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3人形
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3月の終わり、早苗からメールが送られてきた。
亜紀はリビングでソファに腰かけ、子守唄を歌っている。
亜紀の膝にはそらが乗っていた。そらは成長することを知らず、いつまでも生まれた時の姿のままだった。
【3月29日午前10時5分、2890グラムの元気な男の子が生まれたよ! 予定日より1週間も早く生まれちゃった! 4月の予定だったのに、早くママに会いたかったのかな。亜紀のベイビーと同級生になれなくて残念。名前は拓也です】
赤ちゃんの画像が送られてきた。くしゃくしゃの泣き顔だった。
亜紀はちっとも可愛いとは思わなかったが、頭も目も鼻も口もすべてあるべき場所についている。健康な男の子だということには間違いなかった。
早苗には、人工死産したことを言いそびれたままだった。まだ亜紀が妊婦だと思っているようだ。
【おめでとー。可愛い赤ちゃんだね】
子守唄に身体を揺らしながら、亜紀はメールを送信した。
【ありがとう。本当に可愛くてたまらないよ】
冷めた気持ちで、亜紀はメールを眺めた。舌の奥が苦かった。
亜紀はスマホを放り投げ、そらを抱きしめた。
「私には、この子がいる」
そらが来て1か月。最初はただ眺めているだけで幸せだった。
そらは、手のかからない赤ちゃんだった。手のかからないことが、亜紀をひどく寂しい気持ちにさせた。
そらは母の愛を求めていないのではないか。だから泣かないのではないか。
愛を求めているのは亜紀だけではないか。亜紀の我儘な願望を満たすためだけに、そらは存在しているのではないか。
すべて亜紀が生み出した妄想だというのなら、それが事実だろう。
だが、亜紀はそらに必要とされたかった。
本当なら、母親というのは赤ん坊の夜泣きで寝不足になるものではないか。そらにもっと泣いてもっと我儘を言ってほしかった。亜紀が育児ノイローゼになるほどに、もっと愛を求めてほしかった。
スマホが再び振動した。
放り投げてしまったスマホを引き寄せ、メール画面を開く。友里からだった。
友里と連絡を取るのは、先月電話で話して以来だ。友里は、3、4か月生理がないと言っていた。
あの時亜紀は、友里の話をまともに聞ける状態ではなかった。友里の喜びを受け止めることができず、ちゃんと話を聞かずに電話を切ってしまった。
友里は妊娠したことを、改めてメールで知らせてきたのだろうか。
【早苗の子、生まれたね。私、早苗の入院中は仕事休めなくて、落ち着いたら自宅にお祝いに行くけど、亜紀はどうする?】
妊娠のことには触れていなかった。
友里が亜紀に気を使ってくれているのがわかった。その気遣いさえも悲しかった。
友里は今、妊娠4か月か5か月くらいだろうか。そろそろお腹も膨らんでいるに違いない。友里に会うのは気が引けた。
だが亜紀は、新生児が大勢いる産院に一人で行く勇気もなかった。早苗に会えば、亜紀のお腹が膨らんでいないことだって知られてしまう。その時には、人工死産した事実を伝えざるを得ない。
【私も一緒に行っていい? 早苗に連絡しておいてもらえるかな】
【了解】
短い返事が来た。
亜紀はリビングでソファに腰かけ、子守唄を歌っている。
亜紀の膝にはそらが乗っていた。そらは成長することを知らず、いつまでも生まれた時の姿のままだった。
【3月29日午前10時5分、2890グラムの元気な男の子が生まれたよ! 予定日より1週間も早く生まれちゃった! 4月の予定だったのに、早くママに会いたかったのかな。亜紀のベイビーと同級生になれなくて残念。名前は拓也です】
赤ちゃんの画像が送られてきた。くしゃくしゃの泣き顔だった。
亜紀はちっとも可愛いとは思わなかったが、頭も目も鼻も口もすべてあるべき場所についている。健康な男の子だということには間違いなかった。
早苗には、人工死産したことを言いそびれたままだった。まだ亜紀が妊婦だと思っているようだ。
【おめでとー。可愛い赤ちゃんだね】
子守唄に身体を揺らしながら、亜紀はメールを送信した。
【ありがとう。本当に可愛くてたまらないよ】
冷めた気持ちで、亜紀はメールを眺めた。舌の奥が苦かった。
亜紀はスマホを放り投げ、そらを抱きしめた。
「私には、この子がいる」
そらが来て1か月。最初はただ眺めているだけで幸せだった。
そらは、手のかからない赤ちゃんだった。手のかからないことが、亜紀をひどく寂しい気持ちにさせた。
そらは母の愛を求めていないのではないか。だから泣かないのではないか。
愛を求めているのは亜紀だけではないか。亜紀の我儘な願望を満たすためだけに、そらは存在しているのではないか。
すべて亜紀が生み出した妄想だというのなら、それが事実だろう。
だが、亜紀はそらに必要とされたかった。
本当なら、母親というのは赤ん坊の夜泣きで寝不足になるものではないか。そらにもっと泣いてもっと我儘を言ってほしかった。亜紀が育児ノイローゼになるほどに、もっと愛を求めてほしかった。
スマホが再び振動した。
放り投げてしまったスマホを引き寄せ、メール画面を開く。友里からだった。
友里と連絡を取るのは、先月電話で話して以来だ。友里は、3、4か月生理がないと言っていた。
あの時亜紀は、友里の話をまともに聞ける状態ではなかった。友里の喜びを受け止めることができず、ちゃんと話を聞かずに電話を切ってしまった。
友里は妊娠したことを、改めてメールで知らせてきたのだろうか。
【早苗の子、生まれたね。私、早苗の入院中は仕事休めなくて、落ち着いたら自宅にお祝いに行くけど、亜紀はどうする?】
妊娠のことには触れていなかった。
友里が亜紀に気を使ってくれているのがわかった。その気遣いさえも悲しかった。
友里は今、妊娠4か月か5か月くらいだろうか。そろそろお腹も膨らんでいるに違いない。友里に会うのは気が引けた。
だが亜紀は、新生児が大勢いる産院に一人で行く勇気もなかった。早苗に会えば、亜紀のお腹が膨らんでいないことだって知られてしまう。その時には、人工死産した事実を伝えざるを得ない。
【私も一緒に行っていい? 早苗に連絡しておいてもらえるかな】
【了解】
短い返事が来た。
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