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4愛憎
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生理が遅れている。
生理周期は、毎月ほぼ28日周期を守っている。今回の生理予定日は、1月9日。その日はそらの命日だった。
そらが亡くなった日に血を見るのが、なぜかすごく嫌だった。生理が遅れてくれたらいいなと思っていたらその通りになった。
最初はただ遅れているだけだろうと思ったが、今日はもう23日。2週間も遅れている計算になる。
そらが亡くなってから1年が経過していた。
しかし亜紀は、今なお妊娠することを恐れ、排卵日付近の性交渉を避けていた。基礎体温をきちんと測り、妊娠する可能性のある期間は確実に外していた。
だから妊娠している可能性は低い。ホルモンバランスを崩しているのかもしれないと亜紀は思っていた。
念のために、買い物のついでに妊娠検査薬を買ってきた。
亜紀はトイレで、白いスティック状の妊娠検査薬を眺めた。
判定に1分もかからなかった。尿をかけるとすぐに反応があった。妊娠判定の小窓にくっきりと赤い線が入っている。
「嘘。排卵日が、ずれてた?」
亜紀は便座に座ったまま、赤い線をしばらく眺めた。何度見直しても間違いない。妊娠検査薬は陽性を示していた。
亜紀はトイレを出ると、洗面所で手を洗った。
タオルで手を拭きながら、洗面所の鏡を見る。
1年間、伸ばしっぱなしの黒い髪。外出をあまりしないため、元々白い肌がさらに白くなっていた。
亜紀はそっと自分のお腹に手を当てた。
頬が自然に緩んだ。
嬉しかった。赤ちゃんが出来たことが嬉しかった。なによりも、嬉しいと感じることができた自分に驚いた。不安よりも、喜びの方が上回っていた。
新しい生命は、喜びに満ちあふれていた。お腹の中に芽生えた命が愛しくてたまらなくて、涙がポロポロとこぼれた。
亜紀は階段を上り、2階の寝室に向かった。
亜紀は赤ちゃんができたら、そらが消えてしまうような予感があった。精神の病が見せる幻覚なのであれば、亜紀の心が満たされた時に、消えるに違いない。
寝室のドアノブに手をかける。
亜紀はゆっくりとドアを向こう側に押した。
寝室に一歩足を踏み入れて、亜紀は固まった。
ベビーベッドから、そらが大きな黒い目で亜紀を見ていた。
亜紀の心臓がドクンと鳴った。
亜紀が動揺したのは、そらが消えていなかったからではない。いつもの見慣れた姿とは、様子が違ったからだ。
そらはいつものように寝転んではいなかった。
四つん這いの姿勢で、亜紀をじっと見ている。
「そらちゃん……」
亜紀がつぶやくと、それに反応したかのように、そらがハイハイを始めた。
ベビーベッドの上をゆっくりとこっちにやってくる。
「危ないっ」
体の小さなそらが、ベビーベッドの柵から抜け落ちた。
亜紀は慌てて駈け寄った。
床に落ちたそらを、抱き上げる。怪我をした様子はなかった。
そらが、亜紀の顔を見上げている。
「ハイハイ、できるようになったの?」
そらは答えない。嬉しそうに笑うことも、泣くこともない。
そらの目が、亜紀を責めているように感じてしまう。そらが消えているかもしれないと考えたことを、見透かされているような気がした。
そらのねっとりとした視線を振り払うように、亜紀は微笑んだ。
「そらちゃんすごい。ちっとも大きくならないと思ってたけど、やっぱりちょっとずつ成長しているんだね」
亜紀はそらをぎゅっと抱きしめた。
「あのね、そらちゃん。ママ、赤ちゃんできたの。そらちゃん、おねえちゃんになるんだよ」
そらはなんの反応も見せない。ただひたすらに、亜紀の顔を見つめていた。
「そらちゃん、ママのことが心配なのかな」
