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13 ちゃんと伝えればちゃんと伝わる
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廊下に出ると、アリサとマキが向こうから歩いてきた。
二人は教室にいると思っていたから、里奈は思わず足がすくんでしまった。
アリサとマキがかけよってくる。
「里奈ちゃん、大丈夫?」
「二人とも、どうしてここに?」
里奈は驚いて言った。
「保健の先生がね、里奈ちゃん2時間目から戻るって言ってたから、迎えにきたの」
アリサが息を切らして言う。
「ありがとう」
里奈は心をこめて言った。本当に嬉しかった。
「ごめんね。わたしが言いすぎたから、お腹痛くなっちゃたんだよね?」
アリサが上目づかいで里奈を見る。
「違う。わたしがなにも言わなさすぎたからいけないの」
里奈はアリサとマキを見た。
「わたし、絵日記に嘘なんて書いてないよ。おばけ育成ゲームのこと、本当だよ。福袋のことも、全部本当」
アリサとマキが顔を見合わせる。
「二人が信じてくれなくてもいいの。ただ、わたしは一度も嘘なんかついていないってこと、言いたかったの。わたしは嘘をついてない。これだけは胸を張って言えるの」
里奈は大きく息を吸った。
「だから、嘘つきなんて言われたらいやだよ」
アリサとマキが、目を見張った。
泣くつもりなんかなかったのに、勝手に大粒の涙がこぼれた。
里奈は流れる涙を手でぬぐうこともせず、そのままにした。
全部全部、外に吐き出してしまいたい。
悲しい気持ちもくやしい気持ちも、お腹の底でくすぶっているイライラも、全部吐き出してしまえばいい。
お腹の底に押しこめていた言葉が、火山が噴火するみたいに喉元までせり上がってくる。この言葉を、気持ちを、もう飲みこんだり、押し戻したりなんかしない。
「嘘つきなんて言われたら、いやなのっ!」
思い切り叫んだら、目の前が一瞬真っ黒になった。
小さな黒い虫の集団に見えるそれは、よく見ると小さな黒いおばけの大群だった。
「これが、おばけウイルスかぁ」
里奈は思わずつぶいた。
モモちゃんが思い切り口を大きく開けている。
ひゅっという音がした。掃除機で吸ったかのように、おばけウイルスはモモちゃんの口に吸い込まれていった。
「里奈ちゃんなんて言ったの? ウイルス?」
アリサが不思議そうな顔をする。
「ううん。なんでもない」
里奈はあわてて言った。
「里奈ちゃんごめんね。嘘つきとか色々言って」
アリサが泣きそうな顔で言った。
「わたしも、ごめんね」
マキもすまなそうに言う。
里奈は首を横に振った。
「本当はね、色々、言ってくれてよかった。今、わかったの。わたし、アリサちゃんやマキちゃんの気持ちわかっているつもりで、全然わかってなかった。相手の気持ち考えるフリして、自分を守ろうとしていただけなのかも。全然守れてなくて、お腹痛くなったけど」
里奈は照れたように笑った。
「お腹、大丈夫なの?」
アリサが心配そうに言う。
「そういえばお腹、全然痛くない」
里奈はお腹を手で押さえて言った。本当にすっきりしていた。
いつのまにか涙もかわいている。
「正直に言っていい?」
アリサが遠慮がちに言った。
「なに?」
「わたし、やっぱり里奈ちゃんの話、信じられないよ。でも、里奈ちゃんが嘘をついているとも思わない。えっと、それはおばけの話ね」
「うん」
「でも、福袋はちょっと買ってみたいかな」
アリサがはずかしそうに言う。
「わたしも、わたしもっ」
マキが手を上げ、身を乗り出す。
「おもちゃのハッピーランドだからねっ。間違えないでよ」
