだもの」

 お母さんが鼻歌をフンフン歌いながら、部屋のドアを閉める音がした。

「はるかのお母さん、もしかして、天然?」

 モモがぼそっと言った。

 そのままはるかは、深い眠りの底に落ちていった。

   ◇

 はるかが次に目を覚ました時は、もう夕方だった。

 たくさん寝たせいか、体がずいぶん楽になっている。

(モモ、まだ帰ってないのかな。オーディションの結果、どうなったんだろう?)

 急にドキドキしてきた。

 合格か、不合格か。

(その前に、モモ、ちゃんとオーディション受けてくれたのかなぁ)

「ただいまぁ」

 玄関から聞こえてきた声に、はるかはギクッとした。

 トントントン、と階段をかけあがる音。

 部屋のドアが開けられ、はるかの姿のままのモモが現れた。

「ちょっと、ちょっと! モモ! わたし、病人なんですけど。ベッドで寝ているはずなんですけど!」

 モモが、はっとする。

「はるかぁ?」

 階段を上ってくるお母さんの声。

「早く隠れて。モモ!」

 モモが、部屋のドアを閉める。

 外側から、ガチャガチャとドアノブを回すお母さん。内側から、必死でドアを押さえるモモ。

「どうしよう、どうしよう!」

 モモは、完全にパニックになっている。

「ちょっと何やってるのよ、モモ。隠れてってば!」

 バッターン!

 勢いよく開いたドアの向こうで、お母さんがハァハァと肩で息をしていた。

 モモは開けられたドアの裏側に張りつき、息をひそめている。

「お母さん……」

 ベッドに座るはるかを、お母さんが見つめる。

「はるか、ずっと、そこに寝てた?」

「う、うん。今起きたばかりだよ」

 はるかの声がうわずる。

「なんか、このドア、たてつけ悪いみたいね。お父さんに言って直してもらった方がいいわ」

 お母さんが、部屋に入ってこようとする。

 まずい。このままでは、わたしの姿をしたモモが見つかってしまう。

「お母さん!」

 はるかの叫び声に、ビクッとしてお母さんが立ち止まる。

「ごめん。まだ体がだるいの。もう少し寝かせて」

「そうね。病気は寝て治すのが一番よ。夕飯まで寝てなさい」

 お母さんがドアを閉めると、モモはねこの姿に戻っていた。

「もう、何でもっと早く、ねこの姿に戻らないのよ!」

 はるかがにらむと、モモがふくれっつらになった。

「だってはるかが、隠れてって言うから」

「だって、わたしの姿のまま帰ってくるんだもん。慌てちゃったよ」

 二人は目を合わせて、プーッとふきだした。

「あー、おもしろかった!」

 ひとしきり笑った後、
「で、オーディションは? どうだった?」
と、さりげなく聞いたつもりだったが、はるかの心臓は緊張でバクバクいっている。

「それが……」

 小さなモモが、さらに縮こまって見えた。

「ダメ、だったの? それならそれで、はっきり言って」

 モモが深呼吸して、一気に言った。

「うん。ダメだった。全然ダメだった」

「そんなにはっきり言わないでよ」

「だって、はるかがはっきり言ってって!」

 大きな声を出した後、モモはうつむいた。

「……はるか、ごめんね」

「モモが謝ることないよ。だいたいモモにオーディション受けさせるなんて、ズルみたいなもんだし」

「だってはるかは、インフルエンザだもん。しょうがないじゃん」

 はるかは、首を横に振った。

「体調管理も実力のうち。大事な時に踊れないなんて、プロのダンサーにはなれないもん」

 強がってみせても、やっぱり気持ちがどんどん沈んでいくのが自分でわかった。

 モモが、なーんちゃって嘘でしたぁ、本当は合格だよ! って言ってくれるのを期待している。

「モモ、ダンスうまかったのになぁ」

「昨日振り付けした所は、カンペキだったんだよ。でも、あれで全部じゃなかったんだね。曲が始まってから前半部分、わたし、ほとんど踊れなかったの」

 はるかは、昨日のレッスンのことを思い出してはっとした。

「そっか。モモ、途中でいなくなったもんね。先週の振りから通しで踊ったの、見てなかったんじゃ、仕方ないよ。こっちこそ、嫌な思いさせてごめんね」

「ううん。あの時、わたしがアオさえ追いかけていなければ……」

「アオ? 昨日も確か、そんなこと言ってなかった?」

「なんでもない。多分、わたしの見間違いだから」

 そう言ったきり、モモは口をつぐんだ。

「マイ先生、何か言ってた?」

 はるかが聞くと、モモがうなずいた。

「はるかちゃんには期待してたのに、残念だって」

(残念、か。聞くんじゃなかった)

 こんなことなら、いさぎよく、オーディションを受けない方がましだった。

 マイ先生に見放された気がして、よけいに気持ちが重くなった。

「美加と結衣は?」

「美加と結衣?」

「わたしの親友だよ。何か話しかけられたら、適当に話合わせてって、朝、説明したでしょ?」

「う、うん……」

 なぜかモモは、口が重そうだ。

「受かったの?」

 胸が、ドキドキする。

 このドキドキは、いったい何だろう。

 モモが、何と言ってくれるのを期待しているのか。

……二人とも、ダメだった。

 そんなことを期待しているのだとしたら、なんていやな人間なんだろう。はるかは、自分の気持ちから目をそらした。

 気づかない、フリをした。

 モモが口を開いた。

「受かったよ。美加も結衣も。選抜メンバーに選ばれた」

 何の前ぶれもなく、どっと涙が、あふれてきた。

(何で悲しくないのに、涙が出るの? いやいやいや、こんな涙、流したくない!)

 胸がザワザワする。モヤモヤする。

 こんな気持ち、どっか行ってしまえ!

「ねぇ、モモ。ちゃんと、二人に、おめでとうって、言ってくれた?」

「うん、言ったよ。おめでとうって」

 はるかは、鼻水をすすった。

「ありがとう。モモ。モモでよかった。わたしだったら……わたしだったら、言えなかったかもしれない」

 はるかは、うわっと両手で顔をおおった。

 我慢しても、我慢しても、声がもれてしまう。

 涙が、止まらない。

「ごめんね、はるか。ごめんね、ごめんね……」

 モモは、はるかの枕元にうずくまり、ずっと一緒に泣いていた。

   ◇

 夜、また熱が上がった。

 美加からも結衣からも、スマートフォンに何通もメッセージが来ていた。

『はるかなら、次は絶対受かるよ。たまたま調子が悪かっただけだから、気にしないで。元気だして。はるかの分まで頑張るからね』

 このままどんどん熱が上がって、この身体全部、焦がしてくれたらいいのに。

 どんななぐさめも、はげましもいらない。優しい言葉が、今はナイフのようにグサリと胸につきささってくる。
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