赤ちゃんが無事に生まれるまでは、亜紀の不安は完全には消えない。亜紀の心が満たされてそらが消えるのは、きっと赤ちゃんが生まれてからだ。亜紀はそう考えた。
生理周期は、毎月ほぼ28日周期を守っている。今回の生理予定日は、1月9日。その日はそらの命日だった。
そらが亡くなった日に血を見るのが、なぜかすごく嫌だった。生理が遅れてくれたらいいなと思っていたらその通りになった。
最初はただ遅れているだけだろうと思ったが、今日はもう23日。2週間も遅れている計算になる。
そらが亡くなってから1年が経過していた。
しかし亜紀は、今なお妊娠することを恐れ、排卵日付近の性交渉を避けていた。基礎体温をきちんと測り、妊娠する可能性のある期間は確実に外していた。
だから妊娠している可能性は低い。ホルモンバランスを崩しているのかもしれないと亜紀は思っていた。
念のために、買い物のついでに妊娠検査薬を買ってきた。
亜紀はトイレで、白いスティック状の妊娠検査薬を眺めた。
判定に1分もかからなかった。尿をかけるとすぐに反応があった。妊娠判定の小窓にくっきりと赤い線が入っている。
「嘘。排卵日が、ずれてた?」
亜紀は便座に座ったまま、赤い線をしばらく眺めた。何度見直しても間違いない。妊娠検査薬は陽性を示していた。
亜紀はトイレを出ると、洗面所で手を洗った。
タオルで手を拭きながら、洗面所の鏡を見る。
1年間、伸ばしっぱなしの黒い髪。外出をあまりしないため、元々白い肌がさらに白くなっていた。
亜紀はそっと自分のお腹に手を当てた。
頬が自然に緩んだ。
嬉しかった。赤ちゃんが出来たことが嬉しかった。なによりも、嬉しいと感じることができた自分に驚いた。不安よりも、喜びの方が上回っていた。
新しい生命は、喜びに満ちあふれていた。お腹の中に芽生えた命が愛しくてたまらなくて、涙がポロポロとこぼれた。
亜紀は階段を上り、2階の寝室に向かった。
亜紀は赤ちゃんができたら、そらが消えてしまうような予感があった。精神の病が見せる幻覚なのであれば、亜紀の心が満たされた時に、消えるに違いない。
寝室のドアノブに手をかける。
亜紀はゆっくりとドアを向こう側に押した。
寝室に一歩足を踏み入れて、亜紀は固まった。
ベビーベッドから、そらが大きな黒い目で亜紀を見ていた。
亜紀の心臓がドクンと鳴った。
亜紀が動揺したのは、そらが消えていなかったからではない。いつもの見慣れた姿とは、様子が違ったからだ。
そらはいつものように寝転んではいなかった。
四つん這いの姿勢で、亜紀をじっと見ている。
「そらちゃん……」
亜紀がつぶやくと、それに反応したかのように、そらがハイハイを始めた。
ベビーベッドの上をゆっくりとこっちにやってくる。
「危ないっ」
体の小さなそらが、ベビーベッドの柵から抜け落ちた。
亜紀は慌てて駈け寄った。
床に落ちたそらを、抱き上げる。怪我をした様子はなかった。
そらが、亜紀の顔を見上げている。
「ハイハイ、できるようになったの?」
そらは答えない。嬉しそうに笑うことも、泣くこともない。
そらの目が、亜紀を責めているように感じてしまう。そらが消えているかもしれないと考えたことを、見透かされているような気がした。
そらのねっとりとした視線を振り払うように、亜紀は微笑んだ。
「そらちゃんすごい。ちっとも大きくならないと思ってたけど、やっぱりちょっとずつ成長しているんだね」
亜紀はそらをぎゅっと抱きしめた。
「あのね、そらちゃん。ママ、赤ちゃんできたの。そらちゃん、おねえちゃんになるんだよ」
そらはなんの反応も見せない。ただひたすらに、亜紀の顔を見つめていた。
「そらちゃん、ママのことが心配なのかな」
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