愛するあの子は、わたしが殺した

２０

　夜７時過ぎ。瑞穂の部屋のチャイムが鳴った。

　リナだろうか。

　昼間の大家さんの話を思い出す。リナは、一年前に亡くなった綾瀬里奈で間違いない。ずっと半信半疑だったが、今では瑞穂は確信していた。

　瑞穂はゆっくりと玄関前まで歩いていった。鍵を回す手が震える。

　心を落ち着かせ、玄関扉を開けた。

「瑞穂、大丈夫？　顔色悪いよ」

　扉の向こうに立っていたのはリナではなく、スーツ姿の菜月だった。首には仕事のネームプレートをぶら下げている。

「菜月？　急にどうしたの？」

　瑞穂は驚きと安堵の入り混じった気持ちで訊ねた。

「仕事ですぐ近くまで来たの。瑞穂のことがちょっと心配になって、職場に戻る前に寄ったの」

「そうなんだ。ありがとう」

「大家さんの話、聞いた？」

　菜月の問いに、瑞穂はうなずいた。

「ショックじゃなかった？」

　菜月が瑞穂の顔色を窺うように言った。

「まぁ……ね」

　普通の神経の持ち主なら、あんな話、誰が聞いてもショックを受けるだろう。

　菜月はあぁとため息をついた。

「わたしはこういう仕事で慣れているけど、大家さんの話を聞いてみたらなんて、軽々しく言っちゃったかなって反省して。瑞穂、ただでさえ自分の子どものこととかで色々あったのに……」

　菜月が目を潤ませる。

「そんな顔しないで。わたしは大丈夫。大家さんの話聞いて、よかったって思ってる」

「そう。それならいいけど」

　菜月が安心した顔をする。

「リナちゃんのために、わたしが今できることしようと思って」

　瑞穂はきっぱりと言った。

「え？」

　菜月が怪訝そうに顔をしかめる。

「瑞穂、なにをするつもり？」

「やだ。そんな心配するようなことじゃないよ」

　瑞穂はケラケラと笑った。

　リナは両親に虐待され、亡くなっている。そのことを、瑞穂はリナに伝えようと思っていた。

　きっとリナは、自分が死んでいることに気がついていない。リナには成仏して、天国で安らかに眠ってほしい。そのためには、事実を伝えなければならない。

　酷なようだが、今後もずっと１０２号室で、一人孤独にお母さんの帰りを待つリナを想像したら哀しくて寂しくて、伝えるしかないと思った。

「ならいいけど……わたし、仕事に戻らなくちゃだから、行くね」

　菜月が腕時計を見ながら言う。

「うん。来てくれてありがとう。嬉しかった」

「本当に無理しないでね。じゃぁ」

　瑞穂は玄関扉を閉めた。扉の向こう側で、菜月が急ぎ足で帰っていく足音が聞こえた。