世界で一番、可愛いおばけ

ことは

文字の大きさ
3 / 29
1天国から地獄

1-3

しおりを挟む
 家に帰るとすぐに、夫の孝之に電話した。

 玄関ホールに立ったまま、孝之の番号を呼び出す。

 ワンコールで孝之が出た。

「亜紀? 俺今、外回り中なんだけど」

 孝之は、地元の小さな建設会社で営業を担当している。亜紀より2歳年上の32歳。働き盛りだ。

 なにも知らない孝之の声は明るい。

「どした?」

 押し黙ったままの亜紀に、孝之が言う。

「そういえば今日妊婦検診だったっけ? 赤ちゃんどうだった? 動いてた?」

 声が弾んでいる。きっと孝之は嬉しそうな顔をしているに違いない。

 亜紀の目から、涙がこぼれる。亜紀は天井を仰ぎ、目を閉じた。

 スーツ姿でスマホを耳に当て、短い髪をかき上げている孝之の姿がまぶたの裏に映る。

 今度は亜紀が、孝之を天国から地獄に落とさなければならないのだ。恐ろしい悪魔になって、呪いの言葉を吐かなければならないのだ。

 亜紀にどうしてそんなことができるだろう。

「もしもーし、亜紀、聞こえてる? 赤ちゃん、元気だった?」

 亜紀が説明しようとして口を開いた瞬間、悲鳴に近い声が出た。

 用意していた言葉は、一つも言葉にならない。

 白い天井を仰いだまま、亜紀は口を大きく開けた。喉からほとばしるのは、まるで意味を成さない叫び声だけだった。

「どうした亜紀! 亜紀!」

 慌てふためいた孝之の声も、ほとんど耳に入ってこなかった。

 亜紀の手から力が抜ける。耳に当てたスマホが、低い音を立てて床に落ちた。

   ◇

「亜紀っ」

 玄関ドアが乱暴に開いて、孝之が入ってきた。

 泣き疲れて、亜紀は玄関ホールに座りこんだまま放心していた。30分は、こうしていただろうか。

 孝之が無造作に靴を脱ぎ、亜紀の元にかけよってくる。

「孝之、仕事は?」

 もう出ないかと思った声が、自然に出た。

「有休とってきたよ。だって亜紀が……赤ちゃん、なにかあったの?」

 孝之が床であぐらをかく。亜紀の肩にそっと手を置いた。

 心配そうに孝之に見つめられて、亜紀はまた涙がこぼれた。泣きながら、亜紀は少しずつ話した。順番なんかめちゃくちゃだったが、孝之になんとか伝えることができた。

「そっか」

 孝之は唇を噛みしめた。よほど強く噛みしめているのか、唇が真っ白い。うつろな目で床の一点を見つめている。

 孝之はそっと亜紀のお腹をなでると、大きなため息をついた。

「亜紀、大丈夫?」

 孝之は優しくそう言って亜紀を抱きしめた。その腕が、その肩が、小刻みに震えていた。

 亜紀は、孝之の背中に手を回した。孝之がまるで、子どものように小さく縮んでしまったように感じた。

 亜紀は今、静かにゆっくりと孝之を地獄の底に突き落としたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...