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5地獄から天国
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「亜紀大丈夫か?」
気づくと亜紀は、孝之に支えられるようにして、ソファに体を預けていた。
いつの間にか、葵の吐瀉物で汚れた服も着替えさせられていた。
「ママ、だいじょうぶ?」
葵がソファに腰かけ、目に涙をためている。
「葵っ」
亜紀は葵を強く抱きしめた。
「ママ、くるしいよ」
葵の声に、亜紀は力を緩めた。
「よかった、葵」
亜紀は葵の髪を優しくなでた。
「あのね、あのね。さっきね、あおいちゃんのあたまのなかにね、そらちゃんのおばけきたよ」
葵が、上目遣いで亜紀を見る。
「あたまのなかにね、すーってはいってきたの」
亜紀は静かにうなずいた。
「葵?」
孝之が不安そうな顔をする。
「止めないで」
亜紀は孝之に手の平を向けて制した。
「あのね。そらちゃんのおばけ、しゃべれないの。だからあばれちゃったの」
「うん」
「あのね、あのね」
すぐには言葉が出てこなくて、葵は考えるように首をかしげる。
「あのね、そらちゃんのおばけ、かんがえてることね、あおいちゃんわかったよ」
葵が嬉しそうに言う。
「そらちゃんのおばけはね、あのね、あのね」
「なあに?」
「ママといっしょにいたいだけなんだよ。ママがだいすきなんだよ」
「うん、知ってる」
亜紀は葵の頭をポンポンと優しく叩いた。
「どうしてしってるの?」
「そらちゃんのおばけね、ママの頭の中にも来たんだよ」
「ほんとう? そらちゃんのおはなし、きこえた?」
亜紀はうなずいた。
「ほんとう?」
「うん。そらちゃんは……」
亜紀の目から涙がこぼれた。
「ママ、どうしてなくの? いたいの?」
亜紀は首を横に振った。
「どこも痛くないよ」
「ほんとう?」
亜紀はうなずいた。
「そらちゃんは……」
「どこもいたくない?」
「そらちゃんは、ママをただ愛してるって」
亜紀は孝之を見た。
孝之の視線は宙を彷徨っている。見えない何かを探すように。名前のない何かを探すように。やがて、深いため息をついた。
そらの存在は、一体なんなのだろう。
わからない。わからないことが、亜紀をどうしてこんなに不安にさせるのだろう。ただ愛すべき存在というだけではダメなのか。
そらを仮に妄想と呼ぶ。仮に幻覚と呼ぶ。仮に幽霊と呼ぶ。仮に新人類と呼ぶ。仮におばけと呼ぶ。
葵がおばけと呼ぶなら、それでもいい気がした。
仮にそらをおばけと呼ぶなら、世界で一番、可愛いおばけではないか。
亜紀はもう一度葵を抱きしめた。
葵は小さくて温かくてふわっと柔らかい。
「ママ、すき」
葵が抱きついてくる。
亜紀はふと喉に手を当てた。胸焼けをした時のような違和感がある。喉の奥でなにかがうねる。
「亜紀……」
孝之が、ギョッとした顔で亜紀を見る。
「口のところ。手みたいなやつが……」
瞬間的に亜紀は、ゴクンと唾を飲んだ。一緒になにかを飲み下したような感覚があった。
「えっ、なに?」
亜紀が問いかけると、孝之は目をこすった。
「いや、なんでもない」
孝之は床からスマホを拾い上げていじり始めた。
「供養のこと、もう少し考えさせて」
亜紀が言うと、孝之はスマホから目を離した。
「私はね、そらとずっと一緒にいようと思うの。もし私が死んだらね、そらを地獄の果てまで連れて行くつもり」
葵が首をかしげた。
亜紀の顔を覗き込む。
「しんだあとは、じごくじゃなくて、てんごくでしょ?」
「そうだね、天国だね」
「そうだよ、てんごくだよ」
葵が誇らしげに笑った。
亜紀は葵の頭を撫でた。
「ママの大事な大事な葵ちゃん、大好きだよ。葵ちゃんはとっても可愛いね」
「ほんとう?」
「うん、ほんとうだよ」
「あのね、あのね。あおいちゃん、どのくらいかわいい?」
「うーん」
亜紀が考える仕草をすると、葵は期待に膨らんだ目で亜紀をじっと見つめた。