里奈がマキの背中を叩く。
「わかってるって」
マキも里奈の背中を叩き返した。
「それと、里奈ちゃんが泣いてるの、初めて見た」
「わたしも」
「えっ、そうだっけ?」
里奈が首をかしげると、アリサが笑った。
「わたし、嬉しかったよ。里奈ちゃんが自分の気持ち、ちゃんと話してくれて」
里奈は自分の気持ちを話したら、きっと友達を傷つけると思いこんでいた。しかし、お腹にためこんでいた言葉は、アリサを傷つけるどころか、嬉しい気持ちにさせた。
ちゃんと伝えればちゃんと伝わる。リョウタの言ったことは本当だった。
いつもうまくいくかなんてわからないけど、里奈はもう、あのお腹の痛みには耐えられない。
だからこれからは、ちゃんと言葉にして伝えよう。嬉しい気持ちも悲しい気持ちも全部、今の自分の大切な気持ちだから。
後ろでガラガラと保健室の戸が開く音がする。
「あと1分でチャイムなるぞー」
リョウタが後ろからポンと里奈の頭を叩き、走り去っていく。
「あれ、里奈ちゃん。佐々木リョウタくんとそんなに仲良かったっけ?」
アリサが目を丸くする。
「リョウタくんのこと、知ってるの?」
「あたりまえじゃん。かっこいいって女子にすごい人気あるんだよ」
「ええー! わたし、つい最近名前知ったばかりなんだけど」
そう言いながら、里奈は不思議な気分になった。
リョウタとはもう、ずっと前から知り合いのような気がする。よく考えてみたら、リョウタとは友だちになったばかりなのに、ずいぶん色々な話をした。
前にモモちゃんが、リョウタは里奈の気持ちを引き出すのが上手だと言っていたのを思い出す。
(リョウタくんと友達になってよかった)
里奈は改めてそう思う。
「でも、仲良さそうだったじゃん。あやしいなぁ」
マキが里奈の脇をこづいてくる。
考えごとをしていたから、里奈は驚いて肩を震わせた。顔が一気に熱くなる。
「里奈ちゃん、わかりやすすぎー!」
アリサがクスクス笑う。
「な、なに言ってるの! もうからかわないでよ」
「チャイムなってるから、先行くよー」
笑い声をあげながら、アリサとマキが走って行く。
「待って」
里奈もあわてて追いかけた。
「お迎えにきてくれたはずなのに、置いてけぼりってちょっと~」
先を行く二人に、里奈は声を張り上げた。
「里奈ちゃん、遅いよ」
モモちゃんが早く早くと手招きする。
「これでも一応、病み上がりなんだからね」
里奈はモモちゃんをにらみつけた。
モモちゃんは、すっかりバレーボールのようにきれいな丸いおばけになっている。
「モモちゃん、急に大きくなったみたい」
里奈の声から逃げるかのように、モモちゃんがスッと教室に入っていった。
「モモちゃんっ」
そのままモモちゃんが消えてしまう気がして、里奈はあわてて教室に飛びこんだ。
「高山さん、そんなに走ってもう大丈夫なの?」
担任の中田先生が、驚いた顔でこっちを見る。
「あっ、はい。大丈夫です」
言いながらキョロキョロと教室を見回す。
(よかった)
モモちゃんはいた。ちゃっかり里奈の椅子に腰かけている。
モモちゃんを押しのけて椅子に座ると、アリサが笑いかけてきた。
里奈もにこっと微笑み返す。
胸の奥がほんのり温かい。
モモちゃんのふわふわの毛が、鼻先をくすぐった。
(ソラくん、どこに行っちゃったんだろう)
リョウタは、ソラくんが消えたわけじゃないと言っていた。
おばけ育成ゲームをクリアするとどうなるのだろう。
里奈はそのことが気になってしかたがなかった。
里奈はモモちゃんとできるだけ長く一緒にいたかった。それを口にすれば、モモちゃんはどんどん大きくなって、きっとゲームは終了に近づいていく。
モモちゃんを大きく成長させてあげたい気持ちと、ゲームが終了してしまうのが寂しい気持ちが交互に、波のように押し寄せてくる。
