世界で一番、可愛いおばけ

ことは

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1天国から地獄

1-6

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 翌朝、ラミナリアを抜かれた。

「これから3時間ごとにプレグランディン膣坐剤を入れてくからね。これは子宮の収縮を促して、人工的に陣痛を起こすお薬。陣痛促進剤ね」

 内診台のカーテン越しに、医師が言った。

 処置が終わると個室に戻って、陣痛を待つことになった。陣痛がこなかったり弱かったりした場合は、薬の量を増やしていくという。

 個室に戻ると、実家の母が来ていた。

 孝之は午後からしか仕事を休めなかった為、午前中は母が付き添ってくれることになっていた。感染症予防のため、付き添いは一人だけとの病院側の決まりがあった。孝之が到着次第交代となる。

「亜紀、痛みはどう?」

 母が心配そうな顔をしている。

 ゆるいパーマをかけたショートヘアの母は、55歳だが、いつも10歳は若く見られる。だが今日は、いつもより少し老けて見えた。

「今、陣痛促進剤入れてもらってきた。痛みはまだ重い生理痛程度。早くても夕方くらいじゃないかなぁって、先生が」

 亜紀は、ベッドに横になりながら言った。

 母もパイプ椅子に座る。

「ちょっとは眠れた?」

 亜紀は首を横に振った。

 昨日は一晩中、うとうとしそうになると痛みで目が覚めた。そのうち夢と現実の区別がつかなくなって、幻想の中をずっと漂っているような気分だった。

「イタタタタタ」

 亜紀は腰を押さえた。

「大丈夫? 促進剤、効いてきたのかしら」

 亜紀が痛みを訴えるたび、母が腰をさすってくれた。

 それから、ほんの2時間程度。午前11時頃には爆発するような痛みがきた。医師の予測より早い時間に、お別れはやってきた。

 腰を鉄製のハンマーで殴られているようだった。陣痛は波のように押し寄せたり引いたりを繰り返す。陣痛の間隔は3分になっていた。すぐに分娩台に移動となった。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 亜紀は叫び続けた。

 立ちあう予定だった孝之は間に合わなかった。

 亜紀は二人の助産師に脇を抱えられながら、分娩台に上がった。

「陣痛のタイミングでいきんで」

 助産師の声なのか医師の声なのか聞き分けられなかった。

 そこから記憶が吹っ飛び、どうやっていきんだのかもわからなかった。

 次の記憶は、股の間からなにかが強くひっぱり出される感触。気がつくと、お腹の痛みが消えていた。

「産まれたよ。女の子だった」

 誰かが言った。

「本当に?」

 産声は聞こえなかった。赤ちゃんもいない。

 亜紀は分娩室のあちこちに視線をさまよわせた。

 分娩室を出ていく一人の助産師に、亜紀は目を止めた。なにか白い布にくるまれたものを持っていた。

「赤ちゃんは?」

 近くにいた助産師にたずねた。

「旦那さんが来てから、面会するかどうか決めましょう」

 涙は出なかった。

 真っ白い天井が見えた。

 分娩室はとても静かだった。

 亜紀は浅い呼吸を繰り返した。

 次の瞬間。

 獣の咆哮が空気を切り裂いた。

 大地が割れるような咆哮。咆哮。咆哮。咆哮。

 亜紀は、それが自分の口から発せられていると気がつくのに時間がかかった。

 吼えている亜紀を冷静に見つめている亜紀がいる。気持ちは穏やかなのに、身体がいうことをきかない。心と身体が切り離されたみたいだった。

 亜紀の身体が弓なりになった。背中を分娩台に打ちつける。

「村瀬さんっ」

 助産師たちが、慌てて亜紀の身体を押さえつけた。

 たくさんの腕をはねのけ、亜紀の身体は弓なりになって吼え続ける。

「鎮静剤!」

 医師が叫ぶのが聞こえた。
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