愛するあの子は、わたしが殺した

ことは

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「やっぱり誰もいない」

 瑞穂が呟いた時だ。

「マミちゃんいますか?」

 突然の声に、瑞穂は悲鳴を上げた。慌てて玄関扉を閉めようとした。

「マミちゃん、いますか?」

 扉の隙間を縫うように再び声がして、瑞穂は目を見張った。

 目の前には、小さな女の子が立っていた。2~3歳位だろうか。瑞穂の腿の付け根位までの背丈だ。どうりで覗き窓から姿が見えないわけだ。

「あなたがチャイムを鳴らしたの?」

 瑞穂が訊ねると、女の子はこくんとうなずいた。ジャンプして、チャイムのボタンを押して見せる。

「すごいね」

 瑞穂は褒めたが、女の子は無表情のままだ。

「もしかしてあなた、隣の部屋の子?」

 瑞穂の質問に、女の子がうなずいた。

「ねぇ、そんな恰好で寒くない? こっち入っていいよ。部屋の中は暖房がついているから」

 瑞穂が玄関扉を大きく開くと、女の子はそろりと土間まで入ってきた。瑞穂は玄関扉を閉め、外の冷気を遮断した。

 アパートの土間は二人立つには狭く、瑞穂は玄関前の床に上がった。

 女の子は真冬だというのに、キャミソール一枚と黒い短パンにサンダル姿だった。キャミソールは薄い灰色をしていたが、元々白であったと想像がつく。

 おかっぱ頭の髪の毛は、長い間梳かしていないのか、あちこち絡まって束になっていた。細い目は不安そうに揺れ、薄い唇はひび割れて薄く血が滲んでいた。

「上がる?」

 瑞穂は部屋を指さしたが、女の子は首を横に振った。

「マミちゃんいますか」

 女の子は先程と同じことを尋ねてきた。

「わたしは、ここに一人で住んでいるの」

「マミちゃんいますか」

 女の子は表情を変えずに、同じ言葉を繰り返した。

「マミちゃんって、誰? あなたのお友だち?」

 瑞穂が聞くと、女の子はうなずいた。

 しばらく沈黙が続いた後、女の子が再び口を開いた。

「マミちゃんのこと、知らないの?」

「知らないわ」

 瑞穂は答えながら、胸に痛みを覚えた。

 確かにこの女の子の友だちであろうマミちゃんのことは知らないが、その名前には心当たりがあったからだ。

「嘘。だってマミちゃんは、ここに住んでいるって言ってたよ」

 よくある名前だ。たまたま同じ名前なのだろうが、その名前は瑞穂の心をざわつかせた。

 女の子は、瑞穂の言うことを疑っているようだ。不満げに少し口を尖らせている。

「もしかしたら、その子は前にここに住んでいたのかもね。わたしは先週、ここに引っ越してきたばかりなの」

「マミちゃんと一緒に引っ越してきたの?」

 女の子が首をかしげた。

「いいえ。今、この部屋には、わたし一人しか住んでいないわ」

 女の子は、「なーんだぁ」と気の抜けた返事をして、くるりと背を向けた。

 自分の家に、帰ろうとしているらしい。

「ちょっと待って」

 瑞穂は慌てて女の子を引き留めようとした。

 女の子の腕を一瞬掴み、はっとして手を放す。女の子の腕は想像以上に細かった。いや、細かったという感覚は間違いだ。掴んだ感触がほとんどなかった。

 女の子がゆっくりと振り返った。

 幼い女の子特有の頬の膨らみはなく、鎖骨が浮き出ていた。顔は青白く、全く栄養が行き届いていない。

 ほとんど食事を与えられていないのではないだろうか。

 今ここでこの子から話を聞きださなければ、次いつ会えるかわからない。

「わたしのことを教えたから、今度はあなたのことも、色々教えてくれる?」

 瑞穂は慎重に聞いた。
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