一言では言い表せない、すごく複雑な気持ちだった。
二人は教室にいると思っていたから、里奈は思わず足がすくんでしまった。
アリサとマキがかけよってくる。
「里奈ちゃん、大丈夫?」
「二人とも、どうしてここに?」
里奈は驚いて言った。
「保健の先生がね、里奈ちゃん2時間目から戻るって言ってたから、迎えにきたの」
アリサが息を切らして言う。
「ありがとう」
里奈は心をこめて言った。本当に嬉しかった。
「ごめんね。わたしが言いすぎたから、お腹痛くなっちゃたんだよね?」
アリサが上目づかいで里奈を見る。
「違う。わたしがなにも言わなさすぎたからいけないの」
里奈はアリサとマキを見た。
「わたし、絵日記に嘘なんて書いてないよ。おばけ育成ゲームのこと、本当だよ。福袋のことも、全部本当」
アリサとマキが顔を見合わせる。
「二人が信じてくれなくてもいいの。ただ、わたしは一度も嘘なんかついていないってこと、言いたかったの。わたしは嘘をついてない。これだけは胸を張って言えるの」
里奈は大きく息を吸った。
「だから、嘘つきなんて言われたらいやだよ」
アリサとマキが、目を見張った。
泣くつもりなんかなかったのに、勝手に大粒の涙がこぼれた。
里奈は流れる涙を手でぬぐうこともせず、そのままにした。
全部全部、外に吐き出してしまいたい。
悲しい気持ちもくやしい気持ちも、お腹の底でくすぶっているイライラも、全部吐き出してしまえばいい。
お腹の底に押しこめていた言葉が、火山が噴火するみたいに喉元までせり上がってくる。この言葉を、気持ちを、もう飲みこんだり、押し戻したりなんかしない。
「嘘つきなんて言われたら、いやなのっ!」
思い切り叫んだら、目の前が一瞬真っ黒になった。
小さな黒い虫の集団に見えるそれは、よく見ると小さな黒いおばけの大群だった。
「これが、おばけウイルスかぁ」
里奈は思わずつぶいた。
モモちゃんが思い切り口を大きく開けている。
ひゅっという音がした。掃除機で吸ったかのように、おばけウイルスはモモちゃんの口に吸い込まれていった。
「里奈ちゃんなんて言ったの? ウイルス?」
アリサが不思議そうな顔をする。
「ううん。なんでもない」
里奈はあわてて言った。
「里奈ちゃんごめんね。嘘つきとか色々言って」
アリサが泣きそうな顔で言った。
「わたしも、ごめんね」
マキもすまなそうに言う。
里奈は首を横に振った。
「本当はね、色々、言ってくれてよかった。今、わかったの。わたし、アリサちゃんやマキちゃんの気持ちわかっているつもりで、全然わかってなかった。相手の気持ち考えるフリして、自分を守ろうとしていただけなのかも。全然守れてなくて、お腹痛くなったけど」
里奈は照れたように笑った。
「お腹、大丈夫なの?」
アリサが心配そうに言う。
「そういえばお腹、全然痛くない」
里奈はお腹を手で押さえて言った。本当にすっきりしていた。
いつのまにか涙もかわいている。
「正直に言っていい?」
アリサが遠慮がちに言った。
「なに?」
「わたし、やっぱり里奈ちゃんの話、信じられないよ。でも、里奈ちゃんが嘘をついているとも思わない。えっと、それはおばけの話ね」
「うん」
「でも、福袋はちょっと買ってみたいかな」
アリサがはずかしそうに言う。
「わたしも、わたしもっ」
マキが手を上げ、身を乗り出す。
「おもちゃのハッピーランドだからねっ。間違えないでよ」
里奈がマキの背中を叩く。
「わかってるって」
マキも里奈の背中を叩き返した。
「それと、里奈ちゃんが泣いてるの、初めて見た」
「わたしも」
「えっ、そうだっけ?」
里奈が首をかしげると、アリサが笑った。