「食べちゃいたいくらい」
亜紀は強く強く、葵を抱きしめた。
気づくと亜紀は、孝之に支えられるようにして、ソファに体を預けていた。
いつの間にか、葵の吐瀉物で汚れた服も着替えさせられていた。
「ママ、だいじょうぶ?」
葵がソファに腰かけ、目に涙をためている。
「葵っ」
亜紀は葵を強く抱きしめた。
「ママ、くるしいよ」
葵の声に、亜紀は力を緩めた。
「よかった、葵」
亜紀は葵の髪を優しくなでた。
「あのね、あのね。さっきね、あおいちゃんのあたまのなかにね、そらちゃんのおばけきたよ」
葵が、上目遣いで亜紀を見る。
「あたまのなかにね、すーってはいってきたの」
亜紀は静かにうなずいた。
「葵?」
孝之が不安そうな顔をする。
「止めないで」
亜紀は孝之に手の平を向けて制した。
「あのね。そらちゃんのおばけ、しゃべれないの。だからあばれちゃったの」
「うん」
「あのね、あのね」
すぐには言葉が出てこなくて、葵は考えるように首をかしげる。
「あのね、そらちゃんのおばけ、かんがえてることね、あおいちゃんわかったよ」
葵が嬉しそうに言う。
「そらちゃんのおばけはね、あのね、あのね」
「なあに?」
「ママといっしょにいたいだけなんだよ。ママがだいすきなんだよ」
「うん、知ってる」
亜紀は葵の頭をポンポンと優しく叩いた。
「どうしてしってるの?」
「そらちゃんのおばけね、ママの頭の中にも来たんだよ」
「ほんとう? そらちゃんのおはなし、きこえた?」
亜紀はうなずいた。
「ほんとう?」
「うん。そらちゃんは……」
亜紀の目から涙がこぼれた。
「ママ、どうしてなくの? いたいの?」
亜紀は首を横に振った。
「どこも痛くないよ」
「ほんとう?」
亜紀はうなずいた。
「そらちゃんは……」
「どこもいたくない?」
「そらちゃんは、ママをただ愛してるって」
亜紀は孝之を見た。
孝之の視線は宙を彷徨っている。見えない何かを探すように。名前のない何かを探すように。やがて、深いため息をついた。
そらの存在は、一体なんなのだろう。
わからない。わからないことが、亜紀をどうしてこんなに不安にさせるのだろう。ただ愛すべき存在というだけではダメなのか。
そらを仮に妄想と呼ぶ。仮に幻覚と呼ぶ。仮に幽霊と呼ぶ。仮に新人類と呼ぶ。仮におばけと呼ぶ。
葵がおばけと呼ぶなら、それでもいい気がした。
仮にそらをおばけと呼ぶなら、世界で一番、可愛いおばけではないか。
亜紀はもう一度葵を抱きしめた。
葵は小さくて温かくてふわっと柔らかい。
「ママ、すき」
葵が抱きついてくる。
亜紀はふと喉に手を当てた。胸焼けをした時のような違和感がある。喉の奥でなにかがうねる。
「亜紀……」
孝之が、ギョッとした顔で亜紀を見る。
「口のところ。手みたいなやつが……」
瞬間的に亜紀は、ゴクンと唾を飲んだ。一緒になにかを飲み下したような感覚があった。
「えっ、なに?」
亜紀が問いかけると、孝之は目をこすった。
「いや、なんでもない」
孝之は床からスマホを拾い上げていじり始めた。
「供養のこと、もう少し考えさせて」
亜紀が言うと、孝之はスマホから目を離した。
「私はね、そらとずっと一緒にいようと思うの。もし私が死んだらね、そらを地獄の果てまで連れて行くつもり」
葵が首をかしげた。
亜紀の顔を覗き込む。
「しんだあとは、じごくじゃなくて、てんごくでしょ?」
「そうだね、天国だね」
「そうだよ、てんごくだよ」
葵が誇らしげに笑った。
亜紀は葵の頭を撫でた。
「ママの大事な大事な葵ちゃん、大好きだよ。葵ちゃんはとっても可愛いね」
「ほんとう?」
「うん、ほんとうだよ」
「あのね、あのね。あおいちゃん、どのくらいかわいい?」
「うーん」
亜紀が考える仕草をすると、葵は期待に膨らんだ目で亜紀をじっと見つめた。
「食べちゃいたいくらい」
亜紀は強く強く、葵を抱きしめた。
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