「わたし、嬉しかったよ。里奈ちゃんが自分の気持ち、ちゃんと話してくれて」
里奈は自分の気持ちを話したら、きっと友達を傷つけると思いこんでいた。しかし、お腹にためこんでいた言葉は、アリサを傷つけるどころか、嬉しい気持ちにさせた。
ちゃんと伝えればちゃんと伝わる。リョウタの言ったことは本当だった。
いつもうまくいくかなんてわからないけど、里奈はもう、あのお腹の痛みには耐えられない。
だからこれからは、ちゃんと言葉にして伝えよう。嬉しい気持ちも悲しい気持ちも全部、今の自分の大切な気持ちだから。
後ろでガラガラと保健室の戸が開く音がする。
「あと1分でチャイムなるぞー」
リョウタが後ろからポンと里奈の頭を叩き、走り去っていく。
「あれ、里奈ちゃん。佐々木リョウタくんとそんなに仲良かったっけ?」
アリサが目を丸くする。
「リョウタくんのこと、知ってるの?」
「あたりまえじゃん。かっこいいって女子にすごい人気あるんだよ」
「ええー! わたし、つい最近名前知ったばかりなんだけど」
そう言いながら、里奈は不思議な気分になった。
リョウタとはもう、ずっと前から知り合いのような気がする。よく考えてみたら、リョウタとは友だちになったばかりなのに、ずいぶん色々な話をした。
前にモモちゃんが、リョウタは里奈の気持ちを引き出すのが上手だと言っていたのを思い出す。
(リョウタくんと友達になってよかった)
里奈は改めてそう思う。
「でも、仲良さそうだったじゃん。あやしいなぁ」
マキが里奈の脇をこづいてくる。
考えごとをしていたから、里奈は驚いて肩を震わせた。顔が一気に熱くなる。
「里奈ちゃん、わかりやすすぎー!」
アリサがクスクス笑う。
「な、なに言ってるの! もうからかわないでよ」
「チャイムなってるから、先行くよー」
笑い声をあげながら、アリサとマキが走って行く。
「待って」
里奈もあわてて追いかけた。
「お迎えにきてくれたはずなのに、置いてけぼりってちょっと~」
先を行く二人に、里奈は声を張り上げた。
「里奈ちゃん、遅いよ」
モモちゃんが早く早くと手招きする。
「これでも一応、病み上がりなんだからね」
里奈はモモちゃんをにらみつけた。
モモちゃんは、すっかりバレーボールのようにきれいな丸いおばけになっている。
「モモちゃん、急に大きくなったみたい」
里奈の声から逃げるかのように、モモちゃんがスッと教室に入っていった。
「モモちゃんっ」
そのままモモちゃんが消えてしまう気がして、里奈はあわてて教室に飛びこんだ。
「高山さん、そんなに走ってもう大丈夫なの?」
担任の中田先生が、驚いた顔でこっちを見る。
「あっ、はい。大丈夫です」
言いながらキョロキョロと教室を見回す。
(よかった)
モモちゃんはいた。ちゃっかり里奈の椅子に腰かけている。
モモちゃんを押しのけて椅子に座ると、アリサが笑いかけてきた。
里奈もにこっと微笑み返す。
胸の奥がほんのり温かい。
モモちゃんのふわふわの毛が、鼻先をくすぐった。
(ソラくん、どこに行っちゃったんだろう)
リョウタは、ソラくんが消えたわけじゃないと言っていた。
おばけ育成ゲームをクリアするとどうなるのだろう。
里奈はそのことが気になってしかたがなかった。
里奈はモモちゃんとできるだけ長く一緒にいたかった。それを口にすれば、モモちゃんはどんどん大きくなって、きっとゲームは終了に近づいていく。
モモちゃんを大きく成長させてあげたい気持ちと、ゲームが終了してしまうのが寂しい気持ちが交互に、波のように押し寄せてくる。
一言では言い表せない、すごく複雑な気持ちだった。
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